The dark phoenix
「前半で2点のビハインド……」
スコアボードを横目に、織乃は額に冷や汗を滲ませながら呟いた。
その前半も残り僅か。雷門イレブンの選手たちに早くも疲労の色が見え始めたのに対し、ダークエンペラーズたちの表情はまだまだ余裕そのものである。
まるで世宇子と戦った時と同じだ。こちらは前半で体力を削られ、あちらは切れることのない体力と気力で確実にこちらを追い詰めてくる。
ただ1つ違うのは、彼らが神のアクアと名付けられた薬ではなく、正しく得体の知れない代物でパワーアップを遂げていることだ。
心を闇に染められたダークエンペラーズは、相手を傷付けることを厭わしく思うことなく雷門陣内へ攻め上がってくる。
「通すかっ!!」
進路を阻もうと向かってきた円堂を容易く疾風ダッシュで突破した風丸から、ボールは半田と並走してきた松野へと回された。
「見ろ円堂!」
「これが俺たちの、真の力だ!!」
哮りを上げ、螺旋を描きながら跳躍した2人の脚が同時にボールを捉える。
「レボリューション、V!!」
「あ──!」
砂埃を蹴立て、迫るシュートに立向居は腰を深く落として構えた。
「来い……っ!」発動したムゲン・ザ・ハンドはこれまでより一層パワーを込めて、2人のレボリューションVとぶつかり合う。瞬間、殴られたような衝撃を感じながら、立向居は自身の体が傾くのが分かった。
「(何てパワーだ──!!)」
打ち砕かれたムゲン・ザ・ハンドが金色の欠片を散らす。
また得点されてしまう──そう覚悟したその時、DFラインから走り込んで来た円堂がゴールラインとボールの間に体をねじ込んだ。
「だぁあッ!!」
円堂の決死のヘディングが、ゴールラインを超える寸前だったボールをクリアする。
「あいつら、こんな凄いシュートを……!」どうにか膝を突いて転倒を免れた円堂は、バンダナで覆われた額を掌で押さえながらふらりと立ち上がった。
倒れた立向居の方を窺うと、丁度起き上がって体勢を整えたところだった。しかし、眉間に皺を寄せた彼は歯を食い縛る素振りをしながら自分の手を抑えている。
「大丈夫か!?」
「え、ええ……ちょっと痺れただけです」
円堂が駆け寄った瞬間、我に返った立向居はやや慌てたように答えた。
「そうか……」黒ずんだグローブを一瞥して円堂は一瞬気遣わしげな表情になったが、すぐにまたいつもの顔へと戻る。
「──ゴールは頼んだぞ」
「はい!」
笑顔で頷く立向居に頷き返し、円堂はDFに戻って行く。
その後もダークエンペラーズのパワーとスピードに圧倒される苦しい戦いは続いた。ボールを奪えどすぐに奪い返され、運良くそのまま相手陣内へ攻め込めてもカウンター攻撃を食らい窮地に立たされる。
明らかに劣勢である試合が繰り広げられる中、前半は円堂が風丸の新しい必殺技であろう分身ディフェンスにボールを奪われたところで終了した。
「駄目だ──どう攻めても止められてしまう」
ジャグを握り締め、ベンチの前で車座を組んだ円堂は頭を掻き回して溜息を吐く。
マントについた泥を軽く叩き落としながら、鬼道が「どう思う」と織乃を振り向いた。
「ここから、何か突破口は見えたか」
「プレーの癖や弱点は、みんな変化していないみたいです。ただそれを完全にカバー出来るまでにパワーアップしているから、あと1歩踏み込むには決定打が足りないかと……」
プレースタイルを一度も直接見たことがない杉森や闇野はともかく、他の選手たちのデータはモバイルを使う必要が無いくらい頭に叩き込んである。
しかし、それらを総合しても雷門の突破口になるような穴は見つからない。
「それに、プレースタイルを知り尽くしているのがあっちも同じである以上、明らかに雷門が不利です」
「ほんならどうすんの……? 何とかせな!」
タオルを握り締めて、やきもきしながらリカがダークエンペラーズのベンチと仲間たちを見比べて焦った様子になる。
すると少し考えて、響木がふと口を開いた。
「それを逆手に取れば良い」
「監督?」
逆手に──何かピンと来るものがあったのか、鬼道が顎を摘まんで反芻する。
