VS.Chaos
開始早々、1点差のついたスコアボードを見上げ、瞳子は爪を噛む。
バーンとガゼル、あの2人が手を組み雷門に戦いを挑んだ理由は分からない。が、彼らがこの試合に全てを掛けているのは間違いなさそうだった。
ゴール前では、よろめきながら上体を起こした立向居を、円堂と綱海が助け起こしている。
「立向居……! 大丈夫か?」
「は、はい……すいませんでした、止められなくて」
立ち上がった立向居は、悔しさと申し訳なさに眉根を寄せる。
未完成である技でなく、精錬されたマジン・ザ・ハンドを出したことは判断ミスではなかったと思う。しかしそれでもゴールを許してしまったのは、確実に自分の実力不足だ。
「気にするな! まだ試合は始まったばかりだ」
「俺たちがすぐ追い付いてやるからよ!」
「円堂さん、綱海さん……!」先輩2人の逞しい励ましに、立向居は直ぐさま気持ちを切り替える。
落ち込んでいる暇はない。1分1秒でも早く、ムゲン・ザ・ハンドを完成させなければ、きっとこの試合に勝ち目はないのだ。
「よしみんな、点を取っていくぞ!」
「おお!!」
気合いを入れ直し、雷門イレブンはFWを主軸にフィールドを駆け上がる。
いくら相手が強くなったとは言え、それはこちらも同じこと。一度勝った相手には引けは取らない。リオーネやドロルのチェックをかいくぐり、豪炎寺がアフロディへパスを繰り出す。
「僕のスピードに、着いてこられるかい?」
軽やかに唇で弧を描いたアフロディが、指を鳴らした。
風が止まり、音が止まる。ヘブンズタイムが発動したのだ。このまま一気に持ち込めば得点のチャンスが来る。
勝利を確信したアフロディは、背後で自分以外の選手が動いたことに気付かなかった。
「甘いんだよ!!」
「なっ──!?」
風と音が戻ってくる。ハッと振り返った瞬間、視界に滑り込んできたネッパーが、彼の足下からボールを攫っていく。
ヘブンズタイムが破られたのだと理解するのに、数秒掛かった。
「そんな!?」
「ヘブンズタイムが破られた……!?」
予想外の出来事に、テクニカルエリアにも動揺が走る。
今まで雷門が戦ってきた中で、ヘブンズタイムは確実に最強クラスのドリブル技だ。それを容易く突破するなど、その目で見たものが信じられない。
「ま……まぐれかもしれません! まだワンチャンス、ありますよ!」
震える指で眼鏡を忙しなく上げた目金が叫ぶが、とてもそうとは思えない。
現に今まさに、再び繰り出したヘブンズタイムが先程と同じように、ネッパーに破られた。彼がいる限り、ヘブンズタイムは通用しないのだ。
「照美ちゃん戻って!!」
ヘブンズタイムを破られたことで呆気に取られたのか、動きの鈍ったアフロディに織乃が叫ぶ。
我に返ったアフロディがネッパーを追うが、時既に遅くボールはバーンへ渡ってしまった。
サイドに散った雷門DFのチェックは間に合わず、ゴール前には立向居が1人。完全にフリーだ。
「ジェネシスの称号は、俺たちにこそ相応しい! それを証明してやるぜえ!!」
焔がフィールドを舐め、バーンのオーバーヘッドキック・アトミックフレアがマジン・ザ・ハンドを破り、ゴールに突き刺さる。
攻撃の手段を思わぬタイミングで失った雷門は、そのまま防戦に転じることもままならずペースが乱れていく。
そこを見逃すほど相手も甘くはなく、雷門はそこから更に必殺技での得点を許してしまうこととなる。
1点、2点と差が開いていき、前半が終わる間際になる頃には、スコアボードに表示された数字は10対0になっていた。
「劣勢過ぎる……立向居くんもこのままじゃ保たない……!」
「……」
苦しげに呟いた織乃に、ベンチに浅く腰掛けた吹雪がマフラーを握りしめる。
「これで終わりだ! 紅蓮の炎で焼き尽くしてやる!!」
11点目を得点するべく、バーンが跳んだ。
「立向居!!」弾かれたように振り返った円堂が走り出す。立向居はぐらつく視界の中、迫るアトミックフレアと自分との間に円堂が飛び込むのを見た。
「だあああああああッ!!」
パワーを額に一点集中する。ぐわ、と集まった光は円堂の頭上で巨大な金色の拳になり、業火を纏うシュートと激突する。
「円堂!」
「何ッ!?」
バチン! ──激しい音を立て、ボールは高く放物線を描きコートの外へ飛んでいく。
アトミックフレアをメガトンヘッドで弾き返し、その場に倒れ込んだ円堂に仲間たちは慌てて駆け寄った。
「大丈夫か、円堂!?」
「だ、大丈夫だ……これぐらい、何でもない!」
ぶるりと頭を振った円堂は、おずおずと歩み寄ってきた立向居を振り返る。
にか、といつものように笑って見せた円堂に、立向居はぶれていた視界と心が落ち着くのを感じた。
「……何とか、大丈夫みたいね」
「良かった……」
ベンチから腰を半分浮かしていた秋は、力が抜けたのか崩折れるようにまたベンチに戻る。
円堂が再び定位置に着くのを見つめ、吹雪は歯を食い縛った。仲間たちがあんなに傷付いてまで戦っているのに、何故自分はベンチから動けないのだろう。どうしようもならない熱が胸の奥で燻っているような気分だった。
「よぉし! 俺たちも負けてられねーぜ!」
「これ以上、点はやらないッス!」
キャプテンが身を挺しゴールを守ったせいか、DF陣の士気が上がりカオスの攻撃を防ぐ回数が増えていく。
それに伴い、攻撃に転じる鬼道や豪炎寺たちも動きが良くなっていく。アフロディもヘブンズタイムを破られたことを気にしないことにしたのか、開始直後のプレイを取り戻した。
円堂を引き金に、力が伝染していく。
カリスマ性とはまた違う、人を惹き付ける力は確かに、バーンとガゼルにも見て取ることが出来た。
「これが円堂の力……グランを惹き付けた、円堂守の力か」
「だが、所詮は悪足掻き……!」
2人は顔を見合わせ、頷き合う。
相手が何であろうと負けるわけにはいかない。今の自分たちは、勝利するためだけにここにいるのだから。
「…… DFラインを下げているせいで、中盤が手薄になってる」
「え?」
ぱち、とキーボードを叩くのを中断した織乃が、眉根を寄せて呟いた。
ボールは先程からカオスが持ったままだ。何度か奪いはしたものの、パスが繋がらない。
一瞬、フィールドを駆ける鬼道と目が合った。
そのまま彼が顎で指したのは、立向居ごとゴールを守るように立った円堂である。
「(そうか……ここで円堂さんを上げると、今の守りのペースが崩れちゃうんだ)」
かと言って、このままではこちらの得点のチャンスもやってこない。
前半はあと僅か、得点差は10点。これ以上点を取られれば、逆転の可能性は悲劇的だ。
何か、カオスに付け入る隙はないのか。ほんの小さな、蟻の空けた穴ほどの綻びでも良い。
足を止めずフィールドを見回す内に、やがて鬼道はある点に気付いた。
「(これだ──!)」
そして、ようやっと見つける。針で突いた小さな穴。カオスのリズムを崩す、休止符≠。
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