The phoenix flies

人混みで溢れかえる商店街で、織乃は途方に暮れていた。
右手には中身の詰まった買い物袋。左手には双子の片割れ・良樹。

「もー……! あの子ってばどこ行っちゃったんだろう」

顔をくしゃりと歪めて、織乃は呻くように言う。
時刻は午後6時。夕食の買い出しに着いて行きたいと、ぐずった双子を仕方なく連れ行ったまでは良かった。
だが、帰ろうと店を出た矢先、もう片方の双子──和樹が、はぐれてしまったのである。

「和樹は方向おんちだから」と、むっと唇を尖らせながら言う良樹。
こごがスーパーや大型量販店なら迷子の呼び出しでもしてもらうのに、と織乃はこめかみを押さえる。

「とにかく……もう一回探そう。良樹、お姉ちゃんの手ェ離しちゃダメだよ」

「うん!」良樹がすがりつくように織乃の腕に手を絡める。
周りに注意しながらゆっくりと歩き、アーケードの半分ほどをくぐり抜けた頃。

「お姉ちゃーん!!」
「あだっ」

後ろから走ってきた涙目の和樹が、織乃の背中に突進した。

「あっ……和樹! もーっ、探したんだよ!」
「ごめんなさいー」

ぐずぐずと鼻を啜る和樹に、良樹がティッシュを差し出す。
ほっと安堵の溜め息を吐いたその時、トントンと肩が叩かれ織乃は振り返った。

「──え、豪炎寺さん?」

キョトンとする姉に、双子が視線を上げる。
振り返ったそこにいた豪炎寺は、「やっぱり御鏡だったか」とほんの少し表情を和らげた。

「あ、さっきのお兄ちゃん」
「和樹、知ってるの?」

和樹の顔が、少し綻ぶ。頷いて、「一緒にお姉ちゃん探してもらった」と答える弟と豪炎寺を見比べ、織乃は慌てて頭を下げた。

「弟が迷惑かけたみいで……すいません、ありがとうございます」
「いや、良いよこのくらい。──それにしても、まさかお前の弟だったとはな」

名前を聞いた時はまさかとは思ったが、と豪炎寺は小さく笑う。

「豪炎寺さんも買い物ですか?」
「ああ、ペンギーゴに注文してたスパイクが届いたから」

その場の流れで、並んで歩きながら豪炎寺は手にした袋を掲げた。

「──豪炎寺さんも、下に兄弟がいるんですか?」

何だか慣れてるみたいだし、という織乃の言葉は、途中で尻すぼみになる。
豪炎寺の表情が一瞬、目に見えて暗くなったのだ。

「……妹がひとり、な」
「……聞かない方が、良いみたいですね」

小さく尋ねると、豪炎寺は少し考えてゆっくりと頭を振る。

別に隠し立てすることでもない──そう前置きして、彼は歩きながら訥々と語り出した。
年の離れた妹が、木戸川にいた頃FFの決勝戦直前に事故に遭って以来、眠り続けていることを。
形や状況こそ違うが、織乃は去年のクリスマスのことを思い出した。

「(そうか──だから、木戸川の3人は、豪炎寺さんを敵視して)」

織乃は納得したように心の中で頷く。
決勝戦に豪炎寺が来なかったから。力が足りず木戸川は相手に──帝国に負けた。
だが、それで豪炎寺を恨むのは、少しお門違いというものじゃないのだろうかとも思うのだ。
しかし昨日、豪炎寺本人は、理由がどうあれチームメイトを裏切ったのに変わりはないし、恨まれて当然とも円堂に零している。今更、誰が何を言おうと何の意味もなさないだろう。

なら、今言えることは1つだ。

「──明日、勝って証明しましょう。円堂さんが言ってたみたいに、逃げたんじゃないって」

「勝利報告をした方が、妹さんも喜ぶんじゃないですか?」向けられた言葉に、豪炎寺は一瞬キョトンとした様子を見せる。
そして彼は、数回まばたきをして正面を見据えると、温柔に微笑んだ。

