Power of the heart

フィールドに戻されたボールを挟み、雷門イレブンはジェネシスと相対する。
先程までとはまた違った、痛いほどに張り詰めた空気。リミッター解除──その単語が吉良から出た瞬間から、彼らの表情が変わったように見えた。

短くホイッスルが吹き鳴らされる。
キックオフは雷門からだ。しかし、ボールをドリブルして迫ってくる円堂を前に、ウルビダはすぐには動かなかった。
ゆっくりと、仲間たちに示すように右手を掲げ──

「──リミッター、解除」

ユニフォームの胸の部分にあるボタンに、指を掛ける。他の選手たちも、同じように。
その行動を不審に思いながらも、円堂はそのままウルビダの横を通り過ぎる。通り過ぎようと、した。

「……えっ?」

追い越した筈のウルビダが目の前に立っている。
それに気付いた時にはもう遅く、ボールは彼の足元から消え去っていた。
振り向いた頃には、ウルビダは既に遠く。あまりのことに、頭が付いていかない。それほどのスピードで、彼女は円堂からボールを奪ったのだ。

「動きが見えない……!?」

残像すら残しながら進撃してくるジェネシスに、雷門イレブンはそれを目で追うことしか出来ない。
近付くチャンスすら与えない。それは、完全に人間の限界を超越したスピードだった。

驚愕につい反応が鈍くなる雷門イレブンに、吉良は観覧席で愉快そうに顔を歪める。

『人間は体を守るために、限界を超える力を出さないよう無意識に力をセーブする。……では、その全てを出し切れるとしたら?』
「っそんな、」

青ざめた顔で、織乃が観覧席を見上げる。モバイルに伸ばした手が、小刻みに震えていた。

「そんなことしたら、骨や筋肉が負荷に耐えられなくなって体がボロボロに……!!」
「!!」

走りながら、円堂たちが目を見開くのが見える。
織乃は信じられなかった。あの優しかった園長が、こんなことをするまでに墜ちていたことが。ウルビダが──玲名たちが、それを一も二もなく受け入れたことが。
奥歯を噛み締め、観覧席を振り仰いだ瞳子が声を張り上げた。

「父さん!! 今すぐ止めさせて!!」
『そうさせたのは瞳子。お前なのだよ』

にべもなく、吉良は歪んだ笑みを浮かべたまま娘の懇願にそう曰う。
振り向いた先で、ウルビダたちが雷門のゴールに迫っている。

「お父様の望みは私たちの臨み!! 食らうが良い──これが、ジェネシス最強の必殺技!!」

短く地鳴りを響かせて、構えたウルビダの周囲の地面から宇宙服に身を包んだペンギンたちが飛び出した。

「スペースペンギン!!」

中空を旋回したペンギンたちはウルビダとグラン、ウィーズの渾身のシュートを追い掛けて雷門のゴールへと襲いかかる。
重力を丸ごと無視するようなパワーのシュートに、立向居のムゲン・ザ・ハンドは雲を散らすようにあっと言う間に消し飛んだ。

2対3──点数の変わったスコアボードを仰ぎ、吉良は笑う。痛みに悲鳴を上げる子供たちにも目にくれず、声を上げる。

「そうです……ジェネシスは最強であらねばならないのです……!!」

「お前たち……!」苦しげに呻き、自身の体を抱えて痛みに耐えるウルビダたちを見ていられず、円堂は思わず手を伸ばしていた。
しかしその手は届くことはない。彼らは円堂たちを振り向くことなく、妄信的な迄に吉良への期待に応えようと歯を食い縛る。

「これぐらい……お父様の為なら……!」
「そう……父さんの為……」

譫言のように呟きながら、彼らは自陣に戻って行く。足取りは覚束ないもので、今にも倒れてしまいそうだ。
──それでも、吉良は彼らを顧みようとしない。円堂は宙を掴んだ指先を固く握り締め、観覧席を睨み付けた。

