Clamorous footstep
一部の生徒には鬼門であるテスト期間を終えて数日。
エイリア学園の事件から約3ヶ月が経ったその日、織乃は部活動に遅れる旨を秋に伝えて、1人正門の前に佇んでいた。
「もうすぐだと思うんだけどなぁ……」
腕時計を覗き込むのも、ここで待ち始めてから既に三度目である。
浮き足立つのを押さえられない。そわそわしながら時計と辺りを交互にきょろきょろ見比べていた時だった。
「──織乃ちゃん!」
「!」
目の前を通り過ぎたタクシーが路肩に停まり、中から降りてきた人影がこちらを向くや否や声を上げる。
振り向いた織乃は声の主を振り向くと、パッと表情を綻ばせた。
「冬花さん!」
小走りに駈け寄ってきた少女──冬花と手を取り合い、織乃は頬を緩める。冬花もまた、そんな彼女に嬉しそうに微笑んだ。
織乃と冬花の出会いは、約2年前に遡る。
時系列で言うと、アメリカから帰国した後だろうか。転校先の学校で冬花の隣の席になった織乃は、引っ込み思案同士意気投合して仲良くなったのだ。
交流はその後今日まで絶えることなく文通で続いており、今回は冬花が雷門中に用事があることを手紙で知った織乃が学校の案内を買って出た訳である。
「不思議。もう何年も顔を合わせてなかったのに、あんまり久し振りって感じがしないの」
「ふふ、私もです。やっぱりいつも手紙でお話してたからですかね?」
エイリア学園を倒す旅に出る折、織乃はリカたちに対するのと同じようにしばらく返事が書けないことを冬花にも伝えたが、彼女は特に何か理由を聞き出そうとすることもなく『次の返事を楽しみにしている』と言う一言を返してきた。
でも良かった、と冬花は笑みを浮かべ、織乃の手を握るそれにそっと力を込める。
「織乃ちゃん、元気そうで」
「はい……冬花さんも」
出で立ちこそ変わったものの、纏う雰囲気は昔と殆ど変わっていない。織乃は少しホッとしながら冬花の言葉に頷いた。
「そう言えば、冬花さん1人で来たんですか?」
「あ、ううん──」
冬香が首を横に振ったところで、視界の端でタクシーが走り去って行くのを捉える。
振り向くと、そこには財布をポケットに突っ込みながらこちらへ歩いてくる男性の姿があった。
瞬時に記憶を探り、ハッとした織乃は思わずピンと背筋を伸ばして頭を下げる。
「お、お久しぶりです、久遠先生……!」
「……ああ。元気そうで何よりだ、御鏡」
織乃の後頭部を見下ろし、彼は淡々とした様子で答えた。
久遠道也──冬花の父親であり、織乃が小学生の時に一時期担任の教師を務めていた男である。
「今日は雷門にどう言った御用が……?」
「色々と込み入った事がな。──早速だが、職員室へ案内してくれ」
はい、と織乃はやや緊張しながら2人を先導する。実を言えば、小学生の頃彼女は久遠のことが少しだけ苦手だった。
取り立てて厳しいと言うわけではなかったが、小学校の教師にしては口数が少なく厳格で、いつも何となく怖そうな雰囲気を纏っていたのだ。それでも、冬花の『お父さんは優しい人だよ』と言う言葉を信じて、あまり深く考えないようにしてはいたのだが。
「──ここです」
「ああ。悪いが、御鏡。用事が済む間、冬花を頼む」
「はい」
要点のみ述べて職員室に入った久遠を見送り、織乃は冬花を振り返る。
時間は放課後。廊下には吹奏楽部の練習する音や、合唱部の歌声が反響している。
「今は部活動の時間なんですけど……冬花さん、どこか見たいところとか、ありますか?」
「……織乃ちゃん、サッカー部のマネージャーしてるんだよね?」
窓の外に視線を投げ掛けながら、冬花はぽつりと答えた。
その視線を追うと、宙を舞う見慣れたサッカーボールが見える。円堂の大きな声が、ここまで微かに響いていた。
「サッカー部の練習、見てみたいの……良いかな?」
「! はい、勿論!」
そう言えば彼女はサッカーが好きなのだった。プレーする側ではなく観戦する側に限られるが、昔から体育の時間にサッカーをする男子たちを楽しそうに見ていたのを覚えている。
表情を輝かせて頷いた織乃は、冬花の手を引いて校舎を出た。
「──あっ、御鏡先輩!」
「ん? ……あれ、宮坂くん」
グラウンドが見下ろせる位置まであと数歩、と言ったところで聞こえてきた声に反応すると、丁度陸上部であり弟の友人である宮坂が、ユニフォーム姿で駈け寄ってきた。
「すいません先輩、大樹見ませんでしたか? もうすぐ休憩終わるのに戻ってこなくって」