「──ああ。そうだな」

数歩前を歩く双子が、所々音の外れた歌を歌いながら歩く。
遠くの町並みに、夕日が沈みかけていた。




翌日──カラリと空は晴れ渡り、円堂が『サッカー日和』と称しそうなその日。
空砲が打ち上げられる中、FF準決勝・木戸川清修対雷門中の試合が始まろうとしていた。

「鬼道さん、作戦の方は?」
「完璧だ」
「円堂くんしっかりね!」
「ああ!」
「あれ、壁山は?」
「トイレでヤンス」

各々思いを抱えたイレブンをフィールドに送り出し、控え選手とマネージャー達がベンチに着く。
祈るように手を組む秋を一瞥しながら、織乃は強くバインダーを握りしめた。

──高らかに、試合開始のホイッスルが鳴らされる。
キックオフは木戸川から。染岡の仕掛けたスライディングを、武方三兄弟・三男の友が素早くかわした。

一瞬対峙した豪炎寺を抜かし、武方三兄弟は雷門陣内へ突入する。

「少林、マックス!中央を塞げ!!」

マントを翻しながらの鬼道の指示に、2人が地面を蹴った。しかしその直後、ボールは高く上げられMFの頭上を飛び越していく。
構えをとった円堂に長男・勝のバックトルネードが炸裂し、円堂の繰り出した爆裂パンチは破られ──あっという間に、先取点は木戸川の物になってしまった。

「先取点を取られてしまいましたね……」

流れが悪くならなければ良いんですが、と忙しなく目金が眼鏡のブリッジを押し上げる。
「まだまだですよ!」春奈が返したその矢先、立ち直った円堂が拳を掌に叩きつけた。

ボールが再び木戸川に渡り、三男・友がドリブルで駆け上がる。栗松と土門のディフェンスをかいくぐり、パスされた勝は再度バックトルネードを繰り出したが、円堂のゴッドハンドに阻止され追加点にはならず。
3度目のバックトルネードが爆熱パンチに阻止された境には、3兄弟の舌打ちが聞こえてくるようだった。

「おっしゃあー!!」拳を握り叫ぶ円堂に、秋が嬉しそうに表情を綻ばせる。

「ナイスセーブ!」
「凄い気迫ですー!」

顔を輝かせた春奈に、響木が満足げに頷いた。

「よし、これであいつらにも相手を見る余裕が出来ただろう。──御鏡」
「はい、分かってます」

織乃が顔を上げて頷いてみせる。
どんな屈強なチームにも穴はある。今回の木戸川の場合は、あの3兄弟がまさしくそれだ。
こちらのDFは常に機能している。あとは、どのタイミングでカウンターを仕掛けるか。

刻々と迫り来る前半の終了。変わらない点数の差に、焦り始める秋たちに対し、織乃や響木は冷静さを保っている。
3兄弟が攻撃に逸っているせいで出来た、中盤との連携の隙。それが最大の突破口だ。

「その隙を突けば……」
「鬼道はもう気がついてる筈だ」

ニィッと響木が歯を見せて笑った時、丁度鬼道がFWに指示を出しに行くのが見えた。
一之瀬と円堂が、軽く屈伸しているのが見える。織乃は小さく──隣の秋に聞こえる程の声で、呟く。

「──始まる」
「!」

円堂が土門にボールを預けた。
当然、チャンスと言わんばかり3兄弟が攻めに行くのを見計らい、染岡と豪炎寺がサイドから駆け上がる。
三兄弟がそれに気がつき振り返った瞬間、土門が隙を突きボールを鬼道にパスした。

