Alien's research institute
『──御鏡さん、よね。あなた……どこかで会ったことがないかしら?』
あの時確かに、瞳子は織乃にそう問いかけた。
本人にそれを否定されたことで、一度は納得した。しかしそれ以降も、度々彼女はやはり織乃と自分は過去面識があったのではないかと思うことがあったらしい。
「ここ5年間は、驚くくらい忙しくてね。……私があなたを忘れていたのも、きっとそのせいだわ」
瞳子はそう言って、ほんの少し疲れたように笑う。
5年間。玲名からの手紙が途絶え、織乃のおひさま園に関する記憶が封印された年月。その中で、どのような事が起こり、過ぎていったのか。
キャラバンへ向かう道すがら、織乃は瞳子に尋ねてみる。
「さっきの話……円堂さんたちにも?」
「ええ、そのつもりよ。でも……」
実際に目の当たりにしないと、きっと信じられないでしょうから。
そう告げた瞳子の足が、ふと止まった。
背中越しに前方を見てみると、キャラバンの前に見知った顔たちが人だかりを作っている。
「彼らにも、さっき織乃ちゃんに話した内容を伝えるわ。私の口から、全て」
「……はい。瞳子お姉さん」
暗にまだ何も言わないで欲しいと頼まれたことを察した織乃は、小さく、しかししっかりと頷いて見せた。
ゆっくりと深呼吸した瞳子が、再び歩みを進める。
「監督!」
瞳子の足音に気が付いた円堂が振り返った。いつもと変わらない笑顔。何も疑っていない真っ直ぐな目に、瞳子は内心安堵した。
「あれ?」そんな彼女の後ろに織乃が控えていることに目聡く気付いた春奈が、首を傾げる。
「織乃さん、どうして瞳子監督と一緒に?」
「……うん、ちょっとね」
明らかに何かを濁して曖昧に微笑む織乃に、マネージャーたち3人は顔を見合わせ首を捻る。
瞳子は彼女を完全に背で隠すようにまた一歩前へ進み出ると、雷門イレブンの顔を順番に見回した。
「……みんな、良いのね?」
「はい!」
間髪入れず返ってくる大きな返事。昨日はそれぞれ悩んでいるようだったが、一夜明けて決心がついたのだろう。
誰1人、欠けることなく。酸素を大きく肺に取り込んで、瞳子は肩に掛かった髪を払い除けた。
「さぁ──出発しましょう!」
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ガタガタと鋪装されていない山道を、キャラバンはひた走る。
塔子や秋が買い込んできたお菓子のせいで、車内はちょっとしたピクニック気分になっていた。
「(きっと、これが私が雷門イレブンを率いる最後の戦いになる)」
瞳子は瞼を降ろし、喧噪にじっと耳を澄ませてみる。
今まで、色々なことから目を背け、耳を塞いできた。これが最後の機会。彼らがどんな思いで最終局面を迎えようとしているのか、少しでも感じ取りたかった。
「壁山くん、木暮くん! 君たち、ちょっと欲張り過ぎですよ!」
「ええっ、そうッスか?」
「まだ一杯あるんだから、そんな騒がなくたって良いじゃん」
後部座席の、壁山や木暮を叱咤する目金の声が聞こえる。結局目金には、今までの試合でろくに活躍の場を与えられなかった。しかし本人に不満が無さそうなので、あまり気にはならない。
「また何か、悩みが増えた風だな。瞳子監督と、何か関係があるのか」
「はい。……でも、ごめんなさい。私の口からはまだ何も言えないから」
「──そうか。まぁ良い、その時が来たら話してくれ」
この真面目な会話は鬼道と織乃の物だ。相変わらず、長年連れ添った夫婦のような雰囲気を醸し出している。この戦いが終わったら、彼らも他の子供たちのように年相応にはしゃぐのだろうか。想像にし難い。
「円堂さん、それは……?」
「究極奥義、『ジ・アース』!」
──これは、立向居と円堂の声。瞳子はゆっくりと伏せていた瞼を上げる。
彼女がひっそりと聞き耳を立てていることも知らず、円堂は楽しそうに話し続けていた。
「じいちゃんの考え出した必殺技で、11人全員のパワーを集めた必殺シュートなんだ! チームみんなの心がひとつになった時に、初めて出来る技なんだって」
「11人全員で……正に究極奥義ですね!」
振り向かずとも、円堂がどんな様子で立向居に語っているかなど容易に想像出来る。
きっとあの古ぼけたノートを握り締め、拳を握り締めているに違いない。
