Magician in field
千羽山との試合が終わった、その翌日のこと。
織乃は少し狭いサッカー部の部室で、1人データをまとめていた。
「(ここの松野さんのバックパスが2歩半、1メートル弱で……)」
春奈に借りたビデオをコマ送りして見ながら、織乃は細々とした数字を書き連ねていく。
秋や春奈が纏めるものとは、少し意味合いの違う織乃のデータ。それは鬼道や響木が戦略を考える上での必要な要素だ。
ふと、思い付いたように織乃の手が止まる。
ビデオは丁度、円堂と豪炎寺と鬼道のイナズマブレイクが決まり、三人が嬉しそうにハイタッチを交わすシーンを映していた。
「……」
ふと目を伏せて、織乃は昨日のことを思い出す。
千羽山を下し、鬼道とのほんの少しのわだかまりも消えて、「お兄ちゃんが織乃さん泣かした!」と冗談混じりに言う春奈を彼が宥めた後──言っていたのだ。
『ここなら──雷門なら、俺の求めるサッカーが見つかるかもしれない』
彼の求めるサッカーというのが一体どんなものなのか。それは織乃にも、本人にすら分からない。
しかし、その時鬼道の見せた表情を思い出す度、織乃の決意は固くなるのだ。
それが見つかるまで、どこまでもついて行くのだと。
「私は私に、出来ることを」
確かめるように呟いて、織乃は溜まった書類をゼムクリップで纏める。
部室に籠もって早1時間。グラウンドの方は春奈に任せてあるが、そろそろ行った方が良いだろうと織乃は椅子を引く。
「(秋ちゃん、土門さんと一緒にどこか行ってたけど……帰ってきた頃かな?)」
書類を棚にしまい、部室を後にする。
グラウンドに出ると、フィールドでは鬼道と見知らぬ後ろ姿が対峙しているのが遠目に見えた。
「あ、織乃ちゃん。データの纏め終わったのね。お疲れさま!」
「はい。秋ちゃんもお帰りなさい。……ところで、あの人は……?」
見事なヒールリフトで鬼道を抜き去る少年を指させば、秋は「ああ」と小さく笑う。
「一之瀬一也くん。私と土門くんの幼なじみなの」
「凄いんですよ、一之瀬さんのボール捌き!」
一見の価値有りです、と興奮気味に鼻息を荒くし詰め寄る春奈に苦笑いする織乃の足元に、コロコロと土で汚れたボールが転がった。
それを拾い上げると、マントを靡かせた鬼道がやってくる。
「悪い、御鏡」
「いえ、」
「──織乃?」
ボールを差し出す織乃の手が止まった。
見ると、いつの間にか鬼道の斜め後ろにやってきていた一之瀬が、ポカンとした様子でこちらを凝視している。
「……やっぱり、織乃だ!」
「え」
それから一転。表情を変え顔を輝かせた一之瀬は、鬼道の隣をすり抜け、織乃に勢い良く駆け寄りその手を取る──否、取ろうと、した。
「……!」
「う、え」
反射的に、織乃の目が一瞬鋭くなる。
向かってきた手をやや後ろに流した後ねじり上げて、体勢を崩したところへ足払いを掛ける──次の瞬間、一之瀬の体は地面に縫いつけられた。
てん、と空しい音を立ててボールが鬼道の足元へ転がる。
「……あ」
ハッとした織乃が冷や汗をかくのと、それを見ていた雷門イレブンがあんぐりと口を開けたのは、ほぼ同時。
見る見る内に真っ青になった織乃は、ようやっと捻ったままだった一之瀬の手を離し、呆然と地面に這い蹲る彼を秋や土門と一緒に助け起こした。
「ごっ……ごごごごめんなさい!! 反射というかつい癖で……!!」
「いたた……いや、大丈夫だよ」
何とか、と付け加える一之瀬に、土下座する勢いで頭を下げる織乃。
土門は一之瀬と織乃を見比べ、小首を傾げた。
「2人とも、知り合いか?」
「え、えーっと……?」
「やだな織乃。ホントに忘れちゃったのか」
溜息を吐く一之瀬に、首を捻る織乃。
彼はにっこりと笑みを浮かべると、ポーズを作って言う。
「──俺だよ!」
「……カズくん!?」
「えっ!?」
驚きに目を見開いた織乃と土門の声は、春奈の「え、今ので分かったんですか?」という言葉を見事にかき消したのだった。
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「何て言うか、二重の意味でびっくりしたなー」
そう零すのは、織乃にドリンクを受け取った土門である。
ゴール側では円堂と一之瀬のPK対決が始まり、既に1時間が経とうとしていた。
「私だってびっくりですよ……まさかカズくんが秋ちゃんや土門さんの友達だったなんて」
思い起こすのは3年ほど前。
引っ越し先のアメリカで怪我をし、世話になることになった病院で出会った同じ日本人の少年──それが一之瀬だった。