「今だ!!」

鬼道の声を合図に、円堂と土門が前線へ上がる。
ボールは一之瀬に渡り、秋が不安げに見つめる中3人は勢いを付けフィールドを駆け上がった。

走った線は見事に交差し、空にペガサスが舞い上がる。
木戸川のゴールを割った3人のシュートに、春奈と秋がやった!と立ち上がり、夏未が溜め息を吐いた。

「ハラハラさせるわね……」
「あはは……」

疲れた様子の夏未に織乃が苦笑し、響木はもう一度歯を見せて笑う。
円堂と豪炎寺がハイタッチを交わす中、織乃は木戸川陣内に目を向けた。視線の先は、三兄弟に何かを話している様子のDF──アメリカ時代、一之瀬たちが一緒にトライペガサスを完成させたという、西垣だ。

試合が再開しない内に前半は終了し、文字盤には変わらず1対1と表示されている。
戻ってきた選手に、順々にドリンクとタオルを渡しながら、秋がぐっと拳を固めた。

「みんな頑張って! 3兄弟と中盤の連携を崩せば、必ず逆転できるわ!」

秋の前向きな言葉に、「だが、奴らも後半は修正してくるだろう」と返すのは鬼道。
次いで豪炎寺が、重々しく口を開く。

「……それに、まだあの技を出していない」

イレブンと控え、そしてマネージャーの表情が硬くなる。
「トライアングルZか……!」険しい顔つきの一之瀬に、豪炎寺は頷いた。

「──このまま終わるはずがない」
「大丈夫さ!」

豪炎寺の言葉をかき消す勢いで言うのは、円堂である。
どんなシュートだろうと、必ず自分が止めてみせる──彼はタオルとジャグを握りしめながら、力強く言ってのけた。

「……後半は、力押しですか」
「そうなりそうだな」

小声で言った織乃に、同じく鬼道が小さく返す。
先の豪炎寺への警戒を利用した作戦も、次からはきっと通じない。文字通りごり押しか、と呟く鬼道に、織乃は「頑張って」と囁くように言った。




僅かに不安を拭いきれないまま、始まる後半戦。
ホイッスルが鳴るや否や──武方3兄弟は、仕掛けてきた。

「来るぞ!」鬼道が頭だけ振り返り叫ぶと同時に、繰り出される木戸川の最強必殺技──トライアングルZ。
勢いを纏ったボールは、円堂のゴッドハンドを突き破りゴールネットに突き刺さった。

「ゴッドハンドが破られるなんて……!」
「監督……どうしたらいいんですか?」

呻くような秋や春奈に、響木はフィールドを黙って見つめる。

「今はみんなを──円堂くんを信じましょう」同じくフィールドを見据えた夏未が呟く最中、一之瀬とマックスのチェックによりシュートされたボールが、円堂の正面に収まった。

「行くぞ、トライペガサスだ!!」

聞こえてきた声に、織乃が険しい顔になる。
視線の先では、既に西垣が動いていた。

「スピニングカット!!」

青い衝撃波が、三人の行く手を阻む。ボールはそのままフィールドの外へ転がり、西垣は3人を見下ろした。

「(西垣くん……!)」

秋が顔を歪め、ベンチはトライペガサスが阻止されたことにざわつく。
白くなる程強く握られた秋の拳に、ふと掌が重なった。──織乃の手だ。

「織乃ちゃん」
「大丈夫です、秋ちゃん」

まだ、負けてない。
木戸川に気取られないよう、守備に下がった豪炎寺の後ろ姿を見つめながら、織乃は言う。

「……うん!」秋が小さく頷く最中、再び三兄弟が雷門陣内に切り込む。
しかし、木戸川MF茂木が勝に出したパスは、影から飛び出した豪炎寺によりカットされた。

「よしっ、そのまま行っちゃえ豪炎寺先輩!」

持っているビデオカメラを振り落とさん勢いで、春奈が拳を突き上げる。
豪炎寺はドリブルしながら木戸川陣内へ切り込み、マークから逃れた染岡に素早くパスを出した。

「ドラゴン──!」
「トルネード!!」

繰り出される2人の連携技。それを弾いた相手キーパーに、ベンチは一瞬落胆の声に満たされたのだが。
高く跳ねたボールに、豪炎寺が跳躍する。
次の瞬間、炎を纏うシュートが相手ゴールのネットを大きく揺らし、次の瞬間、雷門勢と観客席は沸き立った。

