VS.Dark emperors

「おそい!」

小さな手がリビングのテーブルを叩く音がして、大樹は呆れた顔でそちらを振り向いた。
4人がけのテーブルに掛けた双子は、それぞれ頬を一杯に膨らまして拗ねた表情をしている。

「さっきテレビで雷門が宇宙人やっつけたって言ってたのに……」
「お姉ちゃんいつ帰ってくるの?」

浮いた足をばたつかせる弟2人に、あのなぁ、と大樹は溜息を吐いた。

「そんだけ凄いことしたんだから、そんなすぐに帰って来られるわけないだろ? きっと色々と用事が込み入ってんだよ」
「え〜」

自分だって突然の休校の報せで暇を持て余していると言うのに、と大樹はデュエットで聞こえるブーイングに耳を塞ぎながら手元にあったリモコンを拾い上げテレビのスイッチを付ける。

緊急連絡網で休校の連絡が入ったのは、丁度雷門イレブンがエイリア学園最後のチームを倒したとテレビで放送された直後のこと。
どうせサッカー部を迎え入れる為の準備でもしているのだろう──そんな予想をしながら適当にボタンを弄っていると、ふいに一瞬画面にノイズが走った。

「何だ……?」
『──全人類に告げます。私は剣崎竜一……強化人間開発プロジェクトの最高責任者です』

ニュース番組に割って入るように突然映し出された見知らぬ顔の男に、大樹は思わず眉を顰める。
「何?」兄の異変に気付き双子が寄ってくる間にも、剣崎と名乗った男は口を噤まない。

『私はエイリア石でハイソルジャーと言う強化人間を、短期内で容易に供給することを可能にしました』
「ハイソルジャーって、さっきジェネシスとの試合で言ってた……?」

数時間前に中継で流れていた単語を思い出し、大樹は呟く。しかしその目論みは、雷門イレブンが試合を制することで防がれたはずだ。
それを何故まだ──疑問を抱くのも束の間、目を見開いた和樹がテレビを指さして叫ぶ。

「大兄ちゃん……ここ、雷門中だよ!」
「何だって?」

眉を跳ね上げ、大樹は今一度画面に注目した。剣崎、それから取り巻きと思しき坊主頭の男たちで隠れて分かり難いが、後ろに見える建物は確かに最近新しく建て直された学舎だ。
「どう言うことだよ……」呆然と疑問だけが口を突く。カメラが少し引き、男たちと──グラウンドの端に険しい顔で佇む雷門イレブンを映し出す。

『本日は、その事実、その素晴らしい能力をご覧に入れます。雷門イレブン撃破をもって、私の計画が新たなスタートを切るのです!』




剣崎がカメラを前によもや日本全国にこの状況を映し出しているとは知りもせずに、雷門イレブンは黙々と試合に向け準備を行っていた。
膝を伸ばしながらちらりとダークエンペラーズに視線を投げ掛けた一之瀬は、苦い顔になりながら奥歯を噛み締める。

「西垣……まさか、あいつがいるなんて……!」

元雷門イレブンばかりで構築されているものと思っていたダークエンペラーズの中には、一之瀬や土門の友人である木戸川清修の西垣、そして円堂が会いたがっていた杉森と闇野の姿もあった。
彼らも風丸たちと同じように、剣崎の言葉に惑わされエイリア石を手に取ってしまったのだろう。

「どうしてこんなことに……」

のろのろとモバイルの蓋を開きながら、答えが出ないことを知りながらも織乃は呟かずにはいられなかった。
あの爆破で剣崎を見失わなければ、もっと風丸たちのことを気に掛けていれば。そんなことを今更考えても、遅いと言うことは分かっている。

「壁山、それは……?」

円堂の不思議そうな声に、織乃はハッと意識を引き戻された。
見ると、肩を落とした壁山は古ぼけた木の板──1番初めに雷門中を出発した時に円堂がキャラバンに乗せた、雷門サッカー部の看板を抱えている。

「みんな、忘れちゃったんスかね……」

ぽつりと落とされた言葉に、仲間たちは顔を見合わせた。
蘇るのは、彼らと一緒にサッカーをしていた頃の思い出ばかり。辛い特訓も、手強い敵にも、独りじゃなかったから耐えることが出来た。最後にはいつも笑うことが出来ていた。それが、今は。

