Invitation of a phantom

日が沈み、夕焼けに包まれた雷門中学校グラウンド。以前エイリア学園に破壊された校舎の工事は未だ続いており、周りの景色と馴染まないブルーシートが風にはためいている。
まばたきを数度繰り返した瞳子は、今しがた聞いたばかりの言葉を怪訝な顔つきでおうむ返しした。

「ダイアモンドダストとプロミネンスの混成チーム……?」
「はい……」

瞳子の険しい視線にマネージャーたちは小さく頷く。
つい一時間程前、突然帝国スタジアムに現れたバーンとガゼル──カオスは円堂たち雷門イレブンに挑戦を叩きつけた後、多くを語る前に彼らの前から姿を消した。

「試合は2日後。場所は帝国スタジアムです」
「──そう。分かりました」

落ち着きを取り戻した瞳子がそう返すのを確認すると、マネージャーたちは顔を見合わせ彼女に一礼して、去っていく。
4人の影が視界から消えるのを見送り、瞳子は眉根に皺を寄せる。瞳子は彼ら≠フことを多く知らない。ここまで来てあの2人が何故手を組むつもりになったのか、その真意が掴めない。

「(一体、何を考えているの──?)」




それから、一夜明けた次の日。
吹雪はひとり、河川敷に佇んでいた。
仲間たちは来る明日に向けて特訓に励んでいると言うのに、何故自分はこんなところにいるのか。吹雪は自分が情けない気持ちで一杯だった。

「(僕だって一緒にやりたいさ……みんなと一緒にサッカーを)」

俯き、吹雪は奥歯を噛み締める。
サッカーが出来なくなったのは、何も嫌いになったからではない。彼のもうひとつの人格であるアツヤが、それを引き金にまた現れたら──それが恐ろしくて、ボールを蹴ることが出来ないでいる。
あと一度アツヤに気を許したら、どちらが本物の自分なのか、それさえ分からなくなってしまいそうな気がした。

「アツヤさえ、いなければ……」

半ば無意識の内に、そんなことを呟いたその時だった。

「すいませーん、ボール取ってもらえますかー!?」
「!」

ふいに頭上から、幼い声が降ってくる。
気が付くと、足元には普段自分が使っているのとはほんの少し小さいサイズのサッカーボールが転がっていた。
土手の方を見上げると、幼い兄弟がこちらに手を振っている。

その姿が、かつての自分と弟に重なった。

『ほら、アツヤも頼めよ! お前が変なところにボール蹴るからいけないんだろ』
『アレぐらいのボール取れない兄ちゃんが悪いんじゃないか』

──そうだ、アツヤもよくボールをおかしな方向に蹴飛ばして、その度に2人で探しに行った。
時に笑い合いながら、時に文句を言い合いながら、飽きもせずにいつもいつも、あんな風に。

「? あのー……」
「……あっ。ああ、ごめんごめん。行くよ!」

ハッと我に返った吹雪は、振りかぶったボールを兄弟へ向けて大きく放り投げる。
無事にボールを手に収めた兄弟は、「ありがとうございます!」と叫ぶと、どこかへ駆け去って行った。

「(──ああ。やっぱり、ダメだ。出来ないよ)」

見えなくなった2つの小さな背中に、吹雪は目を細める。
例え自分の人格であろうと、アツヤは吹雪の唯一無二の弟だ。もしそれを自分の中から追い出そうものなら、アツヤは本当の意味でこの世から消えてしまう。
たったひとりの、幻の家族。吹雪はどうしたら良いか分からずに、その場に踞った。




そして後日、帝国学園。
指定された時間まで、5分を切った。通常のユニフォームに身を包んだ円堂の肩を、鬼道が軽く叩く。

「円堂、遠慮はいらないぞ。チャンスがあったらどんどん上がってくれ」
「ああ……!」

この2日で、デスゾーン2は十分強力な技に進化したと言える。あれなら、例え強豪な混成チームのゴールでも割れる筈だと、円堂たちは信じていた。
しかしその一方で、未だ固い表情の選手がひとり。立向居だ。

「立向居くん、大丈夫? あんまり緊張しすぎないように、しっかりね」
「は、はい……」

眉根を寄せた織乃の励ましに、立向居は俯いたまま答える。
昨日は織乃にも協力を仰ぎ、ムゲン・ザ・ハンドの完成を目指したのだが、結局何も進展のないまま今日を迎えてしまったのだ。

「ったく、何緊張してんだよ。そんなこっちゃ、取れるボールも取れないぜ?」
「でも、俺…」

ひょこりと現れた綱海に、立向居は困った顔をした。綱海にはもう何日もムゲン・ザ・ハンドの特訓に付き合ってもらっているのに、成果が出ないままで申し訳がない。
しかし綱海はそんなことは意に介していないのか、いつものようにカラカラ笑って立向居の背中を思い切り叩く。

「もっと自分に自信を持て! お前なら大丈夫だって」
「う、は、はい!」

ばしん、と痛そうな音に一瞬顔をしかめた立向居は、つられて大きく頷いた。

──綱海さんがいれば、心配ないかな。そう判断した織乃は、次にベンチに腰かけた吹雪を見やる。
昨日、吹雪は日が落ちた頃にふらりとキャラバンに戻ってきたが、その姿は一層元気を無くしてしまったようにも見えた。
どうにか励ますことは出来ないかとこれまで何度も思ったが、どんな言葉を掛ければ良いのか皆目検討も着かない。

