Corrupted lightning
約1時間を掛けて本調子になったイナズマキャラバンは、雷門イレブンたちを乗せてひた走っていた。
既に都内へ入っており、ひとまずの目的地である雷門中まであと少し。河川敷の道を通りかかったところで、ふとグラウンドの方を覗き込んだ円堂がアレ? と声を上げる。
「どうした? 円堂」
「いや……杉森や闇野たちがいないなって思って」
一之瀬の問いに答えられたのは、以前稲妻町に戻った際にこの場所で出会った2人の名前だった。
雷門イレブンのバックアップチームだと言っていた彼らの姿は、確かに曇り空で仄暗い影の落ちたグラウンドのどこにも見当たらない。
「やっぱり、いつもいるわけではないんじゃないですか?」
今日はたまたまお休みだったとか、と仮定するのは織乃だ。「そっかぁ」と残念そうに呟いた円堂は、乗り出した体を座席に沈める。
ジェネシスとの戦いは全国に中継されていただろうが、やはり風丸たちと同じく彼らにも直接勝利の報告をしたかったのだ。
「──そら、お前たち。学校が見えてきたぞ」
それから更に10分ほどキャラバンが走ったところで、響木の言う通り雷門中が見えてくる。
エイリア学園によって破壊された校舎は無事に建て直され、いくらかデザインも変わったように見える。キャラバンは校門を潜り、グラウンドの前で停車した。
「う……すごい霧だな」
立ち籠める濃い霧に、円堂たちは顔をややしかめながらステップを降りる。
時刻は正午を少し過ぎた頃。今日が土曜日と言うこともあってか、校舎は不気味な程に静まり返っていた。
しかし円堂たちは、その光景に違和感を覚える。
道中の夏未の話では、学校は2日前に工事が終わり、生徒たちも近隣に建てた仮校舎から戻ってこれるようになったらしい。
それに伴い部活動が再開されるのは当たり前のことだが、その為に登校してきている生徒が1人も見当たらないのはおかしいのではないか。
「変ッすねぇ……誰もいないんスかね」
不安そうな壁山の声を受けて、円堂はどこか慎重に一歩踏み出し、辺りを窺う。
普段ならば校舎から聞こえるはずの生徒たちの喧噪も、吹奏楽部の練習する音も、応援部の声すら聞こえてこない。
「……ん?」
3歩、そこから歩いたところで円堂はぴくりと正面に顔を向けた。
焚かれたスモークのような霧の中に、うっすらと背の高い人影が浮かび上がっている。
ゆっくりとした足取りで霧の向こうから現れ出でたのは、彼らが予想だにしていなかった人物だった。
「あいつは──」
長い体躯、冷酷さの滲む細面。姿を現したのは、星の使徒研究所にて吉良の秘書を務めていた男──その名を、瞳子は剣崎と呼んでいたか。
いち早く反応を示した鬼道は、怪訝そうに眉根を寄せる。
研究所を脱出する時、そして吉良が護送される時。あの場に彼がいなかったことが気に留まっていなかったわけではない。まさか雷門中に来ていたなどとは思ってもみなかったが。
「──お待ちしておりましたよ。雷門の皆さん」
雷門イレブンたちが警戒して何も喋らないことを良いことに、 剣崎は神経を逆撫でるような猫撫で声で語り始めた。
「皆さんにはまだ、最後の戦いが残っていますからね」
「最後の、戦い……?」
訳が分からず、円堂は剣崎の言葉をオウム返しする。
そこで彼は気付いた。剣崎の後ろ、霧の奥深くに大小様々な11の影が控えていることに。
「……!?」
生温い一陣の風が吹き抜けて、霧が晴れていく。
現れた人影たちは、一様に同じようなフード付きの黒いマントを身に纏っていた。
そのうちの1人が、グラウンドの土の感触を確かめるようにゆっくりと円堂の前へ進み出る。
フードが下げられ、風に揺られてこぼれ落ちる青い髪。露わになったその素顔に、円堂は思わず絶句した。
「か──風丸!?」
瞳から光が消え、柔らかかった面差しは冷たく歪んでいる。だが、目の前に現れたその人は、確かに1回目のジェネシスとの相対で雷門イレブンを離脱した風丸本人だった。