「お前たちが動けば、あいつらも動く──それを繰り返せ。 切り札は綱海だ 」
「えっ、俺!?」
突然名指しで指名された綱海は、驚きを隠せないようで目を丸く見開いた。
彼に注目が集まる中、頷いた響木は言葉を続ける。
「ああ。お前のことは、あいつらも読み切れないだろう」
「……そりゃそうだ。誰も俺のこと知らねえもんな」
そこでようやく、綱海は自分がダークエンペラーズに属する雷門イレブンの誰とも面識がなかったことを思い出したのだろう。
納得したように頷いた彼に、そうか、と思い至った鬼道が顔を上げた。
「あいつらを動かせば、必ずどこかにスペースが空く。そこが狙いだ。フィールドに波のようなリズムを作り出すんだ」
「波のリズムか……面白ぇ! 波が引いたときがチャンスってわけだ」
「任せろ! 俺に乗れねえ波はねえ!!」波に例えられたことでより一層気合いが入ったのだろう、膝を叩いて綱海は力強く答えてみせる。
「よし……! みんな、何としても勝つぞ! エイリアの力なんていらないってことを見せるんだ!」
「おお!!」
「大丈夫、ですよね。きっと」フィールドへ再び戻っていく選手たちを見送りながら、春奈がポツリと呟いた。
その声にはいつもの快活さがなく、選手たちを励ましながらも内心不安であることが感じ取れる。
大丈夫、と自分にも言い聞かせるように彼女の肩を叩いて、秋はごくりと小さく息を飲んだ。
本音を言えば秋も、そして夏未や織乃も、不安で溜まらないのである。この戦いで雷門が負けて剣崎が野望を実現させてしまえば、風丸たちは二度と戻ってこないし吉良が想像していたよりもずっと酷いことが世界で起こるに違いない。
それを防げるのは、他でもない円堂たち──自分たちが支え、見守ってきた仲間たちしかいないのだ。それを遠目から眺めることしか出来ないことに、ただ歯痒さを感じざるを得ない。
そしてついに、後半を告げるホイッスルが鳴り響いた。
前半で体力を消耗してしまったこともあってか、雷門陣内でのプレーが増え中々攻め込むことが出来ない。
「どうした、攻めることも出来ないのか!」
こちらを挑発する風丸の青い髪が宙に躍る。
それに負けじと、円堂が必死に食らいついた。
「く……!」
「行かせるもんか!!」
振り切ろうとしても中々外れない円堂のマークに、風丸の表情が徐々に歪んでいく。
ボールと風丸から目を離さない円堂の瞳は、ただひたすら闘志だけが燃え上がっていた。
「絶対に通さない……! この試合、絶対に! 勝ってみせる!!」
「──っ邪魔だぁああ!!」
一瞬目を見開いた風丸が、苛立たしげに叫ぶ。
次の瞬間、彼は無防備な円堂の胴体に向かって思い切りシュートを叩き込んだ。
「円堂ッ!!」
「キャプテン!!」
かは、と肺から乾いた空気を吐き出した円堂の体がフィールドに投げ出される。
しっかりして、と吹雪に上体を支えられながら起き上がった円堂は、「ああ……大丈夫だ」と震えた声で答えて脂汗を滲ませた。
収まるところを無くしたボールは、風丸の元へ転がって行く。
それを呆然と見ていた綱海は、顔色を変えて掴み掛からんばかりの勢いで風丸に食ってかかった。
「てめぇ!! 何すんだ! お前ら、仲間だったんじゃねーのかよ!?」
ボールを持ったまま、風丸は僅かに気圧されたのか半歩綱海から退く。
「円堂をボールで吹っ飛ばして、そんなにエイリア石が大事なのか!!」
「ッお前に何が分かる!!」
小さく舌を打った風丸は、ボールをキープするついでに向かってきた綱海を力任せに突き飛ばした。
──初めて会った人間に、自分たちの気持ちが分かるものか。苛立ちながら少しだけ息を荒げる彼の背へ、落ち着いたトーンの声が掛かる。
「いいや──僕たちだからこそ分かる」
「!」
それは、吹雪の声だった。円堂を庇うように立って、静かにこちらを見つめている。
その時、彼は気付いた。円堂たちがこの旅で手に入れた仲間たちが、自分を囲んで真剣な眼差しを向けていることに。
「俺、このチームが好きだ!」
「そして、心からサッカーを愛する円堂が好きだ! あんたたちと同じなんだ!!」
