05
アルスハイルの名は予想よりも国民に浸透していた。彼らがフェグレスの街に足を踏み入れた時、人々は武装した若者たちに驚きを露わにしたが、リーダーの鳴が紺地に金の刺繍の入った旗を掲げた瞬間、これから何が起きるのかを理解した。
彼らは、私たちの国の若者たちは立ち上がろうとしているのだ。
フェグレスの街は金貸しや高級宿舎などが集中し、官僚や富豪が多く住む都市であった。アルスハイルの目的は金庫の襲撃である。求めることは単純だ。貧富の差を無くし、人々の間の格差を消すのだ。そのためにはまず金が要る。
深い群青に、金色の縁取り。中央に星を散りばめた旗の図案を考えたのは潤だった。自分たちは、夜空に輝く小さな星だ。アル・スハイル・アル・ムーリフ。「誓い合った星」という意味をもつ彼らの組織の名は、一つの目的のために手を取り合って戦う様を、いずれは誰とだって垣根を越えて繋がれる世の中を目指して付けたものだった。
作戦は驚くほどに順調に進んだ。
軍に所属していたものも何人かいるアルスハイルの若者たちは自分たちの作戦がここまで上手くいくことに高揚感と、漲る自信を感じていた。裏付けするのは、民衆の態度だ。皆、自分たちの活動を応援している。貧富の差に甘んじようだなんて人々はいなかった。現状に満足などしていないのだ。
何百人といる団員の配置は前々から決められていた。アルスハイルには優秀な参謀がいる。
***
剣先を中年の男の首筋に突きつけた潤は目を細める。冷たい眼差しは軽蔑を浮かばせており、男は脂汗を滲ませた。
「素敵な商売ね、おじさま」
彼女と数人が襲撃したのは高級遊女を斡旋する女郎屋だった。見目の整った少女たちはよく貧民層からも攫われ売られたものだった。
「お前等、こんなことをして許されると思っているのか。これは、国家に対する反逆だ……!」
店主である中年は呻くように呟いた。潤は答えない。
罪のない少女たちを粗雑に扱っていた男だが、命を奪うまではしなくても良いだろうと考えたその時、彼女の背後で気配を消していた大男が槌を振るった。
けれどもそれが潤の脳天を打つ事は無い。振り向けば大男は頭の上で槌を振り上げたまま、口から剣を生やして絶命している。巨体の後ろから、片目を長い前髪で隠した青年が顔を出した。
「どこ見てるんだ」
「ありがと、勝之」
店主は従僕を殺され激高すると潤に向かってきた。背後の木材を掴み、彼女に向かって振り下ろす。潤はタン、と床を鳴らして半歩後ろに下がった。木材が空を切る。抜き身の剣が彼女の両手に支えられ、木材の側面を滑る様に走った。店主の首筋に赤い切れ目が入る。くるりと首を動かせばひとりでに頭が落ちた。
「……殺したく無かったんだけどなあ」
「仕方ないさ。お前が手を下さなかったら俺が殺していた」
潤の肩を叩く勝之は幼少の頃に娼館から逃げ出してた少年だった。姉と共に攫われ、身の毛もよだつ様な目にあわされていた。彼の姉はその仕打ちに耐えられず命を絶ち、勝之は片目を失った。潤は一度彼の左眼を見せてもらったことがある。人為的に抉り出された痛々しい空洞は彼が復讐を誓う理由だった。
表に出れば仲間たちが血と泥に汚れながらも成果をあげたのか、満足げな顔を浮かべているのがわかった。「できれば殺さず」と潤が告げた言葉をどうやら守っているようで、仲間が立ち去った後の家屋を見れば後ろ手を縛られた家族が俯いて部屋の隅にいた。
潤たちが行いたいのは略奪ではない。平等な分配だ。だからこそこの街を初めの拠点に選んだのだ。
青年達の雄々しい叫び声、肥った女性たちの悲鳴、子供たちは紺色の旗を見れば歓声を上げた。潤は掌を強く握る。間違っていない、私たちは、国を変えるのだ。
「おい、潤」
前方から長剣を引きずって歩いてくる男が潤の名を呼んだ。肩で息をする男に潤は駆け寄る。
「豪ちゃん!どこか怪我でもしたの!?」
「ちげーよ、街の西側で梅宮が張り切っちまって、止めるのに一苦労さ。松原がいるから安心だと思ってたが、あいつニコニコしてるだけでちっとも止めちゃくれねえんだ。お陰で肩がこって仕方ないぜ。俺は戦闘向きじゃねえっつのに……」
首を左右に動かして肩を摩る豪の姿に潤は表情を和らげる。彼はアルスハイルの参謀だ。広い視野と、洞察力を持つ彼は現状を打破したいと考えている鳴と潤に明確な提案を差しだしてくれる。それに、スラムの出身だからか多少気性が荒いメンバーを上手く抑えてくれる良識のある人物でもある。
「あの二人はこの街に確執があるからね。鳴と樹は東側、抑えたみたいよ」
「流石だな。普段はちゃらんぽらんの癖に、戦闘となるとリーダーは別人だな」
「あとは、南側ね。太陽たち大丈夫かな」
今回の作戦は短期決戦を狙った。東西南北に配置されたメンバーはそれぞれの指示に従い主要な建物を襲う。余計な争いは控えること、被害は最小限に抑えること。命を惜しむこと。
それが彼らのリーダーから出された命令だった。
続々と街の外れへと集まってくるメンバーから成果を聞き、彼らを労う。アルスハイルの幹部で女性は潤一人だけだ。女性ならではの細やかな気配りや気遣いによって怪我を指摘されたり、激励を受ける戦士たちは皆満足げな顔をしている。作戦は、成功だ。
「潤!!豪!」
