The best selection

10対0。スコアボードに表示された数字に、観客席に着いた帝国イレブンたちは固唾を飲んで試合の行く末を見守っていた。

「どうすりゃいいんだ……円堂があんな後ろにいたんじゃ、せっかくのデスゾーン2が使えないぞ」

いつも凜々しく吊り上がっている眉を今は悔しげに歪め、誰に言うでもなく源田が呟く。
得点差は大きく、前半も残り僅か。後半から巻き返して行くには、この残り時間の内にカオスに付け入る隙を見つけなければならない。

「(どうする、鬼道──!)」

フィールドを駆け抜ける鬼道は思考と視線を余すことなく巡らせていた。
今し方、視界に入った相手MF・ネッパーの行動。それがただの偶然ではなく、彼が意識した行動であれば。

「(付け入る隙は、そこしかない……!)」

ぐん、と鬼道は走るスピードを上げた。前方を駆けていくのはボールを持ったネッパー、そしてサイドにはヒートとリオーネがいる。

「ネッパー!」

チェックを振り切ったリオーネが声を上げる。一瞬そちらに目をやったネッパーは、次の瞬間何も見なかったような素振りで逆サイドを振り返った。

「……ヒート!」
「!」

──ここだ。
パスが繰り出される直前、鬼道はヒートとボールの間に体を滑り込ませる。
見事カットされたボールに、遠くで円堂が「やった!」と叫ぶのが聞こえた。

「円堂、土門!」
「おう!!」

進撃を阻まれたカオスが動きを鈍らせたのを引き金に、今までフィールドに後方にいた円堂と土門が一気に前へ飛び出していく。

回転しながら、中空へ。ボール一点にパワーを限界まで集中させ、一気に解き放つ。

「デスゾーン2!!」

雷が轟くような音を響かせ、完成した時よりも更に強力なデスゾーン2がフィールドを縦断した。
シュートは飛距離を伸ばすにつれ勢いを増し、カオスのキーパーを押しのけゴールネットを破らんばかりの力で突き刺さる。

10対1。
切り替わった得点に、雷門勢は一気に沸き立った。

「やりましたね!」
「うん……たった1日であそこまでパワーアップするなんて!」

肩を揺さ振ってくる春奈に、織乃は目を輝かせ拳を握りしめる。
ちらりとベンチを一瞥した鬼道が、頼もしい力強い笑みを浮かべてこちらに頷いてみせるのが見えた。

「ふん──たかが1点で、雑魚どもが。格の違いを思い知らせてやる」

しかし当然、カオスに取ってこの状況は面白いものではない。舌打ちしたバーンは試合が再開されるなり、間髪入れず走り出す。
いっそ鮮やかと称しても過言ではないボール捌きで雷門陣内へ進撃したバーンは、持ち前の驚異的な脚力で相手を抜き去り、飛び越していく。

「まずいっ……立向居!!」

頭上を飛び越えていくバーンを追いすがら、円堂が叫んだ。
止める間もなく繰り出された灼熱のシュート・アトミックフレアが、立向居に迫る。

「ここで追加点を許すわけにはいかない……雷門のゴールは、俺が守る!!」

大きく息を吸い込んで、立向居は両手を合わせる。ボールが迫る音だけに耳を澄ませ、意識を深く集中した。
──聞こえる。ボールが空気を切り裂く音が。伏せていた目を開けると、ボールの弾道が残像を残して目に映った。

イメージする。どんな岩でも、何度も打ち付けて削っていくさざ波を。小さな力を幾重にも重ねて作り上げる、鉄壁を。

「ムゲン・ザ・ハンド──!!」

顕現したのは、淡く輝くいくつもの金色の掌だった。伸ばされた掌は、互いに支え合い重なり、シュートを押さえ込む。
立向居は、ぎゅっと瞑っていた目を開く。体はゴールの前。ボールは、彼の手の中にあった。

「で、出来た……!?」

一時の間を空けて、ワッと仲間たちが立向居に駆け寄っていく。
次の瞬間、前半終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。




「休止符?」
「音村風に言えばな」

テクニカルエリアに戻り、鬼道の告げた言葉に円堂は首を傾げる。
どんなに完璧な布陣・メンバーで挑んでも、必ずどこかに穴はあるものだ。その穴を、音村は休止符≠ニ呼んでいた。

