Turning point dozes
吹き込んできた風に、備え付けの白いカーテンが揺れる。
ずっと覗き込んでいたモニターから視線を外し、織乃は椅子の上で思いきり背伸びした。
「よし、と……これで終わりっ」
小さく呟き肩を回すと、中々ハードな音が響く。作っていたのは各選手に合わせて組んだトレーニングメニューだ。
久遠から与えられた締め切りは今日の練習が終わるまで。今日は早めに切り上げると言う話であったし、急いだ方が良いだろう。データを保存し抜き取ったUSBをポケットに入れると、織乃はモバイルを抱え小走りに自室を後にした。
コピー機のある資料室への道すがら、ふと窓の外へ目を向けるとグラウンドでは選手たちがそれぞれ練習に明け暮れている姿が見える。
虎丸は先日のデザートライオン戦で何かがふっきれたのだろう、今までの遠慮がちな態度はどこへ鳴りを潜めたのか、積極的にゴールを狙うようになった。あれならこの先の活躍もきっと期待出来るだろう。
しかし、それとは対照的に不安要素の残る選手もいる。
「(飛鷹さん、また1人で走り込みしてる)」
周りがパス練習やシュート練習をしている中、飛鷹は黙々とグラウンドを走り続けていた。
他の選手と比べボールを上手く扱えないことを恥じているのか、飛鷹はいつもああしてパス練習もほどほどに切り上げて走り込みばかりしている。
「(響木さんと一緒にやってる特訓、上手く行ってないのかな……?)」
織乃が早くから作った個人メニューの成果か、飛鷹の身体は以前よりもスポーツ選手として育ってきている。あとは、喧嘩で染み着いた蹴り癖を改善すれば良いだけだとは思うのだが──どうも、そうはいかないらしい。
周囲が感じている飛鷹への違和感も、このままではやがて疑念に変わるだろう。明らかな軋轢が生まれる前に、何とかしなければ。
「……でも、何も思い付かないんだよなぁ」
溜め息混じりに呟いて、織乃は資料室に入る。大きなコピー機にUSBをセットして、作ったデータを印刷していく。
ガコンガコンと紙が消費される音を聞きながら、織乃は「う〜ん」と唸り首を捻った。
響木が何故飛鷹をスカウトしたのかは、大雑把にしか聞いていない。こいつはきっと伸びるぞ──と髭を震わせ笑っていた響木に対し、「恐縮です」と返した飛鷹の表情はあまり嬉しそうなものではなかった。
そもそも彼は、サッカー自体が好きなのだろうか?
──そんな根本的な疑問が頭を過ったその時、ふと廊下の方から足音が聞こえてきた。振り返ると、丁度久遠が昇降口へ歩いていくのが見える。
織乃はいつの間にか印刷し終えていた紙の束を急いでかき集めると、その背中を追いかけた。
「久遠監督!」
「──御鏡か」
呼び止めると、久遠は肩越しに振り返る。織乃の抱えた紙の束を一瞥し、「出来たのか」と一声呟くように尋ねた。
「見せてくれ」
「はい」
手渡された書類に、久遠は黙々と目を通す。読んでいる間も昇降口へ向かう歩みを止めないため、織乃は慌ててそれに続いた。
外へ出る1歩手前で、「よし」と久遠から書類が返ってくる。
「よく出来ている。練習後、選手たちに配布するように」
「は、はい!」
珍しく誉められた。嬉しいような物珍しいような、複雑な気持ちになりながら久遠と共にグラウンドへ出ると、こちらに気付いた冬花が顔を上げた。
「あ、お父さん……織乃ちゃんも」
「……問題はないか」
「はい」
一瞬、飛鷹に視線を投げ掛けた秋が頷く。
久遠はすっと息を吸い込み「全員集合!」と号令を掛けると、各々練習に勤しんでいた選手たちが続々と集まってきた。
「今日の練習はここまでだ」
「えっ、もう終わりなんですか?」
久遠からの指示に、真っ先に驚きの声を上げたのは緑川だ。どこか不満げな色の滲んだ声に、久遠は僅かに細めた目で緑川を射貫く。
「私の指示に従えないのか?」
「っあ、……いいえ」
厳しい声音に、以前練習を禁止されたことでも思い出したのだろうか。ばつの悪そうな顔を背け、緑川は首を横に振った。
「──決勝が近い、体に疲れを残すな。クールダウンのストレッチをしっかりやっておけ」
「はいッ!!」
以上だ、と話を締め括り久遠はグラウンドを後にする。
緊張の糸が弛むと同時にマネージャーはタオルとドリンクの準備を、選手たちはそれぞれストレッチを始めた。
「……どうでした? 今日の様子」
「良くも悪くもいつも通り、って感じかしら」
織乃がそっと秋に尋ねると、秋はやや苦笑を交えながらそう答える。
2人揃って視線をやったのは、水道の方へ歩いていく飛鷹の姿だ。それを追いかける形で円堂が階段を駆け上がっていくのを見て、秋が小さく肩を竦める。
