To a stage of a dream

「アポもなしに行って、大丈夫かな?」
「構へんて! どうせそんなん気にするヤツもおらへんやろ」

昼下がりの午後、住宅街を軽やかな足取りで行く2つの人影がある。
1つは私服姿のリカ、もう1つはいつものスーツを着た塔子だ。リカの手には円堂たちへの土産を詰めたクールバッグがぶら下がっている。お気楽な様子のリカに対し塔子がやや疲れの滲む表情をしているのは、今朝方リカが連絡もなしに自宅に押し掛けてきたからである。

しかし突然の提案だったとは言え、塔子も円堂たちに会いたくないわけがない。二つ返事で頷き大急ぎで準備をして、こうして稲妻町まで駆けつけたと言うわけだ。
しばらく歩けば雷門中の校舎が見えてくる。2人の足も自然と速くなった。

「円堂ォーッ!」
「陣中見舞いに来てやったで〜!」

門を潜り、大きく声を掛ける。グラウンドでは丁度円堂たちが練習に勤しんでいる最中の筈だったのだが──

「……って、あれ?」

声が返ってくるどころか、グラウンドには人ひとり見当たらない。2人は顔を見合わせて首を捻る。
ビッグウェイブスとの試合は明日だ。そんな日に練習がないとは考えにくい。いやに静かなグラウンドを突っ切って、2人はそろりと校舎内へ──合宿所の中へ足を踏み入れた。




「何やてぇ!? 部屋から出られへん!?」

怒声染みたリカの叫びに、織乃と秋は思わず耳を塞ぎ肩を竦める。食堂で昼食の後片付けをしているところにやって来たリカと塔子に出会した2人は、困ったように顔を見合わせた。

「本当に大丈夫なのか? その監督……」
「よく分からないの……」

結局、桜咲木中の件の真偽も明らかにはなっていない。久遠は外出禁止の一点張りで、それ以上説明をしようとしないのだ。頭を振った秋に、ふんと鼻息を大きく吐き出したリカがドンと胸を叩く。

「っしゃあ! ウチに任しとき!!」
「え? リ、リカさん何を……」

織乃の制止の声も聞かず、リカは足音荒く食堂を出る。3人がそれを追って扉から顔を出すと、リカが椅子に腰掛けて本を読む久遠の前に仁王立ちするのが見えた。

「なぁ! ちょっと監督さん!!」

剣呑な声に、久遠は本を閉じてゆっくりと顔を上げる。その鋭い眼光にたじろいだリカは、数瞬久遠と睨み合って──

「…………し、しっかり見張っとかなアカンで! あいつら狡い手ェ使って何とか抜け出そうとするさかいな! ほな頑張りや〜!」

引き攣った笑顔で一息に言い終えると、秋たちのところへとんぼ返りした。

「バシッと言ったったから!」
「どこが??」

秋と塔子は口を揃えて目を眇めたが、こうなることが粗方予想が着いていた織乃は苦笑いする。リカは何だかんだでああ言った堅物タイプの人間を相手にするのは苦手なのだ。

「何にせよ……こんな様子じゃ、陣中見舞いって雰囲気でもないよなぁ」
「せやな。今日のとこは出直すとするわ」
「ごめんね2人とも、せっかく来てくれたのに」

眉尻を下げる2人に軽く手を振って、リカと塔子は土産を置いて去って行く。
クールバッグの中を覗くと、赤々とした大きな林檎がいくつも入っている。秋はその1つを取りだして、小さく溜息を吐いた。

「大丈夫かしら、こんな調子で……」
「何とも言えないですよね……」

久遠の言葉の意味をマネージャーたちも考えはしたが、どうしてもその真意をしることは出来ない。娘の冬花でさえ首を傾げるのだから、織乃たちにそれを理解するなど土台無理な話なのかもしれないが。

「…………こうして考えてたって仕方ないよね。私、中庭の掃除してくる!」
「あっ、はい!」

軽く頭を振って、秋は駆け足気味に食堂を出て行った。どうやら円堂たちの不満が伝染したのか、彼女もまた昨日から不調が続いている。

「小細工なんか性に合わねえ! 俺ァ堂々と出て行くぜ!」

どうしたものかと考え込んでいると、ふいに階上の方から綱海の声が聞こえてきた。
再び食堂から顔を覗かせると、肩を怒らせた綱海が2階から降りて来る。耐えきれずにとうとう正面から出ていくことにしたようだ。

