I broaden my horizons

──ジリリリリリ。
敢えて喧しいアラーム音に設定した携帯の目覚まし機能が働く午前4時50分。もぞもぞと布団の中で動いた織乃はアラームを止めると、それから約3分後にようやく覚醒した。

「…………合宿!」

パッと弾かれたように起き上がる。カーテンからは薄らと朝の日差しが入り込み、部屋を僅かに照らしていた。織乃は一瞬自室のカーテンの柄と違うことに違和感を覚えたが、すぐにここが自分の家でないことを思い出す。
ここは雷門中の校舎を一部改築して作られた、イナズマジャパン専用の合宿所。その1つである織乃に割り振られた部屋である。イナズマジャパン並びにマネージャーたちは、一部を除き大会中はこの合宿所で生活することになったのだ。

「うう、キャラバンの旅で早起きにも慣れた筈だったのに……」

どうやらこの数ヶ月で、元の朝に弱い体質にすっかり戻ってしまったらしい。落胆しながらジャージに袖を通した織乃は、歯磨きセットとタオルを持って部屋から出た。
すると、ほぼ同じタイミングで隣の部屋から眠たそうに目を擦った冬花が出てくる。冬花は織乃に気付くと、寝ぼけ眼のままニコリと笑った。

「おはよう、織乃ちゃん」
「おはようございます、冬花さん。昨日はよく眠れました?」
「うん、しっかり」

久遠のイナズマジャパン監督就任に伴い、娘である冬花もまたイナズマジャパンのマネージャーとしてここで寝泊まりすることになっている。選手たちへの紹介はまだだが、マネージャー(+目金)たちとの顔合わせは昨日の内に済んでいた。

冬花を連れ立ち、織乃は洗面所代わりに使用されることになった水飲み場へと向かう。
水飲み場に到着すると、そこには既に粗方の準備を終えた春奈と秋が談笑していた。2人の足音に気が付いて振り向いた春奈は、頭頂部に寝癖をこさえている。

「あっ! おはよーございます、織乃さん冬花さん!」
「おはよう、春奈ちゃん、秋ちゃん」
「おはよう〜」

軽く会話を交わして、織乃たちもまた朝の準備を終える。最後に春奈が頑固な寝癖をやっつけたのを見収めて、4人は改めて顔を見合わせた。

「それじゃあ……一度段取りの確認ね」
「はい! まずは私と冬花さんがタオルとドリンクの準備をします!」
「その間、私と秋ちゃんは朝ご飯の準備ですね」
「それが終わったら、分担してみんなを起こしに行く、……でしたよね?」

ほんの少しだけ自信なさげな冬花に笑顔で頷いて、秋は軽く手を叩く。

「じゃあ、今日から4人で頑張って行きましょ!」
「おーっ!」

──ちなみに、以上の会話は全て小声である。




朝食を終えて、マネージャーたち3人も選手たちと共にグラウンドへ赴く。冬花は久遠と話すことがあったらしく、まだ構内の中だ。
校舎の大半を合宿所にしたとは言え、ここが学校であることに変わりはない。今日は日曜日なので敷地内に人は少ないが、まだ早い時間にも関わらず門の外には疎らにギャラリーが集まっていた。

「いよいよ始まるんですね、世界への挑戦が!」
「ええ、……」
「? どうしたんですか、秋ちゃん」

バインダーを抱きかかえて興奮気味に言った春奈に答える秋の声が、中途半端に止まる。
織乃が尋ねると、秋は辺りを見回しながら首を傾げた。

「虎丸くんは?」
「虎丸くん? ……あれ、そう言えばまだですね」

気付いた春奈もキョロキョロと周りを見渡したが、虎丸の姿は見当たらない。
選手は合宿所に寝泊まりすることは、何も強制されているわけではない。理由は分からないが、虎丸は例外の1人として、隣町の自宅から通うことになっていた。

「……あっ、来ましたよ」

春奈が指差した先に、慌てた様子でグラウンドに駆け込んでくる虎丸の姿が見える。
余程急いで来たのか、まだ練習も始まっていない内から息も絶え絶えになりながら虎丸は円堂に頭を下げた。

「虎丸、おはよう!」
「おっ、おはようございます! すいませっ、何かっ、信号という信号が、みんな赤信号で……!」
「だからそんな無理して家から通わなくても、ここに泊まれば良いのに……」