「私は見てないけど……えっと」
「織乃ちゃん、私は大丈夫」
ちらりと冬花の方を窺うと、彼女は数度の瞬きの後、やんわりと微笑んで答える。
行ってあげて、と背中を押され、織乃は「すぐに戻るので!」と宮坂と共に陸上部の使用する第2グラウンドへ走った。
「ちょっと待っててね宮坂くん、すぐに呼び戻すから」
「えっ、呼び戻すってどうやって……」
さっと茂みに身を隠した織乃に、宮坂は困惑気味に首を傾げる。
織乃は辺りに宮坂以外の人影が見当たらないことを確認すると、大きく息を吸い込んだ。
「──ッ大樹ぃいーーーーーー!!」
突然の耳を劈く大声に宮坂は咄嗟に耳を塞ぎ、木々に止まっていた鳥たちは羽ばたいていく。
すると、一拍空けて遠くから砂塵を蹴立てて爆走してくる少年が1人。
「──何事だよ姉ちゃん!?」
「あ、来た……」
大凡人体から出たとは思いがたいブレーキ音を響かせて2人の前で立ち止まったのは、当然と言えば当然で、御鏡大樹その人だった。
空咳をひとつ、喉を整えた織乃は少し目を吊り上げて、「こらっ」と大樹の額を小突く。
「宮坂くん心配してたんだよ。大樹が戻ってこないって」
「う、ご……ごめん。ちょっと女子から呼び出されて……」
「女子から? ──あっ、ありがとうございました御鏡先輩!」
互いに肘で小突き合いながら去って行く2人を見送り、織乃もまた戻らなくちゃ、と呟いて踵を返した。
思いも寄らないアクシデントがあったが、冬花はちゃんとサッカー部を見学できているだろうか。
「冬花さーん!」
「あ、織乃ちゃん……」
冬花はグラウンドを見下ろす木の麓に佇んでいた。駈け寄ってきた織乃に、僅かに強張っていた冬花の表情が綻ぶ。
「あれっ? 御鏡、フユッペと知り合いなの?」
「ああ、円堂さん。遅れてすいませ──え、ふゆっぺ??」
冬花と対面していた円堂の口から聞き慣れない言葉が飛び出して、織乃はついつい首を傾げた。
肝心の冬花の方に視線をやっても、彼女もまた困ったように微笑んで首を横に振る。
「──冬花」
「あ、お父さん」
久遠から校舎から出てきたのは、織乃がどうすれば良いのか冬花と円堂の顔を見比べていた時だった。
ホッとしたような娘の様子を見、久遠は円堂の姿を視界に入れる。そして次に、グラウンドでこちらを見上げる雷門イレブンを一瞥して──何かを品定めするかのように、一瞬険しい目付きになった。
「……帰るぞ」
「はい。それじゃあ織乃ちゃん、また」
「あ、はい……」
頷き、冬花は久遠に駆け寄りかけて、はたと円堂振り返る。
「じゃあね、サッカーの守くん=v
そう言い残し、彼女は手を振ると、今度こそ久遠と共にその場から立ち去って行った。
ハッと我に返った織乃は、難しい顔で冬花の後ろ姿を見送る円堂を振り返る。
「円堂さん、冬花さんを知ってるんですか?」
「だと思うんだけど……小1ん時、よく一緒に遊んだんだよなぁ」
人違いかなぁ、と円堂は腕を組んで唸り声を漏らした。
小学校1年生と言えば、もう7年も前のことだ。仮に冬花が円堂の言うフユッペ≠セったとしても、覚えていない可能性もあるだろう。
「お前はさっきの女子と知り合いなのか? 御鏡」
「あ──はい。小学校の時の友達で、今日は雷門に用事があったから学校の案内を、と思ったんですが……」
鬼道の問いに答えかけて、織乃は困ったように頬を掻く。どうやら予想していたよりも時間に余裕はなかったようで、冬花にはろくに案内もしてやれなかった。
次に会ったときは一言謝罪しよう、と心に決めて織乃はグラウンドを見渡す。
「そう言えば、響木監督は?」
「用事があるんですって。ただ、マネージャーは話があるからって部活後雷雷軒に来るように言われてるの」
その疑問に答えたのは秋だった。
「マネージャーだけ?」新たに疑問は増えはしたが、恐らく次の試合や備品に関することだろう。それ以上気にしないことにして、織乃は春奈に預かってもらっていたモバイルを受け取る。
「どうですか? カズくんと土門さんの抜けた穴は……」
「ああ。この数日でかなりカバー出来るようになってきている」
仲間たちを振り返り、鬼道が真面目な顔で切り返した。
テストが終わった丁度次の日、一之瀬と土門は仲間に告げること無く、忽然と姿を消した──正しく言うと、休学届を出してアメリカへ戻ってしまった。
何か大事な用事があるとのことだったが、教師も2人から口止めされたらしく、それ以上のことは彼らには分からない。
