Hand tied again
「うそ……」
誰からともなく、呆然と呟く。
多くの視線を一身に受けても微動だにしない鬼道は、堂々とそこに立っていた。
「鬼道さん、何で……!?」
驚愕に染まる織乃の声を拾ったのか、鬼道がそちらを一瞥し、本人にしか分からない程度に微笑する。
秋や春奈はハッとすると、響木を振り返った。
「どういうことですか……?」
会場の観客席から、野次や疑惑の声が飛び交う。
それすら物ともせず鬼道が雷門ベンチに向かう中、実況が慌てたように大会規定書を読み上げる声が響いた。
それによれば、プレーヤーは試合直前までに転入手続きを済ませていれば、チーム移籍は可能だと言うのだ。
ゆっくりと、未だ驚きの収まらない雷門勢の前に佇んだ鬼道が顔を上げる。
その顔は、先日までの力無いものとは打って変わり、決意に満ちあふれていた。
「あのままでは引き下がれない──世宇子には、必ずリベンジする!!」
青いマントを靡かせ、高々と力強く宣言する鬼道。
織乃は、ぞわりと肌が粟立つのを感じた。
「(そうだ──鬼道さんは簡単に大切なものを投げ出すような人じゃない)」
いつだって冷静で大人びて見えても、それは彼の片鱗でしかない。
好戦的且つ、負けず嫌い。年相応の感情も彼は持ち合わせていること。織乃は今、それを思い出したのだ。
「鬼道……! 俺には分かってたぜ、お前があのまま諦めるようなヤツじゃないってことは!」
円堂が目を輝かせ、拳を握る。
鬼道は挑戦的な笑みを携えると、ふと織乃の方に視線を投げかけた。
「御鏡」
「っは、はい!」
思わず上擦った声で返せば、鬼道は一瞬可笑しそうに表情を崩す。
だがそれは本当に刹那のことで、彼は表情を戻してそのまま続けた。
「お互い、言いたいことは色々とあるだろうが──今は後回しだ。お前のデータ、ありがたく活用させてもらうぞ」
「はい! ……え?」
データ? と織乃が首を傾げる中、響木がスターティングメンバーを変更する。
鬼道に変わりベンチ入りとなった宍戸を円堂が元気づける最中、織乃はもう1人不満げな表情を浮かべる選手がいることに気が付いた。
「(……半田さん?)」
鬼道が現れた驚きから立ち直った観客席。実況の熱い声と、審判のホイッスルが空に響く。
「攻めてけ攻めてけー!」
ゴールからの円堂の声に、雷門は相手陣内に切り込んだ。
「染岡!」
しかしである。
半田からのパスは弱く、あっさりと千羽山の炭野に奪われてしまった。
フィールドの鬼道は顔をしかめる。
『おっと! これはちょっとタイミングがズレました!』
口惜しそうな実況の声。その後もボールは度々雷門側に回ってきたが、タイミングの噛み合わないパスは全て、千羽山にカットされてしまった。
「──やっぱり、まだ……」
バインダーを抱える織乃が、眉根を寄せて零す。
フィールドでは千羽山のカウンター攻撃が始まり、育井のモグラフェイントが円堂の正面を捉えていた。
「監督っ……」
焦り混じりに秋が声を上げても、響木は冷静にフィールドを見つめるばかり。
ボールはまたもや千羽山に渡り、原野のラン・ボール・ランが雷門のDFを抜き去っていく。
「危ない!」春奈がベンチから立ち上がり叫ぶのと、壁山のザ・ウォールが発動したのはほぼ同時。
しかしこぼれ球は栗松の頭の上を飛び越え、ついに。
「シャインドライブッ!!」
田主丸の必殺シュートは、いとも容易く雷門のゴールを割った。
ベンチとフィールドの雷門陣が落胆する中ら鬼道は1人、ふと笑みを浮かべる。
「──お兄ちゃん、何をやってるんだろう?」
ふいに肩を落としていた春奈が顔を上げて首を傾げた。
それに倣い、ベンチ勢がフィールドを見ると、丁度鬼道が松野と栗松に歩み寄ったところだった。声は聞こえないが、様子からするに何か指示を出したらしい。
「──栗松くんが2歩下がった」
視線を鋭くし、織乃が呟く。彼女が眉根を寄せると同時に試合が再開され、千羽山の攻撃が始まった。
「む?」
「あっ」
目金と春奈の声が重なる。
今まで、どれもこれもうまく行かなかった雷門のプレイが、栗松を皮切りにしたように徐々に噛み合い始めたのだ。
「そのまま持ち込め、松野! ──染岡にパスだ!」
鬼道の鋭い指示を、織乃の耳が拾う。
染岡のドラゴンクラッシュが、綾野の薪割りチョップで惜しくもセーブされたところで、彼女はあっと声を上げた。
「──完璧になったようだな」
「響木監督……」
満足そうな響木の声色に、織乃以外のベンチ勢は首を傾げる。
「さっきまでの鬼道さんの指示は、チームプレーの……」
「そう。あいつだからこそできる、調整だ」
