Wall not avoided
「(残り9日間──)」
ゆらゆらとバスに揺られながら、キュッとシステム手帳の空白の欄にマーカーを滑らせる。
昨日のFF準決勝──木戸川との戦いは、苦戦を強いられながらも見事勝利を収めた。
後は、来たるべき世宇子との試合に備えるのみ。自分が実際戦うわけでもないのに力んでしまうのは、最早仕方のないことだろう。
バスを降りると、先の路肩に停まった黒塗りのリムジンから颯爽と鬼道が降り立つのが見えた。
「あ、おはようございます、鬼道さん」
「御鏡か。おはよう」
パタパタと駆け寄ると、こちらに気付いた鬼道が少し口角を上げる。
そのまま2人並んで校門を潜ると、前を歩いていた生徒がふと振り向いた。
「──あっ!おはよう、鬼道、織乃!」
そちらを見ると、一緒に登校したらしい一之瀬と秋が手を振っている。
「ああ、おはよう」
「おはようございます」
顔を綻ばせながら4人は合流し、そのまま学校を目指した。
校舎が見えてきたところで、特徴のある頭をした2人を見つけた織乃があっと声を上げる。
「風丸さん、豪炎寺さん!」
「あ、御鏡──と、みんないるな」
「おはよう」
生徒の入り交じる校門手前に、意図せずサッカー部員が集まった。
「今日はみんな同じ時間に登校したんだな」豪炎寺が小首を傾げるようにしながら言えば、偶然が重なったなと鬼道。
今日の宿題なんだっけ、と秋と織乃が話している最中、ふと風丸が人の気配を感じてを振り返った。
「あ、円堂。おはよ……う?」
中途半端に途切れた風丸の声に、後の5人が不思議そうに立ち止まり、振り向く。
そして、絶句した。
「え……円堂さん?」
「どうしたの、その顔」
目を丸くしながら、心底驚いた風な織乃と秋。一拍遅れて重たい足取りでやってきた円堂は、これでもかと言うほど顔に暗い影を落としていたのである。
返ってきたのは、「ダメなんだよ」という彼らしくないネガティブな、脈絡のない言葉だった。
「ダメって……何が?」
「なぁ、俺……ゴッドハンドで世宇子のシュート止められるのかな……」
顔を歪め、唸るように言う円堂。
彼らしくない発言に、それを聞いた鬼道が眉間に少し皺を寄せる。
いつもの前向きな彼なら、やってみなくちゃ分からないと真正面から向かって行く筈なのだ。それを言うと、円堂は乱暴に両手で頭を掻き毟る。
「この決勝、絶対に負けられないんだ!やってみなくちゃ分からないじゃ、ダメなんだ!」
「分かるだろ!」息急き切ったように食ってかかる円堂に、鬼道がたじろいだように頷いた。
切羽詰まった様子の彼に、織乃が首を捻る。
「それは分かりますけど……どうしたんですか、円堂さん。昨日までいつも通りだったのに」
「──もしかして……昨日の木戸川戦で、自信をなくしたのか?」
次いで尋ねたのは豪炎寺だ。円堂は一転、顔をしかめて覇気を無くす。
「なくしたっていうか……」
不安なんだよ、と円堂は、吐き出すように言った。
どうすればいいのか考えていたら眠れなくなって、頭の中がぐちゃぐちゃになって──そうもごもごと言いながら、円堂はふらりと輪から外れる。
肩を落とし、ふらつきながら校舎に向かうその背中を一様に見つめながら、ポツリと一之瀬が零した。
「彼、今までにあんなことあったの?」
「ううん──」
ゆっくりと首を振る秋。
「あんな円堂くん、見たことない」不安げな瞳で円堂の背中を見つめ、秋は呟く。
「また、問題発生か……」
鬼道の言葉に、5人は浅い溜め息を吐いた。
授業中も、円堂は始終上の空。
教師に怒鳴られたところでやっと我に返るという重症ぶりに、秋は昼休み、「夏未さんに相談してくるわ」と理事長室に向かった。
「前例がない分、難しいですね」
「御鏡は、何か良い案はないのか?」
豪炎寺が尋ねれば、織乃はゆるゆると首を振る。
元々、彼のような熱血タイプと知り合うのら円堂が初めてだ。それまでの中で彼と同じような人種と知り合っていれば何か思いついたのかもしれないが──と、織乃は難しい顔をして頬杖を突いた。
「……部員の士気にも関わる」
「どうすればいいんでしょう……」
