15





ハカムの入り口が乱戦となっている最中、アルスハイルの何人かは腕利きの人材を集めて路地を進んでいた。各々変わった形状の剣を腰に差す彼らは一人一人が武術に秀でている。正規の訓練を積んでいる国軍の兵士といえど一対一では分が悪い程に。
彼らを率いるリーダーである鳴は、大路から離れた小路を通りながら、小さく見える王宮に目を向けた。周りからして見れば憎悪を込めて睨みつけたように映っただろう。鳴は自分の中の迷いや疑念を少しも見せないように、拳を強く握って指示を飛ばした。

「俺らは西から王宮に向かう。聖一と南朋は東側で攪乱を頼むよ。豪たちが大路を抜けたら合流する。手筈通りに」

本来ならば、アルスハイルを率いる顔である鳴が大路を進むのが定石だ。国軍側にも顔が割れている彼が渦中にいないというのは怪しいし、国軍側に疑念を抱かせてしまうかもしれない。けれども鳴は作戦を考えている時に豪に頼み込んだ。
自分と潤を真っ先に王宮に行かせてほしい、と。
誰よりも早く、王宮に行く理由が鳴と潤にはあった。真実を知る権利が自分たちにはある。一也と波瑠に直接会って聞かなければならない。そしてもし、手を下す必要があると判断したならば、その引導を渡すのは自分たちの役目だろう。他の誰にも任せたくない。敵の立場にいようと、最大の理解者は自分だと鳴も潤も思っていた。
長い付き合いだ。二人の考えが理解できたから、豪はすぐに許可を出した。その分大群を率いる役目を自分が担うことになろうと構わなかった。アルスハイルを背負って立つ二人は一等星だ。飛び切り輝いていてもらわなきゃ困る。少しでも陰る理由があるなら、それを消してやるのが参謀である自分の役目だろう。



***



南朋と聖一の率いる部隊が東側に向かったことで、鳴たちの通る路地の警備は随分手薄になっていた。彼らの部隊のメンバーは古くからの付き合いの者が多く、意思疎通も容易にこなす。騒がしく戦うことが何よりも好きな聖一と彼の手綱を握っている南朋が暴れることを許可したのなら、彼らを止めることは国軍にとっても難儀な作業になるだろう。

鳴と潤は路地を走り抜けていく。その後ろを太陽や樹が追いかける。最前線を駆ける鳴と潤と後ろの間には少しの距離があり、鳴はそっと潤に近づいて耳打ちした。

「潤、迷ってる?」
「……ううん。鳴は?」

小さな声だ。後ろには届いていない。けれども鳴と潤に続く彼らもまた、二人のことをよく知るメンバーであった。気づかないふりをするのも長年の付き合いがなせる技であった。

「俺はね、あいつに聞きたいことがあるんだ」

鳴は剣の柄をを撫でながら言った。真っ直ぐ前を向いて放たれた言葉もまた真っ直ぐに潤の胸にぶつかった。

「私は……、革命を成功させたい。私たちの目的だから。でも、その後…」

言い淀んだ潤を一瞥して、鳴は息を吐いた。

「なんのために豪に無理通して俺ら二人で王宮に向かうのさ?」
「…え?」

そう、本来ならば鳴か潤、どちらかが残るはずだった。けれどもそうしなかったのは何故だろうと潤は疑問に思っていたのだ。国軍に因縁のある相手がいるのは潤も鳴も同じだった。けれども重要なのは個の私怨を晴らすことではなく全体ーーアルスハイルが革命を成功させることだ。だから目を瞑ろうと思っていたのに。

「誰が悪くて、誰を裁かなくちゃいけないか。俺にはわかんないけど。潤が悲しむことはしたくないんだ。間違ってると思うなら止めな。そのために一番に乗り込むんだ」

思わず涙が零れた。この人はどこまでも他人の為に動ける。だから誰もが惹かれるんだ。時々、隣に立つことさえ臆してしまいそうになる。それほどに輝かしくて、真っ直ぐで、自分の信念を曲げない。
鳴にここまで信頼されて、隣で支えられて、答えを出さない訳には行かない。しっかりと見極めるのだ。誰がこの国を滅ぼそうとしているのか。王座に座る潤の幼馴染を裁くことができるのも、きっと潤だけだ。


