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国王が表舞台に顔を出すことが少なかったセロシアにおいて、新しい女王の行動は稀有なものだった。
アルスハイルとの会談を終え、その情報は王宮内でも何人かが知るだけに抑えられた。反乱は国民の意思だと告げられた波瑠は新たな行動を起こす。
侵攻まで一週間と聞いた彼女は、各都市を巡り演説を行うことにしたのだ。自身の声はそのまま国の意思となる。まずはバイアト、それからフェグレス、ベネトナーシュ。貧困層も富裕層も関係なしに国家の象徴である女王の言葉を聞きにこぞって集まった。
「余り無茶をなされぬように」
昼夜動きっぱなしになっている波瑠を案じて様子を見に来たクリスが声をかけた。臆病で他人の評価をやけに気にする少女だった波瑠が人前での演説を選択すると言う。本当に成長したものだ。
「みんな無茶してるんだもん。昨日なんて石投げられてさ、栄純がたんこぶこさえてた」
「ああ、そういや沢村が名誉の負傷だと言っていましたね」
「みんな痛いの辛いのは嫌なんだよね。だから、やっぱり反乱は止めたい。アルスハイルのメンバーと、うちの軍がぶつかるのなんて最悪だよ。わたしの親しい人たちが剣を持って戦うのに、わたしは高みの見物」
歯痒いのだと波瑠は言う。自分に力があれば。民衆を従わせるカリスマ性や、ずば抜けた弁論術があれば、彼女が即位した後の短い期間でも状況に変化を起こすことができただろうが、彼女の武器は女王と言う立場と必死さだけだ。
「民衆たちも考え始めている様ですよ。うちの軍の奴等も呼びかけを行ったりスラムに出向いたりと自発的に行動しています」
「ほんと、できる人たちだよね!まあ、邪魔が入ってないだけかあ」
本来、国の政策はこうあるべきであった。今までは大臣の介入によって上手く政治が回らなかっただけで、セロシアは若く実力ある官僚や文人たちを多く抱えているのだ。波瑠は彼らの元へ出向き、直接協力を頼んでいる。今まで押さえつけられていた彼らは自分が必要とされている喜びを感じ、国のために力を尽くすようになった。
「一週間でね、できることをやろうと思ってるの。国民の考えが変われば、先導してるアルスハイルの人たちは選択を間違えない。御幸も言ってたけど、アルスハイルのリーダー達は立派だよ」
「貴女も立派ですよ」
「わ、褒められた!みんなに自慢しなくちゃ」
年頃の少女らしくはしゃぐ姿はいつまでも自分が教えていた頃のままだ。クリスは微笑み、彼女の成長を誰よりも楽しみにしていたはずの先王の死をそっと悼んだ。
***
「わざわざ遠くから呼びつけてしまってすいません」
「いや、同じ稼業のよしみだ、構わねえよ」
セロシア第二の都市であるミアプラの広場には人々が押し寄せていた。これから、女王がこの街で演説を行うのだ。集まった人々は好き好きに生活への不満や王政への期待を叫ぶ。隣の人物と口論になるものすらいる始末だ。
人混みに紛れて二人の男が会話をしていた。
二人とも深くフードを被り顔を隠しているが、腰には剣を差し、片方の男は矢筒と小ぶりの弓を持っている。人々が武装する姿は珍しくなかった。アルスハイルに所属する若者たちは皆有事の時のために剣を持っていたし、国軍に属する若者は休日でもサーベルや護身刀を持っている。
しばらくして、高台に女王が現れる。深々と国民に頭を下げ、大きく息を吸い込んで演説を始めた。
国民たちは国の頂点である女王の登場に色めきだし、興奮を露わに騒ぎ出す。何せ今は国が二つに割れるという転機なのだ。自分の生活がかかっていない者も、一騒動が娯楽であるかのように広場に集まった。
「にしても、俺よりお前の方が確かな仕事すんだろ」