呆れたように声を掛けたのは、壁山と並んで歩み寄ってきた緑川だ。学年が違うにも関わらず、元の明るい性格故か彼はすっかり1年生たちと馴染みきっていた。

「ここのご飯、すっごく美味しいんスよ」
「ああ……でもオレ、自分の部屋でないと眠れないもので……」
「えっ、そうなのか?」

意外そうに首を傾げた円堂に、虎丸は恥ずかしくなったのか俯きがちに頷く。
──そう言えば、円堂をはじめ選手たちの大多数は虎丸がまだ小学生であることを知らなかったのではないだろうか。それを思い出した織乃が声を掛けようとすると、それより先に意地の悪そうな声がそれを押し止めた。

「フン──大方、ママに子守歌でも歌ってもらってんじゃねえのか?」
「!」

背中を向けたままそんなことを言うのは不動だ。
僅かに顔を顰めた虎丸に、気にすんな、と綱海がその背中を叩く。

「あんなの言わせときゃ良いんだよ。なっ」
「……はい」

どれだけ批難の視線を受けても、不動が怯む気配は全くない。反省する気も元々ないのだろう。不動はそのままストレッチを続けた。

「(やっぱり、不動さんが1番の癌になるのかな……)」

選考試合、ひいては彼が参加することを知った時点で危惧していたこととは言え、ああもあからさまな態度を取られるとこちらも何かしらの対策を練らなければならない。
顎を摘まみ織乃が難しい顔で考えていると、久遠が冬花を伴い合宿所からグラウンドに出てきた。

「あっ、監督が来たでヤンス」
「よしみんな、整列!」

円堂の号令に、全員──流石の不動も例に漏れず──ライン際に整列する。
そしてその前方にマネージャー、記録掛かりの目金が揃ったのを確認した久遠は、全員の視線がこちらに向いていることを確認して口を開いた。

「お前たちも顔は知っていると思うが、改めて紹介しておく」

そう言って彼が自身の隣に並ばせたのは、冬花だ。緊張しない質なのか、19人分の視線を一手に集めても彼女は薄い微笑を湛えたままである。

「娘の冬花だ。今日からマネージャーとして参加させる」
「久遠冬花です、よろしくお願いします。私、マネージャーなんかやったことないからちゃんと出来るかどうか分からないけど……」
「大丈夫だって! 分からないことがあったら、何でも俺に訊いてくれ」

胸を叩き、歯を見せて笑った円堂に冬花も表情を緩ませて小さく頷く。

「よろしくお願いします、守くん」
「あっ、思い出したのか!? そんな感じで昔、俺のこと守くんって呼んでたんだぜ!」

自然に零れた愛称に、円堂は目を輝かせた。けれどそれに相反し、冬花は特に表情を変えないままキョトンと小首を傾げる。

「ずっと前のことはよく分からないけど……言いやすいから、守くんって呼ぶことにしたの」
「あ、……そうなのかぁ……」
「だめ、かしら……」
「いやっ、もちろんオッケーさ! よろしくな、フユッペ!」

眉尻を下げた冬花が訊けば、円堂は慌てて首を横に振る。良かった、と微笑み合う冬花に対し、春奈と織乃は秋の表情がほんの少しだけ固くなるのを気配で感じた。
2人の会話が途切れるのを見計らい、久遠は冬花をマネージャーたちの方へと立たせてから改めて口を開く。初めて顔を合わせた時と変わらない、険しい表情だった。

「これからアジア予選に向けて練習を始めるが、……その前に一言言っておく」

その表情、そして声音に、それまで笑顔だった円堂やそれに釣られていた仲間の選手たちが姿勢を正す。
久遠は冷静に、しかし僅かに先程よりも語気を強め、彼らにこう言い放った。

「ハッキリ言おう──今のお前たちでは、世界には通用しない」
「えっ……!?」

突き放すような言葉に驚いたのは、何も選手たちだけではなかった。マネージャーたちも目を丸くして、表情を変えない久遠を凝視する。
紆余曲折はあったものの、ここにいる選手たちの大半は全国大会で優勝、諸々の事情を除けば強化人間を相手に激闘を制してきた者ばかりである。だが久遠は、それを否定した。彼は戸惑う選手たちを睨め付けるかのように見下ろしている。