「おっと、鳴さん・潤さん。先行ってください」

感極まって溢れてきた涙を拭う潤の背を引いて、後ろに続いていた太陽が隣の路地を指さした。どうやら彼等の進行に国軍が気づいたらしい。制止の声を上げる兵士たちは槍をかかげる。大部分を大路に導入しているからか対峙する人数はそこまで多くは無い。

「分かった。太陽、ここは任せるよ」
「怪我しないでね」
「子ども扱いしないでくださいよ」

声を駆けて進路を変える鳴たちに向かって舌を出して軽口を放った。こういう仕草が子供っぽいと潤は太陽をいつも弟のように扱うのだ。

先陣を行く人々の足音が遠さがって、太陽は自分の獲物に手を伸ばす。鞘から剣を抜けば、先程見せていた表情とは一変して好戦的な一面が表に出た。後ろに控える仲間たちも彼の動きを見て獲物を抜く。太陽は戦闘中に指示を出したり、態々声をかけることを得意としなかったが、戦況を見る力はずば抜けて秀でていた。
それに、自分も皆も、先を行かせた二人に対して同じ気持ちを抱いているということは分かった。それで十分。

「なぁ、俺たちと遊んでくれよ。お国の犬共」


正面の兵士に突っ込んでいき、湾曲した剣を振り下した。長物である槍で受け止めようと構えた兵士の甘さを鼻で笑い、槍の柄ごと斬りつける。あっさり真ん中から折れた槍は兵士の体を守ることなく、彼の身体は無残に袈裟切りにされてしまう。
激高した別の兵によって振り下ろされた槍の先を軽くいなし、軌道を変えてやれば別の相手と戦っていた兵士に先端が掠る。双方驚きを見せるが、互いに声を掛け合い太陽に向き直した。動揺を瞬時に立て直せる精神力は流石としか言いようがないが、生まれた一瞬の隙は太陽にとって十分すぎる時間であった。
太陽一人に、大の大人が遊ばれているように苦戦している。別に国軍の兵士は彼を殺さないために手加減しているのでは無い。殺すつもりで、彼の腹を貫くつもりで槍を振り下ろしているのに当たらないのだ。膠着。いや、じわりじわりアルスハイルが押していた。そこに一振り、銀色の刃が空を裂いた。まるで訓練でもしているのかのように、紙一重で攻撃を交わしていく太陽が、初めて後ろに飛び退く。彼の黒髪が何本か持っていかれて宙に舞った。

「向井。やっぱりお前か」

槍を構えた兵士の中に、一人、軍用サーベルを構えた秀明が太陽を見つめていた。先程の鋭い一撃は秀明が放ったものだろう。

「……東条。正直、お前には会いたくなかった」
「お前が会いに来たんだろ、態々ハカムまでさ」
「その、余裕ぶった面見てると、反吐が出る」

太陽は獲物を構えた。合わせて秀明もサーベルを向ける。秀明の整った構えは真っ当な王宮剣術だ。太陽は唇を噛む。
秀明は優秀な兵士だった。自分で考える頭も、それを実行に移す行動力も持ち合わせている。だからこそ腹が立つのだ。お前が、王家に忠誠を誓う価値なんてあるのか。そう問いかけたかった。
一瞬の隙を置いて、金属がぶつかる音が響く。
剣術道場にいた頃、剣の腕は太陽の方が上だった。しかし、現在も自分の方が上などという考えは毛頭ない。秀明はいつだって、自分が予想できないことをやってのける男だった。
力を込めた剣撃も受け止められ、両者は弾かれたように離れる。秀明が汗を拭い、周囲の兵に距離を取るように指示を出す。一対一で勝負をつけようと言うのだ。
太陽の剣筋は通常とは異なり、やけに捕らえ難い。例えるならば、蛇の軌道に似ている。それは太陽の柔軟な身体によって繰り出される特徴ある太刀筋であり、初見の人間ならば違和感を感じた時には既に命を刈り取られているだろう。アルスハイルでも新参者の太陽が部隊長を任されるほどの信頼を勝ち得たのは、一重にこの類稀な剣の才能によるものだった。
対する秀明は基本に忠実な太刀筋を守った。読まれやすいと言えばそれまでだが、誰もが基本として覚えさせられる型は、汎用性が高く多くの敵に対して応用が効くということだ。秀明は基本に忠実だ。長い間受け継がれ使い続けられてきた剣術には重みがある。
何度か鍔迫り合いを経て、先に息を切らしたのは太陽だった。傷を多く負っているのは秀明の方だったが、彼の目はまだ死んではいなかった。
太陽が苛立ったように声を上げる。