彼にとっては、ジェネシスですら道具でしかない。世界征服を遂げるための手足。替えの利く駒。
その実態は自分たちと何一つ変わらない、同じ年頃の子供たちだと言うのに。

ふいに、誰かが円堂の肩を叩く。
振り向くとそこには、豪炎寺や鬼道、吹雪たちが佇んでいる。円堂は怒りで震えていた拳を解くと、小さく、しっかりと頷いた。

「お願い──」

組んだ両手に力を込めて、織乃は祈るように囁いた。圧倒的な力。一部の隙も無い相手に、既に策は尽きている。何も出来ない──祈り、応援することしか。
それでも、願わずにはいられなかった。

「ジェネシスを……あの子たちを、助けて下さい……!!」

心優しかった彼女たちと、もう一度会いたい。
彼女が祈り続ける中、再び試合が始まった。肩で息をしながらも、ウルビダはボールを持った円堂に立ち向かってくる。

「遅い……!」

人の領域を超えた速さ。リミッターの外れた体で、ウルビダは円堂にスライディングを仕掛けた。
これを避けられる相手はいない。そう勝利を確信していた彼女は、その瞬間大きく目を見開くことになる。

「何──!?」

ウルビダの足がボールを捉えることはなかった。
「バカな……!?」直前、跳躍してスライディングを躱した円堂の背中を呆然と見つめ、ウルビダは思わず呟く。
そこから更に円堂は鬼道とのワンツーパスでグランをも抜いて、ジェネシス陣内に飛び込んだ。

「リミッターを解除した私たちを躱すだと……!? 何が起こっている!!」

血反吐を吐くような訓練も、エイリア石による洗脳も、何も手を加えられていない人間が、ジェネシスに勝るはずがない。
そう信じて止まなかったのに、現に今、雷門イレブンはジェネシスを翻弄している。リミッターを解除したグランたちと、渡り合っている。

「(まさか、これも……仲間を思う力)」

ジェネシスは勝たねばならない。勝って父に報い、その意思が正しいことを証明せねばならない。こんなただの人間の少年たちに翻弄されるなど、あってはならないことなのに。

「人の心が、生み出す力──!!」

「豪炎寺!!」円堂から最前線の豪炎寺へボールが渡る。しかし、それを受け取る直前巨体をねじ込んできたゾーハンがボールを打ち返す。
まだボールは生きている。それを追い掛けて、吹雪が体を投げ出した。

「このボールは、絶対に繋ぐッ!!」

コート外に出る寸でのところで打ち上がったボールを、今度こそ豪炎寺が受け取った。灼熱の火炎を纏い、現れた炎の巨人が彼を中空へと放り投げる。

「爆熱、ストーーーーム!!」
「っ時空の壁──!!」

時空の壁に阻まれたシュートが、遙か頭上へ弾き飛ばされた。
「まだだっ!!」それを追い掛けて、壁山をジャンプ台に円堂が高く跳び上がる。

「やらせるか──!!」

それを追い跳躍したウルビダは、次の瞬間それが間違った判断だったと思い知った。
「豪炎寺、吹雪ッ!!」ボールに追いついた円堂は、下へ向かってヘディングでパスを送り出す。
頭の直ぐ横をボールが通り過ぎる。体を捻り振り向いたウルビダは、雷門の2トップがジェネシスのゴールへ駆け込んでいくのを見た。

「豪炎寺くん、行くよ!!」
「おう!!」

2人の体を、赤と青、炎と氷の闘気が包み込む。
2色の光は螺旋を描き、振り抜いた足がボールを捉えたその瞬間、爆発するように広がった。

「うおおおおおおおおおおおおおッ!!」

叫ぶ。咆哮を上げる。この1点に全てを懸ける、それほどの勢いで放たれたシュートは、赤と青、相反する光を放って時空の壁を打ち砕き、ジェネシスのゴールに突き刺さる。

「名付けて、『クロスファイア』!!」

目金が命名すると同時に、得点を報せるホイッスルが鳴らされる。3対3──三度同点へと追いついた。

「やったな、豪炎寺、吹雪!」
「うん! これはみんなで取った1点だね!」

喜び合う円堂たちの声を遠くに聞きながら、グランは瞠目し表情を凍り付かせたまま、ゴールネットに寄り掛かるボールを見つめる。
最強である筈のジェネシスが、普通の人間に追い詰められている──その事実は、長年彼の心を覆っていた堅い装甲を少しずつ剥ぎ取っていく。
仲間がいるから強くなれる──これが、彼らのサッカー。