そうか、と独り言ちた織乃が、鬼道へ視線を向ける。

「あのMFは、ダイアモンドダストを完全に無視してる──プロミネンスの力だけで勝とうとしてるんですね」
「ああ」

頷き、鬼道はそっとカオスのベンチを見やった。
ネッパーは元々プロミネンス所属。そして、彼が立て続けに無視したドロルやリオーネは、ダイアモンドダストのメンバーだ。
恐らく大量にリードしたことで、余裕と欲が出たのだろう。誰に力を誇示したいのかは知らないが、これは雷門に取って最大のチャンスである。

「ひとつの休止符は、リズム全体を崩壊させる。奴を中心に攻めていけば、まだまだ付け入る隙はある筈だ」
「……!」

小さく唾を飲み込み、雷門イレブンは互いに顔を見合わせた。
10対1の得点差で、ようやく見えた一筋の光。これを逃す手はない。

「と言うことは……僕たちの出番だね。攻撃は任せてくれ」

胸に手を添え恭しく前へ進み出たアフロディに、豪炎寺が頷く。
よし、と返して、鬼道は円堂を振り向いた。

「円堂も、後半は積極的に前に出てくれ」
「ああ。ゴールは任せたぞ、立向居!」
「はい!」

グッと拳を握り締めた立向居が大きく頷く。
ムゲン・ザ・ハンドは無事に形になった。まだまだ成長の余地がある、その手応えも掴んでいる。弱気になる要素は、今の彼にはない。

「よぉし、後半だ! 逆転していくぞ!!」
「おお!!」

ふと、アフロディがベンチに腰掛けた吹雪を見た。吹雪もそれにつられ、彼の深紅の瞳を見つめ返す。
──任せてくれ。アフロディの唇が音もなくそう形取られたのが分かって、一瞬目を見開いた吹雪は小さく頷いた。




「少々奴らのことを侮っていたみたいだな……」

後半開始の時間が迫っている。
前方に構えた円堂たちを烈火のごとく睨み付けるバーンに対し、ガゼルはまだ冷静さを保っていた。

「だが、私たちが組めば負けるはずがない」

ホイッスルが鳴り響く。ドリブルで上がるネッパーを早速鬼道が止めにかかったのを見、織乃はフィールドを見渡す。

「(近くにいるのはダイアモンドダストの選手……プロミネンスは、後方)」

鬼道の推測が正しければ、そしてネッパーの考えが変わっていなければ、次の動きは予測できる。
ネッパーはちらりと辺りを見回すと、ぐるりと体の向きを変えた。

「ヒート!」
「(かかった!!)」

一瞬のタイムラグを見逃さず、ヒートに1番近い位置を陣取っていた塔子が、すかさずボールを奪う。
成功だ。鬼道は敵から見えないよう、マントの中でぐっと拳を作った。
そのまま塔子のパスは前衛のアフロディに渡り、フリー状態だった彼からゴッドノウズが繰り出される。

「やった!」

見事カオスのゴールに突き刺さったアフロディのシュートに、秋と春奈が手を取り合って飛び跳ねた。
ネッパーを中心に広がった穴は、周りの選手も巻き込んでいく。繋がらない連携、チーム同士の擦れ合い。ペースの乱れ始めた隙を突き、雷門は更に追加点を奪っていく。

1点、2点、3点。ついに7点目を取ったところで、バーンとガゼルの顔色が変わった。
ぴりぴりとした空気を纏う仲間たちを一瞥し、まさか、と歯噛みする。

「こいつら……何をやってるんだ……!」
「どうやら教えてやる必要がありそうだな……この試合の意味を……!」

2人を纏う空気が変わった。反射的にそれを感じ取った織乃が、「来るよ、立向居くん!!」とゴールへ向かって声を張り上げる。

「行くぞ、ガゼルッ!!」
「ああ!!」

ボールを持った2人が、雷門陣内へ飛び込んだ。
豪炎寺やアフロディを躱し、攻撃に転じていた雷門イレブンの隙を突き、あっと言う間にゴール前へ辿り着く。

「みんな見ていろ、私たちの姿を……!」
「この試合に懸ける、俺たちの想いを!!」

雷門イレブンとカオスの仲間たちが呆気に取られる中、2人は高く跳躍した。
それぞれの利き足が、真っ赤な炎と白銀の氷に渦巻かれていく。

「ファイア──!!」
「ブリザーーーード!!」

爆発的な風を生み出す、2人の連携シュート。一瞬息を飲んだ立向居は、ぐっと両手を広げた。

「ムゲン・ザ・ハンドぉッ!!」

輝く無限の掌が、炎と氷の渦巻くシュートに伸ばされていく。
小さな力を、幾重に重ねるイメージ。しかしそのシュートは、彼のイメージを、想像を、遙かに凌駕した。

「うわぁあっ!!」
「立向居!!」

勢いに押され、立向居はボールごとゴールに突っ込む。
雷門イレブンが立向居に駆け寄っていく中、カオスの面々は戻ってきたバーンとガゼルを唖然とした目で見つめていた。

バーンとガゼルが一緒にシュートを打った。あの、顔を合わせれば憎まれ口ばかり叩き合って、ライバルにはなれど決して仲間意識など無かったはずの2人が。
2人のリーダーの行動は、彼らが冷静な思考を取り戻すには十分な衝撃となった。