「やった……同点だわ!」

織乃の手を取り、秋が立ち上がる。
「ここからが執念場だな」喉の奥で笑う響木に、マネージャー4人は大きく頷いた。

『同点のまま一進一退、どちらも譲らない白熱のゲームが続いている!!』

繰り広げられる激しい競り合い、双方の必殺技の応酬。
刻々と時間は迫り、残るはロスタイムのみ。ベンチにもフィールドにも緊張が走る中、木戸川がついに行動に出た。

相手DF・女川のスライディングが、栗松のボールを弾く。弾かれたボールは、3兄弟へ。
あっ、と誰もが叫ぶ中、ついに──

「トライアングル──Z!!」

2度目のトライアングルZが、ゴールへ迫る。
さっきは止められなかったこの技。これが入ってしまえば、雷門は負けてしまう。
織乃は秋と手を取り合い、ギュッと目を瞑った。

「ゴッドハンド!!」

光を放ち繰り出される、円堂のゴッドハンド。
ビリビリと空気が振動し、スパイクが地面を擦る。
円堂の雄叫びがフィールドに轟いた、その次の瞬間。

「キャプテン!」
「危ないッス!!」

DFの2人が円堂の後ろに周り、その背中をしっかりと支えた。
ギュルギュルと回転しながらボールは勢いを無くしていき、煙を上げながら円堂の手に収まる。

「あ、あれぞ《トリプルディフェンス!》」目金が眼鏡を光らせた途端、スタジアムが大きな歓声に包まれた。

「よっしゃあーーーー!!」

ボールを掲げ叫ぶ円堂と、喜び合う栗松と壁山。
歓声と実況の興奮気味な声が、ピッチの空気を揺らす。

「円堂、こっちだ!」
「おう!!」

叫ぶ豪炎寺に、円堂が大きくボールを蹴り上げた。
フリーの状態だった豪炎寺はボールをトラップすると、そのまま木戸川のゴールを目指し走っていく。

しかしそれが簡単に許される相手ではない。豪炎寺を追い越し、DFラインに戻ってきた武方3兄弟を彼は一瞥し──ふと、不敵に笑って一之瀬にバックパスを出した。

「今だ! トライペガサス!!」やや驚いたような一之瀬に、豪炎寺は振り返る。
一之瀬は数瞬すると、力強く頷いた。

張り詰める緊張感に、弥が上にも織乃の手を握る秋の力は強くなる。

「お願い……!!」

彼女が乙女の祈りを捧げる中──3人は西垣の繰り出したスピニングカットの衝撃波を突き抜けた。
響く雄叫びに、目を見開く。
空気を震わせ現れたのは、白いペガサスではなく、赤い炎を纏った不死鳥。

割れるような歓声に包まれるフィールドで、木戸川のゴールネットにシュートが突き刺さる。
円堂たちが拳を突き上げ、3兄弟が膝を折った瞬間、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

「や……やったぁ!」
「決勝進出ですよー!!」
「わっ!?」

秋と春奈にサイドから抱きつかれ、織乃が短く驚いた声を上げる。
晴れ晴れとした表情のイレブンを、マネージャー達は満面の笑みで迎えた。

「お疲れ様──やりましたねっ!鬼道さん!」

一拍遅れてやってきた感動に織乃が頬を上気させれば、鬼道が小さく笑って頷く。
視界の端では、豪炎寺が武方3兄弟と和解したらしく、握手を交わしていた。

残すは10日後の決勝戦のみ。
止まない歓声の中、円堂はひとり、自分の利き手をじっと見つめていた。