帝国時代に一度その話を耳にしていた土門は、まさか同一人物だとは思わなかったと大きく息を吐く。
「俺もまさか、織乃があんなにアグレッシブになってるなんて思わなかったよ」
そう笑いながら会話に混じってきたのは円堂とのPK対決を終えた一之瀬だ。
織乃はひきつった笑みを浮かべ、気まずそうに視線を逸らす。
「す、すいませんでした……」
「あ」
ふと、一之瀬が機嫌の悪そうな顔になった。
首を傾げる織乃に、彼は「敬語!」と指をさす。
「前に言っただろ、敬語はなしって!」
「は、あ、うん、わかっ……た」
「あのさ、」ふいにチャポンとジャグを揺らした土門が口を開いた。
「一之瀬、別に呼び方とか喋り方とか気にするタイプじゃなかったよな? 何で織乃ちゃんには拘るんだ?」
「え? うーん……入院してる時さ、年が近い子が織乃しかいなくって」
それなのに唯一友達になった織乃が余所余所しいから、何か悔しくなっちゃって──とカラカラと笑う一之瀬に、織乃は苦笑いを浮かべる。
「もしかして、嫌だった?」
「あ、ううん。ただ、あんまり慣れてないだけ。大丈夫」
口元を緩めて言うと、一之瀬も満足げに頷いた。秋の元へタオルを借りに走るその背中を見届けたところで、織乃はふと遠くを見つめる。
「(カズくん、あんなに思いっきり走れるようになったんだ)」
自分が入院している時に見た彼は、いつも車椅子に乗っているか松葉杖を突いた姿だった。
顔を綻ばす織乃の背中に、同じく休憩中だった鬼道が歩み寄る。
「あいつのボールテクニックは目を見張る物がある。──データを取っても損はしない筈だ」
「……春奈ちゃんもさっき、似たようなこと言ってましたよ」
やっぱり兄妹ですね、小さく笑うと、鬼道は一瞬ぴくりと眉を上げた後少し気恥ずかしげに視線を逸らした。
ベンチの方で、円堂が呼ぶ声に3人は顔を上げる。一之瀬が、仲良くなった記念にやりたいことがあるのだというのだ。
「良いかな、円堂」
「いいぜ、やろう!」
笑顔で答える笑顔に、一之瀬は頷き土門に目をやった。
協力してくれと言う彼に、土門は一瞬キョトンとする。
「……まさか、アレか?」
「そう。トライペガサス」
「トライペガサス?」聞き覚えのないその名前に、何人かが首を傾げた。
一之瀬と土門、そしてもう一人が編み出した技らしい──そう答えたのは、以前土門からその話を耳にしていた豪炎寺である。
「噂のトライペガサスか……!くぅーっ!何かワクワクしてきたぁ!」
相変わらずな円堂の様子に、雷門イレブンは笑みを浮かべて顔を見合わせた。
──しかしその表情が明るかったのは、最初の頃だけだった。幾度となく挑戦しても、一向にトライペガサスが完成しないのである。
「もう、1時間も続けてますよ」
眉根を寄せて、春奈が腕時計を覗き込んだ。
険しい表情になる秋が、そっと口を開く。
「……トライペガサスは、トップスピードで走る3人が交差することが条件なの」
その交差した一点に力が集中し、ボールに強いパワーが注ぎ込まれる技──それが、トライペガサス。
「きっと3人の息が合ってないんだわ……走った後の線が、乱れてる」
「……出来るか?」唇を噛む秋から視線を移し、鬼道が問いかけたのは織乃だ。
しかし彼女は至極残念そうな表情で、ゆっくりと頭を振る。
「やっぱり、見たことのない技を調整するのは……」
「……だな」
調整役のこの2人でさえ、この状態。状況は悪いばかり──しかし、円堂の声は張りのあるままだ。
「頼む、もう一度!何か掴めそうな気がしたんだ!」
彼の辞書には諦めると言う単語がないのだろうか。再び立ち上がり、一之瀬の合図と共に3人はフィールドを駈ける。
だが、空には一瞬ペガサスを象った風が生まれるも、あっと言う間に飛び散り円堂たちを吹き飛ばしてしまう。それの繰り返し。
「……今回は、円堂さんたちの気合いに賭けますか」
「同感だ」
顔を見合わせたその時、秋と春奈の声援が空に響いた。
──そして結局トライペガサスが完成しないまま部活動を終え、時計の針は進んで午後6時。所かわって、病院にて。
佐久間と源田の病室には、2人の姿があった。
「知ってたなら、教えてくれても良かったじゃないですか」
簡素な椅子に腰掛け唇を尖らせるのは、果物ナイフを片手にした織乃だ。
「本人に口止めされてたからな」と彼女の切り分けた林檎を口に運びながら、悠々と佐久間は言ってのける。
織乃が機嫌を損ねているのは、2人が鬼道の雷門転入を敢えて彼女に黙っていたせいだ。
「鬼道さん……」
ジト目を寄越しても、隣の鬼道は素知らぬ顔をするばかり。