「これは……!」
「あっ──」
それを皮切りに、残りの黒尽くめたちが次々とフードを脱いでいく。
染岡、影野、半田、栗松、松野、少林──それぞれ髪型や顔つきの変化は見られるが、そこに並んでいたのは怪我で離脱を余儀なくされた雷門イレブンの面々だった。
「──久しぶりだな。円堂」
目を細め、風丸は口角を上げる。
敵であるはずの剣崎に仕えるように佇み、冷たい笑みを浮かべている彼らはまるで別人のようで、円堂たちは驚きを隠せない。
「ど……どう言うことなんだ……!?」
「ようやく私の野望を実現する時が来たのですよ」
口を突いた疑問に答えるように喋り出したのは、風丸たちではなく剣崎だった。
「野望……?」不穏な単語に眉を顰めるのも束の間、風丸がマントの下から取り出したものに円堂はハッと目を見開く。
「風丸、そのボール……!!」
「──再会の挨拶代わりだ」
中空へ放り出されたのは、かつてジェミニやイプシロンが破壊活動に使っていた黒いサッカーボール。
シュートされたそれに円堂は虚を突かれながらも反応したが、受け止めるや否や威力に勝てずにその場に尻餅を突いた。
「円堂!!」
鬼道たちが自分の名前を呼ぶ声がする。
驚愕を隠せない瞳でこちらを見ながら起き上がった円堂を見下ろし、風丸はほくそ笑んだ。
吹き荒ぶの風に、彼の青い髪が靡く。
重力に逆らい波打つそれは、まるで嵐に荒れ狂う海のようだった。
「──俺達と勝負しろ、円堂」
「なっ、──?」
唐突な言葉に声を上げかけた円堂は、その時風丸の襟元から淡い紫の光が漏れていることに気が付いた。
自然界では発生しない、紫色の光。今までの旅路で苦しめられた忌むべき異物。その正体に勘付いた夏未が瞠目する。
「あの光は……エイリア石!?」
「だ、だけどあの石は研究施設と一緒に壊されたはずじゃ……!」
声を上げる夏未や織乃に、剣崎がねちっこい視線を向ける。唇を引き結んで身を竦めた彼女たちを庇うように、険しい表情の響木がその肩を抱きかかえた。
一転、笑みを漏らした剣崎は、マジシャンが観客にするように、雷門イレブンに恭しく一礼する。
「皆さんにはお礼を申し上げます……お陰であの無駄極まりないジェネシス計画に固執していた旦那さまを、──吉良星二郎を片付けることが出来たのですからねぇ」
──まるでそれは、悪魔のような笑顔だった。
先程までの胡散臭い態度から一変、仕えていた吉良を卑下する言葉、そしてその言い様に、あることを察した鬼道が声を上げる。
「まさかあの爆発は……!」
「お察しの通り、私がやったのです。エイリア石を私だけのものにするために……!!」
ある者は息を飲み、またある者は舌を打つ。
あそこで二度目の爆発が起きるのはおかしいとは思っていたのだ。エイリア石を爆破したのは鬼瓦たちだが、警察として施設その物は後の調査の為に残しておかなければならない。故に、あの大規模な爆発が鬼瓦たちのせいである筈がなかったのだ。
「旦那さまは、エイリア石の本当の価値を分かって分かっていなかったのですよ。何一つね!」
劇の語り部ような大仰な口調で言いながら、剣崎は軽い足取りで歩を進める。
そして徐に風丸の隣までやって来ると、その肩に骨張った手を乗せてニタリと笑った。
「ですからこの私が正しい方法で、究極のハイソルジャーを作り上げたのです」
「究極の……」忌々しいものを口にしたような苦い表情で呟いた円堂は、正に目の前に佇む風丸を見つめる。
信じたくない。けれど、恐らく、この予想が正しいのだ。
「まさか、風丸たちが……!!」
「その通り──それが、ダークエンペラーズ≠ナす!!」
両腕を広げ、剣崎は愉しくて溜まらないと言った満面の笑みを浮かべる。
ダークエンペラーズ──闇の皇帝たち。毎日土と汗に塗れ日々研磨してきた彼らには、それはあまりに似合わない名前だった。
「貴様、何てことを……!」