はぁ、と教室の一角に響く溜息のユニゾン。少しして、秋が教室に戻ってくる。
「どうでした? 秋ちゃん」
「うん……」
「見守っていて、って」力なく、または穏やかに、窺ってきた織乃に秋は返した。
「円堂くんは、いつも自分で考えて行動する人だから」
「……成る程」
何にせよ、事は良い方にも悪い方にも転がらず。
3人は教室の片隅で、自分の席で何かのノートを見つめている円堂の背中を盗み見た。
「見守るしか──ないんですね」
ぼんやりとした呟きが織乃の口から漏れると同時に、チャイムが鳴り響いた。
:
:
そしてその、約2時間半後。
「御鏡、来てくれるか」
「あ、はい……何ですか鬼道さん」
鬼道に手招きされ、織乃はそちらに駆け寄る。鬼道の傍らには、少し真剣な表情の風丸と染岡。円堂関連のことだと嫌でも分かった。
「練習はしばらく2人に任せた。春奈たちにも話は通してある。一緒に来てくれ」
「……私、何も出来ませんよ?」
「円堂に関しては誰にもそう言える。だが何かの切欠にならなるかもしれないだろう」
そう告げて鬼道は、織乃を連れ立ち部室の戸を開ける。
室内はズンと沈みきった雰囲気に満たされ、その中で仏頂面に拍車を掛けた豪炎寺と、古びたノートを見つめる円堂に織乃は顔をひきつらせた。
「ここが……ここって何だ……」
円堂は自分の胸を叩きながら、顔をしかめて何かを呟いている。
鬼道がこそりと、豪炎寺に話しかけた。
「どうだ?」
「……ゴッドハンドが通じなかったらどうしよう、の一点張りだ」
「円堂さんが見てるアレは……?」
「円堂の亡くなったお祖父さん──円堂大介の残した特訓ノート、らしい」
らしいと言う辺り、鬼道も込み入ったことは知らないらしい。
「やっぱりここは、雷門の言う通りにするべきか」呟いた豪炎寺は椅子に掛け、鬼道も傍らにあった椅子を雑に引き寄せ、腰を降ろす。
その時、沈鬱とした空気を破るかのように、部室の戸が開いた。
「ごめん、遅くなった!」
駆け足気味に中に入ってきたのは、一之瀬と土門である。室内の重苦しい雰囲気を見るなり、2人は表情を引き攣らせてたたらを踏んだ。
「め、珍しい空気だな……」
「練習は?」
一之瀬の問いかけに、風丸と染岡に任せていると答える鬼道。俯く円堂に、土門が顔を覗き込むようにして言う。
「一之瀬から聞いたぞ? 大分根が深そうだな、ゴッドハンドのこと」
その途端、ゴンと机に突っ伏してしまう円堂。
「ほんとに深いな」その様子にギョッとしながら、土門は顔をひきつらせた。
一拍して、豪炎寺が伏せていた瞼を上げる。
「……鬼道。雷門で世宇子の力を目の当たりにしているのはお前だけだ」
ゴッドハンドが奴らのシュートに通用すると思うか──その問いに、机に額を押し付けたままの円堂の方が、ピクリと動く。
鬼道は浅くため息を吐いた。
「分からない──としか言えない」
今はな、と呟く鬼道に、織乃が手にしていたデータをザッと捲りながら続ける。
「世宇子は今大会初出場ですから、各選手のデータも勿論揃ってません。その上──」
「その上?」
首を傾げる一之瀬に、織乃は顔をしかめながら紙を捲る手を止めた。
「これまでの試合のデータが、残ってないの。テレビで中継された物も、全部」
「どういうことだ……?」訝しむような豪炎寺に、織乃は分かりませんとしか答えることが出来ない。
「だから──頼りになるのは、実際にそれを肉眼で見た人だけに、なります……」
自然と集まった視線に、鬼道が眉間に皺を寄せる。
「世宇子の力は、俺も完全に把握しているわけじゃない。ただ世宇子のシュートは武方3兄弟のトライアングルZより遙かに強く、恐ろしい──それだけははっきりと言える」
「その恐ろしいシュートを止める自信がない……そういうことか」
吐き出すような言葉に、上体を起こした円堂を見下ろし一之瀬が呟く。
円堂はジッと、自分の右手を見つめ口を開いた。
「……昨日は、栗松と壁山に支えられて、どうにか止めることが出来たけど。きっと世宇子戦は、今までにない激しい試合になる」
目金により、トリプルディフェンスと名付けられた3人掛かりの連携キーパー技。