どころか彼は、にやりと笑って見せる。
「すまん。驚かせたくて、な」
「……もう」
聞き覚えのある言葉に一瞬キョトンとした織乃は、溜息を吐いた。
ふと、2人の様子に穏やかに微笑んでいた源田が表情を変える。
「……あいつら、準決勝まで勝ち上がってきたぞ」
「──分かっている」
ピリリと一変する空気。
「頼んだぞ」と続けた源田に、鬼道のゴーグルがギラリと光った。
「世宇子は必ず、俺が倒す」
頷き合う2人に、織乃はそっと目を伏せる。その脇で、険しい表情をした佐久間が林檎に噛みついた。
──それから2言3言、佐久間たちと言葉を交わした2人は病院を後にする。
消毒液で満たされたような空気から一転、外の新鮮な空気を吸い込んだ2人は、そっと肩の力を抜いた。
「──随分、暗くなったな」
「そうですね……円堂さんたち、今頃サッカー談議でもしてる頃でしょうか」
だろうな、と鬼道が小さく笑う。
一之瀬は帰り際、円堂に夕食に呼ばれていた。きっと織乃の考えているような光景が、円堂家で繰り広げられていることだろう。
「さて──それじゃあ帰るか。御鏡、家はどこだ」
「あ、2丁目の方……鬼道さん?」
言った途端、さくさくと歩き出す鬼道。
困惑しながら慌ててそれを追いかけると、鬼道は「何だその顔は」と振り返った。
「家に帰るんだろう。駐車場にうちの車が控えている、送って行こう」
「え、でもそんな、悪いです……!」
渋る織乃に、鬼道は女子1人で夜道を帰らせるほど薄情じゃない、と少し顔をしかめる。
「不審者にでも会ったらどうするんだ」
「やっつけます」
「そんなバカなこと、……」
部活動中に見た織乃の玄人の動きと、以前春奈から聞いた話を思い出した鬼道は一瞬押し黙る。
結局、「男の面子を考えろ」と言う言葉を掛けるに収まり、2人は鬼道家のリムジンに乗り帰路へ着いたのだった。
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翌日。フィールド脇のベンチには、一之瀬のキャリーケースがあった。
午後の飛行機で、彼はアメリカへ帰る。それまでに、トライペガサスを完成させるのだ。
「ああ……!」
「また失敗か……」
フィールドを駈け、ボールを追うように高く高く、跳躍する。しかしそれでも、ペガサスが飛び立つことはない。
刻々と迫る時間に、それを見守る側の表情も厳しくなっていく。
「せめて、交差する地点に目印でもあれば……」
小さく呟かれた織乃の言葉に、それまで祈るように手を組み、俯いたままだった秋が顔を上げた。
「……ありがとう、織乃ちゃん」
「はい?」
唐突にそんなことを言われた織乃は呆けた声を上げる。
秋はそのまま振り返らず、3人に近寄るとこんなことを言った。
「──私が目印になる。3人が交差出来るように、ポイントに立つわ!」
1年生たちが悲鳴のような声を上げる。それもその筈だ。もしそれを実行して失敗に終わってしまったら、彼女も怪我をしてしまう。しかし、秋の目は揺るがない。
「……大丈夫よ。私、みんなを信じてる」
円堂たちは視線を交わすと、頷いた。
「キャプテン!」失敗したらどうするとでも言わんばかりの剣幕の栗松を、彼は力強い目で見下ろす。
「だから成功させるんだ! 木野は俺たちの成功を信じてくれてる。だろ?」
信じる心には、行動で答える。円堂と一之瀬は同じことを言って、顔を見合わせた。
チャンスは1度きり。
秋はポイントとなる地点に立ち、ぐっと目を瞑る。頷き合った一之瀬の合図が飛ぶ。
マネージャーを守るのだと意気込む1年生たちや、担架や救急箱を持ち出す部員たちに見守られる中──ペガサスが空へ飛び立った。
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「今頃一之瀬さん、飛行機で空の上ですかねぇ」
パチパチとノートパソコンのキーの上で指を踊らせながら、春奈は言う。
「データ、取り損ねちゃったね」小さく笑う織乃と春奈は知らない。今この瞬間に、グラウンドに戻ってきた一之瀬がアメリカ行きの搭乗券を破り捨てていることを。
「──っと、出ました!」
パチンと春奈がエンターキーを叩く。
現れた画面は、FF準々決勝進出校を表示していた。二人は画面を覗き込む。
「雷門の次の相手は、──!」
「……木戸川、清修?」
雷門イレブンに新たな風が吹き込むのと同時に──大きな石が、投げ込まれようとしていた。
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