Sixteen soldiers

日本代表候補たちが鎬を削り合うその一方校舎の手前──記念碑の傍らで、フィールドを見下ろす2つの影がある。
1つは織乃の友人である久遠冬花。もう1つは、彼女の父親の久遠道也だ。

「みんなすごいね、お父さん」
「…………」

感心したように言って、こちらを見上げてくる娘に久遠は反応を示さない。無視しているのではなく、周りの声が聞こえないほど集中しているのだと冬花は長年の勘で悟った。
久遠は試合が始まってから今の今まで、ずっと眉間に皺を刻んだ険しい表情を絶やさない。その瞳は、丁度戦況の動いたBチーム陣内の方へと動く。

「よしっ、行けヒロト!」

Aチームのゴールから円堂が檄を飛ばす。現在ボールをキープしているのはヒロトだ。
ヒロトはDFたちの包囲網をかいくぐり、Bチーム陣内深く攻め込んでいく。放たれた流星ブレードは、立向居の伸ばした手も間に合わずゴールの空いたエリアへと突き刺さる。
これで先取点はAチームのものだ。観衆はどちらが勝っても構わない為、そのシュートにワッと沸き立った。
しかし、点が入っても喜ばないのは何も相手チームだけではない。

「ぐぬぬ……っ! 俺だってホントはFWなんだ! MFなんて納得いかねえ、みたいな!」

颯爽と自陣に駆け戻って行くヒロトに地団駄を踏むのは木戸川清州から招集された武方勝である。
元より負けず嫌いな彼は、本来とは違うポジションを任されたこともあってか中々目立ったプレーが出来ないことに不満があるようだ。

「わあ、武方さん苛々してますねぇ……」
「目立つのが好きなタイプなんだね、多分」

そう言えば彼の、もとい彼ら3兄弟の必殺技も中々派手なものだった。そんなことを思いながら春奈に返して、フィールドに目を走らせた織乃はふとある一点に視線を止める。
不動だ。愚痴を垂らしながらポジションに戻っていく武方の背中を見つめて、何か思うところがあったのか彼はニヤリと口唇を上げていた。

「これは……格好の餌食かな……」

気になるプレーがあればどんどん書き留めておくように。試合直前響木から言われた通り用意しておいたモバイルのメモ画面には、既にいくつもの文章が打たれている。
そこに新たに文字を打ち込む準備をしながら、織乃は試合を見守った。

スコアボードは1対0に書き換わり、試合が再開される。先取点を取ったことで勢い付いたAチームのFWたちに一瞥をくれ、ふいに不動が後方に向かって声を上げた。

「木暮、風丸! もっと前にこい!」
「えっ?」
「良いから、前に出ろ!」

2人は唐突な言葉に顔を見合わせつつ、特に反論する理由もなく素直に従う。
組み立てていたゲームメイクを突然崩された鬼道が、苛立ったように不動に一喝した。

「不動、勝手に指示を出すな!」
「ふん……知るかよ」

風丸と木暮が前へ出たことで、ゴール前は先程よりも僅かに手薄になった。いち早くそれに気付いた武方は、ニヤリと笑って走り出す。

「隙有り……みたいな!」
「!」

空いたスペースに駆け出した武方に、鬼道は思わず舌を打つ。やはりあいつの指示など当てにならない──そんなことを思いながら後を追おうとすると、視界で不動もまた動いた。

「来たな──風丸、松野に当たれ!」

不動の鋭い声に、風丸が反射的に動く。
風丸にマークされた松野を振り返り、不動に進路を塞がれたたらを踏みながら武方が声を張り上げた。

「パスだ! 俺にパスを寄越せ、みたいな!」

苛立った声に反応したのか、松野は素早く武方に向かってパスを繰り出す。
やっと来たと言わんばかりに武方が打ち上がったボールに跳躍した瞬間、鬼道は見た。不動がニヤリとほくそ笑んで、その場から数歩移動したのを。

「よっしゃあ! バックトルネーー……!」

──ピーッ! と、突如ホイッスルが鳴り響く。
音に驚いてボールを蹴り損ねた武方は、着陸するなり慌てた様子で辺りを見回した。

「何だ!?」

そして彼は気付く。
ゴール前には、キーパーである立向居しかいない。Bチームの選手たちは一様に前に上がっている。──オフサイドだ。

「そっ、そんなバカなみたいな〜!!」

頭を抱え、大袈裟に叫んで膝を突いた武方に「あんなにがっつくから……」と松野が小さく呟いて肩を竦める。
鼻を鳴らし、ポジションへ戻っていく不動の背中を一瞥して、鬼道は思わず舌を巻いた。彼が守備ラインを上げたのは、あそこで武方が無理をしてでも点を取りに行くことを読んだからこそだろう。
だが、感心すると同時に、やはり少し面白くないものも感じざるを得ない。鬼道は僅かに眉間に皺を寄せた。

