09
国王からの密書を持った使者がアルスハイルのアジトにやってきたのは軍議から三日後のことだった。
真新しい白のマントを羽織る王の使者は砂埃にまみれたバイアトの市民に睨まれながらも、堂々とした態度を崩さず、それでいて逆賊であるはずのアルスハイルのメンバー達にも頭を下げるのだから恐れ入る。応対した若者は彼の腰のサーベルを預かり、幹部たちの元へと通した。
物が乱雑に転がる広い部屋の中央に鳴が腰かけている。薄暗い部屋に小窓から細く光が差し込むだけのその部屋の中で、鳴の鉱物のような蒼い目が光っていた。その横に潤が来客を睨みつけるようにして立つ。書状を握りしめる男は部屋の隅に一度目を向けたが、すぐに向き直り書状を読み上げた。
その内容にその場にいた全員が大小あれど声を漏らす。
書状に書かれていたのはアルスハイルのリーダーである鳴の呼び出しであった。アルスハイルの行動が目に余るものであること、このままでは国賊として扱うことになるが、国民の支持を考慮し、鳴が単身王宮で会談に臨むのであれば、処分については考える、という内容であった。
年若い王が発した勅令としてはいくらか強気な文章が国王の印と署名と共に書かれていた。
「へえ、俺を王宮に呼びつけるなんて。中々良い度胸してるね。お姫様!」
「勿論成宮様の身の安全の保証は致します。単身と在りますがそれは会談の場のみでして、王宮までの道中などは御自由に……」
自分たちのリーダーに対する扱いに憤るメンバーの中、使者は敵陣の真っただ中だというのに落ち着いて返答を返す。
その緊迫した雰囲気に一石を投じる人物がいた。
「会談の場で、うちのリーダーのこと袋叩きにしようって寸法かよ?東条」
部屋の誰もが固まった。ただ、名を呼ばれた使者とその発言をした当人ーー太陽だけは口角を上げて睨みあった。太陽はリーダーの鳴を差し置いて使者の前へと出る。
当然鳴は気を良くしない訳だが、そこは周りの幹部たちが抑えた。どうやらこの二人にも何か確執があるらしい。
「波瑠様はそんな方じゃないよ、向井。元気そうで何より」
「フン、国家権力の犬に成り下がりやがって」
「犬なんかじゃないさ」
あくまで使者としての体裁を崩さない秀明に太陽は赤い舌を突き出して馬鹿にした態度をとる。秀明と太陽は幼少のころに同じ剣術道場に通って居た仲だ。秀明がアルスハイル相手の使者を名乗り出たのは、太陽がこの組織に属しているのを知っていたからだった。
「ちょっと太陽。下がりなさい」
場にそぐわない態度を取る太陽に潤が痺れを切らした。副リーダーに睨まれた太陽は小さく謝罪の言葉を口にして部屋の隅へと向かい腰を下ろした。
その様子を眺めていた鳴が、ようやく口を開く。
「思わぬ邪魔が入ったね。うん、その返事だけど。飲むよ。単身会いに行っても良い」
「有難うございます!」
「だけど、二つ条件をつける」
一言目と二言目の言葉の落差に、秀明は息を呑んだ。
アルスハイルのリーダーはずば抜けた剣技とカリスマ性を持つ男だと聞いていたが、会ってみれば案外人当たりの良い青年に見えた。けれども会話の節々から一癖では行かない人格だということが見て取れる。
「一つ、俺と話す相手はこちらか指定させてもらう。二つ、こちらから出向くだけじゃ不公平だ。そちらからも、対談の相手を一人こっちに寄越してもらおうかな」
アルスハイルの面々も、リーダーのこの提案には難色を示した。このような条件を国が飲むはずがない。鳴は、国側からも自分に代わる人質を寄越せと言っているのだ。
秀明は考える素振りも見せずに、なんと笑顔を浮かべた。
「畏まりました。人物の選定には追って使者を寄越したほうが宜しいですか?」
「ううん?決まってるよ。俺と話す相手は宰相の御幸一也。こっちに寄越すのは現国王。これが飲めるんなら、俺は王宮に単身向かうよ。あ、そっちこそこんな重責、一使者に任せられないでしょ?持って帰ってまた来てもいーよ」
鳴の言葉に、周りの幹部たちは生唾を飲み込んだ。この、勝負強さだ。鳴がこの革命軍のリーダーに相応しいと誰もが思った。政治に興味は無いと彼は言うが、交渉の引きの能力は一級品だった。勝負所を理解していて、そこで思い切り攻め込む度胸と弁舌の手腕を換え備えている。
勝った、と口に出さずとも分かった。
代変わりしたばかりの雛鳥程度に、燃え上がる革命の火を消すことなど出来はしない。人員を増やし、力をつけたアルスハイルは既に国家の転覆を狙っていた。そう遠くないうちに首都を落とし、王宮に攻め込む算段もついている。
「畏まりました」
秀明の声が、ぽつりと浮いて響いた。彼の顔には脂汗がいくつも浮かんでいるが、その目の輝きは一向に消えていない。二人の会話を見ていた潤はそっと口角を上げ、汗ばむ手のひらを握りしめた。アルスハイルの参謀である豪は頭を乱暴に掻き、国側にも策士が潜んでいることを懸念材料の一つとして取り入れることにした。
ただ一人、鳴だけは腹をかかえていた。くつくつと楽しそうに声を上げ、しまいには口を開けて笑い出す。
「うわー、いいね!すげー楽しくなってきた。それじゃ、日時の指定はそっちに任せるよ。俺たちは予定もないし、いつでもいいから」
「承知しました。それでは、また足を運ばせて頂きます」
訪れた時よりも疲弊が見える足取りで秀明が去った後、鳴は潤を自室に呼んだ。
「凄いね。簡単に舞台が整っちゃった」
笑みを浮かべて告げる鳴に、潤は背中がぞくりと悪寒立つのを感じた。この人は凄い。自分の見る目は間違って居ない。
「こうなること、考えてたの?」
潤の問いに鳴は少し考える素振りを見せた。
「うーん、女王と潤を話させてあげたいなって思ってたのは戴冠式の時からだけど、構想が固まったのは使者の書状の内容を聞いてからかな」
「鳴、貴方本当に凄い」
「いや、一歩先に行かれたね。向こうはこの展開を予想してたんだ」
「それでもさ、みんな驚いてたし。手間が省けて良かったじゃない」
「ま、それもそうか。ね、潤」
「なに?」
部屋には二人しかいない。鳴は潤の手を取って、蒼い目で彼女を見つめた。この目に見つめられたら視線を離すことができなくなる。
「みんな潤が選択した結果に文句なんて言わないから。沢山話しておいで」
その言葉に潤の肩が跳ねる。
この恋人の前では、彼女の考えは全てお見通しという訳だ。
「……鳴は、全部わかってるんだから、ずるいな」
「そんなこと無いよ。わからないことばっかり」
「でも、いつも助けられてるよ。鳴も気を付けて」
「ま、こっちもこっちで話したいことは山ほどあるからね」
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