「昨日からずーっと考えてたんだ。このメンバーでやってみたい、みんなの気持ちがひとつになれば、大きな力が生まれる! 俺たちのためにあるような技じゃないか!」
──彼はぶれることなく、ただひたすら仲間を信じ続けている。何かを得る代わりに何かを切り捨てて来た自分さえも。
瞳子は組んだ腕に爪を立てた。
「な、何スか、アレは!?」
その時ふいに、壁山が窓に向かって大きな声を上げた。それに釣られ、全員が外の景色に目を向ける。
瞳子は小さく、息を飲み込んだ。
「監督──ここが目的地なんですか?」
「……ええ」
「一度、止めて下さい」短く声を掛けられた古株は、ブレーキを掛けてキャラバンをゆっくり停車させる。
辺りを確認しながらステップを降りていくと、イレブンたちが恐る恐る後ろに着いてきた。
「アレがエイリア学園なんスか……!?」
震える声で壁山が呟く。
切り開かれた山岳地帯に現れたのは、剥き出しの岩壁に突き刺さった円盤形の建物。
時折リズミカルに点滅する毒々しい色の小さなランプは、その壁が黒であることも相俟って夜空に輝く星のようにも見える。
今はまだ遠目から見ているため全景が窺えるが、目の前まで来たら大きすぎて円盤形であることさえ分からなくなるだろう。
「どう見ても、UFO……」
独り言ちた木暮の言う通り、明らかに人工物であるその物体は、SF映画に登場するような未確認飛行物体そのものだ。
明らかに異形であるそれを見上げ、ごくりと唾を飲み込んで円堂は大きく息を吸い込み気を引き締める。
しかし、その矢先。
「みんな、行くぞ!」
「待て」
──聞き慣れた、懐かしささえ覚える声がそれを押しとどめた。
ざり、と足下のの砂利を踏み締める音がする。岩陰から現れたその影に、誰もが目を大きく目を見開く。
「響木監督!?」
一体いつからそこにいたのか、どうやってここまで来たのか。現れた響木に、円堂は大きな口を開けた。
名前でしか彼を知らない加入組は、威圧感のあるその姿に肩を強張らせている。
「この人が……」
「雷門中をFF優勝に導いた、響木監督……!」
響木は静かに円堂たちの前へ進み出た。
ゆっくりと、彼らに言い聞かせるように話し出す。
「俺はこれまで、エイリア学園の謎を探っていた。そして、やっと答えに辿り着いた」
「答え?」
何のことですか、と尋ねた円堂に答えず、響木は手を挙げる。そして、伸ばされた指が指し示したのは。
「エイリア学園の黒幕は──お前だ」
──円堂たちの傍らに佇んだ、瞳子だった。
肩を揺らし瞠目する彼女に、円堂たちの驚愕した視線が集中する。
そんな、と焦りを浮かべた織乃が彼女を庇うように前へ出た。
「瞳子監督がエイリア学園の黒幕って、どう言うことですか響木監督!」
「──それは、彼女が自ら明らかにするべきだろう」
手を下ろし、響木はサングラス越しに瞳子を見つめる。
織乃は思わず彼女を見上げた。瞳子が黒幕でないことは、今この場で一番自分が分かっている。しかし彼女に対するイレブンの信頼は、響木へのそれに比べればずっと低い。
それをどう説明すれば良いのか。迷っている間にも、響木は口を再度開く。
「円堂たちをジェネシスと戦わせるならば、全てを語る責任がある」
「……全ては、あの中にあるわ」
織乃の肩に手を添えて、瞳子は鋭い目であの円盤形の人工物を見上げた。
「そう──あの、星の使徒研究所≠ノ」
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響木を加え再びキャラバンで山道を行く。
円盤形の建物──瞳子が星の使徒研究所と呼んだそこへ近付くに連れ、空気が淀んでいくような気さえする。
やがて扉と思しき壁の前までやって来たところで、キャラバンはブレーキを掛けた。
「扉が開かないんだが……ここからは徒歩で行くのか?」
「いいえ。少し、待って下さい」
困った風な古株に答え、瞳子は徐に携帯電話を取りだした。何度かキーを操作して、何かの入力画面を開く。
『認証コードを入力して下さい』
響く機械的な音声に従い、瞳子は迷うことなく番号を入力した。4桁。忘れることのない、彼≠フ生まれた日付を。
それに呼応して、扉が開く。家主を迎え入れるように、自然に。キャラバンはそのまま薄暗いトンネルのような道を進んでいく。
