04
「遅い」
駆けつけた先の部屋ではクリスが不機嫌を顔に浮かべて波瑠を待っていた。長身で無表情な男は西方の国の人間との混血児であり、宮廷内でも異色の存在であった。元々第一線で戦っていた軍人だが、今は文官として政治に関わり、波瑠の教育係を務めている。
幼い頃から面倒を見てくれる兄のような存在であったが、クリスは規則に滅法厳しいのだ。波瑠は国王の面会に行っていたことを伝えようと口を開くが、長年の付き合いだ。全く通用しない。
「だ、だって……」
「言い訳ですか」
「く、クリス、怒らないでよ」
クリスは短く息を吐くと円卓の中央へと波瑠を引っ張って行った。訳の分かっていない顔をした波瑠は只腰をおろして、その隣に立っているクリスに目を向けた。円卓の席は既に埋まっている。その顔触れは波瑠のよく知る者ばかりだった。国王直属の親衛隊。その部隊長達だ。
皆が口を噤む、不穏な空気の中でクリスが口を開いた。
「フェグレスの街で反乱が起きた。首謀者はアルスハイルの奴等だろう」
反乱という言葉に場がざわついた。確かに、今の国家の状況は最悪だ。飢饉が起きて民は飢え、対処を迅速に行うべきの政府は国王の病と大臣の圧政によって機能を停止している。
来るべき時と言えばそれだけだが、タイミングは最悪だった。
「…アルスハイルはバイアトを中心に活動する自警団でしょう?なぜ、反乱を」
口を開いたのは一也だった。重々しい空気の中、円卓に肘をついて手を挙げた。
「そりゃ自警団っつーのは表向きの話だったって事だろうがあ!!」
突然大声を上げた純に、年下の一也が笑い声をあげる。沸点の低い純が一也に掴みかかろうとするのを周りの青年たちが納め、クリスが続ける。彼の声は二人に比べて小さいため、場が静まらないと彼は二の句を紡がないのだ。
「声明が残されていたらしい。彼らの目的は『王政の廃止』だそうだ」
「全く、無知な民衆たちは冠菊様が王位を退いたら、それこそ大変なことになるってわかってないんだもんねぇ」
微笑みを称えたまま厳しい意見を放ったのは亮介だ。彼は特別国王への忠誠心が高い。本来ならば国家への反逆である民衆の反乱について、一介の兵士たちが話し合うこと自体が異例なことだ。それも、姫を招いての会議など前代未聞である。
それも呼ばれているのは現国王の娘である波瑠だけで、同じ姫である立場の鶴喰の娘たちはこの場にはいない。
それを企てた男は続けられる意見に耳を傾け、暫く熟考したあとに言った。
「……鎮圧しか無いだろうな。アルスハイルは民衆に強く支持されている集団だ。早めに制止しなければ国中を巻き込んでの内乱になる」
「あの、クリスさん。鶴喰大臣の決断を仰がなくてもいいんすか?」
クリスの言葉に、一也が疑問を唱えた。
その問いに答えたのは別の人物であった。
「その心配は無い。正規軍の指揮権は鶴喰大臣の下にあるが、俺達は現国王直属の部隊だからな」
鋭気に溢れた声の持ち主は哲也である。彼は現部隊の最高責任者であり、親衛隊の部隊を総括する立場でもあった。
「その通り。軍の指揮は結城に任せる。俺達にとって問題なのは内政の改善の方だろう」
波瑠はそこでようやく自分が呼ばれた意味を感じ取った。
この寡黙な教育係は、民衆によって王政の廃止が叫ばれている中で、主権を大臣の手から取り戻すことを考えているのだ。
「御幸、お前と俺で内部から鶴喰を抑えたい。協力してくれるか」
「勿論です。……あれ?ずっとだんまりですけど、姫様はどうするんですっけ?」
クリスに協力を仰がれた御幸一也という男。彼は随分な食わせ物で、一端の軍人でもありながら親衛隊の参謀としても力を発揮し、その類まれな指揮能力を活かして外交にも明るい人物だった。そのうえ、宮廷内でも顔が広い。
そんな一也に話を振られた波瑠は思わず席を立ちあがってしまう。彼女を囲む男たちは皆が軍人で、一人一人が威圧感を放っているように思えてしまう。脂汗が背中を伝う。握りしめた拳はやけに冷たく、それなのに手汗は溢れてくる。
「……貴方たちは、国王の剣であり盾です。けれど、国王が病に伏している今、守るべきは民です。内乱を鎮圧させて下さい。わたしが、次の政権を取ります。協力を、お願いします」
声を張り上げて言った。顔は思わず赤く染まり、最後の声は裏返ってしまったように思える。けれども、これが望まれていることなのだ。波瑠は唇を噛む。いつかこの日が来るのだと教えられてきた。鶴喰が善政者となるのなら彼女の出る幕などない。けれども、事態は最悪の方向へと進みつつあった。
向き不向きで言えば、彼女は政治には向かないだろう。言ってしまえば女王の器ではない。そのようなことはこの場の全員がわかっていた。しかし、この場の全員は国王に対して絶対の忠誠を誓っている。誰もが若い頃にその才を見いだされ、国王に目を掛けられてこの場にいるのだから。今度は自分が恩を返すのだと決めていた。
幸い、この娘は国王と同じ鳶色の瞳を持っている。他人をそっと惹きつける、必死な硝子の瞳。
「うむ、今の声明、冠菊様に聞かせて差し上げたいな!」
透が口を動かしながら豪快に言った。
「俺達が戦ってる間に鶴喰に負けたらお前ら、どうなるかわかってるよね?」
「亮介さんこえーっすよ!ま、こっちにはクリスさんもいますしね。どうにか鶴喰様を引きずりおろしてやりましょっか」
「は、はい!」
「……もう少し堂々として下さらないと。大臣に物を言う練習をしなければな」
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