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使者として使いに出していた秀明が戻ってきて、波瑠はその返答を聞いて胸の高鳴りを感じた。宰相の立場に着いた一也にその旨を話すと彼もアルスハイルの鳴と同じように腹を抱えて笑い、それから波瑠や親衛隊達の考えを手放しで褒めたたえた。

「任してくださいよ、波瑠様。俺もできることはやらせて貰います」
「期待してるね。わたしがバイアトに骨を埋めることになっても、一也はわたしの意思を継いでクリスと国を治めていってね……」
「ちょ、自信なさそうな態度やめてくださいよ!!」
「あはは、冗談です。まあ、旧友に会いに行く気持ちで行ってくるね。あなたも、そのつもりで。この会談の結果はそんなに重視しないから。アルスハイルの考えを聞いてきてほしいの」
「承知しました。……波瑠様、あんたやっぱ、冠菊様の娘なだけありますね」
「そうかな。全部クリスの入れ知恵だよ」
「あ、伝えておきますからね」
「やめて」

王位に着いてから、よく笑うようになったと一也は波瑠を見て思う。多少無理はしているのだろうが、外交に政策に果敢に関わろうとする新王の身の振り方は現状では上手くいっている。受け入れられるための下準備を親衛隊である一也たちが整えているのも理由の一つではあるが、どうも彼女自身がなにか肩の荷を下ろしたようなのだ。
勝手に兄の様な立場で彼女を見守っている一也やクリスは、宮中で波瑠が笑う姿を見る度に胸を撫で下ろすのだ。



***



会談の日程はすぐにアルスハイルに連絡が行った。前回と同じく使者として訪れた秀明は礼儀正しく、アルスハイルの面々の前で頭を下げて「波瑠様をよろしくお願いします」と礼をした。この青年は多少空気に鈍感な部分があるのかもしれないと呆気にとられた幹部たちは思った。樹などは余程、「うちのリーダーをよろしくお願いします」と頭を下げ返したかったものだったが、周りの雰囲気が彼にその行動を許しはしなかった。

女王との会談を任された潤はといえば、のんびりと自室で服を選んでいた。政治や、戦争、革命なんてもののしがらみに縛られて会話をするつもりは無い。本当ならば、剣だって置いていきたかった。友達と話すのに帯刀するなんて意味がわからない。自己防衛のためとわかっていても快く納得はできなかった。それに、気を張っているだろう友人を不用意に威圧したくは無かった。

対して鳴は潤の選んだ一張羅を身に着けて、明るく面々に挨拶すると王宮に向かって出発した。急な展開を見せた王宮との交渉に思案顔の豪の肩を、鳴を見送っていた雅功が叩いた。

「お前も堂々としていろ、あいつらは大丈夫だ」

リーダーとしてアルスハイルを先導する鳴を支える彼もまた、生まれる時代が違えば名将として名を馳せたであろう人物であった。
豪は息を吐く。そうだ、俺たちは一人じゃない。隣の奴を絶対に見捨てないという強い絆の元、旗を掲げて集まった集団なのだ。自分が不安顔を見せてどうする。
雅功の隣で頬を両手で叩いて、豪は歯を見せて笑った。



***



「それにしても、よくこんな条件飲みましたね」

バイアトの街を二人の青年と少女が歩いていた。フードを被り民衆に溶け込んでいる波瑠の背後に立つ健太と信二は鍛え上げられた体躯から多少人々の目を引いてしまっているが、それは仕方の無いことだった。

「うん、実はこっちが目的でね。逆にわたしと向こうのリーダーが一対一で話し合いする羽目になったらどうしようかと思ってたよ」
「それにしても、なんで警護がわしら二人だけなんです」
「目立ちすぎても嫌だし、二人のこと頼りにしてるからよ」

歩きながら雑談を交わす三人には笑顔を浮かべる余裕すらある。女王の警護を任された二人は内心気が気ではなかった。只でさえ敵の多い人だ。即位した後でさえなんどか暗殺未遂事件があった。健太も信二も腕には多少自信があったが、本来このような重要な局面で女王の側付きとして選ばれるのは国軍を纏める哲也であったり、武人でありながら宰相を務めるクリスの筈なのだ。

