Ticket to the world
ベンチに腰掛け、手元のモバイルとフィールドを交互に見る。織乃は休憩時間以外ほとんどそんな調子で過ごしていた。
フィールドでは絶えず誰かの声が響き、明後日の選考試合へ向けての練習が続いている。
「(今回の練習の目的はある程度のチームワークの確立、それから能力の確認)」
そろそろ練習も終える時間帯だ。能力の確認については既知の選手が多いことが幸いしてほぼほぼ完了している。
織乃が初めてまともに顔を合わせるのは2人。
1人は目金の双子の弟である目金一斗。顔立ちは双子と言うだけあって兄とそっくりだが、その運動能力は彼とは違いかなり高いものになっている。
もう1人は宇都宮虎丸だ。響木のデータによると彼は代表候補者の中では唯一の小学生なのだそうだ。全体的なステータスの高さもさることながら、人当たりも良く周りをよく見ている。
遠目から見れば、急拵えにしてはバランスのとれた良いチームだ。不動に関しても、時折プレーに見られる乱暴な面と、思い出したように鬼道や他のメンバーに嫌味を投げ掛ける点に目を瞑れば、それなりに真面目に練習に参加している。
「(でも……)」
代表に選ばれるのは控えを含め16人。このBチームからも、今頃河川敷グラウンドで練習しているAチームからも、代表になれない選手が出てくるのだ。
公私混同はしない、と言ったのは何も不動のことだけではない。日本代表のマネージャーに選ばれたからには、特定の誰かを贔屓することは出来ない。
「(……鬼道さん、今日はずっと顰め面)」
けれど、気になるものは気になるのだ。鬼道はやはり不動のことがどうしても気掛かりなのか、グラウンドに着いてからもずっと表情が優れない。
あの調子ではその内響木に直談判でもしに行きそうだ。
溜息を吐いていると、丁度腕時計の針が練習時間終了の時刻を指した。気を取り直し、織乃は首から提げたホイッスルを大きく吹き鳴らす。
「今日の練習終了でーす! 各自クールダウンを忘れずに!」
ボールはラインの外に転がり、減速した選手たちは肩で息をしながら疲れ切った様子でテクニカルエリアに戻ってくる。そんな彼らに1人ずつタオルとジャグを配った織乃は、ふと観客席の方を見上げた。
がらがらの観客席の一角に、辺見と咲山がだらりと腰掛けている。咲山は携帯を弄っているようだが、織乃の視線に気が付いた辺見が立ち上がり欄干に体を預けた。
「おう、ヒヨコ。練習終わるのか」
「はい。ありがとうございます、辺見さん」
練習場所の提供に関して、教員に話を通してくれたのは辺見だ。野次馬が来ないように、とスタジアム入り口の閉鎖を提案したのも彼である。
「明日もやるんだろ?」
「ええ。重ね重ねすいません……」
「バッカ、今更遠慮なんかすんじゃねえよ」
「頼りがいのある俺を演出するハゲ、きもいわー」
「うるせえぞ咲山!!」
頭上で言い争いを始めた2人に苦笑して、さて、と織乃は一息吐いたBチームの選手たちを振り向いた。
「明日は午前9時から練習開始です。現地集合で、遅刻しそうな場合の連絡はさっき伝えた番号に電話をお願いします」
何か質問はありますか、と尋ねれば方々から返ってくるのはノーだ。頭上から何かを殴るような痛々しい音が聞こえてくる。頬が若干引き攣るのを感じながら、織乃は手を打ち鳴らした。
「では、今日はこれで解散! お疲れ様でした!」
雑談も控えめに、選手たちは草臥れた様子で控え室に戻っていく。
フィールドの片付けは織乃1人だ。ここでの片付けは帝国時代に慣れきっているし、大して時間は掛からないだろう。
そこら中に転がったボールを片付けながら、織乃はふと考えた。
「(選考試合……日本代表、か)」
イタリアでのサッカークラブを手伝っていた頃のことを思い出す。小さな町のクラブにしてはステータスの高い選手の揃ったチームだった。
最たる例が中田だ。織乃は現時点で、彼以上に力を持った選手を知らない。彼自身は日本人らしく謙虚な性格なので、きっとその言葉をやんわりと否定するだろうが。
「──うん。よしっ」
先日からずっと気になっていたことがある。これはきっと、それを実行に移すチャンスだ。
そう思い立った織乃は頭の中で予定を組み立てながら、片付けをする手を早める。彼女のポケットで携帯が着信を訴えたのは、そんな時だった。
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──そして2日後、選考試合当日がやってきた。