「今の不動さん、わざとだったんですか?」
「うん、そうだろうね」

目を丸くしながら尋ねた春奈に、織乃はモバイルに文字を打ち込みながら頷く。
反則を取らせるオフサイドトラップは高等な技術な上、何事もまずは正面突破が基本の雷門ではまず使われない戦法だ。
それを彼はいとも容易くやってのけた。勿論、武方の油断が1番の原因ではあるだろうが。

「(響木監督は選手たちの力を見抜いてる。本気で世界の頂点に立てるチームを作ろうとしてる)」

内面にどんな問題があろうと、その能力は確かだ。織乃は無言でフィールドを見つめる響木の後ろ姿を、そっと一瞥した。

試合は依然続いている。木暮からのボールを受け取り不動がゴール前へ走り込む。その勢いにたじろいだ飛鷹に、円堂が思わず1歩前へ出た。

「通すな、飛鷹!」
「お、オッス……!」

ここまでの試合で、飛鷹は動きらしい動きを一切していない。声に押されるようにして走り出した飛鷹に、ドリブルで切り込んできた不動は吐き捨てる。

「お前如きじゃ……!」

放たれたのは語気の強さの割りには緩いボール。ループシュートだ。
意表を突き短く弧を描いたシュートは、飛鷹と前へ出てしまっていた円堂の頭上を飛び越えて行く。

「おりゃあッ!」

ゴールラインを超えてしまう。その寸前、雄叫びと共に飛び込んできた綱海が、足で掬うようにしてそのシュートをクリアした。
コート外に転がって行ったボールに不動は舌打ちし、対し円堂は安堵の溜息を吐いて弾みで尻餅を突いた綱海を助け起こす。

「綱海、助かったぜ!」
「おう、良いってことよ!」

一度ニカッと歯を見せて笑った綱海は、さて、と飛鷹を振り返る。飛鷹は居心地悪そうに眉根を寄せていた。

「飛鷹っつったっけか。しっかりしろよ、ゴールは波打ち際と同じだ。舐めたら足元掬われるぞ」
「おう……」

説教の色濃い言葉に、飛鷹は若干沈んだように目線を下げる。
その背中を叩きながら円堂が力強く笑って励ましているのを眺め、秋が眉を顰めた。

「飛鷹くん、何だか動きがぎこちないわ……」
「はい……まるで初心者、みたいな」

心配そうに呟いた秋に、織乃も首を傾げながら同調する。
飛鷹の表情は先程よりも落ち着いており、彼が今まで緊張しきっていたことが見て取れる。勿論同じように緊張していた選手は他にもいたが、それはあくまで試合直前までの話だ。
幾度となく大きな試合でプレッシャーに駆り立てられてきた彼らにとって、気持ちを切り替えることはそれなりに容易い。これが日本代表を決める試合であろうと、それが出来なければ自分らしいプレーが出来ないからだ。
けれど飛鷹は、それが出来ていない。それさえ≠ニ言うべきだろうか。初心者と言う言葉は、今の彼にピッタリ当てはまっているように思える。

「確か、飛鷹くんに関するデータは……」
「うーん、ゼロですね。試合経歴も何も残ってないです」
「ふむ。彼が何故代表選考に呼ばれたのか謎ですね……」

目金の言葉に釣られ、マネージャーたちは揃って響木を見上げる。響木は不動の姿勢でフィールドを観察したままだ。
彼女たちが首を傾げている間にも、試合は動き続けている。豪炎寺の強力に進化した爆熱ストームは円堂の正義の鉄拳を打ち砕いてAチームのゴールを抉り、かと思えば今度は染岡のワイバーンクラッシュがBチームのゴールに炸裂する。一進一退の激しい攻防が続き、やがて戦況はBチーム側に傾いた。

「容赦しねえぞォッ!」
「……!」

Aチーム陣内にドリブルで切り込んだのは今試合最年少の虎丸だ。目の前に立ち塞がる土方に対し、彼は巧みなボール捌きでそれをかいくぐる。

「豪炎寺さんッ!」
「行け、虎丸!」

間近に迫るゴールに虎丸は逆サイドに走り込んでいた豪炎寺を振り向くも、2人がかりのマークが着いて彼は動けそうにない。
一瞬考える素振りを見せた虎丸は、何故かそこで減速し後方の闇野へとバックパスを出した。丁度そこで鳴り響いた前半終了のホイッスルに、虎丸は何事も無かったかのように戻って行く。