「そんなぁ、正々堂々過ぎッス! 上手く行くわけ……」

踊り場の方から壁山たちの声が聞こえてくる辺り、みんなそこで立ち往生していたらしい。
そこで織乃は気付いた。いつの間に席を外したのか先程まで廊下に居座っていた久遠の姿が見当たらない。綱海もそれに気が付いたのか、辺りを見回して目を輝かせて外へと飛び出していった。

「ラッキ〜! ひゃっほーー!!」

「あ、綱海さ……」織乃が声を掛ける間もなく、綱海はグラウンドの向こうへ姿を消す。勿論、部屋から愛用のサーフボードを持って行くのも忘れずに。
織乃がポカンとしていると、トイレから出てきた久遠と目が合う。何も言えずに右往左往している彼女の様子を見て、そして綱海の声が聞こえたのもあったのだろう、久遠は特に動揺することもなくそこに立つ。
そう、まるで通せん坊をするかのように。

「嘘ぉッス!?」
「ひょっとして今なら……!」

すると希望の籠もった声と共に、続いて円堂たちが我先にと階段を駆け下りてくる。
が、そこに待ち構えていた険しい顔の久遠と鉢合わせ、一同は短い悲鳴を上げて反射的に駆け戻って行った。
ピシャン! と上から扉の閉まる音が響くと、久遠は再び席について本を開く。この間、約5秒。織乃は我に返ると、気を取り直して片付けの続きをするべく食堂に戻って行った。けれど、扉を閉めた瞬間。

「──飛鷹さァん! いるんでしょう!?」
「……?」

外から響いてきた聞き覚えのない声に、織乃の足が止まる。
声がしたのは中庭の方角だ。そこに秋が掃除をしに行ったことを思い出し、織乃は嫌な予感を覚えながら中庭へ駆け出した。

「飛鷹さーん! 出てきて下さい!!」

外履きを突っかけて中庭に出ると、見知らぬ少年たちが辺りを見回しながら飛鷹の名前を叫んでいる。
それを止めようと秋が声を上げているが、彼らは聞く耳を持とうとしない。そこで織乃が駆け寄ってきたことに気付き、秋はホッとした表情になった。

「──飛鷹さんのお知り合いですか?」
「!」

やや低い声で尋ねれば、少年たちがハッとこちらを見る。そして織乃が自分たちと変わらない年頃の少女だと知ると、途端自信を取り戻したように胸を聳やかした。

「合宿所に入りたいんでしたら、せめて正面玄関から入って貰わないと……」
「俺たちは飛鷹さんに用があるんだ。ご託はいいから早く出せよ!」

グループの一番背が高い少年がずいと織乃の前に立ち、彼女を軽く突き飛ばす。だが、今の織乃はそれだけで怯むような精神力はしていない。
「織乃ちゃん!」目を見開く秋を庇うように腕を伸ばし、冷静に少年たちを睨む。

「とにかく、一度騒ぐのを止めて下さい。飛鷹さんに用があるなら、お呼びしますから」
「んだよ……何であんたの許可なんか取らなきゃいけないんだ?」

織乃の目に怒気が籠もっているのが分かったのだろう、少年たちはややたじろいだように眉根を寄せた。
それでも懲りずに、一番小柄なリーゼントの少年が「飛鷹さーん!!」と声を上げたその時である。

「静かにしろ、鈴目ェ!」
「!」

後方から張り上げられた鋭い声に、少年たちの様子が変わる。中庭の出入り口からゆっくりと姿を現したのは、今まさに名前を呼ばれていた飛鷹だった。
飛鷹は鈴目、と呼んだ少年たちを一瞥すると、真っ先に織乃に向かって小さく頭を下げる。

「すいません。後輩たちがご迷惑掛けました」
「いえ……でも、飛鷹さん」

2階から中庭に出るにはどうしても久遠のいる廊下を通らなければならない。彼は無断で外に出たのだろうか──その疑問を視線から感じ取ったのだろう、飛鷹は大丈夫です、と言葉を返す。