普段冷静な響木の声が怒りに震えているのが分かる。だがそれに対し剣崎は、どこ吹く風で鼻を鳴らしてダークエンペラーズと名を変えた風丸たちを自慢気に手で指し示す。
「今日は話がハイソルジャーの力を証明しに来たんですよ。彼らなら、君たち雷門イレブンを完膚無きほどに叩きのめします」
自慢気な剣崎に答えるように、風丸は不敵にニヤリと笑った。悪どく、初めて会った時のイプシロンたちを彷彿とさせる笑みだ。
「……っこんなの嘘だ!!」
ふいに、弾かれたように風丸に駆け寄った円堂がその肩に掴みかかる。
その表情は必死そのもので、震えた声はただ目の前にある事実を信じたくないのだと語っていた。
「お前たちは騙されてるんだろ!? なぁ、風丸っ!!」
「…………」
自分の体を揺さ振る円堂に、僅かに風丸が目を細める。
そして彼は、円堂に向かって突然そっと手を差し出した。虚を突かれたように目を瞬いた円堂は、数秒置いて戸惑いながらも引き寄せられるように白い手袋の嵌まったそこへ手を伸ばしたが──
「! 風丸……」
ばちん、と乾いた音が響く。それは、風丸が円堂の手を打ち払った音だった。
風丸からの顔からは既に、笑顔と呼べるものは消えている。
「俺たちは、自分の意思でここにいる」
彼の胸元からチェーンを伝って取り出されたのは、やはりペンダントのように加工されたエイリア石だった。
エイリア石は研究所で見た時と変わらず、紫色の怪しい光を爛々と放ち続けている。
「このエイリア石に触れた時、力がみなぎるのを感じた……求めていた力が!」
「求めていた、力……」
数歩、蹌踉めいて後退った円堂は、風丸を呆然と見つめた。
叩かれた手の甲は赤くなっている。その鈍い痛みが、今起きていることが現実なのだと彼に知らしめる。
「俺は強くなりたかった。だが、強くなりたくても自分の力じゃ超えられない限界を感じていた」
恍惚とその魅力を語る風丸に呼応するように、エイリア石は堂々と彼の手の中で輝いた。
「でもエイリア石が、信じられないほどの力を与えてくれたんだ……!」
絶望の表情を浮かべる雷門イレブンの視線を一手に受けながら、彼は黒いマントを脱ぎ捨てる。
青を基調としたスーツ姿へと様変わりした風丸は、それが正しいことであるかのように、素晴らしいことであるかのように、心底愉しそうに笑った。
「俺のスピードとパワーは、桁違いにアップした! この力を、思う存分使ってみたいのさ!!」
そこで、それまで呆気に取られていた円堂は我に返る。
「ちょっと待てよ……! エイリア石の力で強くなっても、意味がないだろ!?」
以前一緒に旅をしていた時も一度、風丸はもしも神のアクアがあれば──と何かの力に頼ろうとしていた。
その時も今と同じく円堂が止めたのだ。自分の力で強くならなければ意味が無い、あれは使ってはいけないものだ、と。
それなのに。
「それは違うでヤンス」
「! 栗松……」
その言葉を否定したのは、風丸ではなく後ろに控えていた栗松だった。
もうついて行けない、と涙の滲んだ置き手紙を残し離脱した彼は、失った自信を仮初めの力で取り戻して笑っている。
「強さにこそ意味があるでヤンスよ……!」
「ああ。俺はこの力が気に入ったぜ。もう豪炎寺にも吹雪にも負けやしねぇ!!」
「染岡くん……!」悲しげに表情を歪め、吹雪は染岡の名前を呟いた。
いつかまた、一緒に風になろうと約束した。あの時の言葉を、彼は忘れてしまったのだろうか。
「俺たちは誰にも負けない強さを手に入れたんです」
「エイリア石の力がこんなに素晴らしいなんて思わなかったよ」
必殺技を生み出そうといつも頑張っていた宍戸、足りない部員を補うためにスカウトしてからFF決勝までついてきてくれた松野。
「いつまでも走り続けることが出来る……どんなボールだって捌くことが出来る……!」
「全身に溢れるこの力を見せてあげますよ!」
「俺はもう影じゃない……ついに存在感を示す時が来たのさ……ふふふふふ」