「にしたって、波瑠様の安全を第一に考えるなら、わしらよりも……」
「ちょ、前園さん、声が大きいっすよ」
「あの人たちは顔が割れ過ぎてるからダメなの。お忍びで来てるのに、こんな声の大きい二人選んじゃったのは間違いだったかも」

楽しそうに街を歩く波瑠を追いかけながら、二人は顔を見合わせる。それなら、余計に責任重大じゃないか。
指定された酒場は随分街の混み行った場所にあった。活気溢れるバイアトの街は一本路地を入れば、浮浪者達がたむろする場所へと変わった。鳴と潤は丁寧に通る道まで指定してきた。一国の王となった波瑠にこの惨状を見せようと考えたのだろう。その意図に気づいた波瑠の表情は路地を通る前とは一変していた。

「波瑠様、大丈夫ですか」

信二が声をかけるが、返答は無かった。唇を噛みしめる波瑠の表情は暗く、足取りは早くなった。悔しいだろう、と信二は思った。元々バイアトの街は裕福な場所では無かったが、人々の間の格差もここまで酷くは無かったはずだ。やせ細った少女が昼間だと言うのに中年に手を引かれ路地裏に入っていく。めくらの老人が哀れな声で慈悲を乞う。この惨状を作ったのは王族だ。彼女に責任が無いとは言い切れない。

「お姉ちゃん、食べ物持ってない?」
「えっ」

ふらりと路地に出てきた浮浪児が、波瑠の服の裾を掴んだ。
驚いて固まる波瑠に、助け舟を出そうか二人は悩むがそれは余計なお世話であったようだ。

「あ、えーと、ごめんね。今は持ってないの」
「それじゃあ銀貨でもいいよ。お腹が空いて死んじゃいそうなんだ、お恵みを。どうか」

必死な形相の少年に詰め寄られ、波瑠の顔色が変わったのが見えた。どもりながら自分の懐を慌てて探す世間知らずの少女を見ていられなくなって、健太は屈みこんでその少年の手に銀貨を握らせた。

「ほれ、大した額じゃないが、これでパンでも買えや」
「ありがとう……!」

抜けた歯を見せて笑う少年の背中を茫然と眺めている波瑠の背を、健太が押した。

「進みましょうや。あんたが選んだ道やで」
「あ、え、ええ、そうね……。ありがと」

おぼつかない足取りで進んだ三人の前に人だかりが見えた。背丈から見るに幼い子供達のようで、歓声を上げて三人の足元にまとわりつく。

「お兄ちゃんたち、靴磨いてあげようか!」
「お花はいらない?お姉さんにきっと似合うよ!!」
「薬を買うお金が必要なの。お恵みを……」

先ほどの少年との会話を見ていたのだろう。都会から来た気の良い若者に我先に慈悲を貰おうと子供たちは三人に縋り付く。裾を強く引かれた波瑠がバランスを崩して床に手を着いた。ひしめく泥に汚れた子供達の目を見て、言葉が紡げなくなる。
見れば路地の隅に座り込む大人たちも三人を見つめていた。大人たちの澱んだ瞳には光が見えない。引きずり込まれそうなスラムの雰囲気に呑まれそうになっていたその時、よく通る女性の声がした。

「ちょっとみんな。この人たちは私のお客様よ。カモにするのはやめてあげて」

子供たちは三人を見つけた時とは異なる歓声を上げて女性に道を開ける。尻もちを着いている波瑠に手を差し出すその白い腕を辿って顔を上げてれば、艶めく黒髪を垂らした美貌の女性がいた。

「迎えに行くの、遅くなっちゃってごめんなさいね。女王陛下」

波瑠を立たせてから、スカートの裾を持ち上げて少し気取った素振りで挨拶をする。

「潤ちゃん…!」

フードに泥を付けた自分の姿に恥じ入ったのか、波瑠は小さな声で潤の名を呼んだ。潤は幼い子供達の手を両手に繋いで、「着いてきて」と朗らかに笑った。
すっかり委縮してしまった自分たちの女王にかける言葉が中々出てこなくて、健太も信二も同じように唇を噛んだのだった。


