For what is believed
瞳子が剣崎と呼んだ男に誘われた先にあったのは、縁側のある庭園だった。
円盤形の建物の中に、ぽつりと佇む日本家屋。まるで、その空間だけ時間が止まっているかのようだ。静かな異常性に、円堂たちは静かに息を飲む。
織乃はその日本家屋に、見覚えがあった。
山間に立つ縁側のある平屋と、小さな公園のような作りをした庭──おひさま園の作りによく似ている。
意図してそう作ったのか、そうでないかは分からない。ただ、縁側に腰掛ける彼はやはり、あの頃と何も変わっていないように思えた。
「プレゼンテーションはどうでしたか」
よく出来ていたでしょう、と吉良は真っ正面に立つ瞳子に微笑み掛ける。
父の狂気を止めるべく、この研究所を飛び出して数年。瞳子は久し振りに相対した吉良へ向け、眦を吊り上げた。
「お父さんは間違っています。ハイソルジャー計画をやめて下さい!!」
「……どうやら分かっていないようですね。お前たちも私の計画の一部に組み込まれていたと言うことが」
溜息を長く吐き出して、吉良は苦笑交じりに目尻に皺を寄せる。
その答えに虚を突かれた瞳子は、一拍開けて眉を顰めた。
「どう言う意味ですか……」
ず、と吉良は傍らに置いてあった湯飲みから緑茶を啜る。
敢えて焦らしているかのような父の対応に、瞳子はじりじりと額に汗が浮かぶのを感じた。
「……エイリア学園との戦いで鍛えられたお前たちが、ザ・ジェネシスにとっていずれ最高の対戦相手になるだろうと思ったからですよ」
「……!!」
蕩々と答えた吉良に円堂たちが息を飲んだのを感じながら、瞳子は瞠目する。
破壊活動から誘拐まで、目的の為なら吉良はどんな犯罪にも手を染めた。故に、雷門イレブンを鍛えている最中に何か妨害工作をしてくる可能性もなくはなかった。しかし最後までそれをしようとはしなかった吉良に、瞳子は心の奥底で安堵したのだ。
良かった。父さんは子供たちを直接傷付けるまでには至っていない。これならまだきっと、止めることが出来る。
──そう、思っていたのに。
「瞳子。お前は良い仕事をしてくれました。礼を言いますよ」
毒々しく微笑んで曰う吉良を、瞳子は呆然と見つめる。
このチームの監督になって、色々な物を切り捨ててきた。彼らを強いチームに仕上げるために、色々なことに目を瞑り、耳を塞いできた。
──それが、結果的に父の掌で転がされているだけだったとは思いもせずに。
「私のしてきたことが……エイリア学園のためだったと言うの……?」
「瞳子お姉さん……」
織乃は肩を震わせ譫言のように呟く瞳子の背中を見つめる。
今まで瞳子はただ真っ直ぐに前だけを見て進んできた。それが今、捨ててきた足下の石に躓いている。目の前に聳えた壁に、ゴールを見失っているように見えた。
「さぁ、試合の準備をして下さい。ジェネシスが待っていますよ」
茫然自失として立ち竦む娘に言い残し、吉良は家屋の奥へと消えていく。
いつの間にか剣崎も姿が見えない。静かになった庭園で、瞳子はふらりと振り返った。
「……みんな」
子供たちは皆、真っ直ぐに自分を見つめている。その瞳に込められた思いは様々で、一つ一つを咀嚼し、嚥下する余裕は、今の彼女にはない。
「私は今日まで、エイリア学園を倒し、父の計画を阻止するために戦ってきた。でも……あなたたちを利用することになってしまったのかもしれない」
──せっかく、彼らはここまで着いてきてくれたのに。
その思いを汲むことが出来なくなったことへの憤りと悔しさに、視線は自然と足下へ落ちる。耳に掛かった髪が崩れて、視界を遮った。
「私には、監督の資格は──」
「違うッ!!」
突然、重たい空気を引き裂くように円堂な怒声にも似た叫びが庭園に響く。
吊られて顔を上げた瞳子は、肩を怒らせた円堂が真剣な眼差しで──仲間たちに普段向けているのと変わらないそれで、自分を見つめていることに気が付いた。
「監督は……俺たちの監督だ!!」
「……円堂くん」
思えば円堂だけは、一貫して自分を信じ続けてくれた。それは勿論、今も変わらないこと。
円堂の瞳子への信頼は、揺らいでいない。失ったものと同じく、得たものも多くあったことを、彼は忘れていない。
「監督は、俺たちが強くなるための作戦を教えてくれた! 次に繋がる負け方を教えてくれた!俺たちの挑戦を見守ってくれた!」
「だからここまで来れたんだ!!」力説する円堂に引かれるように、数度瞬きをした仲間たちの目が輝く。
瞳子と過ごして得たものは、確かに自分たちの中にある。それを今、思い出したかのように。
「監督のやり方は好きじゃなかったけど……今なら分かる。監督はずっと、俺たちのことを思っててくれたんだって」
「スパイとか言って、ごめんなさい!」
「監督のこと疑って……すいませんでした」
