VS.Genesis

天井が浮き上がり、点滅したいくつものランプがフィールドを照らし出す。
準備を終えた雷門イレブンが通されたのは、まるでUFOの中にいるような錯覚を覚えるピッチだった。
しかしここは決してUFOの中などではないし、戦う相手も宇宙人ではない。ただの人間。彼らと何も変わらない、11人の子供たち。

「──とうとうここまで来たね、円堂くん」
「ああ。お前たちを倒すためにな」

ピッチの中央で待ち構えていたグラン──ヒロトと、円堂は向かい合う。
初めて会った時は、ただ変わった奴だとしか思わなかった。それでも一緒に楽しんでサッカーが出来るならどんな相手でも関係ない、そう思っていたのだ。二度目に相対した時までは。

「俺はこの戦いで、ジェネシスが最強の戦士であると証明して見せるよ」
「……最強だけを求めたサッカーが、楽しいのか?」

静かにそう返した円堂に、ヒロトの肩が一瞬揺れる。
エメラルド色の瞳が湛える光は、どこまでも暗く、深い。それは彼の今の心の中、そのものだった。

「──それが、父さんの望みなのさ」

父さん。その単語を聞いた円堂が、少しだけ戸惑うような表情をしたのがベンチから見える。
織乃も瞳子も、エイリア学園の子供たちと吉良との直接的な関係は、彼らに説明していない。試合中の思考の妨げになる可能性があったからだ。

織乃はちらりとヒロトの従えるジェネシスを見遣る。
──覚えている。思い出せる。みんな、それぞれ面影が残っているから。彼らは織乃のことを覚えていないかもしれない。何せ8年も前のことなのだ。
けれど、それでも良いと思う。大事なのは、織乃が彼らを吉良の呪縛から解放したいと願う心。その為に雷門イレブンを全力で支える気持ちだ。

両チームが位置に着き、ついにホイッスルが高らかに吹き鳴らされる。
世界の命運を懸けた、世紀の決戦。最初にエイリア学園と戦うと決めた時は、まさかこんなことになるとは思いもしなかった。だが、その根本にあるものは何も変わらない。

みんなの愛したサッカーを悪事の為に利用するエイリア学園を止める。ただそれだけだ。

「始まった……!」

固唾を飲むマネージャーたちの傍らで、瞳子はフィールドを食い入るように見つめながら組んだ腕に爪を立てる。
ジェネシスのキックオフで始まった試合は、開始1分で怒濤の展開を見せた。素早い動きで雷門陣内へ特攻してきたジェネシスの攻撃をギリギリのところで回避し、打たれたシュートを円堂がメガトンヘッドで弾きカウンター攻撃を繰り出す。パスを受け取った鬼道、そして一之瀬がDFをかいくぐりながら前線の豪炎寺へボールを回す。
いつも以上に早急な試合運びに、目で追うのがやっとの状態だ。

「爆熱ストーーーーム!!」

爆炎を纏った豪炎寺の必殺シュートが炸裂する。
しかしシュートを目の前にしても全く焦る様子を見せない相手キーパーのネロは、静かにほくそ笑んで手を翳した。

「──プロキオンネット!」

掌から広がったのは、光線状の網。プロキオンネットが豪炎寺のシュートを飲み込むと、ボールは難なくネロの小さな手に収まってしまう。

「そんな……豪炎寺くんでもゴールを奪えないなんて……!」
「……苦戦は承知の上よ」

呆気に取られるマネージャーたちに対し、瞳子は険しい目でフィールドを見つめたまま切り返す。
そう、この程度の展開なら読めていた。問題はここからどう盛り返して行くかだ。

しかし、考えたところで試合は止まらない。
ネロからボールを受け取ったジェネシスは、シュートを受ける前よりも一段とスピードが増しているように見えた。
雷門イレブンが止めに掛かる間もなくフィールドを飛ぶように駆け抜けて、ウルビダからパスを受け取ったグランが中空へ跳躍した。