「いやいや、狙いの正確さであんたに敵う射手なんて中々いませんよ」
「お前は殺すほうが得意だもんな」
「だって、そっちのが楽でしょ」
「……つまり、わざわざ海を越えて俺を呼びつけておいて、その上面倒臭え仕事を任せたってことか。よし、代金上乗せしてあのオヤジに請求してやる」
「うわ〜絶対あの人払えねえっすよ」
「知るか」
二人の男は親しい仲らしく会話を弾ませる。二人の周りの人だかりは女王の姿に釘付けとなっているのに、我関せずと言うスタンスを崩さず騒動の中でも浮いている印象を受けるが、人々はそんな男たちには見向きもしない。
「お〜波瑠様も演説慣れしてきましたね。国民も大分心動かされてきたんじゃねえか」
「……そろそろか?」
「そうっすね。演出的には盛り上がりが最高潮の辺りがいいな〜なんて」
「お前もホントに小器用だぜ、この蝙蝠」
「まあ、それが仕事なんで」
「ったく、嫌な仕事頼んでくれるぜ。……んじゃ、手筈通りに」
「はい、それじゃあこれ、お願いします」
矢筒を持っていた男が、そこから一本の矢を取り出し、弓と共にもう一人に渡す。それを受け取った男は人混みをすり抜けるように移動し、物陰から矢を番え弓を絞った。
一瞬のことだった。人々は何が起こったのか理解できなかっただろう。高台で力のこもった言葉を民衆に向かって発していた女王が、右肩を押さえて崩れ落ちたのだ。肩から伸びる一本の細長い物体が、射られた矢であると言うことに気づくのに数秒を要した。
『女王が狙撃された』と理解する前に、人だかりの中から声が上がった。
「騙されるな!!国が俺達に行った仕打ちを忘れたのか!!」
「富を独占していたのは誰だ!諸悪の元凶は王族ではないか!!」
ミアプラは港町だ。貿易を再開してからは国家と街の関係は良好であり、波瑠の政治に対する評価も悪くは無かった。人だかりから上がる声も内乱に対する不安や女王の政治に対する期待を望む声も見られた。
その背景から、国側の警備もハカムやバイアトよりも薄いものとなっていたのが仇となってしまった。
民衆の中から響いた声によって、人だかりの意見は一色に染まりつつあった。反政府側の人々が声高に叫びだせば、元々消極的であった国を応援する人々は口を噤む。
周りで警備をしていた兵士たちが人だかりに向かって叫んだ。
「反逆者を捕らえろ!!」
一瞬して混乱に見舞われた広場の中で喧噪は広がっていく。逃げ惑う民衆と人々を掻きわける兵士。もはや演説どころではなくなったその広場の中央で、布がはためいた。最近よく目にする群青の旗。誰かがその旗を見て口ずさんだ言葉が隣に伝染し、気づけば逃げ惑って居た人々も足を止め、大合唱へと変わっていた。
「アルスハイル!!」
「アルスハイル!!」
「アルスハイル!!」
熱気を取り戻し、押さえられなくなった民衆に対し、武器を構え鎮圧しようと動く兵士たちは考えていた。
自分たちの君主の活動は順調であるはずだった。国のために、清貧を通している女王が諸悪の元凶として祭りあげられようとしている様は、彼らの怒りに火を付けた。国を守るために兵士になったと言えど、信じるべきものの判断もつかない群衆など、守る価値はあるのだろうか。
「ま、待って……!」
一介の近衛兵であった青年が顔をあげれば、半身を赤く染めた女王が制止の声をあげている。両脇の兵士が女王を止めようとするが、彼女は首を振って抗おうとしている。
この人は愚かだ、と青年は思った。反乱を止めるなど、考えが甘かったのだ。アルスハイルのリーダーと対談を行ったって意味がないではないか。奴等はこちらが譲歩した隙に付け込んで、女王の命を狙ったのだ。
青年は自分の視界の端を、金色の髪をもつ男が走り去ったことに気がついた。この国では金色の髪を持つ人間は珍しい。獅子の化身だと謳われるアルスハイルのリーダーの成宮鳴が有名になったのもそのせいだろう。