清々しく晴れ渡った青空に白い煙を残して打ち上がる空砲。グラウンドには各地区各県から大勢のギャラリーが集まって、試合が始まるのを今か今かと待っている。辺りを見回し、半ば感心したように春奈が呟いた。
「それにしても、凄い数のギャラリーですね……」
「日本代表を決める戦いだもの。それだけみんな期待してるのよ」
真剣な表情で答えた秋が見つめるのは円堂の率いるAチームだ。ずっと傍で応援し続けた彼が、ついに日本代表にまで登り詰めようとしている。古参のマネージャーとして、これほど嬉しいことはないだろう。
一方で、織乃はベンチに腰掛けたままキョロキョロと辺りを見回していた。落ち着かない様子の彼女に、隣でハンディカメラを回していた目金が首を傾げる。
「御鏡さん、先程から随分と落ち着きませんね?」
「いえ……この試合、遠方から来る友人も観戦しに来ているらしいんですけど、見当たらなくって」
探せど探せど目的の人物は見つからない。どこで観戦しているんだろう、と織乃は首を捻った。
日本代表の選考試合は俺も観に行く、君に預かってきた物もあるからそれを渡すのも兼ねて──そんなメールが届いたのは、先日の練習が終わってすぐのこと。
テクニカルエリアに入る前にもめぼしい場所は探したのだが、どうやら彼は余程目立たない場所から観戦しているらしい。
「行くぞ。悔いのないゲームをしようぜ!」
「俺たちはチームメイトであると同時にライバルでもある。自分の力を出し切っていけ!」
フィールドから円堂と鬼道、それぞれがチームメイトを鼓舞する声が聞こえてくる。織乃は一旦気持ちを切り替えて、フィールドに視線を戻した。
「よぉし! 試合開始だ!!」
「はいっ!!」
響木の低い声が響き、選手たちの気合いの入った返事がフィールドに木霊すると、それに釣られたように周囲の歓声もより一層熱の籠もったものに変わる。
Aチームの構成は円堂、武方、飛鷹、佐久間、吹雪、綱海、松野、ヒロト、土方、壁山、染岡の11人。
対し、Bチームの構成は鬼道、立向居、風丸、木暮、不動、緑川、栗松、虎丸、豪炎寺、目金、闇野の11人だ。
「みんな! 特訓の成果を見せるんだ!!」
ゴール前で円堂が叫ぶのと同時に、試合開始のホイッスルが高らかに鳴り響く。
キックオフはAチームからだ。吹雪からボールを受け取り、ヒロトがドリブルで上がっていく。
「シャドウ、虎丸! プレスだ!」
「ッ染岡くん!」
即座に声を張り上げた鬼道に従い、ヒロトの前へ闇野と虎丸が飛び出していく。咄嗟に打ち上げたボールは染岡に渡った。
そのまま前進しようとする染岡の行く手には、人を食ったような笑みを浮かべた不動が立ち塞がる。舌打ちをひとつ、染岡はボールを捌きながら僅かに空いたスペースに体をねじ込むようにして不動のマークを振り切った。
「! これは……」
ぴく、と織乃が眉を動かした瞬間、不動の影から飛び出した風丸がスライディングで染岡からボールを奪っていく。
今のは完全に誘導された。どうも不動は練習の時と言い今と言い、人の心理を突くプレーが得意のようだ。
「鬼道!」
風丸からボールは鬼道へと渡る。向かってきた佐久間を素早く避けてBチーム陣内へ切り込んだ鬼道は素早く周囲を見渡して、更にボールを前線の豪炎寺へと送り出した。
「豪炎寺!」
「!」
武方のマークを振り切り、豪炎寺がパスを受け取る。その進路に立ちはだかったのは土方だ。
2人は一瞬笑みを交わすと、半ば体をぶつけ合うような激しいボールの競り合いを始める。
だが天秤が傾いたのは豪炎寺の方だった。ほんの小さな隙を突き土方の足の間を通すようにボールを向こう側に送り出した豪炎寺は、土方が振り向く間にゴール前へと駈けだしていく。
そして当然、その先に待ち構えているのは。
「行くぞ、円堂!!」
「来いッ!!」
──思えば、公式の試合でこの2人が戦うのは初めてではないだろうか。マネージャーたちも思わず固唾を飲んでボールの行く末を見守った。
「ファイアトルネード《改》!!」
「《真》ゴッドハンド!!」
ぶつかり合うのは新たに力を付けた2人の必殺技。豪炎寺の放ったファイアトルネードの炎が、円堂のゴッドハンドにじりじりと握りつぶされていく。
やがて完全に両手に収まったボールに、円堂はニッと歯を見せて笑った。
「よしっ!!」
「ふっ……」
「さあっ、反撃だ!!」叫び、円堂がボールを大きく振りかぶる。