朗らかな雰囲気の中、荒あげられた声に潤は引かれるように後ろを向く。アルスハイル一の俊足を誇るカルロスが息を切らせてこちらへ向かっている。
「撤退だ!!正規軍が来やがった!」
「何だと!?」
驚いて声を上げたのは豪だった。
確かにフェグレスの街は貴族や官僚が多く住む場所だが、腰の重い政府がここまで迅速に兵を送り出してくるのは予想外であった。
爪を噛む豪にカルロスは続ける。
「今の俺達が戦うのは得策じゃねえ。殿は鳴達が務めるから、先においとまするとしようぜ」
鳴の指揮する部隊はアルスハイルの軍の中でも一番武に秀でた集団だ。いくら国の正規軍相手とはいえ撤退だけならば誰も失うことなく戻ってこられるだろう。
潤は戦場での鳴の動きを何度も見ていたし、その度に彼がここで一生を終わらせるのは本当に惜しいと思ったものだった。
先頭で指示を出しながら帰路に着く潤の横で、太陽が笑った。
「ムカつくなあ、ホントに」
「どうしたの」
太陽は革命軍の中でも新参者であった。けれども元々ハカムの剣術道場の門下生であったという剣裁きは群を抜いており、今回の作戦でも豪に大抜擢され、部隊を任された一人であった。
「俺達が襲う場所がバイアトの外れだったら、国軍はこんなに早く動いたのかってこと」
「今のお国を動かしているのは権力者の声だって良くわかるじゃない」
潤は吐き捨てるように言った。
太陽は舌打ちを打ったが、その横で豪が何か考え込んでいるのを見て問いかけた。
「豪さん?」
「それにしても、早すぎる。……そもそも、本当に正規軍か?」
「豪ちゃん、どういうこと?」
「ま、鳴達が帰ってきたら聞いてみるさ」
参謀が考え込んでいるということは、この作戦も偏に成功とは呼べないのかもしれない。潤達はリーダーの帰還を待ち、無事に一人の死者も出さずに革命の火を起こした鳴を褒めたたえた。
***
「あれは正規軍じゃないよ、多分。私軍じゃないかな」
鳴が戻ってきてから、砦では小さな宴が開かれた。
けれども今日の成果は大きいものではない。革命の第一歩が踏み出せたことに変わりはないが、これからも活動を政府軍に邪魔されてしまうのであれば動きづらくて仕方がない。
旧知のメンバーが集まり、豪の考えに耳を傾ける。それに、実際に軍と衝突した鳴が答えた。
「私軍?そんな余裕のある人材が政府にいるんすか」
太陽が疑問を口に出す。
私腹を肥やす官僚や貴族が兵士を持つ事はありえないことではない。けれども鳴達が対峙した軍隊は正規軍に引けを取らない装備を持ち、よく統制されていたそうだ。
「俺も遠目で見ただけだから何とも言えないんだけどさ、指揮してた奴、国王の親衛隊じゃないかって思うんだよね。樹、お前見えた?」
急に話を振られた樹は驚いてあたりを見回した。太陽と同い年の青年は、若くして鳴の補佐を任されている実力者だ。自信無さそうに眉を下げるが、その実力は誰もが一目を置いている。
「……小湊さんが、いた様な気がしました。ちらっとしか見えませんでしたけど…」
「こみなと…って、正規軍の部隊長じゃねえか!俺だって知ってるぜ」
「国王の親衛隊が態々、軍隊を率いてこんな些末な反乱潰しに来る目的かあ…」
樹の言葉に、聖一と南朋も口を開く。
セロシアは戦によって打ち立てられた国だ。国の誇る正規軍は国民に人気があり、その部隊長ともなれば名が知れていた。最も戦争の無い今では正規軍は持て余されており、兵士たちも訓練もせずに俸禄を貰うだけの存在になってしまっている。
「そもそも、無能な国王様はそろそろ崩御されるって噂じゃない」
潤がぴしゃりと言い放った。
現国王に国民が抱いているイメージは最悪だ。古くから燐家が納めてきたセロシアは、今の冠菊王の晩年の年になって急に衰え始めた。隣国のネグラクタからの圧力に貿易は低迷し、飢饉によって食糧危機の問題も解決できずにいる。貧困にあえぐ国民を横目に税は年々上がる一方で、ハカムの王宮前に行けば放蕩三昧で暮している貴族たちは知らん顔だ。
誰もが横暴な王政を憎んでいた。もう十年も冠菊王は国民に姿を見せていない。
とっくに亡くなっているのではないかという噂すらもある。
「冠菊が死んだら、次は誰が擁立すんだっけ?俺政治疎くてわかんねーや」
鳴が剣を磨きながら欠伸をした。
「先王の白妙には二人の息子がいて、長男の冠菊が現国王、次男の鶴喰が大臣を務めている。冠菊には3人の妻がいたが子宝には恵まれなかったらしい。生まれても病死や事故で死んじまってるらしく、冠菊には跡継ぎが居ない。冠菊が死ねば、次は鶴喰が繰り上がりで国王になるだろうな」
すらすらと豪が王宮の内情について答える。
「王家は今や形だけで放蕩三昧さ。鶴喰は娘たちに甘く、湯水のように金を使っては税金を搾り取ってるみたいだね」
「贅沢三昧のお姫様たちか。良いご身分だな」
南朋が続けた。お姫様、という言葉を発した鳴はちらりと潤を見る。
「えーと、それで、急に国王の親衛隊が動き出したのはなぜ?」
潤はその視線の意図に気づかないふりをして周りに問いかけた。
「代変わりか、それとも……王宮内でも何か動きがあるのかもしれないな」
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