バーンとガゼルはこの試合に全てを懸けている。
全ては、自分たちがジェネシスに選ばれるため。自分たちに取って絶対である、彼≠ノ認めてもらうため。

「……ネッパー」
「……っ」

静かに名前を呼んだヒートに、ネッパーは奥歯を噛み締めた。
プロミネンスだけで勝利を勝ち取りたい。ダイアモンドダストの力なんて必要ない。そう思っていては勝てないのだと思い知らされ、前を向く。

「──何だか、カオスの動きが良くなっていませんか!?」
「……リーダーたちが連携したことで、頭が冷えたみたいですね」

試合が再開され、顔を歪めた目金に一考した織乃は歯噛みした。これでは鬼道の見つけた休止符の意味が無い。
吹っ切れたネッパーは先程とは変わり、ダイアモンドダストのメンバーにもパスを出すようになった。

「リオーネ、上がれ!」
「……!」

ネッパーからのパスを受け取ったリオーネは、小さく頷き雷門陣内深く切り込む。
「壁山!」負けじと円堂に振り仰がれた壁山のザ・ウォールをリオーネのウォーターベールが打ち砕き、ゴール前は再びがら空きになった。

「バーン様、ガゼル様!」

高く打ち上げられたボールを追い、バーンとガゼルが跳ぶ。
ファイアブリザードの体勢だ。これで決められてしまっては、せっかく詰めた点差がまた開いてしまう。

「うぉりゃああああッ!!」

その時、突然雄叫びを上げてフィールドを蹴ったのは綱海だった。
持ち前のジャンプ力で2人の元へ辿り着いた綱海は、体をねじ込むようにしてボールを奪い取る。

「ナイス、綱海!!」

拳を振り上げた円堂に答え、ニッと笑った綱海から豪炎寺へパスが渡る。完璧なカウンター攻撃だ。
「行ったれ豪炎寺ぃ!!」頷いた豪炎寺は、素早くカオスのMFたちのチェックをかいくぐりゴールに迫る。

「行かせん!!」

と、そこへカオスで並ぶ巨体の持ち主、ゴッカとボンバの2人のDFが豪炎寺の前へ躍り出た。

「イグナイトスティール!!」
「フローズンスティール!!」

続けざまに繰り出されるスライディングカットに、豪炎寺も耐えきれず体を弾き飛ばされる。
コート外へ転がっていったボールに、短くホイッスルが鳴らされた。

「大丈夫か、豪炎寺……!」
「ああ……」

額を流れる汗を拭い、豪炎寺は険しい表情でゴッカとボンバを睨む。
イグナイトスティールで体勢を崩したところへ、フローズンスティールでボールを奪う。とても少し前まで仲違いしていたとは思えない、計算された連携だ。

「僕に任せて」
「! アフロディ?」

ふいに、静かに円堂と豪炎寺に歩み寄ったアフロディが口を開く。
アフロディはカオス陣を一瞥すると、円堂と目を合わせ続けた。

「あのディフェンスは、僕が破る」
「や、破るって……そんな簡単に破れるような必殺技じゃないだろ?」

周りで聞いていた仲間も、聞こえたベンチ陣も、アフロディの言葉に動揺する。
春奈はちらりと不安げに織乃を見やったが、織乃は少し難しい顔をしてアフロディの横顔を見つめているだけだ。

「大丈夫。だから、僕にボールを集めて」
「アフロディ……」

円堂は一瞬鬼道の方を窺ったが、彼は何も言わない。
アフロディの選択が間違っているならば、鬼道も、それに織乃も止めるはずだ。それをしないのは、それが最良の選択だと知っているから。そして同時に、それしか手段がないと悟っているから。

「──分かった。アフロディに、ボールを集めよう」

しばし考え、円堂は頷く。この選択が、カオスの鉄壁の守りを崩してくれることを信じて。