それを知った円堂曰く、サッカーしてれば近い内にまた会えるさ≠ニのことだったが──2人の幼馴染みである秋は、ここ最近ようやく落ち込んでいた気持ちから脱却したところだった。
「もしかしたら、響木監督もこの件で話があるんでしょうか?」
「うーん、どうだろう」
一之瀬たちの話は勿論響木にも行っているので、その可能性もなくはない。
春奈の言葉に小首を傾げ、後で会ったときに分かる話だろうとモバイルのスイッチを入れたところで、夏未が休憩終了のホイッスルを短く吹き鳴らした。
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:
「──それで、響木監督。話と言うのは?」
日の落ちた商店街、準備中の看板を出した雷雷軒にて。
マネージャーたちはカウンター席に腰掛け、仕込みをする響木の言葉を待っていた。
大鍋に火を掛け、出汁を取る。水に濡れた手を前掛けで拭い、響木は髭を小さく溜息で揺らした。
「ああ。聞く前に1つ約束してくれ。この話は事が始まるまで他言無用だ、良いな?」
「? はい」
切り口こそ重たかったが、声の調子はいつもと何ら変わらない。マネージャーたちは顔を見合わせ、頷いてみせる。
響木は満足げに頷くと、ほんの少しだけ声を落としてゆっくりと口を開いた。
「実はだな──」
ちりんちりん、とアーケードの下を自転車がベルを鳴らしながら去って行く音がする。
近付き、また遠ざかったのは恐らく近所の子供たちの声だろう。中には、聞き覚えのあるKFCの子供の声も混じっていた。
そんな雑音が微かに聞こえる中──誰かが、小さく息を飲む音がする。
「響木監督……本当ですか?」
「嘘を言ってどうする」
信じられない、と言った表情の秋に、響木はからからと笑った。
その反応で我に返ったのだろう、春奈がカウンターに手を突きながら興奮気味に立ち上がった。
「すっ……凄い大スクープです! 雷門イレブンが、せか──」
「は、春奈ちゃん声が大きい!」
頬を上気させる春奈の口を、咄嗟に織乃が慌てて塞ぎに掛かる。
ふごふごと声にならない声を上げる春奈を後目に、夏未が響木に続けて尋ねた。
「その話は、円堂くんたちにはいつ……?」
「明後日だな」
「明後日……」オウム返しした夏未の声は、心なしか覇気がない。それに気付かず、秋が続ける。
「それで、私たちは何をすれば?」
「ユニフォームの発注と、チーム分けだな。なるべくパワーバランスが分散される方が良い、これは御鏡がいれば大丈夫だろう」
「が、頑張ります……!」
話し続けながら、響木は裏手の戸棚から一冊のファイルを持ってきた。
それを受け取った秋の手元を、3人が揃って覗き込む。
「うわぁ、錚々たるメンバー、って感じですね……!」
「これ全部、響木監督が……?」
「ああ。少々骨が折れたがな」
肩に手をやりながら疲れた表情を見せる響木に苦笑して、秋の手が更にページを捲る。そしてとあるページで、織乃がひゅっと短く息を吸い込んだ。
織乃の様子が変わったこと、そして何が彼女をそうさせたのかが分かったのだろう。3人は僅かに眉根を寄せて、響木を見上げる。
「──響木監督。このファイルに載っているのが、全てなんですか」
「ああ、そうだ。この数ヶ月、俺が見つけた奴らだ」
固い声の織乃の問いに、響木は言い聞かせるように答えた。
織乃は一瞬苦しげに表情を歪め、唇を噛み締めたが、やがて諦めたかのように「そうですか」と頷く。
「(錚々たるメンバー、か……)」
コップから雫が1つ、滴り落ちる。
きっとあの時預かった手紙も、この件が関係していたのだろう。その証拠に、あの2人≠フデータもファイルにきちんと治まっている。
響木は彼らの能力を見極め、認めた上で、声を掛けたに違いない。それは分かる。だがしかし、この人選は近い内にチーム内に影を落とすとしか考えつかなかった。
「織乃ちゃん、大丈夫……?」
「大丈夫……私は、大丈夫です」
そう、問題は自分ではなく彼らだ。衝突は必至、諍いが起こらないはずがない。それでも大丈夫と答えたのは、そう答えざるを得なかったから。自分が少しでも潤滑油にならなくてはと、瞬時に思ったから。
「──明日までにデータを纏めて、またここに来てくれ」
響木が苦しげに息を吐き出したことには、この時誰も気が付かなかった。
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