雷門イレブンのあり方を大事にしていた半田、1年生ながら気遣い屋で仲間たちを支えた少林、炎の風見鶏の完成に一役買った影野。
熱い思いを持ってサッカーに打ち込んでいたはずの仲間たちが、今は遠く、偽物の力に溺れている。
「どうしちゃったんだよ、みんな……」
「円堂くん、貴方にももうじき分かりますよ。誰もが取り憑かれる魅力──それがエイリア石なのですから」
蕩々と語りかけてくる剣崎に反抗しようとしたのだろう、何か言いたげに円堂は口を開いたが、そこから言葉が発せられることはなかった。
半歩前へ進み出た風丸が、先程とは少し違い誘うように彼に向かって手を差し出したからである。
「雷門イレブンは、ダークエンペラーズの記念すべき最初の相手に選ばれたんだ。さぁ──サッカーやろうぜ、円堂……!!」
「……!」
零れんばかりに目を見開いた円堂は、冷たく微笑む風丸を凝視する。彼はしばらくパクパクと陸に打ち上げられた魚のように口を開閉させて、やがて歯を食い縛った。
「っ嫌だ……!」
ばちん、と乾いた音が響く。それは、円堂が風丸の手を打ち払った音だった。
俯かせていた顔を上げた円堂の目は、怒りと悲しみで濡れている。その声は、涙を耐えて震えている。
──どうしてだろう。ほんの数ヶ月前まで、みんな同じ道を目指して走っていたはずなのに、一体どこからずれてしまったのだろう。
それを答えてくれる人間は、その場にはいなかった。
「こんな状態のお前たちと試合なんて、俺は出来ない……!!」
「そうっす、いやっス!」
「ああ……お互いに得るものはなにもない!」
涙声の壁山の声や、背中を支えるようなハッキリとした声音の鬼道の言葉に、円堂は小さく息を吸って冷静さを取り戻す。
ジェネシスや吉良にも分かってもらえたのだ。かつての仲間たちにだって、この気持ちは伝わるはず──そう考えたのだが。
「仕方ありませんね。……試合を断ればどうなるか、お教えしましょう」
あからさまに呆れた溜息を吐いた剣崎が、ダークエンペラーズたちを振り向いて顎で指示する。
すると、マントを脱ぎ捨てた染岡が1歩前へ進み出てあの黒いボールを持ち上げた。
「まず手始めに、──雷門中を破壊します」
「!?」
「駄目だ、やめろ染岡!!」振り上げられたその足に、瞬時に円堂は声を張り上げる。
染岡の動きは止まったが、彼に動揺した様子は見られない。恐らく円堂が止めに入ることを分かっていたのだろう。
「お分かりですか? あなたたちに選択肢はないんです」
慌てた様子の円堂たちに、剣崎はクツクツと喉の奥で意地悪く笑っている。
この状況を楽しんでいるのだ。自分の作り上げた──作り替えたチームに、雷門イレブンが悲しみ、動揺する様を見て。
「無茶苦茶言いやがって……っ」
「っこの卑怯者!」
普段温厚な土門や織乃までが声を荒げる。
しかし剣崎はそんな罵倒も毛ほども気にしていないようで、軽く肩を竦めて円堂を見下ろした。
「さぁ、どうするのですか。円堂守」
試合をするか、また学校を壊されるか。
提示された残酷な2択に、口を噤んだ円堂は肩を震わせながらちらりと後ろの響木に視線を送る。
響木は以前険しい顔をしていたが、彼が小さく頷くのを確認すると、円堂は辛そうに眉間に皺を寄せた後、細く長く息を吐き出した。
そして彼は、ダークエンペラーズと向き直る。
こちらを見る風丸が、愉しげに唇を持ち上げた。
「……っ分かった。勝負だ!!」
やっとその気になりましたね、と剣崎は限界まで口角を上げる。
波打つ髪を掻き上げて、風丸は蔑むように笑う。エイリア石が、一際大きく輝いた気がした。
「円堂……人間の努力に、限界があることを教えてやるよ」
「……」
幼馴染みとして、友達として、潰れそうだったサッカーを再び立ち上げるために手を貸してくれた彼の姿が脳裏に蘇る。
──戦わなければ。あの頃の彼らを、取り戻す為に。
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