その言葉に眼鏡をツイッと押し上げる目金に、驚いたように勢いよくフィールドを振り返る春奈と秋。
チーム全体のプレーは、実際そこに入っていかないと掴めないこともある。
だが、その逆も然り──ベンチから見えるものは織乃が、フィールドから見えるものは鬼道が調整をして。
「今ようやっと、全てが元通りになったということだな」
「じゃあ……その為に鬼道くんを?」
「本人の希望込みでな」くつくつと喉の奥で笑う響木に、織乃はフィールドを見つめた。
「(鬼道さん……)」
ぎゅっと拳を固める彼女の肩を、響木が叩く。
「こっちの攻撃が始まった。相手はすぐに無限の壁を繰り出す筈だ──そしたら、その弱点を探すのは御鏡。お前の仕事だぞ」
「──はいっ!」
織乃が力強く頷いたその時、染岡と豪炎寺のドラゴントルネードが響木の予言した通り、無限の壁に阻まれた。
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1対0のまま、試合はハーフタイムに突入する。
織乃は1つ深呼吸をして、鬼道の背中に声を掛けた。
「──鬼道さん」
「……! 御鏡」
こうして試合中に味方として話すことは初めてだ。向かい合って、2人は一瞬押し黙る。
鬼道は詰めた息を緩めると、真剣な眼で織乃を見つめた。
「分かったんだな、無限の壁の攻略法が」
「はい。鬼道さんも……ですよね」
「粗方はな」にっと口角を上げる鬼道に、織乃も表情を和らげる。
「無限の壁は3人の連携技。誰か1人でも足りなければ発動出来なります」
「その通りだ。可能にする方法は1つ──」
「フォーメーションをワントップに変更してし、フェイクで隙を突く」
織乃の言葉に頷き、鬼道はマントを翻し円堂たちに無限の壁を突き崩す方法を説きに行く。しかし──
「ちょっと待てよ。豪炎寺を下げるって、本当にそれで良いのかよ!」
ここでついに、説明を聞いた半田の不満が爆発した。
そんなの俺たちのサッカーじゃない──半田はそう言って、頭を振る。
仕方のない話だろう。帝国と初めて戦った時から、雷門のフォーメーションはいつも豪炎寺と染岡のツートップでやって来た。
それを、突然入ってきた鬼道に崩される──宍戸のベンチ入りも相まってか、半田は許せなかったのだ。
だが、鬼道もそれを認めるわけにはいかない。
ここは全国の精鋭が雌雄を決するフットボールフロンティア。その全国大会なのだから。
「──分かってないな」
「何……!?」
険しい表情をする半田を、鬼道は鋭い目線で睨み、続ける。
その目には、今回の試合への勝利と同時に、世宇子に対する思いが宿っていた。
「もうお仲間サッカーなどしてる場合じゃない……お前たちは、全国レベルなんだ!」
鬼道の喝が雷門ベンチに響く。
一拍置き、豪炎寺が一息吐いて染岡を振り向いた。
「……頼んだぞ」
「おっ……ああ!」
「豪炎寺!」顔をしかめる半田に、円堂が声を掛ける。
「やってみようぜ、半田」
笑いかけると、半田は苦しげに俯いた。
その背中を、タオルを持った織乃がそっと叩く。
「ごめんなさい、半田さん。不満は分かるけど……これが、無限の壁を崩す1番最適な作戦なんです」
「だから、鬼道さんを信じて」懇願の滲んだその声色に、半田は一瞬息を詰め、やがてゆっくりと頷いた。
そして、ハーフタイムが終わり後半戦が始まる。
ボールは千羽山から。山根から大鯉へのパスを鬼道がカットし、染岡が上がっていくと表情を険しくした塩谷──無限の壁を発動するのに必要な要因が走り出した。
「かかった!」
円堂が呟くと同時に、パスを出された豪炎寺と壁山が高く飛び上がる。
二人の連携技──イナズマ落としが、千羽山のゴールへと勢いをつけ向かっていった。
「──あー……!」
ビデオカメラを握りしめた春奈が、残念そうに肩を落とす。
染岡のマークについていた塩谷が思いの他素早く、あっと言う間にゴール手前へ戻り無限の壁が発動してしまったのだ。
「まさかあんなに速いなんて……」
迂闊だったと、織乃は悔しそうに爪を噛む。
その後も炎の風見鶏、イナズマ1号が炸裂するも、惜しい線を行くばかりで得点にはならず。雷門陣内は、重たい空気に支配されていく。
「このまま負けちゃうのかな……」
「宍戸くん!」
ぽつりと呟いた宍戸の肩を、織乃は思わずがっしりと掴んだ。
「簡単に諦めちゃだめだよ。だってほら──円堂さんが、諦めてないんだから」
俯きがちだった顔を上げ、宍戸は織乃に倣いフィールドに目を向ける。
円堂の大きな声は、ベンチまで十分に届いた。
「俺たちのサッカーは、絶対に最後まで諦めないことだろ!? だったらやろうぜ最後まで!俺たちのサッカーを!!」