自分の無力さを呪うことしか出来ず、溜め息を吐く織乃に、ふと後ろにいたアフロディが囁いた。

「大丈夫だよ、イオ」
「! 照美ちゃん」

アフロディは視線は前に留めたまま、空に投げ掛けるように続ける。
以前の彼からは想像も出来ないような、暖かな声色だった。

「彼の居場所は、僕が守っておくから。だからイオも、彼を信じていて」
「──……はい」

例え面識が浅くとも、選手の気持ちは、同じ立場の人間が1番理解している。
それを知っている織乃は、アフロディの言葉に素直に頷いた。願わくば、少しでも早く、吹雪が仲間の輪に戻って来られるように。

──その時、遥か頭上でヒィン、と空気を切り裂く音がした。

「来たな……」
「監督……!」

こちらを見上げた秋に、瞳子の視線が一層鋭くなる。
ぶわ、と空気を巻き上げて降ってきた黒いボールは、音もなくフィールドに着地するや否や、目映い光を放った。

「──全く、おめでたい奴らだぜ」
「負けると分かっていながら、のこのこと現れるとはな」

真っ白な光の中から現れた一対の人影は、毒を吐き散らし雷門イレブンと相対する。
赤と青、炎と氷を模したユニフォームに身を包んだバーンとガゼル、そしてカオスに、円堂はぐっと顔を上げた。

「俺たちは負けない──勝負だ、カオス!」

バーンとガゼルは目配せを交わすと、にやりと口角を上げ仲間たちを伴い静かにポジションに着く。
こちらを警戒し後ずさるように移動した雷門イレブンに、2人は仲間たちに囁いた。

「分かっているな。この試合、必ず勝つ……!」
「遠慮はいらねえ。お前たちの力を思い知らせてやれ」

「始まるな……」一触即発の空気が漂う中、観客席では帝国イレブンが両チームを見守っている。
彼らはこれまで、エイリア学園と接触したことが一度もない。故に、カオスのサッカーは勿論、エイリア学園のサッカーを直接目の当たりにするのは初めてだった。

「勝てるかな、雷門……」
「鬼道先輩と織乃さんがいるんだから、勝つに決まってんだろ!」
「静かにしろ、成神」

ごん、と鈍い音が響き、成神は寺門に殴られた後頭部を押さえる。
それと同時にホイッスルが鳴り響き、豪炎寺のキックオフでついに試合が始まった。

「カオスの力は未知数だけど、以前のダイアモンドダストとの試合の実力は五分だった筈。積極的に攻めていきなさい」

──試合開始前に出た瞳子の指示に従い、雷門は素早くパスを繋ぎ中盤までフィールドを駆け上がっていく。
対するカオスも、ボールを奪うべく動き出した。真っ先に標的になったのは、ボールを持った塔子だ。

「あんたにボールは渡さないよ……!」

向かってきたドロルに、塔子はボールを蹴る足に力を入れる。
前回の試合は、ドロルとは競り勝っている。だから今回も、油断しなければボールを奪われることはないと思っていた。思っていた筈だった。

「──えっ!?」

視界から一瞬消えたドロルに、目をしばたく。そして気が付くと、彼女の足は空を蹴っていた。
あまりに刹那の出来事に、駆けていくドロルにボールを奪われたと自覚するのが遅れる。

「(何で……!? どういうことだよ、この前は躱せたのに!)」

勿論、油断も慢心もなかった。しかしそんな心情を嘲笑うかのように、ドロルは塔子を皮切りに次々とディフェンダーを躱していく。
前回のダイアモンドダストの動きではない。ベンチ陣にも動揺が走った。

「ちょっと……この前と全然違うじゃないですか!」
「スピードも、確実にアップしてるわね……」
「そんな、アレから何日も経ってへんで!? 2日3日であんな速うなるか!?」

信じられないものを見るような目でリカが言うが、目の前で起こっていることは事実だ。
織乃も予想外の出来事に、モバイルに走っていた指が止まる。
いくら宇宙人と言えど、根本は地求人と同じ生きているもの=B学習もするし成長もする──それはジェミニストームと戦った時に感じたことだったが、リカの言うように、このたった数日で一気に基礎が伸びるとは思えない。
何か不思議な力でも働いているのか、それともこの試合に余程のものを賭けているのか──あるいは、その両方。
何にせよ、この状況が雷門にとって非常に芳しくないものであるのは確かだ。

「ガゼル様!」

綱海を躱したドロルが、ガゼルへパスを上げる。
「しまった!」いつの間にか雷門陣内深く侵入していたガゼルに、円堂が振り返った。

「今度こそ教えてあげよう……凍てつく闇の冷たさを!!」
「立向居!!」

辺りの空気を一気に凍りつかせ、ゴールに襲いかかるガゼルのノーザンインパクトに、立向居は半歩退いて構える。
まだムゲン・ザ・ハンドは完成していない──ならば、ここは今使える1番強力な必殺技を繰り出すしか選択肢はない。

「マジン・ザ・ハンドぉ!!」

雄叫びを上げ、青く輝く巨人がゴール前にその姿を現した。
しかし、振りかぶったその大きな腕は、ノーザンインパクトの威力に耐えきれず亀裂が走る。

「うあぁッ!!」

青の魔神が霧散し、立向居の体は成す術なくボールごとゴールに押し込まれた。
地面に伏した立向居、そして唖然とする雷門イレブンに、バーンとガゼルは鼻を鳴らす。ここにはいない誰かに、誇示するかの如く。

「これぞ我らの真の力……」
「エイリア学園最強のチーム、カオスの実力だ!!」