演習の開始は田村三木ヱ門の放った火縄銃の音で知らされた。
各々は自分たちの陣地に集合しており、顔を突き合わせて最後の作戦の詰めを行っているところであった。時間通りに鳴らされた銃声に、揃って顔を上げる。留三郎が膝を叩いた。
「――それじゃあ手筈通りに。大胆に、臨機応変に頼むぜ」
白い歯を見せて笑いかける姿からは鷹揚さすらも感じられる。留三郎は大将に相応しい。四人は頷き返す。
参謀を務めた三郎の作戦には穴がない、と留三郎は彼から提案された作戦に感心さえしていた。一つ下の学年では三郎が一番兵法を理解し、人を動かすことに優れている。次いでい組の級長の勘右衛門だろうか。同学年の長次ではなく、後輩である三郎に参謀役を任せたのは間違いではなかったと、留三郎は長次に視線を送った。
三郎は、兵助と牡丹を焚きつける術を識っているのだ。
「兵助、牡丹と上手くやれよ」
「お前こそ、先輩方に迷惑を掛けないようにな」
からかうように肩を叩いてきた三郎をあしらうように、兵助は言い返す。
「三郎くんは変装を警戒されていますからね。お気をつけて」
「まあ、互いに手の内はバレてはいるんだ。それこそ『手筈通り』にやるしかないさ」
くのたまと忍たまが共闘する機会など滅多にない。課外授業でも、くのいちは諜報の担当が多い。忍者の本分は情報をもたらすことであるから、戦闘技術を磨くよりも身軽さ潜入のための知識を学ぶ方が重視されてきた。
表情を変えない牡丹は、この実習の開始を心待ちにしていた。見た目よりもずっと、気性の激しい少女だ。忍たま相手に真っ向から勝負することなど今まで無かった。さらに五年間共に学んできた瑠璃と敵対するのも初めてのことであった。彼女の本気を見たことも、自分の本気を見せたことも無いのだ。これを、楽しみと言わずなんとしよう。
物陰から長次が現れると、三郎は振り向かずに兵助と牡丹に向けて手を振り、長次の方へ向かった。
「……鉢屋、宜しく頼む」
「宜しくお願い致します、中在家先輩」
長次と三郎は、小平太を止めるという役割を買って出た。あちらの狙いが木札ならば、必ず小平太が前線に出てくる。忍びの常識からは大きくかけ離れた、それでいて効果的な攻撃を仕掛けてくる小平太は余りにも脅威であった。小平太を脱落させてしまえば、こちらの目的である「姫の奪取」はなんとか達成できるだろう。
その間でもし牡丹が囚われたとしても、彼女ならば自力で脱出が可能である。
「……さて。牡丹、俺たちも行こう。あちらには八左ヱ門がいるんだ。時間が経てば経つほど、位置が割れる」
「はい。あちらは面白い戦法が取れて羨ましいです」
兵助と牡丹は長次たちとは反対方向に駆け出した。二人の目的は、八左ヱ門を脱落させることだ。今回の舞台は裏裏山。生物委員会委員長代理である八左ヱ門の得意は虫獣遁である。事前に罠等を仕掛けることは禁止されているとはいえ、動物の持ち込みは禁止されてはいない。それに、「元々そこにあるもの」を使用することについては何も咎められていないのだ。虫や鳥たちすらも、彼の武器となりうるのだから、厄介な存在であった。
「生物を使役して地形を把握できるなんて、最早特技の域を超えていますよ」
以前、五年生で敵情視察の任務があった際、後方支援を引き受けた八左ヱ門がさらりと相手の陣地の簡略図を書き上げたのには仰天した。忍者のたまごである彼等も歩幅と歩く速度から人数や距離を測ることはできるが、生物を使って測量を行うというのは、理解の範疇を超えていた。
「あいつは特別だ。だからこそ早々に潰す必要がある」
兵助の瞳の中に闘志が燃え上がっているのを、牡丹は見逃さなかった。隣に並ぶだけで彼の気配に気圧されそうになる。それくらい、集中した兵助は強い。
俺たち二人で負ける気はしないな。慎重な兵助の口から放たれた言葉に、牡丹は緩みそうになる口元を引き締め、代わりに掌を握りしめる。
「私、すごくやる気が出てきました」
八左ヱ門の連れている狼が樹上に向かって吠えた。
「出て来いよ、牡丹。それに、兵助もいるな」
「お見事」
牡丹が樹の上から音もなく下りれば、数歩後ろに兵助が現れる。
