The end of Genesys
サンドバッグを殴ったような、鈍い音がする。
鳩尾でシュートを受けたヒロトに真っ先に反応したのは、彼に庇われた吉良だった。
「ヒロト……!?」
肩越しに父を振り返り、満足げに薄く微笑んだヒロトの体がぐらりと傾く。
「ヒロト!!」フィールドに倒れ込んだヒロトに、我に返った円堂が駆け寄っていく。助け起こした彼の額には、脂汗が浮かんでいた。
「何故止める、グラン!!」
上体を起こされたヒロトに、唇をわななかせたウルビダは引き攣ったような声で叫ぶ。
「そいつは私たちの存在を否定したんだぞ!! そいつを信じて戦ってきた、私たちの存在を!!」
彼らはあの人に心酔している──織乃は瞳子の言葉を思い出す。身寄りの無い彼女たちに取っては、吉良の存在は絶対だった。
そんな人から存在を否定された、彼女の痛みは計り知れない。織乃には、決して。
「それを今更間違っていた!? そんなことが許されるのか、グラン!!」
「──確かに、ウルビダの言う通りかもしれない。お前の気持ちも分かる」
鳩尾を押さえながら、グランは立ち上がる。
元々血色の良くない顔色は更に青ざめ、体重を支える脚が震えても、彼は真っ直ぐにウルビダを見据えて言った。
「でも、それでもこの人は、……俺の大事な父さんなんだ……!」
ウルビダの肩が強張り、ヒロトの後ろで立ち竦んでいた吉良が目を見開く。
そんな彼に、ヒロトは弱々しく微笑んだ。
「勿論、本当の父さんじゃないことは分かっている。ヒロト≠チて名前が、ずっと前に死んだ父さんの息子のものだってことも……」
「本当の息子?」眉根を寄せた鬼道が呟いて傍らの瞳子を見上げると、彼女は固い表情で小さく頷く。
ヒロトは吉良を庇うように立ちながら、円堂に肩を支えられたままウルビダに訴えた。
「それでも構わなかった。父さんが俺に、本当のヒロト≠重ね合わせるだけでも……!」
吉良が忙しい仕事の合間を縫っておひさま園に来てくれるのが楽しみで仕方なかった。彼の喜ぶ顔を見ているだけで、嬉しかった。
親を亡くし、独り切りだった自分が必要とされている──そう感じることが出来たから。
「例え存在を否定されようと、父さんがもう、俺たちのことを必要としなくなったとしても……それでも父さんは、俺にはたった1人の父さんなんだ……!!」
それは、嘘偽りのない心からの叫び。今まで誰にも明かしたことのなかった、基山ヒロト≠フ本心。
「……お前はそこまで私を」震える声で呟いた吉良が、俯く。そして彼は、直ぐ傍に転がっていたサッカーボールに目を落とした。
「私は間違っていた。私にはもう、お前に父さんと呼んでもらえる資格などない……!」
「!」
拾い上げたボールを、吉良は無造作にウルビダに向かって放り投げる。
目の前で止まったボールと、今度はヒロトをその背に庇うようにして両手を広げて立った吉良を、ウルビダは瞠目しながら交互に見つめた。
「──さぁ打て。私に向かって打てウルビダ!」
「父さん……!?」
父を押しのけようと足を動かしたヒロトの眉間に、深い皺が寄る。
円堂に支えられて咳き込むヒロトに、吉良はその場から動かず、ウルビダに向かって声を張り上げた。
「こんな事で許して貰おうとは思っていない。だが少しでもお前の気が収まるのなら……!」
「……っ!」
「さぁ、打て!!」吉良は彼女の怒りを、痛みを受け入れようとしている。だが、リミッターの解除されたままのウルビダのシュートなど、何の訓練もしていない吉良が受け止めれば大怪我をしてしまうことは間違いない。
それでも彼は、ウルビダにシュートを打てと声を上げる。その苦しみを晴らせと、訴えかける。やがて彼女は、詰めていた息を思い切り吐き出した。
「うああぁっ!!」
喉から絞り出すような声を上げ、ウルビダは足を振り上げた。止めることも出来ず、一同は目を瞑るなり顔を背けるなりして、次の瞬間に広がるであろう光景に備える。
けれど──いつまで経っても、吉良に向かってシュートが打たれることは、なかった。