「監督の許可は取りました。……すぐ戻ります」
「──ええ。分かりました」

織乃ちゃん、と小声の秋が小さく袖を引く。織乃はそれに軽く微笑み掛けて、一歩引いた。
飛鷹は鈴目たちの前に立つと、裏門の方を顎で指す。

「ここで騒ぐな。……場所変えるぞ」
「…………はい」

小さく頷き、鈴目たちは飛鷹の先導に従って裏門を出て行く。
「大丈夫かしら……」静けさの戻った中庭に、落ち着きを取り戻した秋が心配そうに呟くと、頭上でガラリと窓の開く音がした。

「秋! あの連中は?」

2階の踊り場から顔を覗かせたのは円堂と鬼道だ。上から今のやりとりを見ていたのだろう。

「飛鷹くんに話があるって……」
「何だって!?」

瞠目した2人の頭が窓から引っ込み、バタバタと忙しない足音が聞こえてくる。けれど、それから中庭に出てくる気配はない。
きっと久遠に止められたのだ。すぐさまその答えに思い至った織乃は、ちらりと裏門を一瞥する。
食堂にいた織乃でさえ分かったのだ、久遠にも鈴目たちの声は聞こえていたに決まっている。彼は飛鷹が彼らと話す機会を与えるため特別に外出許可を出したのだろうか。

「──ちゃん……織乃ちゃん」
「! あっ、だ、大丈夫でしたか? 秋ちゃん」

秋の声で我に返った織乃は、慌てて秋の様子を窺う。元から彼らに秋たちを傷付けるつもりはなかっただろうが、突然あんなことがあれば不安になるだろう。

「私は平気……! 織乃ちゃんこそ、大丈夫?」
「はい! この通りです」

突き飛ばすと言っても軽く小突かれた程度だ。あのくらいでは痛くも痒くもない。明るい笑顔を見せる織乃に、秋もホッとしたのか頬を緩めた。
ただ、1つ気になることがある。綱海のことは不可抗力だったとして、飛鷹の特例の外出許可は他の選手たちの不満を更に募らせるものになりかねない。

「(このままじゃ、チームはずっとばらばらのままだ……久遠監督は、どうするつもりなんだろう)」




「(何故代表に選ばれた……? あいつはお世辞にも上手いとは言えない。染岡やシャドウの方が数段上だった。監督は、このチームをどうするつもりなんだ……!)」

一方で、自室に戻った鬼道もまた同じように悩んでいた。
元々飛鷹を代表候補に選んだのは響木だ。彼に優れた先見の明があることは、雷門イレブンに入った当時からよく知っている。
飛鷹には響木が納得するだけの伸びしろがあったのかもしれないが、彼らが戦おうとしているのは世界の舞台だ。伸びしろがある──その理由だけで代表に選ばれたなど、落選した選手たちが報われない。

「──……」

しばらく目を伏せ考え込んでいた鬼道は、踵を返して自室を出た。




──どこからか、たん、たん、と何かが壁にぶつかるような音がする。

「あれ……?」
「何の音ですかね?」

仕事を粗方終えて食堂で秋や春奈と談笑していたは織乃は、頭上から微かに聞こえてくる音に首を傾げた。
もしかして、と小さく呟いた秋が立ち上がり、織乃たちも引き寄せられるようにそれに続いて食堂を出る。

階段を上がり廊下を覗き込むと、円堂の部屋の前に壁山、栗松、木暮が張り付いて、それを風丸、ヒロト、緑川、立向居がじっと見守っている。

「みんな、こんなところで何を……」
「織乃ちゃん、しーっ!」

声を掛けた織乃を遮り、緑川が口元に人差し指を持って行く。「どうしたの?」と声を潜め尋ねると、今度はヒロトがそっと扉を指差した。

「……?」

3人は顔を見合わせて、壁山たちの後ろからそっと円堂の部屋の中を窺う。
室内には、円堂の他に豪炎寺と鬼道もいた。3人とも車座になって床に座り込んでいる。

「──世界一って、考えたことあるか?」

聞こえてきたのは、円堂の穏やかな声。胸にサッカーボールを抱えて、彼は豪炎寺と鬼道に語りかける。

「フットボールフロンティアインターナショナル……世界中から、最高の選手たちが集まる大会なんだよな」

今、彼の脳裏にはまだ見ぬ世界中の選手たちの姿が描かれているのだろう。外に出られない不満を感じさせない熱の籠もった声は、いつものように力強い。

どんなすごい選手なのか、どんな技を持っているのか。そして、彼らに勝つことが出来たら、頂点に経つことが出来る。
途方もない夢かもしれない。だが、彼の言葉を聞いていると、それが叶うような気がしてくる。気付けば、扉の隙間から様子を窺っていた一同も、真剣にその話に聞き入っていた。