「何だその顔は。まさか自分たちが世界レベルだと思っていたわけではあるまいな」

冷静に、冷徹なまでに言葉を続ける久遠の声に、冗談の気配は全く感じない。彼は本気でそう思っているのだ。今のイナズマジャパンには、世界と戦う力は備わっていないと。

「お前たちの力など、世界に比べれば吹けば飛ぶ紙切れのようなものだ」
「紙、切れ……」

差別的な言い回しに、円堂は心臓がぎりりと真綿で締め付けられるような気持ちを覚えた。その隣では、豪炎寺が僅かに眉間に皺を寄せている。

「私は、そんなお前たちを一から鍛え直すよう頼まれた。中には私のやり方に納得できない者もいるだろう。だが口答えは一切許さん」

反論する暇も与えず、久遠はそのまま畳みかけるように言葉を続けた。

「お前たちは、私の言う通りに実行することだけ考えていれば、それで良い。──特に鬼道、吹雪、豪炎寺、円堂!」

突然名指しされた4人が、一瞬だけ肩を揺らす。久遠はその4人を特に強い視線で見下ろして言った。

「私はお前たちを、レギュラーだとは全く考えていない。試合に出たければ、死ぬ気でレギュラーの座を勝ち取って見せろ!」

以上だ、と締めくくって口を閉ざした久遠は、ふと短く息を吐き出して踵を返す。
そしてベンチに腰を降ろすと、マネージャー陣を──織乃を指した。

「御鏡。お前の纏めたデータを見せてくれ」
「あっ……は、はい!」

呆気に取られていた織乃は我に返ると、慌てて久遠に駆け寄り抱えていたバインダーを差し出す。昨日の内に、響木に頼まれてモバイルのデータをコピーしたものだ。
久遠はそれを1枚1枚捲りながら、ついと視線を上げて片目を眇める。

「──何をボサッとしている。まずはランニング10周だ、早く始めろ」
「ッはい!」

ぴし、と固い表情で姿勢を正した選手たちが一斉に走り出したのを見送り、久遠はまたバインダーに視線を戻した。
ちらちらと何人かがこちらを窺うのを感じながら、織乃は若干の居心地悪さを覚えつつ久遠が書類に目を通し終わるのを待つ。

「御鏡。お前は、海外のチームの試合を見たことをあるか」
「えっ?」

しばらくして、バインダーを返しながらの久遠の唐突な問いに、織乃は目を瞬いた。
イタリアでフィディオたちの所属するサッカーチームの補佐をしていたのは、期間にして2ヶ月程度だ。その間に彼らの試合を見たことがあるにはある──が。

「イタリアの、地元チーム同士の試合ならいくつか……」
「そうか。なら、第1試合の相手が決まるまでに1つでも良い、海外チーム同士の試合を観ておけ」

相手がマネージャーだからか、久遠の声音は先程よりも極僅かに柔らかく聞こえる。

「お前の能力のことは響木さんからある程度聞いている。今のままでは、お前の力はあいつらにとって宝の持ち腐れだ」
「…………久遠先生から見て、みんなはそんなに頼りなく見えるんですか……?」

世界と戦うからには厳しい指導者でなければならない、それは分かる。ましてや真面目な久遠のことだ、その考えは太い大黒柱のようにずっしりと彼の根幹になっているのだろう。
けれど、──けれどだ。織乃とてイナズマジャパンの半分を占める選手たちを近くで支え、見守ってきた自覚がある。そこまで彼らを卑下するような物言いをされれば、良い気分はしない。

どこか責めるような声音になってしまった織乃に、久遠は流眄を向ける。

「お前は、まだ視野が広がっていないから彼らしか見えないだけだ」
「でも……」
「それから、ここでの私は教師ではない」

ついでのように付け足された言葉に、織乃はハッとして「すいません、監督」と目を伏せて付け加えた。
久遠は言いたいことは言い終えたのか、フィールドに視線を戻して口を閉ざす。織乃は肩透かしを食らったような気になって、すごすごと秋たちの元へ戻った。

「あの……織乃ちゃん、大丈夫? ごめんなさい、お父さん昔っから言葉が厳しいの、変わっていなくて」
「いえ、大丈夫ですよ」

織乃が不満げな顔をしていたのが見て取れたのだろう、眉根を下げる冬花に織乃は慌てて首を振る。
冬花も父親が反感を買うことは本意ではないだろう。どことなく不安な表情で、冬花はグラウンドを走る選手たちを眺めた。