「……打てない」
掠れ声で呟いたウルビダが、膝を折って蹲る。
芝生を握り締めた彼女の目からは、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「打てるわけ、ない……! だって、だってあなたは、私にとっても大切な父さんなんだ……!!」
泣き崩れたウルビダを皮切りに、啜り泣く声がいくつも聞こえてくる。見ればジェネシスの子供たちが、声を上げ、或いは嗚咽を漏らしながら、涙を流している。血の繋がらない父を思い、泣いている。
「ウルビダ……」吉良は糸が切れたかのようにその場に座り込むと、大きな溜息を吐き出した。
「私は人として恥ずかしい。こんなにも私を思ってくれる子供たちを、単なる復讐の道具に……」
「父さん……」拳を握り締めて、瞳子は項垂れる父を見下ろす。
するとそこへ、また聞こえてくる新しい足音。振り返ると、いつもの草臥れたコートを靡かせた鬼瓦がピッチに入ってくるところだった。
「あ、鬼瓦さん……!」
「よう。勝ったな、お前たち」
片手を上げた鬼瓦のコートは、研究所内部を粗方調べ終えたのか、殊更縒れているように見える。
鬼瓦はゆっくりと吉良に歩み寄り、目を細める。それは1人の警部としての、厳しい目付きだった。
「話してもらえませんか、吉良さん。何故ジェネシス計画などと言うものを企てたのか……どこで道を誤ってしまったのか」
巻き込んでしまったあの子たちの為にも──そう付け加えながら、鬼瓦は啜り泣き続けるジェネシスを見遣る。
やがて吉良はその場に正座をすると、ゆっくりと事の顛末を語り始めた。全てが狂ってしまった、始まりの切欠を。
「グランの言う通り……私には、ヒロト≠ニ言う息子がいた。とてもサッカーの好きな子で、夢はプロの選手になることだった」
しかし、彼が円堂たちと同じ年頃になった時のこと。サッカー留学をしたその地で、悲劇は起こってしまう。
ある日、遠い海の向こうから吉良家に届いたのは、息子の活躍の吉報ではなく──彼が現地で謎の死を遂げたと言う報せだった。
吉良は直接海外へ飛び、真相の解明を求めて何度も警察に掛け合った。
しかし、ようやくして分かったのは、事件に政府要人の一人息子が関わっていたと言うこと。結果的に事件はもみ消され、吉良ヒロトは事故死≠ニして処理されたのだ。
「あの時の悔しさは今でもハッキリと覚えている……」
吉良の目が、幻の息子を追うように遠くを見る。
大切な息子に何もしてやれなかった悔しさ、喪失感。息子を失い、生きる気力を失った吉良は、まるで死人のようだった。
そんな折だった。兄の死から立ち直り、父の様子を見かねた瞳子が彼におひさま園≠フ経営を勧めてきたのは。
「おひさま園……?」
「……エイリア学園の子たちが集められていた、児童養護施設の名前です」
首を傾げた円堂に、織乃が小さく注釈する。
父の取材について彼女が何度か遊びに行ったことがあるのは、静岡の施設。そこを始めとし、吉良は全国に転々と『おひさま園』を設立し、身寄りの無い子供たちを養護しているのだと、昔父から聞いたことがあった。ほんの今朝まで、それも忘れていたけれど。
当初は、残された娘の為にと作ったおひさま園。
だが、子供たちと接していく内に、吉良の心の傷はその無邪気な笑顔に少しずつ癒やされていった。
子供たちと触れ合い、互いに寂しさを埋めていく──次第にそれは、吉良の生きる理由になったのだ。
「本当に、お前たちには感謝している。お前たちだけが、私の生き甲斐だった……」
深く頭を下げる吉良の言葉を、ジェネシスの子供たちは黙って聞いている。
しかし、吉良がようやく息子の死から立ち上がった5年後。
遙か宇宙から、それはやって来た。
富士山麓に落ちた隕石──それがエイリア石。人の心に働き掛ける、地球には存在しない不思議な物質。
石の秘めたエネルギーに気付いた吉良は、やがてその魅力に取り込まれた。取り憑かれたと言っても過言ではないだろう。
