Language melts into a wave

闇に波が規則正しく港を打つ音が響く。
キャラバンの上に座り込み、鬼道は静かにその音を聞いていた。

『教えてやろうか。豪炎寺って野郎もな──』

思い返すのは、あの時のバーンの言葉だ。
もし、もしもだ。自分の推測が当たっているとしたら。

「あ、鬼道さんここにいたんですね」

巡っていた思考が、聞きなれた声で中断される。
振り返ると、梯子に足をかけひょっこりと顔を出した織乃がそこにいた。

「どうした御鏡……こんな時間に」
「鬼道さん、さっき立向居くんと一緒に円堂さんの特訓に付き合ってたでしょう?」

水分摂ってないだろうと思って、と織乃は手を伸ばして、中身の入ったジャグを鬼道に渡す。
鬼道はそれを受け取ると、既にキャラバンで眠りについた仲間たちを起こさないよう小声で問いかけた。

「円堂たちには?」
「秋ちゃんたちがついてます。ホント、みんな休むってことを知らないんですよね」

全く、とでも言いたげに、織乃は顔だけ出したまま呆れたように唇を尖らせる。
そんな彼女の様子に喉の奥でこっそり笑って、鬼道は隣のスペースを開けた。

「お前も上がってみないか? 案外、良い場所だぞ」
「えっ?」

織乃は一瞬キョトンとした後、ちらりと女子テントの方を見やる。
鬼道は知っていた。以前夏未が、キャラバンの上は汚いから、あまり上らないで頂戴──と、煤汚れたジャージを手に円堂を叱りつけていたことを。

「大丈夫だ。あれ以来円堂は登る度にここを拭いてるから、大して汚くはない」
「……じゃあ、ちょっとだけ」

目を泳がせ、やっと決心した織乃はキャラバンを揺らさないようにそろりと梯子を昇った。

支えを求めてうろうろと伸ばされた手を、条件反射で掴む。
そのまま上へ引っ張り上げると、「うわわ」と小さく漏らした織乃の体は無事に鬼道の隣へ収まった。

「意外と、高いんですね」
「ああ。たった2メートル半しかないはずなんだがな」

それでも、身長の倍の高さになった視界はガラリと変わるものである。
改めてそこから海を見渡した織乃は、感嘆の声を漏らした。

「──沖縄の海って、本当に綺麗……」
「ああ。正直、上陸してからはじっくり見ている暇もなかったからな」

そうですね、と小さく返した織乃の声が、僅かに上擦る。
急に明後日の方向に顔を背けた彼女を不思議に思っていると、織乃はそのまま不自然な格好でつっかえつっかえ言った。

「あ、あの、鬼道さん、手を……」
「え」

言われて、ようやく自分が彼女の手を掴んだままだったことを思い出す。
すまん、と声を裏返しそうになりながら手を離すと、指先に残った僅かな熱が消えていくのを感じた。

「(手汗掻いてなかったかな、大丈夫かな……)」
「……御鏡」
「はっ、はい!」

大きく肩を揺らし、織乃はパッとこちらを振り向いた。
彼女の顔が赤らんでいることに気付けば、何か変わっただろうか。しかし、月と星、ぽつぽつと建った街灯だけでは、細かい色は判別出来ない。
鬼道は織乃の変化に気が付かないまま、真面目な顔で続ける。

「前に……話したことがあっただろ? 豪炎寺の離脱について」
「え? ……あ、1回目のキャンプの時ですか」

もうどれだけ前のことになるだろうか。
まだ塔子が仲間になったばかりの頃で、北海道に行く道中に話したことのはずだ。
織乃はそこまで思い出して鬼道の言いたいことを察したのか、真剣な表情になった。

「お昼の、あのバーンって人の言ってたことですか?」
「ああ。これはまだ推測に過ぎないが……」

一言付け加え、鬼道はゆっくりと言葉を続ける。
豪炎寺は奴らに狙われて、仲間を巻き込まないためにキャラバンを降りたのではないか──途端、織乃は苦虫を噛み潰したような顔になった。