「そうだよ──あんなに頑張って、俺たちはサッカーを続けてきたんだ。だから、エイリア石なんかに潰されるはずがない!! 仲間は、ずっといつまでも仲間なんだ!!」

「取り戻そう、本当のみんなを!」頭を振る円堂に、一之瀬が力を込めて同調する。
それぞれが色々な事情を抱えていた。サッカーを諦めようとしたり、或いはサッカーをすることで縛られていた人間もいた。そんな時に傍にいてくれたのも、いつだって仲間だ。それならば、今度は自分たちが彼らを助け、支える番だろう。

「ウチも協力するで!」
「俺たちも雷門イレブンだからな!」

決意を固める雷門イレブンに加わり、途中参加のリカや綱海たちも声を上げる。
「お前たち、準備は良いか」子供たちの顔を見回し、低い声で響木が問う。彼もまた、仮初めの力で風丸たちを惑わした剣崎に怒りを募らせていた。

「あいつらに見せてやれ。お前たちのサッカーを!!」
「はいっ!!」

大きく頷き、誰が合図するでもなく円堂たちは円陣を組み手を合わせる。
これで本当に最後。悪を打ち倒すための、最後の試合。

「さぁ行くぞ、みんなっ!!」
「おう!!」

力強いかけ声が薄暗いグラウンドに木霊し、雷門イレブンはフィールドへと走って行く。
マネージャーたちは控えのリカや目金と共にベンチに掛けて、ひたすら彼らの勝利を願った。

「みんな、負けないで!!」
「絶対に勝ちなさい! これは理事長の言葉と思ってもらって結構です!!」

かつて共に栄冠を手にした雷門のチーム同士が戦い、鎬を削る──そんなシナリオを作り上げた剣崎を許してはならない。
高らかにホイッスルが鳴り響く。雷門からのキックオフで試合が開始されるや否や、一之瀬と鬼道が全速力で走り出した。

「行くぞ……!」

それに続き、円堂がDFラインから飛び出して2人に追走する。
その意図を汲み取った鬼道は、直ぐさま円堂へ向かってバックパスを繰り出した。

「よーし! 行ったれ円堂!!」
「……っ」

タオルを振り回し、織乃もついついモバイルを膝に置いたまま拳を握り締める。
「来い──俺の力を見せてやる!!」前へ出た円堂の進路へ飛び出した風丸が、髪を靡かせて加速した。

「あっ!?」
「ハハ、その程度か!? キーパーじゃなければ、お前も大したことはないな!!」

一瞬、まばたきをした刹那の後には既に円堂の足元にはボールはなかった。擦れ違いざま、まさに風のように──すぐさま我に返った円堂は、慌てて反転するも、強化された風丸のスピードに追いつくことが出来ない。

自陣へ戻った鬼道をも目を疑うような素早さの疾風ダッシュで抜き去ると、風丸はあっと言う間にゴールの目の前までやって来た。

「風丸さん──!」

ゴールを守るため、尊敬する先輩と戦う辛さを堪えた壁山が彼の前へ立ちはだかる。
しかし風丸は薄くほくそ笑むと、そのまま思い切り壁山の後ろに待つゴールへシュートを打ち込んだ。

壁山の発動したザ・ウォールをいとも容易く突き抜けて、迫るボールに立向居がムゲン・ザ・ハンドで立ち向かう。

「ぐっ……! 何て威力だ……!!」

どうにかそのシュートを弾いた立向居は、まだジェネシス戦でのダメージが僅かに残る手を痺れさせて踵を返した風丸の背中を見つめた。
「風丸さん……」尻餅を突いたまま、壁山は離れて行く風丸にへにゃりと口をひしゃげた。こんな時にいつも慰めてくれていた栗松も、今は敵として自分たちの前に立ちはだかっている。その事実が余計に、悲しさを増長させた。

「──まだほんの小手調べさ」

以前の彼は、あんな風に冷たく笑ったりしなかった。目を細め、口角を上げる風丸と睨み合った円堂から目を逸らした織乃は、ダークエンペラーズ側のベンチに悠々と腰掛ける剣崎を窺った。
彼の膝にはシルバーのアタッシェケースが大事そうに抱えられている。恐らく、あれば風丸たちの装備しているエイリア石にエナジーを供給している原石が保管されているのだろう。

