Beast of capture
炎天下の中、カタールの代表デザートライオンとイナズマジャパンの熾烈な戦いは続いている。
激しい当たりに体力の限界を迎えたヒロト、そして先程のタックルで残り僅かだった体力を削り取られた綱海が、それぞれ土方と鬼道に肩を貸されてテクニカルエリアに戻って来た。
立向居がMF、飛鷹がDFに入ったのを、2人はマネージャーからドリンクとタオルを受け取りながら歯痒い思いで見送るしかない。
「頼んだぞ! 立向居、飛鷹!」
「はい!!」
「うす……!」
力強く頷いた2人に、「頑張って!」と秋の激励が飛ぶ。
緊張した様子が背中から見て取れる飛鷹に、織乃は僅かに眉根を寄せた。
「(飛鷹さんの特訓は、まだボールを蹴る段階まで来てない。そんな状態で、まともに連携が取れるかどうか……)」
だがしかし、選考試合の時のようなビギナーズラックが起きないとも限らない。ぐっと拳を握り締めて、織乃は奇跡を願う。
得点差は1点。この状況で逃げ切るのは難しいが、それでもやるしかない。深呼吸をした吹雪がドリブルで切り込んでいくが、これもまた動きが鈍い。
「もらった!」
「く……!」
ザックのスライディングを受け、吹雪がバランスを崩した。
溢れたボールは咄嗟に鬼道がキープして事無きを得たが、吹雪は暑さと疲れに眩む視界にたたらを踏む。
「吹雪!」
「まだだ……まだやれる!!」
走り際に声を掛けた豪炎寺に語気荒く返す様は、自分に言い聞かせるかのようだ。頭を振り気を取り直した吹雪は、2人を追走しながら叫ぶ。
「僕にパスを!」
「! 行くぞ、吹雪!」
鬼道からのパスを受け、彼は即座に必殺技の態勢に移った。ここでもう1点突き放さなければ──焦りと熱意が表情に入り交じり、吹雪は吼える。
「ウルフレジェンド!!」
雄叫びと共に放たれたシュートに、鼻で笑ったナセルが身構えた。
「ストームライダー!!」
彼の発生させた小さな砂嵐は天高く舞い上がり、吹雪のウルフレジェンドを飲み込んでいく。威力を殺され力無く落下していくボールを、ナセルはフィールドに叩きつけた。
イナズマジャパン渾身のシュートを止めた、とデザートライオンのサポーターたちがワッと湧き上がる。その程度か、とせせら笑うナセルに、吹雪は呆然と立ち尽くした。
「そん、な……」
口を突いて出たのは無意識の絶望だ。その瞬間、吹雪は膝から崩れ落ちる。
「吹雪ーーッ!!」
既に体力の限界を越えていたのだろう。力無くフィールドに倒れ伏した吹雪に、絶叫した円堂がゴールから駆け出した。
「しっかりしろ、吹雪……!」
「うっ……」
仲間たちが駆け寄る中、吹雪は何とか自力で起き上がろうと肘を立てる。しかし最早自立する力も残っていないのか、肘も膝も絶え間なく震え、吹雪はその場から動けない。
そんな彼らを見下ろして、ビヨンは冷たく言い放った。
「そろそろ限界だな。この気温の中、よく頑張ったと認めてやろう」
「何!?」
険しい表情で振り返った円堂は、ハッと口を噤む。
デザートライオンの選手たちの表情はイナズマジャパンたちのそれと比べ涼しいもので、多少の汗は掻いていれど疲弊はほとんど感じられない。
「最後に勝つのは、極限まで鍛え上げたフィジカルを持つ俺たちだ。お前たちの得意なチームプレーで、俺たちの攻撃をどこまでしのげるかな?」
「く……!」
体力の差を如実に思い知らされ、言い返す言葉も見付けられず円堂は苦しげに呻いた。
「チッ……好きに言ってくれるぜ」言いたいだけ言って自陣に戻っていくビヨンたちに、苛立ったように不動が舌打ちする。久遠は目金に肩を貸された吹雪がテクニカルエリアに戻って来るのを確認すると、しばし間を空けて口を開いた。
「……選手交代。吹雪士郎に代わり、宇都宮虎丸」
「えっ……はい!」
「!」
腰を浮かし掛けた不動は、思わず虎丸を凝視する。虎丸は一瞬面食らったように目を丸くしたが、すぐさま気を取り直して立ち上がる。