「開いた……」
「本当に関係あるみたいだな……エイリア学園と……」
ひそひそと聞こえてくる声に、織乃はスカートを握る指先に力を込めた。
本当は違うのだと叫びたい。響木の言ったことは間違っているのだと。けれど、瞳子と交わした約束がそれをさせてくれない。
ならば、出来るだけ早く仲間たちを真相に導かなければ。織乃はぐっと顎を上げた。
「何だよ、誰もいねーじゃねぇか。エイリア学園って言うから、宇宙人の生徒が一杯いるのかと思ったぜ」
「どんな生徒やねん……」
ぼやいた綱海に、呆れた表情でリカが口を挟む。
しかし彼の言う通り、いくら道を進めど人の影すら見当たらない上、気配もない。それが余計に不気味さを増長させているようにも感じる。
「……止まって下さい」しばらく走り続け、先程の入り口よりも一回り小さな扉が見えてきたところで瞳子は腰を浮かせた。
「監督……ここは一体何のための施設なんですか?」
「……吉良財閥の、兵器研究施設よ」
ステップを降り、辺りを慎重に警戒しながら尋ねた鬼道に、瞳子はそう答える。
その途端、鬼道は僅かに眉根を寄せた。
「吉良財閥……」
「吉良って……監督の名字も吉良っスよね?」
吉良瞳子。それが彼女のフルネームだ。
しかしそれ以外にも、鬼道はその名字を聞いた覚えがある。
「(あの時のパーティーの主催者の名前も、確か……)」
ちらりと横にいる織乃を窺うと、彼女はじっと瞳子の後ろ姿を見つめていた。
円堂や自分たちとは、また違う意味合いがその視線に籠もっているようにも見える。
「……私の父の名は、吉良星二郎。吉良財閥の総帥よ」
「自らの作り出した兵器で、世界を支配しようと企んでいる男だ」
世界を支配。響木の言葉に、一瞬耳を疑う。フィクションの中でしか聞かないような話に、雷門イレブンは目眩すら覚えた。
宇宙人と戦う──そう決めた時から危険な目に遭う覚悟はあったが、その黒幕は瞳子の父親、即ち普通の人間。一気に現実味を帯びてきた話に、今更ながらとんでもないことに巻き込まれたと思ってしまう。
「兵器研究施設が、ジェネシスのホームグラウンド……」
呟きながら、鬼道は高い天井を見上げた。
真帝国学園で相対した影山は、『エイリア皇帝陛下』と言う単語を口にしていた。恐らくそれが吉良星二郎のことを指しているのだろう。
しかしただの人間が未知数の宇宙人を従えられるとは到底思えない。それもこの施設と何か関係があるのだろうか。
「エイリア学園はただの宇宙人じゃない……監督はそう言いましたね」
「ええ」
背中に問いかけると、瞳子は振り向きもせずに頷いた。
ゆっくりと歩を進め、瞳子は扉の脇にあったパネルを指でなぞった。現れたホログラム式のキーパネルを操作して、1歩後退する。
「兵器開発とエイリア学園……一体どんな関係があるんですか」
「──その答えは、この先にあるわ」
両開きの扉が、ゆっくりと音を立てて開いていく。その先には、無機質な壁に囲まれた通路がずっと続いていた。
「先導するわ。……着いてきて」
歩き出した瞳子に、イレブンたちは視線を交わし戸惑いがちに着いていく。
歩けど歩けどひたすら似たような景色が続き、目印も無い。しかし瞳子はやはり内部を熟知しているのか、迷うことなく道を進んだ。
「──何か、変な音がしないか?」
ふいに、立ち止まった塔子が先の通路を指さす。
「音?」耳を澄ませてみると、確かにそれまで聞こえなかった音が聞こえてきた。
金属同士がリズミカルにぶつかり合う音。まるで、こちらに歩いてきているような。
『侵入者発見、侵入者発見』
ガシャン──と一際大きな音を立てて、それらは先の曲がり角から現れた。
子供の背丈程の大きさの、頭の大きな3体のロボットだ。目の部分に当たるランプがチカチカと点滅し、小脇には何故かサッカーボールを抱えている。
「……マズいわ」
『排除、排除!』
次の瞬間、ロボットたちが一斉にこちらに向かってサッカーボールを蹴ってきた。
しかし、ただの打ってくるだけの可愛らしいものではない。1つ1つが大砲のような威力の殺人シュートだ。ガキン、と音を立ててボールのぶつかった部分の壁がヘコんでいる。それを見た円堂たちの顔が一気に青ざめた。
「うわわわわわわ!!」
「みんな、脇道に入って!!」