「(じゃあ、あれを壊してしまえば──?)」

頭に浮かんだ答えを、彼女は直ぐさま打ち消した。
それでは駄目だ。確かにあれを破壊すればダークエンペラーズの弱体化は図れるだろうが、そんなことをして勝っても意味はない。剣崎の掌で転がされる彼らの心自体を取り戻さなければ、本当の意味で雷門イレブンの勝利は有り得ないのだ。

そんな1人問答を続けている最中にも、ダークエンペラーズの猛攻は止まらない。
攻撃も守備も、信じられない身体能力の高さだ。それはきっとエイリア石の力だけではなく、彼らが離脱した後に自力で強くなったことも要因なのだろう。
チームを離れた後、或いは怪我が完治した後。仲間たちのことを思い、必死に特訓したに違いない。それでも自分の限界を思い知り、心を折られた所を、あの男が。

「ふはは……ダークエンペラーズの強さは圧倒的……! 勝敗は火を見るより明らかだ!!」

自身の肩を抱え、面白くて溜まらないと言った顔で剣崎は高笑いしている。
彼らのことを何も知らないくせに──風丸たちをデモンストレーションの演出のように扱う剣崎に、怒りは募るばかりだ。

雄叫びを上げながら雷門陣内深く切り込む染岡の目の前へ、円堂と壁山が立ち塞がる。

「通すわけには行かないッス!」
「っははは! 今の俺にはどんなDFも突破することが出来るんだぜ!?」

果敢に声を荒げる壁山に対し、染岡はバカにしたように鼻を聳やかした。
荒っぽくて喧嘩っ早くて、それでも頼りにしていた先輩だったのに──壁山はツンと鼻の奥が熱くなるのを感じる。
「そんなの本当の力じゃない!!」彼が弱気になったのを肌で感じたのだろう、円堂が支えるように傍らに立ってそう叫んだ瞬間、染岡の表情が変わった。

「……だったら俺を止めてみろ」
「染岡──」

彼の言葉に呼応するように、スーツの中で紫色の光が輝き始める。
あれはエイリア石の光の色。それに気付いた瞬間、染岡が走り出した。

「エイリア石を否定するなら、それ以上の力を──俺に見せてみろ!!」
「ぐあっ──!!」

ほんの刹那の隙を突き、染岡の容赦の無いチャージが2人を吹き飛ばす。
「どうだ! 俺の勝ちだ!!」走りすがら、勝ち誇る彼の足元をふいに冷たい風が吹き抜けた。

「染岡くんッ!!」

突如、前方から地面を走ってきた氷の道を避けることが出来ず、染岡の体がその場で凍り付く。
アイスグランドでクリアされたボールに舌打ちして、氷から解放された染岡は戸惑うことなく踵を返した。

「染岡くん!!」
「……」

吹雪の悲痛な声に、染岡はピタリと足を止める。
こちらを振り向かない染岡に、吹雪は眉を拉げながらも言葉を続けた。

「僕は忘れてないよ……君がどんなに悔しい思いでチームを離れたか。どんな思いで僕に後を託したのか!!」
「──ふん。そんなこと覚えてねぇな」

取り付く島もない。縋るような言葉を一刀両断した染岡は、今度こそ自陣へと戻って行く。
「染岡くん……」肩を落とし、吹雪は呆然と去って行く背中を見つめるしかない。

「何を言っても無駄のようだな」
「……どうすれば分かってもらえるんだ……」

慰めるように、ともすれば諦めろと諭すように言った鬼道に、吹雪は弱々しく呟いた。
約束したのだ。あの日夕暮れの中、病院の屋上で。また一緒に風になろうと、言っていたのに。

「──勝つしかない。俺たちのサッカーで」
「! キャプテン」

曲がり掛けていた背中を、円堂の温かい手が支える。
振り向いた傍らに立っていた円堂は険しい表情こそしていたが、まだまだ諦めた目はしていない。

「そうだな……あいつらに勝つんだ」
「全力で行くッス!」
「うん!」

まだ試合は始まったばかり、へこたれてはいられない。気合いを入れ直したところで、再び試合が始まった。
綱海からパスを受けた一之瀬が、ダークエンペラーズ陣内へと切り込んでいく。