八左ヱ門が口笛を吹けば、狼は主君に従うように姿勢を正し小さく声をあげて森の奥へと駆けて行った。
生物委員会委員長代理の名は伊達ではない。牡丹と兵助は目線だけを合わせて、八左ヱ門を始めに潰せ、と指示を出した留三郎の意図を改めて理解するのであった。
動物を下げてくれて良かった。牡丹が安堵の息を吐いた。八左ヱ門が演習で動物を武器として使わないだろうと予想していたが、もし戦闘に参加するとなれば、命を奪わない自身は無かった。
八左ヱ門は荒れた灰髪を乱暴に掻いて、得意武器である微塵を袂から取り出し、錘の一つを握った。
「おいおい、姫役がいきなり攻め上がってくるかよ」
「私が駆り出されるほどに、貴方って厄介なんですよ。八左ヱ門くん。自覚はないようですけれど」
八左ヱ門は五年生の中でも体術に秀でている。恵まれた体躯から繰り出される攻撃は一撃が重く、動物張りの鋭い勘も持ち合わせている。投擲武器の上手でもあるが、捕縛目的でもなければ微塵を手放すことは無いだろう。ともすれば、通常は距離を取って戦うのが定石であった。
牡丹が忍刀を構え、その背後で兵助が土を蹴った。
八左ヱ門が後ろに跳ぶ。学年一の俊足を誇る兵助と身の軽い牡丹に接近されるのは厄介だと、彼はよく理解している。
「牡丹と兵助をまとめて相手するのは分が悪いな」
首筋に振り下ろされた忍び刀を、懐から出した微塵で上に跳ね上げる。牡丹も、力勝負で八左ヱ門に勝てるとは思っていない。背後から走り込んできた兵助が掌に仕込んでいた寸鉄をくるりと回して構えた。掌一つが彼の攻撃範囲だ。五年間で嫌というほど兵助の剛毅を知っている八左ヱ門は兵助の拳を掴んですんでのところで寸鉄を受ける。
兵助を止めた一瞬で、背後から後頭部に向けて鋭い蹴りが繰り出される。咄嗟に振り上げた肘で受ければ、崩れた重心を狙って兵助が足払いをかけた。互いの動きをよく理解した連携に、八左ヱ門が呻く。
地面に手をついた八左ヱ門を二人が追撃する。八左ヱ門は苦し紛れに砂を蹴りあげ懐から鳥の子を取り出した。濃厚な煙幕には痺れ薬も仕込んである。視界が塞がれたからと言って八左ヱ門が忽然と消えるわけもない。冷静に打たれた手裏剣を微塵で撃ち落として、八左ヱ門は森へ走り込んだ。
牡丹の飛ばす手裏剣には掠れば動けなくなるような毒が塗り込んであるのだろう。生物委員会で毒に慣らしてある八左ヱ門とはいえ無事では済まない。
「逃げるのか? 八左ヱ門」
兵助の冷静な声が背後から追ってくる。先程牡丹が言っていた通り、あちらの目的はまず八左ヱ門を潰すことらしい。
「戦略的撤退。引き際を弁えていると言え」
「天才」鉢屋三郎と「秀才」久々知兵助。入学当初から天才と名高かった三郎と異なり、一年生の頃の兵助はすべてが秀でている、というわけではなかった。彼が秀才、と呼ばれる所以は努力と執念によって積み上げられた実力が物語っている。
兵助も牡丹も共に学級の参謀をも務める知将である。冷静さと咄嗟の回転の速さは一人を相手にするだけでも恐ろしいのに、二人で手を組まれれば厄介なことこの上ない。背後の気配が一つになり、八左ヱ門が振り返る。涼しい顔をした兵助と対峙する。
「なんだ、牡丹は追ってこねえんだ。兵助、ちゃんと姫様の護衛、してんじゃねえか」
「当たり前だろう。お前、実習の趣旨を理解してないんじゃないか」
――ここで八左ヱ門を仕留めなければ、自分たちの行動は相手側に筒抜けになってしまう。
獣だけではなく、鳥や虫までを支配下に置く虫獣遁の名手である八左ヱ門の力を過信しすぎて困ることは無い。自分たちも何度だって彼の動物たちには助けられてきたのだ。
八左ヱ門は今この瞬間も味方に「合図」を送っている。そちらに気を遣りながら、兵助に勝利することは不可能だろう。彼らの実力は拮抗している。
兵助は深く息を吐き出して、寸鉄を構える。枝を蹴り、眼前に迫る八左ヱ門が目を細めて笑った。
「当然理解してるって。だから、俺がここでお前と戦ってんだろお? 兵助」
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