しかし、決勝戦──恐ろしい力を持つとされる世宇子との戦いとなれば、壁山たちもフォローに入るような暇はないだろう。
「……このままじゃ、キャプテンとしてもキーパーとしても俺、全然ダメだ」
拳を固め険しい表情をする円堂に、五人は顔を見合わせる。
「それは? お前のお祖父さんの、特訓ノート」土門が重たい空気を破るように、トンと机の上──もとい円堂のノートを指さし、言った。ノートを捲る円堂に、立っていた一之瀬と土門、織乃も改めて彼の後ろに回り込んでノートを覗く。
乱雑に書き殴られた図や文字──とも言えるかどうか怪しいそれを見た一之瀬と織乃が、キョトンとした。
「こ、これは……」
「……何これ。読めないよ?」
円堂は読めるんだ、という土門の言葉に、2人は驚いたように頷いた。
「──ここだ」ページを捲っていた円堂の手が、あるところで止まる。
「ゴッドハンドよりすごいキーパー技──名付けてマジン・ザ・ハンド=Bじいちゃんによれば、最強のキーパー技を編み出したんだって」
「魔神……」囁くように呟く織乃と、何だか凄そうだと単純な感想を述べる土門。
しかし円堂の表情は晴れないままで、彼はノートの赤いペンで記された部分を指した。
「ここ、ポイント──って書いてあるんだ」
「ここ?」
首を傾げた一之瀬が、ノートに書かれた赤印と自分の同じ部分を、トンと指で押さえる。
「……胸?」
「心臓ってことじゃないのか?」
言葉を添える土門に、一之瀬は更に首を傾げた。
「とにかく、ここが大事なんですよね?」一之瀬と同じように、自分の胸に手を添えてみた織乃が確認すれば、円堂が頷く。
「他には書いてないのか?」
「……書いてない」
問いかける鬼道に、消え入るような声で返す円堂。
再び、じわりじわりと空気が重くなっていく中──突然、部室の扉が開いた。
「キャプテン!」
「早く練習来て下さいよー!」
明るい声と表情でやって来たのは、グラウンドで練習中だった筈の部員たちである。
みんな待ってますよと言う宍戸や、決勝戦までこの勢いを止めたくないとポーズを取ってみせる少林。
「俺たち1年、絶対に優勝するって誓ったでヤンスよ!」
「雷門中は、もう誰にも止められないッス!」
意気込む1年生たちと、それを見守るように一歩後ろに立つ2年生。
五人は揃って、円堂に視線を向けた。
「……よしっ、やろうぜ! 今さ、作戦会議やってたんだ」
なっ! と円堂が左右の2人に同調を促せば、豪炎寺が少しどもり気味に返す。
円堂は暗かった表情を一転──それまで一緒にいた5人からすると無理矢理明るいものに変えると、勢いよく立ち上がった。
「世宇子なんか、ぶっ飛ばしてやろうぜ!!」
「おーっ!」と拳を突き上げたイレブンを引き連れ、部室を飛び出していく円堂。
その背中を追うようにゆっくりと部室を後にした五人は、グラウンドを走る彼を見つめた。
「円堂は壁にぶち当たったな」
「……ああ」
鬼道の言葉に、豪炎寺が小さく頷く。
誰でも、レベルアップすればするほど大きな壁にぶつかる。それを乗り越え、もっと上のレベルへ行くか。それともそこに沈むか。結果は人それぞれだ。
「──あの諦めの悪い奴が、そう簡単に沈むとは思えないが」
ふっと口角を上げる鬼道に、織乃が少し笑みを零す。
「大丈夫ですよ、きっと。……だって、円堂さんですもん」
いつも底抜けに明るくて、前向きで。秋だって言っていた。彼はいつだって、自分で考えて、自分の力で壁を乗り越えてきたのだ。
一之瀬が、うんうんと頷く。
「俺たちでバックアップしていこうよ。木戸川戦の時の壁山と栗松みたいにさ」
一之瀬は、さっきと同じように自分の胸を叩いて笑みを湛えて見せた。
「きっとそう言うのも、ここがポイントってことなんじゃない?」
「今、キレイにまとめたって思っただろ」
「まぁね!」じゃれあう一之瀬と土門を一瞥した3人は、顔を見合わせ少し口元を綻ばせる。
ゴールでは、ボールを胸に受け止めた円堂が、汗を光らせていた。
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