「土門、円堂!」
「おう!!」

ザ・フェニックスの陣形を取った3人に、風丸が僅かに目を細めた。
「西垣!」短く名前を呼ばれ、頷いた西垣が3人の前へ躍り出す。

「食らえ……! スピニングカット!!」

空を切り裂いた蹴圧が、地面に激しい衝撃波を生み出した。
避けきれずにそこへ飛び込んだ一之瀬たちが、衝撃波に煽られて吹き飛ばされていく。

「西垣くん……!」

スカートを握り締めた秋が眉間に深く皺を刻んで呟いた。
奪われたボールは風丸へ。カットに向かう間もなく闇野に渡ったボールが、天高く打ち上げられる。

「闇に飲み込まれてしまえ──ダークトルネーーーード!!」

ファイアトルネードによく似た初動から打ち出されたシュートは闇色の炎に包まれて肥大した。
砂塵を巻き上げ迫るシュートに、ゴール前に走り込んだ綱海と木暮が果敢にも立ち向かっていく。

「闇なんてここにはねぇ!!」
「決めさせるもんかぁッ!」

しかし、2人の健闘も虚しく闇野のダークトルネードは砂塵を巻き上げ2人を吹き飛ばし、圧倒的な力を持ってシュートを防ぎきれなかった立向居もろともゴールネットに突き刺さる結果となった。

「やられてもーた……!?」
「3人とも吹っ飛ばすなんて……!」

為す術もなく取られた先取点に、リカや目金が冷や汗を滲ませる。
それに吊られ表情を曇らせかけた春奈が、いいえ、と激しく首を横に振った。

「まだ1点──1点です!!」
「そうよ、まだ時間はあるわ!」

今までだって、同じような危機的状況に陥ったことは何度もあった。
けれどその度に、彼らは思いも寄らないような機転と気力でそれを乗り越えてきたのだ。それを今更疑う余地はない。

「大丈夫、円堂くんたちなら……」
「きっと逆転してくれます!」

祈るように手を組み合わせた秋と、最早起動しただけで触る余裕のないモバイルを膝に乗せたままの織乃が小さくも力強く頷く。

だが、その思いも届かずにダークエンペラーズの攻撃は止まらない。
雷門イレブンもボールを奪われるのは一瞬、奪い返すにも体が着いていかない状態が続き、疲労が蓄積されるばかりだ。
そしてついに、必死の守りが崩れる時がやって来る。

「行け、染岡!」

円堂からボールを奪った風丸が、ゴール前へ走り込んだ染岡へパスを上げた。
「今度は俺が決めてやるぜ……!」ボールを受け取り不敵にほくそ笑んだ染岡は、ふいに何かの気配を感じて振り返る。

視線の先には、前線から猛スピードでDFに駆け戻ってくる吹雪の姿があった。

「染岡くんは僕が止める──止めなきゃいけないんだ!!」
「やれるもんならやってみろぉ!!」

振り上げられた脚に、青い闘気が纏わり付いていく。
「ワイバーンクラッシュが来ます!!」警告のような織乃の声を聞いた吹雪は、更に走るスピードを上げた。

「ワイバーン──……!!」
「やらせない!!」

染岡の前方へ飛び込んだ吹雪の脚が、必殺技の発動しかけたボールを捉える。
双方向からぶつかり合う力にギチギチと悲鳴を漏らすサッカーボールに舌打ちし、染岡は怒声を上げた。

「てめぇ……! さっきから俺の邪魔ばっかしやがって!!」
「染岡くん……! 僕と一緒に風になろうって約束したじゃないか! 忘れちゃったの!?」

その瞬間、吹雪は見た。
染岡の首に掛かったエイリア石のペンダントが、一瞬目を見開いた彼の記憶を塗り消すように一層強く輝いたのを。

「だから──覚えてねぇって言ってんだろぉお!!」
「──!!」

哮りと共に、巨躯を青く輝かせたドラゴンが吹雪の小柄な体を中空へと吹き飛ばす。
吹雪がフィールドに叩き付けられるのと同時に、ワイバーンクラッシュはそのままムゲン・ザ・ハンドを打ち砕きゴールへと突き刺さった。

スコアボードは0対2へ。これでまた勝利が、仲間たちから1歩遠退いた──その事実が、雷門イレブンに重くのしかかる。

「見たか……最高のストライカーは俺だ。ふ、ははは……ははははは!!」
「く……!」

倒れた吹雪を見下ろし、染岡の狂ったような高笑いがグラウンドに響き渡る。絶体絶命──そんな言葉が、彼らの心をじわりと浸食した。