「何でだよ!!なんでお前がそこまでする!」
「…自分がやりたいって、決めたからさ」

秀明のサーベルが太陽の頬の肉を抉った。醒めるような痛みと飛び散った自身の赤に、仰け反った太陽が剣を下ろす。
呻くように言った。

「…お前がやりたいことって、なんだよ。反乱を止めるためだったら、なにやったって許されんのか?ガキも、女も、老人も、滅茶苦茶に殺して、それでも、国家のためって大義名分を掲げりゃ許されんのかよ」

「なんだよ、それ。都合の悪いこと全部国のせいにして、不満をぶつける捌け口にしてるのはお前たちだろ」

気づけば秀明も剣を下ろしていた。
周りの騒乱の中、2人だけが剣を下ろして言葉を交わす。

「なあ、お前……あん時、何人殺した?火をかけたのは誰だ。驚いたよ、お前にあんな残酷なことできんのかって」

絞り出すように言葉を告げる太陽の言葉に、秀明が眉を動かした。考え込むような素振りを見せ、突然太陽の側へと距離を詰めた。

「待って。何の話だよ、向井」

その表情が嘘をついているようには思えなくて、太陽は掌を爪が食い込むほど握りしめた。心の中で謝罪を告げる。
ああ、ごめん、皆。俺は今、こいつが自分たちの仲間を殺してなくて良かったと、思ってしまった。

「バイアトの襲撃だよ。お前が関わってねえってことは、上の奴らか?女王様が狙撃されてムキになったってことかよ」
「バイアトを国軍が攻めた?そんなの不可能だよ。国軍はずっとハカムにいたんだ」

二人ともすっかり戦意を喪失してしまっていた。もはや剥き身の剣を野放しにしておく必要もない。

「表向きは、だろ?」
「……規模は?」
「50人は殺られた。惨殺だ。火まで放ちやがって、俺たちのアジトは壊滅状態さ」
「俺たちの部隊長が、襲撃に備えている状況で勝手な行動を許すはずない。一人や二人なら兎も角、そんな大仰な襲撃、私兵でもなきゃ」
「じゃあ女王様の私兵かよ?俺らの仲間が国軍の鎧を見たって言ってんだ。間違いない」
「波瑠様の私兵?……なあ、向井。兵を引いてくれ。その襲撃は絶対に国軍じゃないよ。この反乱、起こさせられてる」

近づいた秀明が勢いよく太陽の肩を掴んだ。合わさったその目が嫌になる程真っ直ぐ自分を見つめているから、太陽はバツが悪そうに剣を鞘に収めた。

「人の良さそうな顔しやがって、これがお前らの作戦だっつーなら、お前参謀に向いてるよ、秀明」
「ありがとう。正直、一対一で戦ってたら勝ち目無かった。助かったよ」

兵に制止を求める秀明の声は大きく響き、太陽は我を忘れかけてる自分の仲間に掴みかかりながらそれを背中で聞いた。記憶の中にある友人はまだ新兵で、傷一つない鎧に着られていた。変わったのだ。太陽も秀明も。
秀明が自身の部隊長に内情を告げると、鍛え上げられた精悍な顔立ちの男が兵を収めて太陽の下へ近づいてきた。額から血を流しており、随分息が荒い。由緒正しき国軍の部隊長という名誉ある立場の筈なのに、男は太陽に向かって頭を下げた。

「教えてくれ、何が起きているのか」

その姿を目にしたアルスハイルのメンバーは目を丸くし言葉を失う。自分たちの思い描いていた国軍の姿は高慢で、市民のことなんて何一つ考えてい無い奴らでは無かったか。

「俺たち、思い違いをしてると思うんだ」

不必要に傷つく必要なんてないんだ、と続けた秀明の言葉に、太陽は顔を上げた。遠く映る王宮の方角で煙が上がっているのが見える。
先を進んだリーダー達のことを思い浮かべて、祈る。どうか、正しい方向に物事がうまく進みますように。
何が正しいとか、間違っているかなんて、誰にもわからなかったけれど。ただ、そう思ったのだ。

prev next
back