不満げな顔でベンチに座り直し、久遠の後頭部を睨み付けた不動を横目で窺って、織乃はモバイルをチラリと覗き込んだ。
虎丸の連係プレーの上手さはチームの中でも群を抜いている。ここで彼を出すのは確かに正解だろう。
だが、問題は彼だ。前回のビックウェイブス戦でも、不動は最後までベンチから出ることはなかった。
素行こそ問題はあれど、不動の能力は全体的に高くまとまっている。出場選手のほとんどがスタミナ切れを起こしている今、コンディションの整っている選手は一人でも多い方が良いはずだ。
「(でも、久遠監督が出し惜しみするとは思えない……何か他に理由があるの?)」
軽い準備運動をして、虎丸は戻ってきた吹雪とタッチを交わしフィールド入りする。くずおれるようにベンチに座り込んだ吹雪は、悔しげにフィールドを睨み付けた。
「頼んだぞ、虎丸!」
「はい!」
肩を叩いてきた円堂に、虎丸はやや緊張した様子ながらもしっかりと頷いて見せた。その後ろ姿を、豪炎寺がどこか険しい色を瞳に宿して見ていることには誰も気が付かない。
試合はナセルのゴールキックから再開される。
ボールを受けたザックが、早速イナズマジャパン陣内へ攻め込むためビヨンへ更にパスを繰り出した。──否、繰り出そうとした。
「なっ……!」
ボールが宙を舞った瞬間、フィールドを駆け抜けたザックとビヨンの間に割り込んだ虎丸が、パスをインターセプトする。
驚くデザートライオンたちを後目に、彼はそのままの勢いで一気に攻め上がった。
「っ止めろ!!」
瞬時に我に返ったDFの2人、ジャメルとメッサーが虎丸の進路へ飛び出していく。
しかし虎丸はそれに一瞬目を細めただけで、2人のディフェンスを軽快なボール捌きで掻い潜った。
「良いぞ、虎丸!」
腕を振り上げた円堂が、目を輝かせる。完全に攻めの態勢だったデザートライオンのゴール前は防御が手薄で、まさしく絶好のチャンスだ。
あと一歩──その瞬間、ゴール前に持ち込んだ虎丸の表情が一瞬曇ったのに、誰が気付いただろうか。
「っえ?」
突然その場で急停止した虎丸は、振り返り様にバックパスを繰り出す。完全にふいを突かれ、反応が遅れた仲間たちは思わずたたらを踏んだ。
「いただき!」
「あっ!」
パスを受け取り損ねた豪炎寺の前に、好機とばかりに飛び出したムサがボールをインターセプトし、そのままザックへパスを送り出す。
ハッとカウンターに気が付いた円堂が、咄嗟に叫ぶ。
「みんな、マークだ!!」
勿論、その一声が届くより先に、仲間たちは走り出していた。しかし──皆一様に疲れ切っており、足が回らない。
だがその中にはスタミナが有り余っている選手もいる。後半からフィールド入りした立向居が駆け出し、スライのドリブルをスライディングでカットすると、観客席とベンチから安堵の溜め息が漏れた。
「あ、危ないところでしたね……!」
「うん……」
立向居が攻撃に加わっていたら、点を取られるところだっただろう。胸を撫で下ろし、織乃は走っている虎丸の横顔をつぶさに観察した。
「虎丸くん、どうしたんだろう……せっかくのシュートチャンスだったのに」
「ハンッ。大方怖じ気ついたんだろうよ。役に立たねえ奴らだぜ、俺を使ってりゃあこんなことには……」
「──不満があるならベンチを去れ、不動」
呟いた織乃に不貞腐れた調子で不動が言うと、それが聞こえたらしい久遠の一声が掛かる。
一瞬苦虫を噛み潰したような顔になった不動は、舌打ちこそしたもののベンチからは動かなかった。
試合の流れは止まらず、風丸がこぼれ球を押さえたことで、カウンターのチャンスが巡ってくる。
「みんな上がれ!!」
「押さえろ!!」
鬼道とビヨンの鋭い声が交差し、デザートライオンのDFたちが風丸に迫る。風丸は咄嗟に周囲を見回し、囲まれる寸前にボールを前線の鬼道に打ち出すが──僅かに届かない。