時計の針が10時を回る頃には、基礎練習は終わり練習は8対8の変則ルールによるミニゲームに移行した。
マネージャー陣と久遠の控えるテクニカルエリアでは、選手のプレーに感嘆の声を漏らす冬花に秋や織乃が説明や紹介を入れている。
久遠の言葉が発破になったのだろう、ボールを追い掛ける彼らの気合いと迫力は選考試合の時よりも増しているように見えた。

「みんな調子良さそうですね!」
「ええ!」

マネージャーたちの目にも、それはありありと見て取れた。気合いが入っているのは勿論だが、誰もが生き生きとプレーしているのが分かる。
──ただし、約1名を除いてだが。

「飛鷹さんはまたですね……」
「え、ええ……」

緩い放物線を描いて落ちてきたボールに盛大な空振りを噛ました飛鷹は、昨日と変わらずどこか動きがぎこちない。
やはり昨日垣間見えたプレーは偶然だったのだろうか。織乃は首を傾げるついでに、こっそりと久遠の様子を窺う。

「…………」
「(……すごい顔顰めてる……)」

眉間に皺を寄せたその顔は、明らかに苛立っていた。気取られる前に、織乃はそそくさと視線を元に戻す。
彼はこのゲームのどこが気に入らないのだろう。フィールドでは、壁山が必殺技を発動して緑川や綱海のシュートを防いでいた。

「良いぞ、壁山!」
「──ストップだ!」

笑顔で壁山に言った円堂に被せるようにして、久遠が突然声を張り上げる。
蹴り損ねたボールがラインの外へ転がっていく。久遠は立ち上がると、それを素通りして険しい表情でライン際までやって来た。

「壁山! どうしてもっと前に出ない。突っ立っているだけがDFか!?」
「えっ?」
「守ることしか考えていないDFなど、私のチームには必要ない。──それから風丸!」

壁山を叱咤して、久遠は矢継ぎ早に風丸を名指しした。

「っはい!」
「何故土方にパスを出した。鬼道が言ったからか?」
「……!」
「お前は鬼道の指示がなければ、満足にプレーも出来ないのか!」

厳しい言葉に風丸は口を噤み俯いてしまう。引き合いに出された鬼道もまた眉間に皺を寄せていた。
久遠はそこまで言い放つと、何でもなかったような顔をして踵を返してテクニカルエリアへ戻って行く。その背中を、選手たちは納得の行かない様子で見つめた。




とっぷりと日が暮れるまで、久遠の厳しい指導は続いた。
ゲームを止めて、あるいは走っている選手に向けて、久遠は名指しで声を張り上げる。練習が終わる頃には、選手たちは体の疲れは勿論精神的にも疲労困憊していた。

「はぁあ〜〜……終わった……」

いつもは練習後も元気一杯の円堂も、流石に堪えたのか食堂に入るなりテーブルにべしゃりと潰れてしまう。
同じようにテーブルに俯せた緑川が、顔を攣らせて呻いた。

「まさか練習がこんなにハードだなんてさ……」
「俺、もうくたくたッス……」
「おいおいお前ら、合宿は始まったばっかだぞ?」

弱音を吐く緑川と壁山に苦言を漏らす土方も、分かり難いがかなり疲れが溜まっているようである。
「そりゃあそうだけど……」唇を尖らせる緑川を一瞥し、先程から何か考え込んでいたヒロトが円堂に視線を向ける。

「──円堂くんはどう思った? あの監督のこと」

円堂がテーブルに押しつけていた顔を上げる。どうって、と一瞬困り顔になった円堂は、首を傾げた。

「そりゃあ、確かにちょっと変わってるとは思うけど……良い監督じゃないか。思ったことをハッキリ言ってくれるんだし!」

そう言って円堂は破顔する。響木や瞳子と比べれば、久遠のスパルタ指導っぷりはレベルが違う。けれどこれは、自分たちに必要なことなのだ。

「きっと、俺たちにはまだまだ足りないところがあるんだよ。世界を目指す為にはさ!」
「キャプテン……」




──秋、春奈、織乃、それから目金は、耳を聳て扉の隙間からそっと選手の様子を窺っていた。
数歩扉から離れた4人は、中を気にしながら小声で言葉を交わす。

「今日1日だけで、皆さんかなり堪えたみたいですね……」
「御鏡さん、あなたから見てどうなんです? 久遠監督は。知り合いなんでしょう?」
「そう、なんですけど……」

