The soul born again
フィールドを一歩一歩踏み締めて、吹雪は仲間たちの元へ駆け寄っていく。
顔色は悪くない。しかし、僅かに強張った表情が、彼の今の精神状態を物語っているようにも見えた。
「──良いんだな?」
そんな吹雪と向き合い、円堂は確認する。吹雪は間髪入れず頷いた。この決心が揺らがないように、しっかりと。
「……頼んだぜ、吹雪」一拍空けて肩を叩くと、うん、ともう一度頷いた吹雪はセンターサークルの方へ駆けていく。
「よしっ、吹雪にボールを回すぞ!」
「本当に大丈夫なのか……?」
吹雪の背中を見送りながら、一之瀬が小声で円堂に問い掛ける。しかし円堂の表情は、一切揺らがなかった。
「大丈夫さ、あいつなら。吹雪は自分で決めてグラウンドに戻ってきた。俺たちに出来ることは、あいつにボールを繋げることだ!」
ハッキリとそう円堂が言い切れば、反対する余地もない。彼らは各々顔を見合わせ、頷き合う。
「吹雪くん、大丈夫かしら」
久方振りにフィールドに立つ吹雪を心配しているのは、何も選手たちだけではなかった。
一之瀬と同じように吹雪の背中を見つめて呟く秋に、織乃はモバイルの端を握り締めながら返す。
「今は……吹雪さんを信じましょう」
どちらにせよ、これはいつか来るべき日だったのだ。いつまでもベンチに座って試合を見守っているだけでは、吹雪自身も苦痛だろう。
吹雪が本当の意味でフィールドに立つには、彼が自らの殻を破る必要があるのだから。
「ふん……何をしようと、所詮同じ事だ」
低く呟き、ウルビダがコーナーからボールを蹴り込んだ。
一瞬の隙を突いて円堂のマークを振り切ったグランが、そのままゴールへ向かってヘディングシュートする。
「させるかっ!!」
ゴール間際に飛び込んだ円堂も、負けじとそれをヘディングで打ち返した。跳ね上がったボールはそのまま待ち構えていたウィーズの元へ飛んでいく。
「ああっ、取られちゃう!」
落下地点を見た春奈が悲鳴のような声を上げるが、それに応えるようにウィーズの背後から豪炎寺が飛び出してきた。
一足先にボールを奪った豪炎寺は、あろうことかそこからファイアトルネードをジェネシスのゴールへ打ち込む。
「あんな距離からシュートを!?」
「──違う……あれは、シュートじゃありません!」
目を瞬き、織乃が指さした先には、マフラーを靡かせてジェネシスゴールへと迫る吹雪がいた。
「(この一撃で僕は……!!)」
吹き抜ける風が彼の髪を掻き上げる。眦が吊り上がり、瞳が金色に染まる。
吹雪は──アツヤは、構えるネロへ向かって、跳躍した。
「(オレは、完璧になる!!)」
凍えるような冷気を纏い、アツヤが旋回する。利き足に体重を乗せて、ボールに振り下ろす。
「吹き荒れろ……! エターナルブリザーーーーーード!!」
弾道を凍てつかせるシュートに、ネロが掌を翻した。展開された光の網が、エターナルブリザードをいとも容易く飲み込んでいく。アツヤは目を瞬いて、大きく舌を打った。
ボールが高く放り投げられる。何とかそれをトラップした鬼道を押しのけ、ボールを奪ったグランが再び雷門陣内に攻め上がっていく。
「(完璧に……!)」
風に靡く髪は下へ、眦が垂れ下がる。アツヤは士郎へと元に戻る。より走るスピードを上げて、吹雪はグランの背に向かって技を繰り出した。
「アイスグランド──!!」
吹雪の足元から一気にフィールドが凍り付いていく。
いつもならここで氷が相手に直撃して、ボールを奪える。しかし──
「──甘いよ」
一陣の強い風が吹き、氷はあっと言う間に細かい粒になってはじけ飛んだ。
衝撃で吹き飛ばされた吹雪は、奥歯を噛み締めながら必死に起き上がる。
「僕のプレーが全然通用しない……完璧にならなきゃいけないのに……!!」
