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ハカムにて襲撃の準備を行っていた潤と鳴の元に届いた知らせは衝撃的な内容であった。
女王がミアプラでの演説の最中に射られたらしい。しかも、王を狙った射手は金髪の青年で、アルスハイルの旗を掲げたそうだ。アルスハイルに金の髪をもつ人物は只一人しかいない。リーダーの成宮鳴だけだ。

「どういうこと」

激昂する潤と対照的に、犯人に仕立て上げられた鳴は冷静だった。手入れをしていた武器を取り落とした潤の肩を押さえて宥めると、散らばった木箱に腰かけて不敵に笑った。

「一、誰かがアルスハイルのために女王を射った。二、俺達に罪を被せて女王を暗殺したかった。三、アルスハイルと国が戦うことを望んでわざともめ事を起こした。……どーれだ」
「……鳴って戦いが絡むと一気に頭が働くのね」
「ふふ、冷静になった?」
「少しは。どれにしたって、私たちのリーダーに濡れ衣を着せるだなんて許せないけど」

潤の言葉に鳴は顔を綻ばせて彼女を抱き寄せた。

「ありがと。俺が潤の嫌がることするわけないじゃん」

その言葉を受けて、射られた女王が自分の友人とようやく重なった。

「命に別条はないってさ。でも流石に国王軍は自分達の体たらくを棚に上げて、随分ご立腹みたいだけどね」
「無能ね、ホント」

潤は唇を噛みしめる。波瑠が各都市を巡って演説を行っていることは知っていた。それによって国民の感情が少しずつ変化していることも、演説を実際に聞いたアルスハイルのメンバーから耳にしている。先日話した通りに、彼女は自分にできることを精一杯行っていたのだ。
もし、アルスハイルの仲間が勝手な行動をーーしかもリーダーの鳴を装って行ったのだとしたら、それは処罰の対象に値する。
剣を磨き終えて、潤は召集をかける決意をする。しっかりと伝えなくてはならない。自分達の望む社会、戦う目的。人々の心は一つにならなくとも、アルスハイルが掲げる決意は一つでなくてはならない。


***


鳴と潤の号令によって、ハカムに集まっていたアルスハイルのメンバーが続々と集まり出したところで、ひとつの集団がざわついた。豪はまた問題事かと頭を掻いたがどうも様子がおかしい。生憎その場に居た幹部は自分一人だったので豪は騒ぎの集団へと近づいた。
集団の中心に居たのは疲労困憊の姿の樹であった。バイアトの実家へと用事を済ましに行っていた筈の彼は息も切れ切れに叫んだ。

「大変です、バイアトが、っ、俺達のアジトが、襲撃を受けて……!!あそこには女子供も沢山いたのに……」
「どういうことだ!」

思わず豪も声をあげた。
バイアトが襲撃を受けるなど想定外も良いところだ。国王軍はハカムへの侵攻に対して防衛の準備に追われているはずで、主戦力の抜けたバイアトを襲撃したところで得るものは無い筈だった。

「嘘だろ、あそこには俺の妻もいるんだぞ!」
「あたしの弟もよ……!バイアトの様子はどうなの!」

息も絶え絶えな樹に水を差し出す余裕も無く、彼を囲んだ仲間たちは口々に悲鳴をあげた。他の幹部たちの姿も見えだしたが、事態の深刻さは変わらなかった。

「殆ど全滅です、……五年前の、焼き討ちの様でした、……っ、あいつら、俺達の家族をゴミみたいに」

擦り切れるような涙声で告げる樹は恨めし気に拳を地面に叩きつけた。休みも取らずに駆けつけたのだろう。見れば彼の身体は傷だらけだった。

「ちょっと、何の騒ぎさ!」

騒然とした集団の中で、指導者の声が響いた。反射的に全員が顔を上げれば腕を組んだ鳴と心配そうな表情を浮かべた潤が背後に立っていた。道を開けた中をまっすぐに歩いてきて、潤が水筒を出して樹に水を飲ませた。

「…バイアトが襲撃されたんだとよ。どうも焼き討ちみたいだ。俺達のアジトに残っていた女子供は……」

樹の代わりに豪が伝えた。最後の言葉は言いよどんでしまったが、恐らく樹の口ぶりから生きてはいないだろう。
鳴の表情が一変する。拳を強く握り、怒りを押し殺しているのが皆に伝わった。

「誰が。誰がやった」

地を這うような声だった。一瞬にして静まり返ったその場に、樹が声を上げる。

「『アルスハイルに、復讐を』この文が壁にいくつも書かれていました。それに、遺体に刺さっていた剣や槍は国軍の……」
「ふざけやがって!あいつら、本当に俺達のことなんて何とも思ってねえんだ!」
「殺してやる。力の無い女子供しかいねえ時に狙って来やがって」
「向こうは戦争する気満々ってことかよ!」

樹の言葉を遮って、集まった面々は怒りを露わにする。その報告を聞いていた潤は目の前が闇に包まれたような気分だった。バイアトのアジトの周りに集まる子供たち、自分達の事のようにアルスハイルの活動を応援してくれる女たちや老人たちの顔や名前が浮かんでくる。実際にその惨状を見たわけではないが、五年前の大火の様と称されたその場所は散々たる有様なのだろう。