「(──だが!!)」

揺らいでいた自身の心に鞭打ち、彼は眦を吊り上げる。
こんなことがあってはならない。最強なのはただ1つ。ジェネシスの、父のサッカーなのだ。

試合が再開されるや否や、グランはウルビダを伴い最大限の力を奮い雷門のDF網を一気に突破していく。
前線へ上がったウィーズが合流し、再び地中から宇宙服に身を包んだペンギンたちが飛び出した。

「スペースペンギン!!」

空を切り裂き滑空するペンギンたちが、一斉に立向居に襲いかかっていく。
息を止め、立向居は腕を伸ばした。絶望も、挫折も、飽きるほどに味わった。もう、挫けるような余裕もない。輝く巨人の手が、スペースペンギンに立ち向かっていく。

「止めてみせる……! もう1点も──やるわけにはいかないんだァアアアッ!!」

叫びと共に、無限の手は光と威力を増してジェネシスのシュートと激突した。
目映い光が収まり、目を開けた先にあったのはボールを胸に抱えた立向居の姿。やったな、と叫ぶ綱海へ、立向居はボールを振りかぶる。

「馬鹿な……ジェネシス最強のシュートが、何故決まらない……!?」

観覧席からそれを目撃していた吉良は、心の底から不可解だと言う顔で雷門陣内を凝視していた。
遠目からでも父の動揺が見て取れた瞳子は、鼻を鳴らす。きっと彼は、ジェネシスが負けるなど有り得ない、それとも彼らはエイリア石にも匹敵する何かで身体を強化しているとでも言うのか──そんなことを考えているのだろう。

「(分からないでしょう、父さんには。彼らのサッカーには、ハートがある!!)」

DFからMFへ、MFからFWへ、雷門は次々とパスを繋いでいく。
ボールを受け取った円堂は、それと同時に不思議な感覚を覚えた。例えるなら、暖かいもの。誰かと手を繋いでいるような、そんな感覚。

「(感じる……このボールにみんなの思いを感じる。そうだ、これはここにいる人たちだけじゃない。サッカーを愛する、みんなの思い……!)」

互いに仲間を思い合う、心の力=B
その瞬間、円堂はここに辿り着くまでにすり切れるほどに読み込んだ祖父のノートを思い出す。

「(これか!! この事だったのか、じいちゃん!!)」

駆ける円堂の傍らへ、豪炎寺と吹雪が並走した。
目が合い、頷き合う。言葉がなくても、何をどうすれば良いかが分かる。
チームみんなの心がひとつになった時に、初めて出来る技。その名は──

「ジ・アース──!!」

11の光が3人を中心に収束し、渦を巻く。ジェネシスのスーパーノヴァとは対照的な光り輝くそのシュートは、DFたちやキーパーを吹き飛ばした。

「グラン!!」
「く……!」

ジ・アースがゴールラインを超える。その直前、ウルビダとグランがゴールとボールの間に飛び込んでいく。
ボールを捉えた足は悲鳴を上げ、風圧に髪が巻き上がる。それでも、退くわけには行かない。

「お父様の為に……!!」
「負けるわけには行かない……!!」

「止めるのです!! 何としてでも!!」スピーカーから拡張された吉良の声が響いてくる。
しかしそれは、円堂たちのシュートを止める要因にはならなかった。

「あ──!」

貫く。光を纏うシュートが、ウルビダとグランを吹き飛ばしジェネシスのゴールネットに突き刺さる。
その瞬間を目の当たりにして、仰向けに倒れ込みながら、グランはただ呆然と思った。