──流星ブレードだ。咄嗟に気付いた円堂が立向居に向かって叫ぶ。

「止めろ、立向居ッ!!」

流星ブレードが空を切り裂く音が、円堂の声を掻き消す。迫り来るシュートに腕を掲げて、立向居はゴクリと息を飲み込んだ。

「──ムゲン・ザ・ハンドォッ!!」

金色に輝く手が、ゴールを守るべくシュートをその掌に押し込める。
ただ、保ったのはほんの数秒間だった。

「うわぁああッ!!」

無情にムゲン・ザ・ハンドを打ち砕いた流星ブレードは、立向居の体をいとも容易く吹き飛ばして雷門のゴールに突き刺さる。
ホイッスルが鳴ると同時に、スコアボードが0対1とジェネシスの先取点を表示する。開始からまだ2分も経っていなかった。

「分かっただろう? 最強がどちらなのか……」

目を細めて冷たく微笑するグランに、どう言い返すことも出来ずに円堂は歯を食い縛る。
そしてベンチでは、吹雪が彼と同じような反応を示していた。

「何て奴らだ……本当に俺たちと同じ人間なのか?」

頬についた泥を拭いながら、一之瀬が呆然と呟く。エイリア学園の生徒は、ただの人間。試合前に散々心に言い聞かせてはいたが、こうも圧倒的な力を見せられると迷ってしまう。
こんな絶大な力を持っているチームに、果たして自分たちが勝てるのかどうか。

試合前と比べ明らかに士気を失った仲間たちに真っ先に気付いたのは、鬼道だった。

「(まずい……究極奥義が破られ、みんな動揺している)」

ゴールを守るキーパーは、最後の砦でもある。その力が早々にジェネシスに通じないことを目の当たりにされ、士気を削がれた仲間たちの顔は俯いてしまっている。
これをどう引き戻すか。その思考から鬼道を現実に引き戻したのは、空気を切り裂くように放たれた瞳子の声だった。

「顔を上げなさい!!」

叱咤するようなピシャリとした声に、視線は自然とそちらを向く。
ベンチから立ち上がった瞳子は、ライン際に仁王立ちしていた。
今日までの特訓を思い出せ。貴方たちは強くなっている。諦めず、立ち止まらず、1歩1歩積み重ねてここまで来た。子供たちの視線を一手に受けながら、彼女はそう声を張り上げる。

「自分を信じなさい! そうすれば貴方たちは勝てる! 私は、信じているわ!!」
「瞳子監督──」

下を向いていた顔が上がっていく。瞳に生気が戻って行く。そうだ、初めはいつだってこうだった。負けを味わい、悔しさと苦しさを噛み締めながら、それでも前に進んで来た。

「そうだ──最初はジェミニストームにも全然敵わなかった」
「でも今は、最強のジェネシスとも戦えるまでになった」

彼らは知らない。かつて瞳子が、彼らを打てば響く選手だと評価していたことを。
そしてそれは、今でも変わらない。何度打ちのめされても立ち上がり、歩む足を止めない。彼らはそうやって今までを乗り越えてきた。
──俺たちは強くなっている。それを今、改めて思い知った。

「監督の言う通りだ! みんな、絶対勝つぞ!!」
「おお!!」

円堂の雄々しい叫びに、仲間たちが呼応して拳を掲げる。
たった一言でチームの雰囲気を変えた瞳子に、鬼道は一瞥を向けた。1番最初──染岡たちが彼女を監督から外すべきだと激高していた時のことが嘘のようだ。
瞳子もまた、今までの試練を乗り越えて、ようやく雷門イレブンの監督を名乗るに相応しい人間になったのである。

「(私は、この子たちから学んだ。信じると言うことを。だから──雷門の勝利を信じる)」

子供たちを道具のように扱い、力しか信じないような人間には負けない。そんな意思を込めて、瞳子はスタジアムの上方──本来であれば解説や実況席があるような位置にあるガラス張りの部屋に座した吉良を睨み付けた。

瞳子の叱咤激励を受けて士気を取り戻した雷門イレブンは、勢いよくジェネシス陣内へ攻め上がっていく。
だがその一方で、究極奥義を破られた立向居はゴールの前で迷ったままだった。