これさえあれば、息子を殺した世界への報復が出来る。その時彼の中に芽生えたのは、5年間心の奥底で押し殺していた復讐心だった。
父の狂気に気付いた瞳子は、真っ先に彼を止めた。けれどエイリア石に完全に飲み込まれてしまった彼は聞く耳を持たず、やがて彼女はそれまで手伝いをしていた研究所を飛び出して、単身吉良を止める手立てを探すこととなる。
それから、また5年後。
彼は完成されたジェネシス計画を、世界に披露することにする。破壊を繰り返し、全日本に恐怖を植え付けて、自らの力を見せつけて。
そして今日、この時をもって、彼の野望はエイリア石の消滅と共に雷門イレブンによって潰えたのだ。
「すまない……本当にみんな、すまなかった。私が愚かだった……!」
「父さん……」顔を覆って呻く吉良に、ヒロトの目から涙が一筋こぼれ落ちる。
これで、今度こそ一件落着──誰もがそう思った、次の瞬間だった。
「……うわっ!?」
ずん、と大きな地鳴りと共に、激しく地面が揺れる。
先程の比ではない。頭上からは瓦礫が崩れ始め、壁には亀裂が幾つも入っている。明らかに様子がおかしい辺りを見回して、鬼瓦が舌を打った。
「いかん……崩れるぞ!!」
「早く出口へ……!」
立ち上がった秋が、控え室に直通している出口を指さす。だが、タイミングを合わせたかのように降り注いできた瓦礫が、退路を断つようにそこを塞いでしまう。
あれでは出られない。絶望したのもつかの間、違う方の出入口から、何かがスタジアムに飛び込んできた。
「みんな、早く乗るんだ!!」
「古株さんっ!!」
ドリフト走行して彼らの前に乱暴に停車したのは、古株の運転するイナズマキャラバンだった。各々頭を守りながら、雷門イレブンもジェネシスも共々キャラバンへと駆け込んでいく。
肩を支え合い、或いは手を引かれ、背中を押され。そんな中、織乃は青い髪の少女が、未だフィールドに蹲っているのを視界に捉えた。
「……っ!」
「御鏡!?」
鬼道の制止する声が聞こえる。しかし織乃は振り向かずに、ウルビダの元へ駆け寄った。
「──玲名ちゃん!!」
「!」
肩の跳ねたウルビダが、弾かれたように涙で濡れた顔を上げた。目が合うなり、ウルビダの口は「織乃」と彼女の名前を紡ぐ。
「どうして……記憶は封じた筈なのに、何故私の名前が分かる……!?」
「──玲名ちゃんこそ。私のこと、覚えていてくれたんだね」
忘れられていると思っていた。そうであっても、仕方がないと思っていた。
けれど、彼女は織乃のことを覚えている。守るために遠ざけた友人のことを、忘れていない。その事実があれば、織乃はもう十分だった。
「一緒に行こう、玲名ちゃん。私はあなたたちを助けるために──もう一度友達になるために、ここに来たの!!」
織乃の力強い手が、ウルビダの──玲名の手を引き上げる。
玲名が織乃の手を引いていた、あの頃とはまるで反対だ。玲名は力なく笑みを浮かべて、潤んだ目で頷いた。
「全員乗ったな!? しっかり掴まっとれよ!!」
「はい!」ヒロトと一緒に吉良をキャラバンに押し込んだ円堂が頷くと同時に、古株は思い切りアクセルを踏み込む。
僅かな瓦礫の隙間から出口に飛び込めば、遠離っていくスタジアムが天井に潰されるのが見えた。
そこを皮切りに、天井が見る見るうちに崩れていく。スピードを上げるキャラバンを飲み込もうとしているかの如く迫ってくる瓦礫と砂塵に、悲鳴が上がる。
「ダメだ、追いつかれる!!」
「! 出口よ!!」
弱音を吐いた一之瀬を押しのけ、秋が差し込む光を指さした。
瓦礫に乗り上げた車体が、宙に投げ出される。
直後、後ろから吹き荒れた爆風に押し出されるようにしてキャラバンが光の中へ飛び出した次の瞬間、大きな火柱が研究所を飲み込んだ。
:
:
「……終わったんだな」
研究所から十分に離れ、開けた道で停まったキャラバンから降りて、円堂は呟いた。
遠目に見える研究所のあった場所からは、黒い煙が濛々と立ち上っている。
早くに鬼瓦の指示で待機していたのだろう護送車やパトカーが、続々と山を登ってくる。その一台に乗った吉良を見送って、織乃はキャラバンに乗り込んでからずっと手を握ったままだった玲名の顔を覗き込んだ。