「(……? 今、虎丸くん……)」
「織乃さん? ハーフタイムですよ、行きましょう」

感じた違和感に目を瞬いている暇もなく、春奈に肩を叩かれた織乃は慌ててモバイルを片手に立ち上がった。
Bチームの補佐は春奈と織乃、Aチームは秋と目金が補佐に回る手筈になっている。ジャグとタオルを詰めた籠を抱え、4人は散開した。

「みなさ〜ん、お疲れ様です! はい、タオルとドリンク!」
「あっ、ありがとうございます!」

二手に分かれ、織乃たちはテキパキとタオルとドリンクを配っていく。やがて全員分を配り終える頃、渡しそびれた選手はいないかと織乃が周りを見回していると、後ろから控えめに声が掛けられた。

「御鏡、ひとつ良いか?」
「何ですか? 豪炎寺さん」

織乃が振り返ると、豪炎寺はベンチで休んでいる虎丸の方を窺いつつ声を落としたままこんなことを尋ねてくる。

「さっきの虎丸のプレー、どう思う」
「! ……どう、ですか」

やはりあれは気のせいではなかったのか。そんなことを思いながら、織乃もまた声を落とす。
ホイッスルが鳴る直前。あそこは決定的なシュートチャンスだったはずだ。なのに、虎丸はシュートを打たなかった。まるでそれが当たり前のことであるように、自らゴールに背を向けたのだ。

「あいつは、先輩たちがいるのに前に出るべきではないと思った、とは言っていたんだが……」
「謙虚、……と言うだけではなさそうですね」

日本代表になれるのは、どんなスタイルにしろチームの力になり得るサッカーが出来る選手だけだ。選手たちは自分の力をアピールしようと全力でプレーをしている。
だが、虎丸はそれをしようとしない。先日は円堂たちとサッカーをする機会が出来たことをとても喜んでいたのにも関わらずだ。

「代表になる気がない、と言うわけではないと思います。消極的なプレーをしてるわけでもないし……」
「──ただシュートを打つつもりはない、か」

小さく溜息を吐いて、豪炎寺はジャグを傾ける。
ここで考えていてもらちが明かないだろう。今は他人のことばかり気にしている暇はないのだから。




ハーフタイムは終了し、試合はついに後半に差し掛かる。両チームはそれぞれ必殺技を駆使しボールを奪い合い、試合は前半よりも更に白熱した。

「行くぞ、豪炎寺!」
「壁山、土方! 豪炎寺をマークだ!」

Aチーム陣内へ切り込んだ鬼道が声を上げ、円堂が対抗するように叫ぶ。
円堂の指示に動いた2人に鬼道はニタリと笑みを浮かべると、豪炎寺がいた方とは真逆を走っていた虎丸にパスを繰り出した。

「っ豪炎寺は囮か!」
「とぉりゃああッ!」
「くっ……!」

綱海のスライディングに体勢を崩されながらも虎丸が緑川へパスを上げると、緑川はそのままシュートの体勢に入る。

「行くぞ! アストロブレイク!!」

闘気がボールを取り囲み、フィールドを抉りながら緑川のシュートが炸裂する。
DFは先の鬼道の罠に掛かり、ゴール前にいるのは飛鷹1人だ。アストロブレイクはシュートをどうにか止めようと走り出した飛鷹を風圧で吹き飛ばし、円堂の手が届かないゴールポスト上部スレスレのエリアに突き刺さった。
これで戦況は再びBチームに傾いた。勢いを付けたBチームの猛攻は更に威力を増し、Aチームを追い詰めていく。

「これで決める……! ダークトルネーード!!」
「くそッ、今度こそ!!」

とどめの1点とばかりに放たれた闇野の必殺シュートに、思い切ったように飛び出した飛鷹が突進した。
振り上げた足は目測を誤ったのかシュートには届かない。けれどその瞬間、円堂はハッと気付いた。

「……っ!」

ぽす、と軽い音を立ててシュートが手の中に収まる。
円堂は目を丸くしてボールを見下ろした。闇野のダークトルネードはいつもの練習で何度も受けている。決してこんな棒立ちのまま取れる程度のシュートではないことは、円堂も十分理解している。
──飛鷹がボールに向かって足を振り上げたあの瞬間、円堂は確かにシュートが失速したのをその眼で見た。当の飛鷹も何か感じるものがあったようだが、その肝心の何かが分からないようで首を傾げている。

