03


 首都ハカムから離れた郊外に、彼らのアジトはあった。

 アル・スハイル・アル・ムーリフ。「誓い合った星」と自らを呼ぶ彼らは20歳前後の若者によって構成された自衛組織である。若者がアルスハイルに所属していると聞けば、大抵の国民は賞賛を送る。初めはスラムの近隣を警備するだけの小さな組織であったのだが、5年前の焼き討ちから規模を増大させていき、今では貧民の手助けをしたり、街のいざこざを諫めたりと自警団として大きく名を馳せているのだ。
 アルスハイルは「強きを挫き弱きを救う」組織である。その目的を達成するために、今まで身を潜めていたといっても過言ではない。

 昔戦争に使われていた砦に、若者たちは集まっていた。
 蝋燭の火によって照らされてる円形の建物の中には、輪を作って座る青年達が真剣な眼差しをしている。その中心には武器や防具が集められており、青年たちの視線は一点に注がれ闘志を浮かび上がらせている。

「みんな、よく集まってくれたね」

 頭上から聞こえたその声に、一斉に顔が上がる。声の主は腰に立派な剣を下げた青年だった。年のころは17,18と言ったところか。金の髪に蒼い目をこさえた見目の整った容姿をしている。

「ここにいる皆は、大抵があのスラムの出身だ。五年前、国の政策によって俺達の家は焼かれ、両親や友人は殺された。彼らを救えなかったのは俺達に力が無かったから。俺はそう思う。今、この国の現状はどうだい」

 声を張り上げる青年の声はよく通り、石でできた砦の中に反響した。地べたに腰を下ろすもの、壁に背をつけ剣を握る者。そこには女性もいたが、皆が険しい顔をして青年の話を聞いている。

「照り付ける日差しの下で、老人が倒れている。若い母親は子供を連れて、泣きながら物を乞う。男たちはガリガリに痩せて、日々の仕事を探す始末だ。そんな時、この現状を作った奴等は何をしてる?私腹を肥やして富を独占するだけじゃ飽き足らず、俺達をゴミ扱いだ。そのうち奴隷にでもして他国に売り出すなんて話もあるらしい」

 青年は腰の剣を抜いた。銀色に輝くその剣を掲げて、蒼い瞳を光らせる。

「今、立ち上がる時が来た」

 その一言に、若者たちは湧き上がる。
 各々武器をとって、雄々しく声を上げる。誰も彼もが痩せていたが、体中から闘志が湧き上がる。狭い砦の中は熱気で溢れ、誰かが国への不満を漏らせば、それは一瞬にして広がり、自身の思いを吐き出す場を簡単に作り出した。集まったのは若い青年達が中心であった。これからのセロシアを作るには何が必要なのか。そして、何が不必要なのか。若き指導者を中心に、彼らの意見は一つにまとめられていく。

「革命だ」

 応、と誰が声を上げた。波紋は広がり、呼応していく。
 中心にいて論説をしていた青年は叫んだ。

「俺達が、この国を変えるんだ」



***


「あ〜〜〜〜っ疲れた〜〜〜〜!!」

 砦の上階、小さな部屋で鳴が声を上げた。引き締まった身体を目いっぱい伸ばして欠伸をする。先程まで大勢の前で論説をしていた青年と同一人物とは中々信じられないような変貌ぶりだった。彼はくるりと後ろを向いて声をかける。

「ねえ、どうだった?潤。俺、中々上手くやれてたかな」

 鳴の後ろで茶を用意していた潤は微笑んで、淹れた手の香茶を差しだした。

「すっごくかっこ良かった。中々あんなに堂々と話せないよ。流石だね」

 鳴は満足そうに「そお? やっぱ何でもできちゃうなあ俺!」と頬を染めて頭を掻いた。

「はじめは小さい抵抗軍だったのに、今じゃ、何百人もが私達の活動に賛成してくれてる」

  潤は鳴の隣に腰かけて、ぽつりとつぶやいた。吹き抜けの窓から月が光を注ぐ。

「俺達の活動の力もあるし、圧政の結果でもあるさ。それくらい、今のセロシアは最悪だ」

 鳴が俯いたまま言葉を続けた。鳴と潤は幼いころからの幼馴染だ。アルスハイルの仲間たちの多くはスラムの出身であり、リーダーである鳴とも親交が深い。
 彼らの住んでいたスラムは、五年前に政策によって焼き払われていた。立ち退きの連絡などは一切なく、只、風の強い日に火が掛けられた。布でできた簡素な住処はあっという間に炎にまかれ、逃げ遅れた住民たちは折り重なって焼け死んだ。
 風の噂によれば、近日他国からの役人がハカムの都市を見学に来るらしいとのことであった。今や大国となったセロシアの首都がどれだけ栄えているのかを見せるために、みすぼらしい汚点を消そうとしたのだ。

「俺達が立て直すだなんて大層なこと、考えちゃいなかったんだけどさ、今ならそれもできんのかもって思うんだよね。それくらい、俺達は力をつけた」

 真っ直ぐ前を見つめる鳴の言葉には力がこもっていた。鳴は五年前に両親と姉を亡くしている。彼と同じように国に恨みを持つ人々は多く存在する。彼らを率いる立場に18歳の少年が立つのにどれだけの苦労が必要だっただろう。

「そうね。私も全力でサポートするからね」

 潤は女性ながらもアルスハイルの副リーダーであり、その剣技は男も顔負けで、実力名目共にナンバー2として鳴を支えてきた。
 鳴の手を握る。温かい手。年頃の少年よりも剣を握り、大切な人を守るために何千回も剣を振るってきた戦士の掌だった。

「潤、潤がいてくれて、俺、本当に救われてるんだよ」

「わたしもだよ、鳴」

 逆側の武骨な手が潤の頬を撫でた。潤は微笑む。頬を撫でる指はそっと顎先に添えられて、唇を攫われる。触れるだけの優しいキスを終えて、潤は鳴の頬をつねりあげた。

「でも、いくら人気者になっても、女の子たちにヘラヘラするあなたは嫌い」

「えっ、えっ、見てたの!?あれは違うんだよ!褒められてちょっと嬉しくなっちゃったって言うか、えー!潤!」

 ぷい、と鳴に背を向けて外を眺める潤は微笑んでいた。

 ねえ、鳴。
 あなたがいて、私本当に救われてるわ。
 神様が、もしいらっしゃるなら、どうか。弱き者のために立ち上がる彼が傷つきませんように。そっと、私達に微笑んでください。

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