「……玲名ちゃん」
「……」
唇を噛み締めた玲名の手に力が籠もる。
そんな彼女の肩口へ、グランが手を置いた。
「行こう、ウルビダ。織乃ちゃんも困ってる」
「! ヒロト、くん」
自然と彼女の名前を口にしたヒロトに、織乃は少し目を丸くする。
「覚えてるの?」少し間の抜けた声で尋ねた織乃に、ヒロトは困ったように苦笑いを浮かべた。
「思い出したんだ。……彼女がこうやって懐いていたのは、瞳子姉さんと織乃ちゃんくらいだったから」
「……そっか」
目を伏せ、織乃は手紙を入れたポケットに手を宛がう。蜘蛛の糸のように細く脆くても、彼らとの繋がりはまだ絶たれていなかった。そのことをとても、嬉しく思いながら。
「また、会いに行くよ。昔みたいに」
「……ああ」
涙ぐんだ玲名と指切りをする。小さい頃に別れた、あの時と同じように。
のろのろと織乃の手を離し、護送車へ歩いて行く玲名を見送り、ヒロトもそれに続いていく。
「──響木監督。円堂くんたちのこと、お願いしてもよろしいでしょうか」
ヒロトたちの傍にいたいんです──前を見据えながらそう尋ねた瞳子に、響木は断る理由もなく頷いて答えた。
響木に一礼し、瞳子は円堂たちと向かい合う。
「ありがとう、みんな。ここまで来れたのも、みんながいたからこそ。感謝してるわ。本当に、……ありがとう」
そう告げて、瞳子は彼らに向かって深く頭を下げる。
「監督……」少し寂しげにも聞こえる声に顔を上げた彼女は、美しく微笑んでいた。
「織乃ちゃんも。また、あの子たちを宜しくね」
「……はい」
踵を返し、瞳子はヒロトの隣へと並ぶ。
「さぁ、行きましょう」義姉を見上げたヒロトは、彼女が自分に手を差し伸べていることに気付き、僅かに瞠目して──笑みを浮かべた。
「……うん」
手を繋ぎ、血の繋がらない姉弟は歩いて行く。
途中、ふいに立ち止まったヒロトが、円堂たちを振り向いた。
「円堂くん。また、会えるよね」
「ああ、勿論さ。サッカーさえ続けていれば、絶対に会える!」
間髪入れず答えた円堂に、ヒロトはにっこりと笑う。きっと、そう言ってくれると思っていた。出会いが同じなら、別れも同じ。サッカーボールを追い掛けていれば、いつか必ずまた会える。
頷いたヒロトは、瞳子に誘われ護送車へ乗り込んでいく。ジェネシスたち、そして鬼瓦の乗ったパトカーを見送って、円堂は雲1つ無い青空を振り仰いだ。
「──よし! それじゃあ、俺たちも雷門中に向けて出発だ!風丸たちにも報告しなきゃいけないしな!」
「おー!」
:
:
──コン、ぷすん。
荒れた山道を下り、のどかな野道を走っていたキャラバンにふいに異変が起きた。ゆっくりと停まったキャラバンのボンネット部分から、細い煙が昇っている。
「無理させすぎたか……!」エンジンを掛け直し、それでもキャラバンが動かないことが分かると、座席の下から工具箱を取り出した古株と響木がステップを降りていく。どうやら再出発にはまだ少し時間が掛かりそうだった。
「……俺、やっぱりこのチームに入って良かった」
「? 何だよ、いきなり」
後部座席に腰掛けて、ふと木暮がそんなことを言う。彼は足をぶらつかせながら、続けた。誰に目を合わせるわけでもなく、独り言ちるように。
「俺、ずっと人のことが信じられなくて……けど、みんなと一緒に戦って分かったんだよ。人は信じなくちゃダメだって」
ぽん、と木暮は座席から飛び降りて、にかっと笑う。いつもの悪戯の成功した時の顔ではなく、ただ純粋に、嬉しそうに。
「俺、このチームが大好きだ。ホントに入って良かったと思ってる!」
「木暮くん……」
小さく呟いた春奈が、微笑を浮かべて彼へ手を差し伸べた。
彼女にも随分と世話になった。木暮は今までのことを思い浮かべ、気恥ずかしそうに笑ってその手を握り返した──が。
「うわぁっ!?」
握った手の隙間から、ぴょんと蛙の人形が飛び出してくる。