「(俺のムゲン・ザ・ハンドはグランには通用しない……俺には無理なのか……!? 円堂さんの代わりは……!)」

DFのチェックをかいくぐり、ジェネシスのゴールに豪炎寺が近付いていく。
走りざま辺りを見回すが、自分以外の唯一のFWであるリカはまだマークから脱せていない。

「(普通に爆熱ストームを打つだけでは、奴の守りは崩せない!)」

正攻法で突破出来ないなら、不意を突く。
頭をフル回転させてその答えを導き出した豪炎寺は、目の前に飛び出したDFのゾーハンを飛び越えると、ゴールとは逆方向に爆熱ストーム打ち込んだ。
「何──!?」まさか血迷ったか、と一瞬虚を突かれたグランな横を、中盤から飛び出した円堂が追い越していく。
彼なら意図を汲んでくれると確信があった。フィールドへ降り立ちながら、豪炎寺は叫ぶ。

「行け、円堂!!」
「うおぉぉぉお!! メガトンヘッドぉッ!!」

額から収束した光の粒子が巨大な1つの拳になり、炎を纏ったシュートをそのままジェネシスのゴールへ打ち返す。
更に勢いを増して直進してきたシュートに、ネロは目を細めた。

「──プロキオンネット!」

光線状の網が、円堂のシュートを飲み込んでいく。
今度こそ、と放たれたボールはやはりその手にしっかりと収まっていた。

「ああっ、行けると思ったのに!」

ベンチで春奈が地団駄を踏む。
「グランに渡すな!!」ネロがボールを振りかぶるのを見ながら、鬼道が声を張り上げた。
ぴたりと背後につく円堂に対し、グランは冷静に口を開く。

「良いのか? 俺にマークを集中させて」
「俺はみんなを信じている!」

間髪入れずにそう返され、グランは一瞬怯んだように見えた。
しかし、それも一瞬のこと。高く放り投げられたボールに、膝に置いたモバイルを落としそうになりながら織乃が弾かれたように声を上げる。

「DF、チェック!!」
「っ!!」

ボールを受け取ったのはウルビダだった。
彼女は戸惑うことなく、打ち出された弾丸のようなスピードで雷門陣内に切り込んでいく。

「グランだけだと思うな!!」

右サイドから駆け上がったウルビダに織乃の声に反応を示した木暮が立ち向かうも、技を繰り出す間もなく抜き去られてしまう。
その間にもグランは円堂と鬼道のマークを振り切って、ゴール前に迫ってきていた。

「しまった──!」

ゴール前に躍り出た塔子と壁山の二重のDFを打ち砕いて、三度目の流星ブレードが立向居に襲いかかる。
迷っている暇はない。立向居は固唾を飲みながら構えを取った。

「っムゲン・ザ・ハンドぉお!!」

金色に輝く手が伸びていく。隕石の名を持つシュートを押しとどめようとする。
だが、その力はゴールを守るには至らない。

「あ──!」

ガラスが砕けるような音を立てて、金色の手が粉々に砕かれていく。ボールがゴールへ吸い込まれていくのを倒れざまに見た立向居が奥歯を噛み締めた、その瞬間だった。

「どぉりゃあああああッ!!」

ゴールラインを超える寸でのところでボールとの間に飛び込んできた綱海の足が、シュートを捉える。
軌道の逸れたボールはゴールポストにぶつかりコート外へ飛んでいき、勢い余った綱海はそのまま地引き網に掛かった魚のようにひっくり返ってゴールネットに突っ込んだ。

「良いぞ、綱海!」
「おう! ちょっとカッコ悪いけどな!」

逆さまになりながらも円堂の激励にVサインして答えた綱海を助け起こしながら、立向居は眦を下げる。

「すみません……! 俺が止めなきゃいけないのに」
「なぁに、気にすんな! それより、どうしたら奴のシュートを止められるか考えろ!」

立向居の肩を叩き、綱海はディフェンスラインに戻って行く。立向居は自身の掌を見つめながら、唇を噛み締めた。
ムゲン・ザ・ハンドは通用しない。つまり、今の自分にはグランのシュートに対抗する術がないのと同じ事。