***


一方王宮内部の一部屋では緊迫した空気が張り詰めていた。鳴も一也も帯刀していた武器を預け、お互い丸腰であることを確認して席に着いた。

「ご立派になったもんだね、一也。上手く女王に取り入って今は宰相かぁ」

先に口を開いたのは鳴の方だった。
敵意をむき出しにしたような牽制に、一也も負けじと口角を上げた。

「お前こそ、今じゃ反乱軍のリーダーかよ。スラムの悪ガキだった頃が懐かしいぜ」
「俺は昔のまま変わってないよ…。お前と違ってね」
「そうか?別に俺も変わってねーけどな」

ギラつく鳴の視線を物ともせずに、一也は終始余裕を見せる。その態度が鳴の神経を逆撫ですることが判っているのだ。

「お前は、俺たちのこと理解してると思ってたよ」

鳴が告げると、一也も一瞬表情を硬くした。鳴は続ける。

「お前がいるから大丈夫だって、勝手に思ってた。でもさ、今の国の状態はどうだい。酷い有様だろ?大臣の独裁だったのも知ってる、それでも…」

一也は言葉を挟めなかった。鳴の表情が余りに必死だったからだ。

「誰も動いちゃくれないから、自分で立ち上がるしかないんだ。俺はそう思ったよ。……お前に止められる筋合いは何処にもない」
「待てよ。言い訳なんざするつもりも無えが、俺は今まで発言権も無い一端の兵士だったんだ」
「それなら俺はスラムのゴキブリだったよ」

一也は拳を握る。二人とも表情は険しかった。
鳴と一也は幼い頃からの友人であった。市政の出である一也とスラム出身である鳴は、立場は違えども子供ながらに馬が合い、親しくしたものだった。
幼い頃から才能の片鱗を見せていた一也は兵学校へ通うことになり、王宮に仕えることになってからは、鳴と顔をあわせることもなかった。けれども一度は国の行く末を語り合った仲である。

「鳴、お前等ハカムを攻める気だろう。今はまだ無血で済んでるかもしれないが、首都となれば別だ。考え直す気は無いか」
「悪いけど、もう止めらんないんだよ。アルスハイルは巨大になった。見知ったスラムの奴等だけの自警団じゃない」
「ハカムに侵攻するなら、国軍も黙っちゃいねえ。血を見るぞ」
「……一也、平和な場所で腑抜けたね。俺たちはもう、良いだけ辛酸舐めてきてんだ。この革命に、命賭けてんだよ」

互いに頭に血が上ってきた。鳴が振り上げた握り拳を机に叩きつけ、一也を睨みつける。
鳴の剣幕に一也は一瞬怯むが、すぐに自分を取り戻した。
過ごした場所や境遇が違えど、自分や周りの人間のために尽力しているのは、鳴も一也も同じなのだ。ここで引くわけには行かない。

「鳴、あと2ヶ月待ってくれないか。新体制になって、税制も刑罰だって変わる、いや、変えてみせる。お前たちが不要な血を流すことないんだ」
「お前等の悠長な改革を待つ時間があれば、俺等は何百人と救えるのに?」
「お前等が100救うのに、何人が犠牲になんだよ」
「……は?俺等が標的にしてんのは弱者から不当に搾取してのうのうと生きてる奴等だけだよ」
「そいつらだって、国民だ」
「甘めえんだよ!!」

瞬間、鳴の怒号が響いた。
側から見れば奇妙に映っただろう。大の男が二人とも、泣きそうな表情をしているのだから。
お互い、相手の立場を考えることくらい造作もなかった。人々をまとめ、上に立つ器を持つ二人は今袂を分かちここにいる。互いに、守るべきものが違うのだ。

「誰もが幸せになんてなれねえんだよ。なんでお前が解らないのか、俺は不思議だよ、一也」
「………それを目指すのが、国家だろうが」
「フン、無能なお姫様と手を繋いで心中する気かよ」
「救うさ、お前らのことも、国も。そのために高い給料貰ってんだよこっちは」
「威勢だけは良いんだよな、お前」

鳴が席を立った。まるで話すことはもうないと告げるかのように。

「一也、教えてやるよ。俺たちは一週間後、ハカムを攻める。お前らには止められないよ」
「良いのかよ、そんなこと言って」
「ケツまくって逃げる猶予くらいはあげないとね」

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