怒りに震える青年は、けれども足を動かすことができなかった。狂ったようにアルスハイルの名を叫ぶ民衆と、視界に移った金色だけを脳裏に焼き付けて、唇を噛みしめた。
***
完全に、読み間違えであった。
波瑠はベッドの上で白い天井を眺めながら自分の浅はかさに涙を流した。
不用意な演説が逆に利用されることなどは、少し考えれば判ったことだった。けれども周りの忠告も聞かず、前へ前へと足を踏み出してしまったのは自分の失策だ。ただ怪我をするだけならば良い。けれども今回の騒動で国民の印象に残ったのは、『アルスハイルによって女王が狙撃された』という事実だ。
一週間で国民の感情を動かしてみせる、と啖呵を切った愚かさに唇を噛んだ。撃たれた肩の痛みよりも自分の失策の方が心を痛めた。
近衛兵から、ミアプラのあの広場で金色の髪の青年を目にしたという報告も入っている。肩から抜いた矢の羽根は紺色に染められており、矢尻はバイアトの鍛冶屋で製造されているものだと判断された。どちらも、アルスハイルが保持している武器の特徴と一致する。
ここまで証拠を出されてしまえば言い訳も立たない。自分たちの女王を守れなかったと言う自責の念から、国軍の兵士たちも報復に意識が向いてしまっている。
さて、どうしたものか。
ここまで上手くいかないのなら、鶴喰大臣に王位を譲ってしまえばよかった。また浮かんできた涙を拭いながら波瑠が弱音を呟いていると、扉をたたく音がした。
「う、どうぞ」
「失礼します」
「大丈夫っすか、波瑠様」[V:8203]
扉を開けたのはクリスと一也だった。宰相二人をわざわざミアプラまで足を運ばせてしまったのもまた彼女の失敗だ。
「結構ぶっすり刺さったって聞きましたよ。クリスさんなんか狼狽してやばかったんだから」
「お前は余計なことを言うな。……ご無事で何よりです」
「ほら、果物でもなんでも食べて元気出してくださいよ」
「……うっ、うぐ……。ううっ……失敗だよ、何にも上手く行かない、も、もうどうしたらいいのかわかんない、早くハカムに帰らなきゃ、っ、ね、寝てる場合じゃないのにっ、あっ肩も痛い…ううう」
二人の顔を見た瞬間にこみ上げてきた言葉がすべて口から出てきてしまう。安否を心配してくれた二人の心遣いが身に染みて、波瑠は声をあげて泣く。
「一人で背負おうとしなくていい、貴女に賛同する人たちも沢山いるんだ」
「演説、しっかり成果出てましたよ。あんなん予想できなかった俺達が悪いんですって、あんたのせいじゃない」
「で、っ、でもっ、折角話し合ったのに、意味、なくて」
「……撃たれた波瑠様の前でこんなこと言うのもなんですけど、俺はあれ、成宮の仕業じゃないと思ってる」
「確かに不自然だったな。けれどもあちらは些細な違和感などは気にしていないようだ」
険しい顔をした一也とクリスの言葉に、鼻をすすりながら耳を傾ける。
確かにアルスハイルの活動拠点はバイアトやハカムを中心としており、ミアプラとはだいぶ距離がある。リーダーである鳴が単身狙撃のためにミアプラに向かうのは効率が悪いのだ。
「あいつに波瑠様を撃つ理由なんて無いんです。…いや、こんなん理由にもなんねえんだけど…」
悔しそうな顔をする一也に、波瑠は口を開く。
「……ハカムに帰りましょう。演説、続けなきゃ。兵士達には報復を考えないように、わたしから言います」
国民の感情は今回の騒動で大きく動いてしまった。女王が撃たれたということで兵士達も怒りを露わにしている。
けれども波瑠は知っている。怒りに身を任せた復讐が何も生まないことを。
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