「(出来るのか、俺に──!?)」

立向居が1人追い詰められているのと同じように、ベンチに腰掛けた吹雪もまた焦燥に駆られていた。
フィールドでは、仲間たちが必死のディフェンスでこれ以上点を取られまいと体を張っている。
自分はただ、ここに座ってそれを見ているだけ。吹雪はこの現状に、爪が食い込むほど強く掌を握り締めた。

「(どうして僕はここに座っているんだ……!? 完璧になるためにキャプテンやみんなと戦うことを選んだのに!)」

アフロディは己を犠牲にしてまで戦い、染岡も吹雪にFWを託してくれた。豪炎寺は強くなって帰ってきた。それなのに、自分がこのままベンチにいていい訳がない。
そんなことは分かっている。このままでは何も変わらないことなんて。

何も出来ないのか。家族を失ったあの時と同じように、目の前の脅威に飲み込まれるしかないのだろうか。
あの日からずっと、どこまでも続く暗闇の中で彼は1人蹲っている。

「(完璧じゃないから僕は誰1人助けられない……完璧じゃないから試合に出ることさえ出来ない……!)」

傷付いていく仲間たち。嘲笑うように試合を有利に運ぶジェネシス。

「(でも──)」

寸でのところで弾かれるボール。防戦一方でも、諦めない円堂の目。

「(でも!!)」

目を見開き立ち上がる。
何も出来ないかもしれない──それでも、このままここで燻っているわけにはいかなかった。
フィールドに佇む豪炎寺と目が合う。
完璧じゃなくても、サッカーは楽しい。そう言って吹雪を雨の中置き去りした時の目と今の彼の目は、同じ色を宿していた。

──来い。お前の答えは、グラウンドでしか見つからない。
そんなことを、言われているような気がして。

「監督! 僕を試合に出して下さい!!」

気付けば、瞳子に向かってそう言っていた。
当然マネージャーたちは驚きに目を丸くしていたし、瞳子自身も緊張を交えた目で自分を見つめている。
けれど、今更何を言われようとこの気持ちは揺らがない。

「僕はみんなの役に立ちたいんです!」

しばらく吹雪の目を見つめていた瞳子だったが、やがて彼女は小さく息を吸い込んで立ち上がった。
そして、片手を掲げて声を張り上げる。

「──選手交代! 浦部リカに替わって、吹雪士郎!」

遠目からでも、雷門イレブンに動揺が走るのが分かった。
確かに、今のままでは決定打が足りない。吹雪はそれを補うには十分な力を持っているが──それでも、あの時のように取り乱した時の彼のことを考えると、手放しで喜ぶことは出来ない。

そんな仲間たちの視線を受けながらも、吹雪は着々とフィールド入りする準備を進めている。

「吹雪さん……」
「──大丈夫。大丈夫だよ、織乃ちゃん。僕は絶対、みんなの役に立ってみせるから」

吹雪から少しだけ中身の減ったジャグをを受け取りながら、織乃は眉根を下げた。
そんなことは鼻から心配していない。問題は、あの日彼女がアツヤに──吹雪に言ったことが、彼の心に届いているかどうか。
この試合は確かにとても大事なものだが、みんなの役に立つと言う気持ちは、今の彼が戦うにはどうにも邪魔な使命感になってしまうような気がした。

「さぁ行きなさい、吹雪くん!」
「──はい!!」

しっかりとスパイクの紐を締めて、吹雪はライン際へ走って行く。
「頼んだで!」交代を指名されたリカとハイタッチを交わして、吹雪はフィールドを見つめた。いつ以来だろうか。こうして試合に出るのは。

「(僕はこの試合で完璧になる。みんなの為にも、ならなくちゃならないんだ!!)」

それが父との約束。この試合に勝つ為の手懸かり。
深く息を吸い込んで──吹雪は仲間たちが見守る中、ゆっくりと白線を踏み越えた。