悲鳴を上げながら、瞳子の言う通り大急ぎで脇道に逸れる。
ロボットたちの猛攻は弾幕のように行く手を遮り、止む気配がない。舌を打ち、瞳子は眉間に皺を寄せた。
「警備ロボットのことを失念してたわ……」
「どうするッスか……!? これじゃ進めないッス!」
「ヒィッ!」角を掠ったボールが、金属の擦れる嫌な音を立てて飛んでいく。
脇道の先を窺いながら、一之瀬が尋ねた。
「この先へは進めないんですか?」
「……そっちは行き止まりなの。目的地の部屋に行くには、あの道を進まないと」
奥歯を噛み締め、瞳子は頭を回転させる。
この施設自体の構造や扉を開けるパスワードはある程度頭に入っている。しかしあのロボットたちを止めるには、管理室から全てのロボットの電源を落とすしか方法がない。
しかしその管理室があるのもあの道の先だ。そうなれば、残された方法はただひとつ。
「どうにかして、あの黒いロボットを壊せれば……」
「黒いロボット?」
円堂は角からそっと頭を覗かせ、ロボットたちの様子を窺った。
先程は弾幕に驚いて気が付かなかったが、確かに白いロボット3体の向こうに、黒いロボットが1体控えているのが見える。
「警備ロボットは4体1組で稼働するようにプログラムされているの。その指揮系統は、あの黒いロボットに組み込まれているわ」
「つまり、黒いロボットを破壊出来れば、残り3体のロボットも動かなくなるんですね!?」
メンバー中一等そう言ったことに強い目金が手を打ち(他の何人かは首を捻っている)、瞳子は頷くも、その破壊する手立てが見つからない。
その時、後ろから「分かりました」と静かな声が聞こえてきた。
「とにかく、あの黒いのを壊せば良いんですよね」
「壊せば、って……ちょっと、御鏡さん?」
その場で軽く屈伸を始めた織乃に、ギョッとした様子の夏未が声を掛ける。
まさか、あれらに特攻するつもりなのだろうか。秋と春奈も目を合わせ、顔を青ざめさせた。
「さ、流石に危ないですよ織乃さん!」
「大丈夫、大丈夫。それに──こんな所でいつまでも足止めを食うわけには、行かないから」
ぐっ、と腕を引いて、織乃は呼吸を落ち着けた。そして他の誰かが止める間もなく、彼女はカタパルトから射出されたような勢いで通路へ飛び出す。
その瞬間、標的を見失い動きを止めかけていたロボットたちが、一斉にこちらを向いた。
『侵入者発見、侵入者発見!』
『排除、排除!』
織乃に狙いを定めたロボットたちがボールに向かって足を振り上げる。しかし、システムに従い動くロボットと、反射神経で動く織乃とでは、その反応の差は大きい。
白いロボットたちの初動を見定め、ボールが発射される前にその隙間を縫うように通路を駆け抜けた織乃は、直ぐさま黒いロボットの懐へ飛び込む。
そして黒いロボットが行動するよりも早く、体を捻り突き返し蹴りを繰り出した。
「せやぁッ!!」
突き出された蹴りが、ロボットの頭部と胴を繋ぐ部分──人間で言うところの首にめり込む。
ぶつん、と何かを千切ったような手応えを感じたのと同時に、それまで点滅していたロボットの目の光がふっと消えた。
「──さぁ、先に進みましょう!」
首の接続部分から小さな火花を散らしたロボットがその場に崩れ落ちる。
振り向くと、他の白いロボットたちも糸の切れた操り人形のようにバタバタと倒れたところだった。
「俺、御鏡さんとは絶対喧嘩したくない……」
冷や汗を掻きながら低い声で木暮が呟く。
口にはしないが、その場にいる全員が同じ事を考えていた。
「──きゃっ!?」
「な、何だ!?」
恐る恐る1歩踏み出した瞬間、唐突に周囲一帯の明かりが消え失せる。
──しかし、1カ所だけ明かりの消えていない場所があった。あのロボットたちがいた通路の先に、1つだけポツンと明かりが残っている。
「……あの先よ」
瞳子の言葉を待っていたかのようなタイミングで、それまでただの壁同然に思えたそこは突如として大きな扉へと変形した。
空気の抜けるような音を立て、左右に扉が開いていく。
入り口からその奥へと足下に小さな灯りが連続して灯り、暗闇の中で道標のように光るそれは、まるでこの先に来いと誘っているかのようだった。
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