「後半、残り5分ですッ!」
「!」

テクニカルエリアから聞こえてきた春奈の声に円堂は我に返った。
そして軽くぶるっと頭を振ると、気を取り直しボールを大きく振りかぶる。

「みんな、最後まで全力だ! 悔いを残すな!! 力を全て出し切れー!!」
「おーッ!!」

円堂の投げたボールに跳躍した綱海がツナミブースト放ち、Bチームは身を呈しそれを弾く。弾き返ったボールを佐久間がダイレクトパスし、ボールはヒロトへと渡った。

「10、9、8、7……!」
「……っ!」

最早マネージャーも息を殺して試合の行く末を見守っている。春奈のカウントダウン、ギャラリーの歓声、選手たちの声が入り交じる中、立ち塞がる目金の弟一斗をものともせずに振り切ったヒロトが、吹雪へパスを打ち上げた。

「ウルフレジェンドォオッ!!」
「ムゲン・ザ・ハンド──ッ!!」

吹雪と立向居の必殺技がぶつかり、ゴールを中心に辺りに衝撃波が発生する。
2人の必殺技は一瞬激しく鎬を削り合い、軍配が上がったのは吹雪のウルフレジェンドだった。ムゲン・ザ・ハンドを打ち砕いたシュートに得点のホイッスルが鳴り、間を空けず続けざまに再度ホイッスルが鳴り響く。
スコアボードは3対2。Aチームの勝利で、日本代表を決める戦いはついに終結した。

「お、終わった……?」
「終わったね……」

マネージャーたちは顔を見合わせる。
全力を出し切った選手たちは、力尽きたのかフィールドに体を投げ出している者ばかりだ。
その中で、息を切らし膝を突いていた鬼道に円堂が手を差し伸べている。鬼道は円堂を見上げると、それに応えながら立ち上がった。

「──さて……これで運命の選択をしなければならん」
「! 響木監督」

低く呟いた響木が、ゆっくりとフィールドに足を踏み入れる。
マネージャーらがそれを追いかけると、響木はこちらに気付いて起き上がり始めた選手たちに声を掛けた。

「休む前に、全員整列だ!」
「……! はい!」

するとそれまでぐったりとしていた選手たちの目が輝きを取り戻し、慌てて響木の前に整列していく。
響木は緊張した面持ちでこちらを見上げる彼らを見回すと、空咳で喉を整え改めて口を開いた。

「選考通過者発表の前に、日本代表チームの監督を紹介する」
「え……?」

思わぬ言葉に、円堂たちは目を丸くする。そしてあるいはデジャブを感じる者もいた。──これはまるで、エイリア学園と戦う為に旅に出た時と同じだ。
響木が肩越しに後方を振り返ると、校舎の方から歩いてきた1人の背の高い男性が彼の隣へ並んだ。

円堂を始め、雷門イレブンたちはその顔に見覚えがあった。それは、しばらく前に練習の最中ちらりと見掛けた顔だったのだ。

「フユッペの……お父さん?」

それは、円堂の記憶に残る冬花が父と呼んだ男。
まさか彼が。目を丸くしたのは何も円堂だけではない。織乃もまた同じように目だけでなく口も丸く開けて、久遠を食い入るように見つめる。

「──私が、日本代表監督の久遠道也だ。宜しく頼む」

響木の言葉を代弁するかの如く、もしくは現実を突きつけるかの如く、久遠は落ち着き払った声音で名乗った。
一瞬パクパクと口を開閉した円堂は、控えめな声で困惑したように響木に尋ねる。

「どうして、響木監督が代表監督じゃないんですか?」
「……久遠なら、今まで以上にお前たちの力を引き出してくれる。そう判断したからだ」

じっとこちらを見つめる円堂に答えた響木は、小さく頷いて見せた。その表情に何かを察したのだろう、円堂もまた力強く頷く。

「では、代表メンバーを発表する」
「!!」

バインダーを取り出した久遠に、選手たちは反射的に姿勢を正した。
これは円堂たちの与り知らぬところだが、久遠はこの試合から一瞬たりとも目を離さなかった。細かいところも見逃さず、細かく選手たちのプレーを観察していた。
──それがあのバインダーに詰まっている。久遠の几帳面な性格を分かっている織乃は、思わずごくりと息を飲んだ。

「(きっと、久遠先生は躊躇いなくみんなを振るいに掛けていく)」

雷門イレブンも例外ではない。エースと言われる豪炎寺や大黒柱の円堂、そして天才ゲームメイカーと言わしめられる鬼道でさえも。久遠はそう言う人間なのだ。
織乃はギュッと両手を握り締める。贔屓してはいけないと分かってはいても、願わずにはいられない。彼女は見たいのだ。世界で、青空の下あの赤がはためくのを。
やがて、久遠はゆっくりと口を開く。代表の名前を連ねていく。名前を呼ばれた選手たちはそれぞれ拳を握り締め、あるいは安堵し、あるいは唇を引き結ぶ。
選ばれたのは16名。鬼道、豪炎寺、ヒロト、吹雪、木暮、風丸、綱海、土方、立向居、緑川、不動、虎丸、飛鷹、壁山、栗松、そして円堂だ。