ここに来るまでに瞳子に疑惑の目を向けていた一之瀬たちは、それぞれ謝罪を口にする。
「あたしたちは、監督に鍛えて貰ったんだ!」
「そうです! エイリア学園のためじゃない……俺たち自身のために!」
疑うことを知らない塔子や立向居は、円堂と同じように真っ直ぐに瞳子を見つめる。
「みんな……」
「監督」
静かに響く声に、瞳子は僅かに肩を揺らす。半歩前に進み出た吹雪は、そっと彼女に向かって微笑んだ。
「僕も、監督に感謝しています」
「……! 吹雪くん……」
恨まれても仕方がないと思っていた、吹雪にさえ。瞳子はスラックスを指先で握り締めて、唇を噛み締める。そうしていないと、子供たちにみっともない顔を見せてしまいそうだった。
「最後まで、私たちと戦って下さい」
「!」
冷えた指先が、ゆっくりと温かいものに解かれる。
その先を辿ると、ずっと傍らにいた織乃が力強い笑みを浮かべていた。
彼女もまた、自分と同じ志を持つ1人。彼女を信じていてくれた1人だ。
「ハイソルジャー計画を止めましょう、瞳子お姉さん。ヒロトくんや玲名ちゃんたちを、解放しなくちゃ」
包まれた右手から、熱が伝わってくる。
その熱はゆっくりと体全体に行き渡り──凍り付きそうになっていた心までを、暖めていく。
やがて彼女は、子供たちの顔を見渡して、しっかりと頷いた。
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「デジャブ。まぁ、言い得て妙……と言ったところか」
通された控え室で、鬼道は納得したように呟いた。
あの時耳敏く織乃の『瞳子お姉さん』と言う単語を聞き逃さなかった春奈がどういうことかと問い詰めてきたので、試合前に痼りを完全に無くすため織乃は自分とエイリア学園との繋がりをここに来てやっと──自身が改めて思い出したことの確認も兼ねて、仲間たちに話したのである。
「だから初めて会った時、瞳子監督も御鏡さんのことを知っている風だったんですね」
「ええ」
こちらを見上げた夏未に、瞳子は小さく答えた。
直前に響木が話したのだが、彼が瞳子を黒幕だと言ったのも、円堂たちに全て包み隠さず話させるためだったらしい。
その響木は今、部屋の片隅で携帯電話越しに鬼瓦を呼び出している。日本全体へ向けて犯罪予告紛いのことをした男の根城だ。彼もすぐ部下たちを引き連れてここにやって来るだろう。
「その、御鏡さんが持ってるエイリア石は、もう効果は消えてるんですよね……?」
「うん。光ってもいないし……原形もないから」
掌にエイリア石の残骸を乗せて、織乃は恐る恐る尋ねてきた立向居に頷いて答えた。
幼い頃の玲名が、織乃をハイソルジャー計画に巻き込まないために──自分たちのやろうとしていることを知られたくないが為に送りつけてきたエイリア石。恐らくだが、元々本来のエイリア石ほどの効力はないのだろう。
「じゃあ、あのロボットを壊したのは御鏡さんの地力ってこと……?」
「シッ」
ぼそりと呟いた木暮の口を、春奈がサッと塞ぎに掛かる(鬼道が渋い顔をした)。
古い手紙にエイリア石の欠片を包み、ポケットに入れた織乃は、改めてその控え室を見渡した。
壁も床も、天井も白いこの部屋は、元々電気の光が強いこともあってかとても眩しく見える。
目映い光は、仲間たちの顔を陰りなく照らし出す。迫る運命の時へ向けて思いを募らせるその精悍な面差しを、包み隠さず眼下に晒す。
そしてその表情に、一切の迷いはない。
「──行くぞ、みんな」
白い景色の中で、円堂が立ち上がった。
そこへ仲間たちが集まっていく。円陣はまだ組まなかったが、視線を交わすだけで今は十分だった。
「この試合は絶対負けられない。俺たちの戦いが、地球の運命を決めるんだ!!」
「今度こそ、本当の最終決戦と言うわけだな」
皮肉を交え、鬼道が合いの手を入れる。いつもなら不安を煽ることもある彼の言葉は、今はメンバー全員の士気を上げる起爆剤だ。
合図もなく、円堂たちは瞳子の前に整列する。
瞳子は迷いの消えた目で、彼らの顔を見ていく。思い出すのは、初めて彼らと出会った日のこと。あの時は学校が壊され、仲間がいなくなり、それぞれ不安を抱えていた。
けれど、ここにいるのはあの頃の雷門イレブンではない。身も心も強くなり、新しい仲間が加わった、瞳子の作り上げたチームだ。
「あなたたちは、地上最強のサッカーチームよ。だから……私の指示は、ただひとつ」
試練を叩きつけるかのような毅然とした声色で瞳子は言う。
選手とマネージャーたちに見つめられる中、彼女は髪を靡かせ彼らに居直り、不敵に笑って見せた。あの時と、同じように。
「──勝ちなさい!!」
「はい!!」
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