練習が出来ない不満は円堂にもあるだろう。けれど彼はそれ以上に、世界と戦うことを夢見ている。久遠を疑いもせず、彼を信じて前に進もうとしている。

「俺さ! みんなと一緒に見てみたいんだ。すっげー奴らと全力でぶつかりあって、勝ち残った者だけが辿り着ける、世界一のサッカーってやつを!」

豪炎寺と鬼道が頷く。織乃たちも、知らず知らずの内に力強く頷いていた。

「だから挑戦しようぜ。世界一に! フットボールフロンティアインターナショナルで、優勝するんだ!」
「……世界一に!」
「世界一に!」

円堂が人差し指を突き上げると、2人も同じように指を突き上げる。そして彼らもとうとう耐えきれずに部屋に飛び込んだ。

「世界一にー!」
「みんな……」

まさか聞かれているとは思ってもいなかったのだろう、円堂は目を見開いて肩越しに指を突き上げる仲間たちを見上げる。
そして弾けるような笑顔になると、ボールを抱えたまま勢いよく立ち上がった。

「よし! 優勝しようぜ!」
「お〜〜ッ!!」

それまで暗かった仲間たちの表情が、円堂の言葉で一気に明るくなる。──いつもそうだ。彼の言葉は魔法のように、周りに力を与えるのだ。
鬼道はそれまで詰めていた息を吐き出し、窓の外を見上げた。空は雲1つなく、真っ青な青空が広がっている。

「(監督の指示に納得がいかないからといって立ち止まっていてはだめだ。どんな状況だとしても、今できることを精一杯やるんだ……!)」

ふと、こちらを見ていた織乃と目が合う。彼女もまた鬼道と目が合ったことが分かったのか、穏やかな表情で微笑んだ。

「でも、どうするでヤンス? 練習出来ないなら優勝なんて夢のまた夢でヤンスよ」
「そこは大丈夫さ! 外に出られないなら部屋の中で練習すれば良い!」

にっかり笑って、円堂は不安げな顔になる栗松にボールを叩いてみせる。
思えば、先程まで聞こえていたのはきっと我慢できなくなった円堂が部屋で練習を始めた音だったのだろう。

「案外難しいんだぜ? 限られた空間でボールを扱うのって!」
「成る程な……確かに、良い練習になるかもしれない」

呟いて、鬼道がすっくと立ち上がる。
「お兄ちゃん?」春奈が思わず声を掛けると、彼は肩越しに振り返ってニタリと笑った。

「俺は自室に戻る。……昨日何も出来なかった分を取り戻したいからな」
「! ……うん、頑張ってね!」

円堂の部屋を立ち去って行った鬼道に続き、豪炎寺もまた部屋を出て行く。
「お、俺も!」それに釣られたように緑川や壁山、風丸たちも慌ただしくその場を後にして、部屋にはマネージャー3人と円堂が残された。

「そう言うことなら……着替えの替えも用意しておいた方が良いですよね。タオルと、ドリンクも」
「! そうね、そうしましょう!」
「私、洗濯物全部乾燥機に突っ込んできます!」

廊下へ駆け出した春奈、「慌てたら危ないよ」と苦笑しながら織乃、最後に円堂へ頑張ってね、と秋が言い残して去って行く。
静かになった自室で、円堂は思い切り息を大きく吸い込んだ。

「よぉし……やるぞーーッ!!」

それまで静かだった合宿所に、ボールの弾む音が幾重にも重なって響き始める。
その音は日がとっぷり暮れるまで止むことはなく、もう誰も脱走を考えていないことを悟り中庭に佇んだ久遠は1人、賑やかな合宿所を静かに見上げていた。