眼鏡を押し上げながら尋ねる目金に、織乃は口籠もった。
確かに小学校の頃、久遠は約半年の間織乃の担任だった。けれどそれは幼い頃の話だ。あれからそれなりに年数が経っているし、そもそも中学生と小学生では対応に違いも出てくるだろう。
簡単に答えを出すことが出来ずに唸る織乃の肩を叩いて、秋が頭を振る。

「まだ1日目なんだから、難しく考えてたら私たちも疲れちゃうわ。ほら……少し休憩したら、夕飯の準備をしましょ?目金くんも、手伝ってね」
「え〜……」

特に何の解決もないまま、マネージャーたちもまた解散する。溜息を吐きながら自室に戻った織乃は、ベッドに腰掛けながら今朝聞いた久遠の言葉を思い出した。

「視野が広がっていない……か」

贔屓はしないように。しつこく自分に言い聞かせてはいたが、どうも上手くいかなかったらしい。久遠に反論しようとしてしまったのが何よりの証拠だ。
けど、それでも。久遠の厳しい言葉の数々を思い出して頭をぶるぶると振るった織乃の目に、ふと机に置いた包みが目に入る。

「そう言えば、まだ何が入ってるのか確認してなかったっけ……」

呟きながら摘まみ上げたのは、中田から貰った例の包みだった。預かり物だ、とは言われたが、差出人の名前は結局聞かずじまいだ。
包みを開けると、中から出てきたのはケースに収まった1枚のDVD。表面には拙い片仮名でシキノへ≠ニ書かれている。

「何だろう……?」

訝しみながら、織乃はDVDをモバイルに取り込む。短い起動音といくらかの雑音の後、パッと画面に映った顔に織乃は思わずあっと声を上げた。

『da tanto che non ci vediamo. シキノ!フユキがいつまで経っても君の連絡先を教えてくれないから、キャプテンにメッセンジャーになってもらっちゃったよ』
「フィディオさん……!」

チョコレート色の髪と深海のようなディープブルーの瞳。そこに映っていたのは、イタリアの友人であるフィディオ・アルデナだった。
織乃は懐かしさに感激すると同時に、まだ頑なに自分の連絡先を彼らに秘密にしている兄に呆れ返った。
その間にも、画面の向こうは賑やかになっている。

『シキノー! 俺だよー! 会いたいよーー!!』
『ちょっ……うるさいぞ、マルコ!』
『はいはい、やかましいのはこっちな』

離せよジャンルカ、と一瞬フィディオを押しのけて画面に映ったマルコが、恐らくジャンルカのものであろう手に首根っこを掴まれてフレームアウトしていく。
居住まいを正し、ゴホンと空咳をしたフィディオはカメラを前に再び笑顔を浮かべた。

『実は、今回シキノにどうしても見せたい試合があって、こうしてビデオレターを送ったんだ。凄いんだよ、相手はフランスのチームなんだ!』
「フランス……!」

以前は地元チーム同士でしか戦うことのなかったあの小さなクラブが、随分と出世したものだ。ニコニコしているフィディオに、織乃も釣られて笑顔になる。

『他にも重大発表があるんだけど、それは多分その内教えられる機会があると思うから、また今度!』
「……重大発表?」

首を傾げても、相手は画面の向こう。その問いに答えてくれる筈もない。
「試合はもう1枚に焼いてあるからね!」とフィディオは慣れた様子でウィンクした。

『それじゃあシキノ、また会おうな! Ciao!』

──ぷつん!
フィディオの投げキッスと「シキノ〜!」と言うマルコの断末魔のような叫びを最後に、映像はそこで途切れた。
もう1枚、とフィディオは言った。ケースを再度開くと、1枚目の収まっていたページが捲れた。裏側にはもう1枚のDVDが収まっている。

「イタリア対、フランスの試合……」

──第1試合の相手が決まるまでに1つでも良い、海外チーム同士の試合を観ておけ。
──お前は、まだ視野が広がっていないから彼らしか見えないだけだ。

久遠の言葉が脳裏に浮かぶ。これは、彼の言ったことを実行するまたとないチャンスなのではないだろうか。
これを見ることで、何がどう変わるかは分からない。けれど、彼らの助けになる力を付けるためなら。織乃はおっかなびっくり半分、わくわく半分で2枚目のDVDをモバイルに入れる。

「………………これは」

──やがて彼女は、小さな画面上に広がるゲームに、自然と言葉を失った。