──その目には早くも、一片の余裕も残っていない。
やはりまだ復活したわけではないのだと、端から見てもそれがよく分かった。
その間にもグランは円堂と壁山を抜き去って、雷門のゴールに迫っている。
迫り来る敵に、立向居は未だ迷いを捨て切れていないままだ。
「ムゲン・ザ・ハンドは通用しない……どうすれば……!」
「情けねー顔すんな立向居!!」
その時、突如として響いた綱海の怒号が立向居の体を揺らす。
驚いて顔を上げると、綱海が木暮と塔子を伴い、ゴールの前に立ち塞がっているのが見えた。
「俯いてるだけじゃ、何にも解決しねーんだよ!!」
「行くよ、2人とも!」声を張り上げる塔子に、おう、と雄々しく2人が応える。
それを合図に描けだした3人に、目を細めたグランが跳躍する。流星ブレードでDFごと蹴散らすつもりなのだ。
「ここはあたしたちで止める!!」
叫んだ塔子が両腕を振り下ろす。ザ・タワーの構えによく似ている──が、違う。石の塔はいつものそれより固く、巨大に聳え立ち、その上に乗っていた綱海と木暮が、流星ブレードに向かって飛び降りる。
「パーフェクト・タワーーーー!!」
高所からの2人がかりのディフェンスが、ついに流星ブレードを天高く打ち上げた。
瞳に映る、放物線を描き高く遠く落ちて行くボール。立向居はゴクリと唾を飲み、掌を見つめる。
「諦めない、心……」
「グラン」コート外に落下したボールを一瞥し、ウルビダが剣呑な目をグランへと向けた。
しばし呆気に取られていたグランは、我に返ると直ぐさま表情を引き締める。
「……あの技、次は破ってみせる。流星を止めることは出来ない」
頭上にボールを掲げ、ウルビダがライン際に立つ。一瞬の隙も許されないこの状況下で、吹雪は再び自責の念に囚われていた。
「(あの日僕は誓った……アツヤと一緒に、強くなろう、完璧になろうって)」
けれど今、自分はチームの役に立てていない。それはつまり、完璧でないのと同じ。
視界がぐらつく。やはり、自分では駄目なのだろうか。1人なら2人で、とアツヤを心に生み出して、孤独への恐怖に蝕まれて生きてきたと言うのに──それさえも、無駄だったのだろうか。
「──吹雪!」
「っ!」
鬼道が鋭く名前を呼ぶ声がする。
刹那、視界一杯に広がった白と黒に思考が途切れた。
「あ……!」
ぼん、と胸にぶつかったボールが、コートの外へ転がっていく。
──トラップミス。周囲の焦った視線と自分の失態を理解した吹雪は、きつく息を詰めた。
これでは、本当にチームに『必要でない人間』そのものじゃないか。そんな考えが頭を塗りつぶし掛けた、その時である。
「──がはッ!?」
唐突に炎に巻かれたシュートがフィールドを横切り、吹雪の鳩尾に激突した。
衝撃に耐えきれず吹き飛んだ吹雪は、酸素を求めて何度か咳き込んだ後、眼前に佇んだ──シュートを自分に打ってきたその人を、信じられない気持ちで見上げる。
「豪炎寺くん……!?」
「……本気のプレーで失敗するなら良い。だが、やる気のないプレーだけは絶対に許さない!!」
怒気を含んだ豪炎寺の声が、フィールドを揺らす。彼が心の底から憤怒していることは、その表情を見れば明白だった。
「お前には聞こえないのか、あの声が!」
「声……?」
掠れた声で呟く吹雪にはそれ以上何も言わず、豪炎寺は無言でジェネシス側に拾い上げたボールを投げる。
そのまま試合は続けられ、吹雪は覚束無い足で走りながら豪炎寺の言ったことを考えた。
「(声なんて……僕には)」
ふとベンチの方を見ると、控えのリカや目金が応援の為に声を張り上げている。
しかし、それはきっと豪炎寺の言った『声』とはまた違うものだ。そこまで考えて──吹雪は、こちらを射貫くような視線に気付く。