必殺技の応酬、目眩く鮮やかなプレーに、一瞬でもフィールドから目を離せばボールがどこにあるか分からなくなってしまいそうだ。
それ程に本気。全員が、日本代表に選ばれるため全力で自分の力をアピールしている。
「すごい! みんなこの2日間だけでもどんどん強くなってます!」
「うん……!」
あの中から16人が選ばれる。自分が試合に出ているわけでもないのに、マネージャーたちは知らずと緊張で手に汗を握った。
Aチームはパスを繰り返し、敵陣に切り込んでいく。ボールは吹雪から染岡へと渡り、炸裂したワイバーンブリザードは立向居のムゲン・ザ・ハンドに押し止められる。額に浮かんだ汗を拭い、立向居はボールを振りかぶった。
「鬼道さぁん!!」
「ああ! ──行くぞ、上がれ! 」
「はい!」
試合は一転、Bチーム野反撃だ。声を上げた鬼道に、律儀に答えた虎丸と気怠げな様子の不動が前線へと走り込む。
しかし、その進撃が容易に許される訳はない。鬼道は敵陣に入るなり直ぐさま四方を囲まれ、どうにかボールをキープしたままたたらを踏んだ。
「くっ!」
「こっちだ!」
声を張り上げ、すぐ近くを走り抜けたのは不動だ。鬼道は僅かに目を見開いてさっと辺りに目を走らせたが、フリーの選手は彼以外近くには見当たらない。
「(っ今日は、同じチームだ……!!)」
一瞬の葛藤の後、鬼道は不動にパスを送り出す。
それを受け取った不動は、そのままゴールを狙おうと走り出したが、その進行方向に影が差した。
「行かせるかァアッ!!」
「く──」
気迫の籠もった雄叫びと共に、佐久間の鋭いスライディングがボールを弾き飛ばしていく。
「どうだ!」ボールがライン外へ跳ねていったのを見て、佐久間は不動を睨み付けた。
「へっ……その程度で力むなよ」
「油断するな、不動!」
数歩駆け寄った鬼道が険しい声で言うが、不動はそれすらもどこ吹く風で気にすることなく肩を竦める。
「これは勝つための試合じゃねえ。決めるとこだけ決めれば良いのさ」
「何だと……!?」
苛ついたように1歩出ようとする佐久間の肩を、鬼道が押さえる。不動は踵を返しながら2人に冷めた流眄を向けた。
「これだけは言っとくぜ。今日は自分のことしか考えてねーよ」
それだけ言って颯爽と立ち去って行く不動に、佐久間は一瞬絶句して歯を食い縛る。
「何て奴だ!」
「……気にするな。試合に集中だ」
鬼道も視線こそ厳しいが、声音は落ち着いている。それに冷静さを取り戻した佐久間は、一呼吸置いて力強い笑顔を向けた。
「──そうだな。負けないぜ!」
頷き合った2人はそのまま自陣へ戻って行く。
味方同士でぶつかり合うのはまだ早い。選考試合は始まったばかりなのだ。鬼道は自分の心に言い聞かせた。
「彼らが日本代表候補か……」
──観客席から少し離れた場所。樹木の植わったその影に、彼らは佇んでいた。
木に背中を預け、試合も見ずにジェラートに舌鼓を打つのは色白い少年だ。彼は真剣な眼でフィールドを見つめる友人に、呆れたように目を向ける。
「わざわざ見に来る価値があるのかい?」
「ああ。あそこには俺に何かを学ばせてくれるような凄い奴が沢山いるんだ、ルカ」
間髪入れずに答える友人に、少年ルカは元から丸い目を殊更丸くしてわざとらしく驚いた。
「Mamma mia. 日本には、君が見習うべきような選手はいないヨ。君はもっと上を──世界を見るべき人なんだヨ、ヒデ」
友人──ヒデこと中田秀は、穏やかな笑みをルカに向ける。
次に視線を走らせたのは、テクニカルエリアだ。そこでは過去自分の所属していたチームのマネージャー手伝いをしてくれた少女が、真剣な眼でフィールドを見ている。
ポケットに手を滑らせれば、イタリアの友人からの預かり物が指に触れた。これを彼女に渡すためにも、ここで帰るわけにも行かない。
「確かに、あのままでは表面上粗ばかりのチームになるかもしれないな」
「だろう? だったら……」
「でも、きっとその内とんでもないチームになるとも思うんだ」
自信ありげに言う中田に、ルカは出鼻を挫かれたかのように鼻っ柱に皺を寄せる。
彼は信じている。いつか自分たちのチームが円堂たちと戦う日が来ると。何せ彼らは、彼女が信じているチームなのだ。
変わらぬ微笑を湛え、中田はフィールドを見つめた。
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