「そうなら、確かに色々と説明はつきますけど──でも、卑怯です! 私たちを人質にするようなものじゃないですか」
「御鏡、声を落とせ」

一言言うと、織乃は反射的に口を手で押さえて辺りを見回す。
テントからもキャラバンからも、誰かが出てくる様子はない。織乃はほっと溜め息を吐いた。

「確かに、この推測が合ってるなら、こんなことは許してはならないことだ」
「そうですよ。……瞳子監督も、それを考えて豪炎寺さんを外したんでしょうか」
「多分、な」

深く、溜め息を吐き出す。
もしそうならば、瞳子は些か言葉が少なすぎる気がした。

しかし、この推測もいずれは証明しなければならないだろう。出来ることなら、この地で、なるべく近い内に。

「……明日は、マネージャーだけで炎のストライカー探しをすることになってます」
「ん?」

唐突にそんなことを言ってきた織乃に、鬼道は首を傾げた。
ゴーグル越しに目が合うと、織乃は力強く笑ってみせる。

「色々あってなあなあになっちゃったけど…みんな、今日1人に負かされて悔しがってたでしょ」

明日はきっと、特訓に集中したいんじゃないですか?
──図星を突かれ、鬼道は思わず苦笑いを返した。

「だな……なら、明日はお前たちに任せようか」
「はいっ。任せて下さい」

にっこりと笑った織乃に、鬼道も穏やかに微笑む。
逞しくなったな──呟くと、織乃は何が不満だったのか、唇を尖らせた。

「好きで筋肉つけたわけじゃありません……」
「……そっちじゃない。精神的な面で、だ」

えっ、と形取った口に、鬼道は今度こそ吹き出す。
「そんなに笑わなくても」織乃は拗ねたように、三角座りした膝に顎を乗せた。

「ああ、すまん……そう言えば、今回は大丈夫だったんだな」
「え?」
「言ってたろ、既視感のこと」

レーゼやデザームと会ったことがある気がする。
織乃は自分の言葉を思い出して、ああと手を打った。

「そう言えば……そうですね。ジェネシスはともかく、あのバーンって人には、何も感じませんでした」
「と言うことは、ジェネシスにはあったのか」
「……少し」

鬼道の声音が咎めるようなものになったことに気が付いたのか、織乃は一瞬ばつが悪そうな顔をする。
ひとつ溜め息を吐いてから、鬼道は思案した。

「何か、規則性があるのかもしれないな」
「規則性……」

反復して、織乃はその規則性とやらが何なのか考えてみる。
会ったことがないはずなのに、何故か懐かしい感覚がするのは、ジェミニストーム、イプシロン、ジェネシス。
バーンは──それが、ない。共通点と言えば、皆エイリア学園ということだけ。

「……全然分かんない……」
「……まぁ、すぐに分かれば苦労はしないか」

お前も苦労するな。
鬼道は何となしに、以前の癖で、彼女の頭をポンと撫でた。

ふと、その手がふいに止まる。
織乃が息を呑んだような、しゃっくりをしたともとれるような声を、小さく漏らしたせいだった。

「ん……すまん」
「あっ、ち、違うんです、ちょっとびっくりして」

嫌じゃないんです、と織乃は離れかけた鬼道の指先を思わず引き留める。
きゅっと引き結ばれた唇と、彼女の潤んだ目に、心臓が大きく揺らいだ気がした。

「──御鏡、」
「あ、お前らここにいたのか」

ゴトン。小さくキャラバンが揺れたのは、2人が揃って突然姿を現した円堂に、驚いて肩が跳ねたせいである。
先程の織乃と同じように、顔だけ上に出した円堂は、首を傾げつつも彼女に言った。

「御鏡、秋たちはもう寝るって。明日は5時半起きだって言ってたぞ」
「あ、そ、そうですか。じゃ、私もそろそろ寝なきゃ」

おやすみなさい! と、織乃は円堂と入れ替わりに脱兎のような早さでキャラバンを降りていく。
鬼道は手を中途半端な位置でさ迷わせながら、その姿がテントへ消えるのを見送った。

「マネージャーって大変なんだなー。ところでお前ら、何話してたんだ?」
「……いや……特に何も……」