これならば。ニヤリと笑ったビヨンの表情は、次の瞬間驚愕へと変わる。
「何ッ!?」
後方から走り込んで鬼道へのセンタリングをカットしたのは、デザートライオンの選手ではなく虎丸だった。
仲間ですら予想していなかった虎丸のプレーに、デザートライオンのDF陣が崩れ、イナズマジャパンに二度目のシュートチャンスがやってくる。
「今だ! 打て虎丸!!」
「……!」
豪炎寺の叫びに応えるように、虎丸は雄叫びを上げ足を振り上げた。
しかし──またも一瞬の躊躇の後、彼はそのボールを咄嗟に叫んだ豪炎寺へと送り出してしまう。
「……ッ!」
豪炎寺は先程と違いパスを受けそびれることはなかったが、彼は顔をしかめながらもシュート態勢へ移る。
だが繰り出された爆熱ストームは、やはり僅かに溜めが足りなかったのかナセルの生み出すストームライダーの砂嵐により打ち消されてしまった。
ああ、と上がる落胆の声に、豪炎寺は静かに目を伏せ、眉根に深い皺を刻む。
「惜しかったな! でもナイスアシストだったぞ、虎丸ー!」
ゴールから聞こえてきた円堂の激励に、虎丸はどこかホッとしたような表情になった。
それに対し、より一層険しい顔つきになった豪炎寺は、剣呑な目を虎丸に向ける。
「……虎丸。何故シュートしなかった」
「!」
小さく肩を揺らし、虎丸は彼を見上げる。黒曜石の様な瞳に射貫かれ、唇を引き結んだ虎丸はそっと視線を外して答えた。
「だって……豪炎寺さんの方が確実だと思って」
「決定的なチャンスだぞ。どうして自分で打たなかったんだ」
その声音は、責めると言うよりも叱るものに近い。ぐ、といくつもの感情を織り混ぜたような複雑な顔になった虎丸は、やがて豪炎寺に背を向けて、こう言うのだ。
「……俺が決めたらダメなんです」
「! ……どういう意味だ、虎丸」
──響くホイッスルの音に、2人はハッと顔を上げた。
答えを聞く間もなく、ナセルのゴールキックで試合が再開される。
「攻め上がれ、みんなー!!」
歓声に負けないくらいの円堂の大きな声が、フィールドに響き渡る。ナセルの蹴ったボールは放物線を描き、FWのザックへと渡った。
チャンスから一転、イナズマジャパンがカウンターアタックを受ける形になる。戻れ、と鬼道の弾かれたような声が飛んだ。
「どうしたんでしょう……あの子、憧れの豪炎寺さんと一緒にサッカー出来ているっていうのに……何だか、元気がないみたい」
一方、観客席では今一つプレーに不調が見られる虎丸に、母であるたえが不安げに呟いていた。
「やっぱり、店の手伝いで練習出来なかったから、皆さんについていくのが難しいんでしょうか」
「……いいえ、虎丸は十分な力を持っています。彼のプレーが精彩を欠いているのは……別の理由があるからです」
ややあって返ってきた響木の答えに、たえは「別の理由?」と首を傾げる。
虎丸がかつて所属していたサッカークラブを辞めたのは、もう随分と前のことだ。入団したばかりの頃は、たえも体は弱くても今よりもまだ元気で、応援にもよく行っていた。その頃の息子は、楽しそうにボールを追いかけていたと彼女は記憶している。
いつしか病弱に拍車が掛かり、虎丸が店の手伝いをするためにと言ってクラブを辞めたときは申し訳ない気持ちで一杯になったものだが──もしかすると、他にも何か理由があったのだろうか。
「ええ。以前の出来事が、まだ心に残っているのでしょう」
響木はそれを知っている。代表選手を決めるのに、その候補者の能力の他、素性を調べるのも必要なことだったからだ。小さなサングラスに隠れた瞳が、フィールドを走る少年を見据える。
彼は自分を檻に閉じ込めて、外の世界を知らないだけなのだ。ただ一人、その檻を抉じ開けようとしている存在にも気付かずに。
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