「(織乃ちゃん)」
春奈と夏未の間に座り、織乃は口を閉ざして真っ直ぐに自分を見つめていた。
その瞬間、ふいに脳裏で彼女のものらしき声が再生される。
『アツヤくん、サッカーは11人いるんだよ。どうして君たちは2人だけで──独りぼっちで戦おうとしてるの?』
それは、アツヤとしての吹雪の記憶。普段共有している筈の記憶が、片方封印されていたもの。
そう言えば、と昨日豪炎寺と別れた後の記憶が、途中からぷつりと途切れていたことを思い出す。気が付いたらいつの間にかキャラバンのシートに座り込んでいたのだ。
きっと、あの時──アツヤが、織乃と会話して、キャラバンまで戻ってきたのだろう。風邪を引かないように髪を拭いて、シャツを着替えて。
仕方がねえな、兄ちゃんは。自分のもう1つの人格である癖に、本当の『弟』のようにぼやきながら。
織乃と目が合ったのはほんの一瞬のこと。しかしその時、確かに彼女は微笑んだ。
大丈夫ですよ──そう、言い聞かせるように。
「…………!」
──遠くなっていた音が、戻ってくる。
仲間たちは必死に走っていた。どんなに傷付いても、心が折れそうになっても、必死にボールに食らいつき、パスを繋いでいく。
その一挙一動に、『勝ちたい』とただ1つの思いを込めて──ボールを蹴り続ける。
「──っ行け!! 吹雪ぃ!!」
メガトンヘッドで流星ブレードを弾いた円堂の叫びと共に、ボールが頭上から降ってきた。
勝利への渇望。共に歩もうとする心。今までの悔しさや悲しみも、それを乗り越えてきた喜びも、全てが降り注いできた様な気がした。
「……聞こえる、ボールからみんなの声が。みんなの想いが込められたボール……みんなの──」
それは、長らく独り切りだった暗闇に光が差すような感覚。目の前に降りてきた光を掴むと、それは誰かの温かい手であることに気付く。
その手は吹雪を暗闇から引き上げて、辿り着いた明るい世界には──自分に笑いかけてくれる、仲間たちがいた。
「──!!」
視界の端でクイールとコーマが2人がかりでスライディングを仕掛けてくるのを捉える。
しかし吹雪は、自分でも驚くほど冷静だった。
「吹雪!」
円堂の声が聞こえる。高く跳躍してスライディングを躱した吹雪は、柔らかく彼に微笑んだ。今までの謝罪と、感謝を込めて。
「(──そう言うことだったんだね、父さん)」
それなら2人が揃えば完璧って事だな──白に飲み込まれる直前、父は自分と弟にそう言った。
吹雪は独りになってからと言うもの、今までそれを自分1人に課せられた使命のように感じていた。しかしそれは、違ったのだ。
どうして今まで分からなかったのだろう。答えはずっと、目の前にあったのに。
「(完璧になるって言うのは、僕がアツヤになることじゃない。仲間と一緒に戦うこと……1つになることなんだ!!)」
あの日生まれた、もう1人の自分。弱い部分を独りで補うために生まれたは幻の家族は、その時確かに吹雪に向かって語りかけた。吹雪士郎ではなく、吹雪敦也として。彼の弟そのものの声で、ハッキリと。
『そうだ──兄貴はもう、独りじゃない!!』
古びたマフラーを脱ぎ捨てる。分厚い皹の入った自らの殻を破る。
強い風が髪を逆立て、吹雪は穏やかに伏せられていた目を開き──その面差しを上げた。
「吹雪?」
憑きものが落ちたような顔でもう一度円堂に笑いかけた吹雪がフィールドを蹴る。
体が軽い。狭まっていた視界が広がったのを感じる。吹雪の変化に気付いた豪炎寺が並走してきたのが分かって、彼は更に晴れやかな顔になった。
豪炎寺とのワンツーパスでジェネシスのパスをかいくぐると、不思議と彼の声がボールから伝わってくる気がした。
「(お前は1人じゃない、仲間がいる。お前を支え、共に戦う仲間が!!)」