「女王を射られた報復って訳かよ」
「どうする?リーダー。一度バイアトの様子を見に行くかい」

遅れてやってきた聖一や南朋も苦い顔をしている。身内がバイアトで暮らしていない面々も悲痛な顔を見せていた。アルスハイルはバイアトの人々に愛され、慕われていたのだ。それを逆手に取られた衝撃は生半可なものでは無かった。

「……弔いをしなくちゃ」
「え?」

潤がぽつりと口を開いた。

「樹は私たちに伝えるために急いで駆けつけてくれたんだから、みんなの遺体はそのままでしょ」
「……そうだね、皆、一度バイアトに戻ろう」

潤の目は虚ろで、顔色は真っ青であった。
誰よりも自分達の家を、家族を大切にしていた副リーダーの言葉に皆が口を噤んだ。彼女の言葉を引き継ぐように鳴が指示を放つ。
もしかしたら、生きているかもしれない、もしかしたら……。誰もがそんな感情を胸に抱いていた。



***



「嘘、うそ……。嘘よ……」

惨状を目にして、堰を切ったように声を上げ涙を零したのは潤だった。自分を慕っていた子供達の焼死体を抱き上げて、少女だったのか少年だったのかもわからないその遺体に涙を落とす。
まだ息のある者も少しは残っていたが、誰もが助からない傷を負っていた。女も子供も老人も構わずに滅茶苦茶に斬殺されていた。その上に火をかけられたのだ。目も当てられない残虐さであった。

「……これ、国軍がやったって?」

余りに凄惨な状況に茫然と立ち竦む太陽が言った。その言葉に子供達の死体を埋めていたカルロスが反応する。

「そうに決まってんだろうが。お前は国軍にお友達がいるから信じられねえんだろうけどよ。五年前と同じだろ?あいつら俺達のことゴミだと思ってやがるんだ」
「……何のための会談、だよ?使者って、何が…」
「騙されてたんだろ。結局反乱分子は処分しちまえってのがあちらのお考えって訳だ。大事な女王様が傷つけられてやっと気づいたんだろうが」
「それだって、俺達がやった訳じゃない!!」

太陽の顔色を見て、カルロスが息を吐いた。五年前の大火を味わった自分達と違い、後からアルスハイルに参入した太陽は多くの人々が虐殺される様を見たことが無かったのだ。
初めて直面したその衝撃は計り知れない。それに、この惨状を起こした国軍に知り合いがいたというのも太陽にとっては衝撃だろう。

「……お前も埋葬手伝えよ。後のことは鳴たちが考えんだろ」

返事は帰ってこなかった。ただ肩を震わせ涙を零す太陽が遺体に向かって手を合わせたのを見て、カルロスは彼の肩をそっと叩いた。
誰もが涙を隠すことなく零した。嗚咽交じりで埋葬を行うメンバーの目には復讐の炎が燃え上がる。何度も停戦や譲歩を持ち掛けていた国も女王も、全てまやかしだったのだ。
何も信じられない。信じられるのは仲間だけだ。隣で仲間の犠牲に涙を流す戦友だけが自分達の信じるただ一つのものだ。



***



哀れな遺体を埋葬した後、簡素な棒が位牌の代わりに立てられた荒野で潤が一人一人の名前を呼んだ。顔の判別がつかなかった子供や老人の番になると口ごもり「ごめんなさい」と涙ぐんだ。その姿を見て、祈りを捧げていた面々も涙ぐむ。

弔いが終わると、口々に復讐を望む言葉が漏れた。何が殺さずだ、と誰かが言った。国民を守るべき国軍が行ったことは何だ。無抵抗な女子供の命を奪うことだったじゃないか。
怨嗟は広がり、怒りがその場を支配する。

「リーダー、指示をください!俺達許せないんです」
「王宮の奴ら皆殺しにしたって飽き足らない。貴族、官僚、この国の上で胡坐をかいてるやつら皆殺してやる」

各々武器を握り復讐に燃える人々に名を叫ばれ、鳴が前に出た。
彼はアルスハイルの絶対的なリーダーだった。けれども鳴は今迷っていた。ここで反乱を先導すれば、人々は間違いなくついてくる。けれども、この襲撃を行ったのは本当に国軍なのだろうか。その一つの疑問が鳴に言葉を押し留めさせていた。
そもそも、先日の女王の狙撃から不可思議だった。人数が多くなりすぎて自分達が把握できていないだけで、アルスハイルのメンバーの行動だったのだろうか。それに、自分が国王やその臣下を勝手に信用しすぎているだけなのだろうか。
鳴は考える。一也の言葉、潤から聞いた女王の言葉、それらが全てうそだったとは思い難い。それでも。

「皆、よく聞いて。俺達は、国をひっくり返す。この国を、変える!!」

今まで自分に付き従い、陰ながら支えてきてくれたのはここにいる面々だ。
信じられないのなら確かめればいい。自分達にはそれしかないのだから。

「襲撃は明後日。首都ハカムに攻め入り、王宮を占拠する」

声をあげ、革命に賛同する人々を見下ろしながら、鳴は拳を強く握った。もう戻れない。

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