「引っ掛かった引っ掛かった!」驚いてその場に尻餅を突いた木暮にケラケラ笑いながら、春奈は兄の背中へ隠れた。
「私も1回やってみたかったんだ〜。うっしっし!」
「……やっぱり信じた俺がバカだった!」
ジェネシスを倒し、どこか静まり返っていた車内に弾けるような笑いが戻ってくる。
それに被せるように、前方で何かが爆発するような音がした。
「ダメだ、こりゃもう少し時間が掛かりそうだ……」
「お前たち、終わるまで外で気分転換でもしてこい」
窓から顔を覗かせた古株と響木の顔は、煤埃で真っ黒に汚れている。響木に至っては髭まで煤だらけだ。
「やった!」と飛び跳ねてサッカーボール片手にキャラバンから飛び出していった円堂に、夏未は呆れたように肩を竦める。
「気分転換って言われたのに……」
「ふふ。あれが円堂くんの気分転換なのよ。私たちも行きましょ!」
円堂に続き選手たちが、そしてマネージャーたちも外へと飛び出していく。
塔子とリカが秋や春奈、夏未も連れ出して、ポジションも立場も関係の無い野良サッカーが始まるのを眺めながら、織乃は土手に腰を降ろした。
「……これで全部、終わったんだ」
「ああ、やっとだ」
独り言に思わぬ方向から答えが返ってくる。
振り返ると、ステップを降りてきた鬼道が隣にやって来るところだった。
ボールを蹴る音は遠く、円堂たちは辺りを駆け回りながら笑い合っている。それは、昨日まで見ることの出来なかった景色だ。
「雷門に帰り着けば、今度こそ何もかも元通り……なんですよね」
この旅路で仲間になった塔子や吹雪、リカや木暮、立向居や綱海もそれぞれ元の家に帰る。それはつまり、もう一緒にサッカーが出来なくなると言うことだ。
得たものは大きかったが、失うものも同じ。寂しさを覚えながら呟いた織乃に、「そうでもないさ」と鬼道は口角を上げる。
「あいつらのことだ。きっと、機会があればまた会うことになる。……サッカーさえ続けていれば、な」
「そう……そう、ですね」
小さく笑った織乃に、鬼道が僅かに身動ぎした。背後でまたボフン、とエンジンの異音が聞こえてくる。
それに、と付け加えた彼に、織乃は顔をそちらに向けた。
「何もかも元通り、と言うわけではない。この数ヶ月で、変わったものも色々あるからな」
そうだ、と改めてその言葉に自覚させられる。
彼らは長い旅の中で進化した、強くなった。元の形に戻っても、それは恐らく前の雷門イレブンではないのだろう。
きっと、序盤で脱落してしまった半田や松野たちは驚くに違いない。心の中で独り言ちていた織乃の意識を、鬼道の軽い咳払いが現実に戻す。
「俺も、色々なことに対する考えが……気持ちが、変わったんだ」
「? はい」
小さく息を飲み込んで、鬼道は織乃を見下ろす。ゴーグル越しに目が合って、織乃は自分の心臓が大きく高鳴るのを感じた。
じわりと頬が熱くなる。気のせいか、鬼道の顔も赤くなっているように見えた。
「っ御鏡。俺は──」
「おーい! 鬼道、御鏡〜! お前らもこっち来いよー!」
「…………」
聞こえてきた円堂の朗らかな声が、鬼道の声を掻き消していく。
途端、鬼道は口を真一文字に結んで仏頂面になった。視線を土手の下に向けると、円堂がリカや春奈に何か説教をされながらボールをぶつけられているのが見える。
「……俺たちも、行くか」
「えっ、あっ、はい!」
溜息を1つ吐いて、鬼道はさくさくと芝生を踏みながら土手を降りていく。織乃もスカートを払いながらそれを追い掛けた。
ふと、ポケットの中でシャリ、と何かが擦れる音がする。
「あ──」
指先が摘まんだのは、紫の欠片。エイリア石の残骸。玲名たちと織乃を隔て、また繋いだもの。
掌に乗せたそれは、役目を終えたかのように忽ち崩れて細かい粉になっていく。
「織乃さ〜ん! 早く早く!」
「……はーい!」
風に乗り、掌から舞い上がって遠くの空へと消えていったそれを見送ると、織乃は笑みを浮かべて仲間の元へと駆けて行った。
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