「同じ……!?」
何が同じだと言うのか。自分と彼らは違う。円堂たちは今や敵で、仲間じゃない。それがどうして同じだと思えるのだ。
こちらを一心に見つめる吹雪の目は、以前と違って見える。例えるなら、そうだ。迷いを捨てた眼。
「キャプテンたちに出会えたから──今の僕があるんだ!!」
どく──と首から提げたエイリア石が心臓のように脈打った気がして、風丸は思わずスーツの上からそれを押さえる。
「(何だ……!?)」
腐っても鉱物であるはずのエイリア石が、まさか脈動するわけがない。
風丸が困惑しているのを察したDF3人は、目配せをしてパーフェクトタワーでボールを奪い取った。
「こっちだ!!」
鬼道、豪炎寺が両サイドに駆けていくと、反射的にダークエンペラーズのDFたちはそれを追い掛けていく。
ゴールまで人の波が引いていく様は、彼がそれまで待ち望んでいた最大のチャンスだった。
「よっしゃあ──波が引いたぜ!!」
「行け、綱海!!」
塔子からのパスを受け、綱海渾身のロングシュート──ツナミブーストがゴールへ向かって放たれる。
敢え無くツナミブーストは杉森のダブルロケットに跳ね返されたが、ここで諦めるわけには行かない、とすかさず吹雪が跳ね返ったボールを捉えた。
「ウルフレジェンドォオオッ!!」
「何──!」
不意を突かれたこともあったのだろう、咆哮と共に打たれたシュートは、杉森の腕の間をすり抜けてダークエンペラーズのゴールネットへと突き刺さる。
2対1──1点追いついた。
「よしっ!!」
「何だと!?」
完全に見くびっていた相手からの反撃に、ダークエンペラーズに動揺が走る。
その揺らぎを彼らは逃しはしない。隙を突き再びボールを奪い、吹雪と豪炎寺のクロスファイアがダブルロケットを打ち砕き、2点目が雷門に加算された。
「やったぁ!」
「これで同点です! みんな、頑張って!!」
後半ももうすぐ半分を過ぎる頃だ。マネージャーたちの応援にも殊更熱が入る。
それに対し、それまでボールをキープしきれないことに苛立ちを感じていた剣崎の怒りのボルテージは最高潮に達していた。
「何をしているんです!! 何のためにエイリア石の力を与えてやったと思っているのですか!? もっともっとお前たちの力を見せつけてやりなさい!!」
きんきんとした耳障りな金切り声に、風丸たちは戸惑いの滲んでいた顔をそちらに向ける。
エイリア石の──自分たちの力を、見せつける。
すると彼らの装備したエイリア石は、その黒い感情に呼応するように、ともすれば増幅させるように、より妖しく強く輝きだした。
「そうだ──俺たちの力はこんなものじゃない」
低く、譫言のように風丸が呟く。
次の瞬間、彼は分身ディフェンスでダークエンペラーズ陣内へ突入しようとしていた円堂から風の如き速さでボールを奪い取った。
「俺たちは最強の力を手に入れたんだ。見せてやる……最強の必殺シュートを!!」
「染岡! マックス!!」叫ぶように呼び寄せられたFW2人を伴い、風丸は思い切りボールを高く打ち上げる。
1つになった3人分の闘気はボールを包み、闇を纏った不死鳥へと変貌した。
「食らえ──ダークフェニックス!!」
「っ止めろ立向居!!」
その禍々しさに一瞬気を取られていた円堂が、我に返りゴール前の立向居に向かって叫ぶ。
声を上げる間もなく頷いた立向居がムゲン・ザ・ハンドを発動させた瞬間、彼の体は今までとは桁違いの衝撃に襲われた。
「く、う……!!」
「ふっ──無駄だ」
踵が土にめり込んで後退していく。
掌が炎に焼かれるように痺れていく。
そしてついに、金色の掌は闇色の不死鳥の鋭い嘴に貫かれ、跡形もなく霧散した。
「どうだ、円堂……俺たちは誰にも負けない!!」
仰向けに倒れ伏す立向居、そしてゴールネットを揺らしたボールを一瞥し、風丸は胸を聳やかして声を張り上げる。
ただ、どす黒い愉悦にまみれた彼の表情は、紫の光に照らされて一筋の涙を流しているようにも見えた。
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