円堂の心からの言葉が、暗い空気を払拭していく。
徐々に表情に明るさを取り戻し力強い顔を取り戻したイレブンに、織乃は「ね!」と笑みを称えた。
「……はい!」
完全に復活した雷門イレブンの背中を見つめ、鬼道は呆然としたように開いていた口を閉じた。
雷門の本当の強さ。それを言葉にするのなら──
『円堂も上がったぞ! 雷門、最後の全力攻撃だ!』
全員が、自分たちのサッカーをするという思いを胸に、フィールドを駈ける。
半田から染岡、染岡から円堂、そして松野のシュートを防ぐ綾野のパンチング。激しい競り合いの中、マネージャーたちは時計を見つめた。
「あと2分です……っ!」
切羽詰まったように春奈が言う中、鬼道が囲まれる。織乃は弾かれたように一歩前に飛び出して、叫んだ。
「鬼道さん後ろ!!」
「──!」
彼は頭だけ、そちらを振り返る。
「鬼道ー!!」叫びながらフィールドを駈けてくる円堂の姿を視認するや否や、鬼道はボールを大きく蹴った。
オーバーラップした円堂、控えていた豪炎寺、そして鬼道が、地面を蹴り上げ跳躍する。
三人の力を結集し打ったボールは──千羽山のゴールを、割った。
「…………ッ」
一瞬の静寂。その直後に沸き上がる、爆発するような歓声。
スタジアムが興奮に沸き立つ中で、目金が眼鏡をキラリと光らせた。
「無限の壁をブレイクで突き崩す……これぞ正に、《イナズマブレイク》」
「って聞いてくださいよ!」ベンチなどそっちのけで、手を合わせ喜ぶマネージャーたちに目金が地団駄を踏む。
勢いのついた雷門イレブンは止まらない。
染岡のドラゴンクラッシュが見事に決まり、1対2と文字盤に表されたその瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り渡った。
「……勝った……勝ちましたよ!」
「うん……! 勝った!」
きゃあと抱き合って喜び勇む春奈と織乃。
一方では、緊張の糸が切れたらしい宍戸が円堂に泣きついている。
「……悪かったな、鬼道。ツンケンした態度取って」
「いや、気にしてないさ」
握手を交わす半田と鬼道に、織乃は口角を上げた。
ふいに視線に気が付いたのか、振り返った鬼道と織乃の目がかち合う。そのまま鬼道はツカツカと織乃に歩み寄った。
「──御鏡。お前にも、礼を言う」
「え?」
首を傾げる織乃に、鬼道は緩く微笑む。
春奈はいつの間にか少し離れた場所に行っていて、そこだけ空間が切り取られてしまったようだった。
「昨日、響木監督からお前のデータを見せてもらったんだ。あれがなければ、短時間での調整は不可能だった」
「あっ……」
それを聞いた織乃はハッとする。
ピッチに現れた時の鬼道の言葉。先日の響木の言葉が、パズルのピースのように組み合わさっていく。
──あの時雷雷軒にいたのは、鬼道だったのだ。
「で……でも、私なんかまだまだ、全然」
「それから」
ピタリと鬼道が織乃の言葉を制する。
キョトンとした彼女に、鬼道はゆっくりと続けた。
「この間は語弊があったかもしれないから言い直す。──今回、帝国は負けて、お前に心配をかけてしまったことを申し訳なく思っている」
だが、と一端鬼道は言葉を切ると、ふと表情を緩める。
「気にすることはないと言ったのは、何も突き放した訳じゃないんだ。ただ、お前が悲しむのを、俺たちは──俺は、見たくない」
「鬼道さん……」
ぽつりと零した織乃に、鬼道は珍しく優しく微笑み掛け、それにお前がそういう顔をするとあいつらが騒がしくなるからな、と付け加えた。
「それから、あまり自分を卑下するな。お前は昔も今も、俺が認める立派なマネージャーで──仲間なんだから」
「──……」
巻かれたゼンマイが切れたかのように、織乃の動きが止まる。
「御鏡?」ポカンとしたまま動かなくなってしまった織乃に首を傾げ、名前を呼んだその瞬間。
「〜っ……!!」
「……なっ!?」
ぼろりと、眉を拉げた織乃の目から大粒の涙が零れた。
「お、おい御鏡、どうした!?」
「ご、ごめんなさ……何か、ホッとしちゃって」
本当は、あの日からずっと不安だった。
突き放されたのではないか、もう仲間ではなく、敵と言う1つの括りに納められてしまったのではないのかと、ずっと。
ポロポロと涙を零しながらも嬉しそうに微笑む彼女に少したじろぎながら、鬼道は釣られたように笑みを浮かべてその頭を優しく撫でる。
その光景は、昔、帝国にあったものとよく似ていた。
「──あーっ!? お兄ちゃんが織乃さん泣かせてる!」
「ち、違う!」
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