「──以上が、代表選手だ」

無情に口を閉ざした久遠に、名前を呼ばれずに終わった選手たちは臍を噛み、強く目を瞑る。
やがてその薄暗い空気を振り払い、やり切った笑顔を浮かべた佐久間や染岡が代表選手たちに手を差し伸べた。

「鬼道、頑張れよ。お前は俺たちの誇りだ」
「……ああ!」
「円堂、俺たちの分まで暴れてこいよ! ……世界を相手に!」
「染岡……おう!」

代表選手に選ばれたからと言って、手放しで喜ぶことは出来ない。響木は彼らを一瞥すると、背中を向けながら言った。

「──今日からお前たちは、日本代表イナズマジャパン≠セ。選ばれた者は、選ばれなかった者の思いを背負うのだ!」
「……はい!!」

満足げに笑った響木は、その場から立ち去って行く。そして代わりに列の正面に立った久遠が、険しい目をしたまま代表選手たちの顔を見回した。

「良いか。世界への道は厳しいぞ──覚悟は良いな?」
「はい!!」

ビリビリと空気を震わせる声は、覚悟の現れそのものだ。代表選手たち、もといイナズマジャパンたちは円陣を組むと、互いの顔を見て、言葉を交わしていく。

「いよいよ世界か……」
「長かったな。これが頂上への第一歩だ!」
「どんな相手が待っているのか、楽しみだね」
「そうだな……!」
「何てったって俺たちは、日本代表だ! そして次は、絶対に世界一だ!」

一抹の不安、それを遥かに上回る喜びと興奮を胸に、彼らは拳を天高く突き上げた。ここから彼らの世界への挑戦が幕を上げるのだ。

「やってやろうぜ! 俺たちはイナズマジャパンだ!!」
「おー!!」

雄々しい雄叫びがフィールドに響き、ギャラリーからは拍手と歓声が巻き起こる。
熱狂の渦に浮かされながらこれから先にある戦いを間近で見れる喜びに心を躍らせていると、ふいに織乃はポケットの中で携帯が震えたのを感じた。

「あっ……と。ちょっとすいません、すぐ戻ります!」
「? うん、わかった」

メールの差出人を確認した織乃は、慌てて騒ぎの輪から離れ校舎の外れへ駈けていく。
指定した場所に佇んでいたのは、試合直前まで彼女が探していた人物だった。

「──中田さん!」
「やあ、織乃。久し振りだね」

駆け寄ってきた友人の姿を見た中田は嬉しそうに顔を綻ばせばせる。
同じように笑顔になった織乃は、彼の隣に見知らぬ少年がいることに気付いて眉を上げた。

「ええっと……中田さん、こちらは……」
「ああ、彼は──」
「Piacere. 僕はルカ・パオロ。君の噂は聞いているヨ、シキノ。君のようにcarinoな女の子と知り合えて嬉しいナ」

するすると流れるようにルカの口から出た甘ったるい言葉に一瞬面食らった織乃は、直ぐさま彼がイタリア人であることを察した。その雰囲気と言葉の選び方が、友人であるマルコを彷彿とさせたのだ。

「Piacere mio. ルカさん。織乃です。あの、ところで中田さん。私に渡す物があるとか……?」
「ああ、そうだった。……ほら、これさ」

中田が取り出したのは、正方形の薄い包みだった。首を傾げながら織乃はそれを受け取ると、指先で感触を確かめる。
固くて薄い。どうやら手紙の類いではないようだ。端にある凹凸から察するに、何かのケースだろうか。

「それじゃあ、確かに渡したよ。俺たちはすぐにまた日本を発たないと行けないから──またな、織乃」
「Arrivederci. シキノ!」
「あっ……は、はい!ありがとうございます!」

それから2人は織乃がそれ以上声を掛ける間もなく、裏門から急ぎ足で去って行く。
「ヒデ、早く!」急かすルカの声音から察するに、どうも時間はかなり押しているようだ。そうまでして中田が織乃に渡したかったこれは、一体何なのか。
しかしその疑問を解消するのはまだ後にしなければならない。織乃もまた、秋たちが待っているグラウンドへ急ぎ足で駆け戻って行く。明日からきっと忙しくなる。そんな予感を抱きながら。