「そうか……これが──」

鋭いホイッスルが、数度吹き鳴らされる。
得点と、それから。見上げたスコアボードの数字は、4対3。残された時間は、0だ。

「……! やっ、たァーーーーーー!!」

空を仰ぎ声を上げた円堂を皮切りに、仲間たちが喜びに沸き上がる。
それを視界に捉えながら、グランは──ヒロトは、力なく誰に向けるでもなく微笑んだ。これが、本当のサッカー。円堂たちの愛するサッカーの形。

「……これが、心の力とやらですか……」

肩を落とし、沈み込むように椅子に腰掛けた吉良は、ぼんやりと呟く。
今まで信じてきたものが、突然打ち砕かれたような気すらする。ふと視線をジェネシスへ向けると、芝生に手を突いて肩を震わわせるウルビダの姿が見えた。

「勝ちたかった……! お父様の……お父様の為に……!!」

嗚咽混じりに呟き、ウルビダは自身の傷付いた体を労ることもせずひたすら父への懺悔を繰り返している。
それを見て──長い年月曇りきっていた視界が、一気に晴れていったような気がした。

「……!」

覚束無い足取りで吉良は立ち上がる。
ゆっくりと部屋を後にした吉良の背中を、秘書の剣崎が冷たい目で見つめていた。




「円堂くん」

喜ぶ以外に何も浮かばずに、いっそ円堂を胴上げでもするかと言う雰囲気になってきた時だった。
痛む体を押さえながら、フィールドを一歩一歩踏み締めてやって来たグランに、円堂はハッと振り返る。
グランは見た目こそボロボロだったが、その表情はどこか晴れやかで、まるで長い呪縛から解き放たれたかのようだった。

「──仲間って、すごいんだね」
「……そうさ! ヒロトにも、その事が分かってもらえて嬉しいよ!」

ニカッと笑って、円堂は片手を差し出す。
ヒロトは一瞬逡巡したが、やがて戸惑いがちにその手を握り返した。

「姉さんの伝えたかったこと、……これだったんだね」
「ヒロト……」

微かに震えた声で彼の声を呟いた彼女の目は、僅かではあるが潤んでいる。
これで、一件落着。そう思えたその時、フィールドにまた新しい足音が響いてきた。

「ヒロト……」
「!」

ヒロトやジェネシスたちの肩が揺れ、そちらを見る。
緩慢な歩みでそこにやって来たのは、今までずっと観覧席から高見の見物をしてきた吉良だった。
吉良は先程とは違い力ない様子で、眉尻を下げて声を震わせる。

「ヒロト。お前たちを苦しめて、すまなかった」
「父さん……」

そこにいたのは、以前の優しかった吉良星二郎その人だった。憑きものが落ちて、元に戻ったと言っても良いだろう。
「父さん……」驚く娘に、吉良は頭垂れながらゆるやかに首を振る。

「瞳子。私はあのエイリア石に取り憑かれていた。お前の──いや、お前のチームのお陰で、漸く分かった」
「父さん……!」

思わず口元を押さえて涙ぐむ瞳子に、織乃が寄り添う。彼女から見ても、今の吉良は昔の子供思いの園長その物だ。
取り憑かれていた──その表現は、強ち間違ってはいなかったのかもしれない。

「そう……ジェネシス計画そのものが、間違っていたのだ……」
「ッ!!」

──どこからか、息を呑む音が聞こえる。
それは、緩んでいた空気を一気に張り詰めたものに変えることとなった。

「ふざけるな……!!」

怒気を露わにしたその声に、その場の全員が振り返る。
ゆらりと立ち上がったウルビダは鬼のような形相で吉良を睨み付けると、転がっていたボールを鷲掴んだ。

「これほど愛し、尽くしてきた私たちをっ……! よりによってあなたが否定するなァ!!」

全ての怒りを込めてウルビダが振り抜いた足から、強烈なシュートが吉良へと放たれる。
「お父さんッ!!」瞳子の悲鳴に反応した円堂がそのシュートへと手を伸ばしたが──ヒロトが動く方が、早かった。