「……!」
──違う。実際に、そう思っている。語りかけているのだ。ボールを通して、プレーを通して。
独りではないと、教えてくれる。
「早い……! 今までの動きとは違う!?」
抜き去られたウルビダの驚く声さえも、風のうねりに掻き消される。これが独りじゃないと言うこと。仲間が共にいる、明るい世界。
長い時を経て、彼はやっとそこに辿り着いたのだ。
「これが、完璧になることの答えだ!!」
中空へ打ち上げたボールから、白銀の闘気が渦巻いていく。
膨れあがった上がった闘気はやがて、強靱な体をしなやかな毛並みに包んだ、一匹の狼へと変貌した。
「ウルフレジェンド!!」
咆哮を上げる吹雪に合わせ遠吠えた狼の鋭い爪が、シュートの弾道を赤く切り裂く。
ネロのプロキオンネットを突き破った吹雪のウルフレジェンドは、固く閉ざされていたジェネシスのゴールをこじ開けた。
ホイッスルが高らかに吹き鳴らされる。
1対1。同点へと変わったスコアボードと吹雪を見比べた仲間たちが、一拍空けて歓喜の声を上げた。
「──ありがとう、豪炎寺くん」
小さく呟いた吹雪に、豪炎寺は僅かに口角を上げる。
「スゴいぜ吹雪!」腕を振り回しながら円堂が吹雪に駆け寄っていくのを見ながら──織乃は、ラインの外に舞い落ちた吹雪のマフラーをそっと拾い上げた。
彼は何か後ろ暗いことがあると、いつもマフラーに顔を埋めていた。これを手放したと言うことは、もうそんなことをする必要がなくなったと言うことだろう。
吹雪はここに来てやっと、新しい自分に生まれ変わり──未来への一歩を踏み出したのだ。
「我々ジェネシスが、点を失うだと……」
「……これ以上父さんに恥を掻かせる訳にはいかない。良いな!」
「ああ!」険しい顔つきで言い放つグランに、ジェネシスたちが追随して頷く。
グランは鋭い視線を円堂に向け、奥歯をキツく噛み締めた。
「(少しは認めてあげるよ、円堂くん。雷門は俺たちと戦うに値すると)」
一頻り喜び、気持ちを切り替えたところで試合が再開される。
点が追いつかれたことで闘志に火が付いたか、ジェネシスは先程よりもより一層激しい攻撃を仕掛けてきた。
「しまった……!」
怒濤の勢いで破られたディフェンスラインに、DFたちがゴールを振り返る。
迫り来るジェネシスに自分の心臓が早鐘を打っていることを感じながらも、立向居はキリリと表情を引き締めた。
「諦めない……! 俺だって、」
流星ブレードがゴールへ──立向居に向かって迫っていく。 腰を深く落とし、腕を薙ぐ。俯いているだけでは何も解決しない。そう言って前を守ってくれる綱海たちに報いる為に。
ありったけの力を掌に込めて、立向居は吼えた。
「俺だって、雷門の一員なんだ!!」
繰り出されたムゲン・ザ・ハンドが、今までの比にならないほど目映く輝く。
金色の掌はより強靱に、更に数を増やし、土煙を上げながらもその手に流星を収めた。
「立向居!!」
「良いぞ! ついに取ったな!!」
「はいっ!!」笑いかけてくる円堂や綱海に大きく頷いて、立向居は瞠目して自分を見つめるグランたちにボールを突き出す。
「究極奥義は進化するんだ! 俺が諦めない限り、何度でも!!」
ゆっくりと息を吸い込んで冷静さを取り戻したグランは、グローブ越しに爪が食い込む程強く拳を握り締めた。
背後に立ったウルビダが、剣呑な目つきを自分に向けているのが分かる。
「……グラン」
「たかがシュート1つ止められただけだ」
吐き捨てるようにグランは彼女にそう返す。ピッチ全体が大きく揺れて地響きのような音が響いてきたのは、その次の瞬間のことだった。
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