「飛鷹くんのことは、円堂くんに任せましょう。きっと、男の子同士でしか分からないこともあるだろうから……」
「……そうですね」
何も出来ない歯痒さをありはするが、恐らく今回の件はマネージャーが手出しすることは出来ないだろう。織乃はちらりと抱えた書類を見下ろした。
響木の期待に応えようと、飛鷹が努力しているのは織乃も理解している。けれど、その努力の成果は未だ現れない。恐らく昔の癖が直らないことだけが原因ではないだろう。
「(円堂さんなら、飛鷹さんと打ち解けることが出来るかも……?)」
チーム内にある僅かな亀裂は何も飛鷹だけではない。鬼道と不動の仲も変わらず反りが合わないままであるし、先日から緑川の様子もどこかおかしいままだ。
せめて次の試合までに、どれか1人でも解決出来れば──と思ってしまうのは仕方のないことだろう。そして円堂なら、それが出来るかもしれないとも。
クールダウン後、久遠の言い様では空いた時間を自主練に使うのはやめた方が良いだろうと判断し、一同は食堂で今までの試合記録を鑑賞することになった。
春奈と目金が気合いを入れて編集した映像は、やたらと臨場感の溢れる仕上がりになっている。だからだろうか、選手たちが画面を見る目もより一層真剣みを帯びる。
しかしその内、ふと壁掛け時計を見上げた飛鷹が静かに立ち上がった。
そんな彼に視線をやった人間も何人かいたが、特に声は掛けずすぐに画面に意識を戻す。飛鷹はするりと輪から抜け出すと、真っ直ぐに食堂の端に据えられた公衆電話に向かった。
その内容は、テレビから響く音に掻き消され誰かに届くことはない。1人、円堂は飛鷹のことが気になるのか、先程からちらちらと彼の方を窺っている。
やがて映像を再生し終え、選手たちが互いに改善点について話し合いざわついていると、ふと織乃の肩を誰かが控えめに叩いた。
「! どうかしましたか、飛鷹さん?」
「……少し、出てきます。夕飯前には帰るんで」
それだけ告げると、飛鷹はさっと踵を返してしまう。一瞬呆気に取られていた織乃は我に返ると、あっと短く声を上げた。
「そうだ──個人メニューを新しく作っておいたので、みなさん部屋に戻る前にチェックお願いします」
「はい、飛鷹さんも」真っ先に一番近くにいた飛鷹に渡すと、飛鷹は戸惑いながらも大人しくそれを受け取る。
そして織乃は次に、テーブルに頬杖を突きぼんやりと窓の外を眺めていた不動へ足を向けた。
「不動さんも、どうぞ」
「──へぇ、俺の分もあんのかよ」
目を細めた不動が、皮肉を込めた声音で言ってくる。一瞬鬼道の表情が強張ったのが視界の端に映ったが、織乃は構わず続けた。
「ありますよ、選手全員分作りましたから。……必要がないならこれは預かっておきますけど」
「……別にいらないわけじゃねーよ」
僅かに顔をしかめ、不動は織乃の手渡した書類を引ったくるように受け取ると、綺麗に剃り上げた後頭部をがしがし掻きながら食堂を出ていく。
「あいつも素直じゃねえなぁ!」綱海は能天気に呟くと、自分に渡されたメニューに目を落として苦虫を噛み潰したような顔になった。
「御鏡、何か俺のメニュー走り込みがスゲー増えてないか!?」
「綱海さんはカウンターアタックの要ですからね。以前よりも脚力増強を中心にしたメニューにしてあるんですよ」
「ん〜〜、要なぁ……じゃあ仕方ねーな!」
要、と言われた途端鼻を聳やかして満足げな様子になった綱海に、「ちょろい……」と小さく呟いた木暮の口を春奈が慣れた手付きで塞ぎに掛かる。
「あの……織乃ちゃん」
「?」
がやがやとメニューを覗き合い、徐に食堂が騒がしくなる中で、ふいに声を落とした緑川が織乃に話し掛けてきた。その表情はどことなく薄暗い。
「俺のメニュー、ちょっと軽すぎるように見えるんだけど……」
「──そうだね、ほんの少しだけど」
その肯定に、何で、と不満げに緑川は眉根を寄せる。
「リュウジくん、オーバーワークが癖になってるでしょう」
「うっ……」
「練習したいのは分かるけど、休むことも覚えなくちゃ。この間みたいに前半でバテるようなことにはなりたくないでしょう?」
デザートライオン戦での失態を思い出したのだろう、緑川の顔は分かりやすく苦渋に歪んだ。
辛抱強く緑川が言葉を続けるのを待つと、やがて彼は「それなら」とすがるように尋ねてくる。
「せめて、ドリブルとシュート練習だけでももう少し増やしたいんだけど……!」
「……分かった。でも、無理はしないこと」
うん、と表情を明らめて緑川は颯爽と食堂を後にした。
「ホントに大丈夫かな……」心配そうに呟いた織乃の肩を、ヒロトが優しく叩く。
「大丈夫、緑川もこの間の件は大分気にしてるみたいだし……また無理をするようなら、俺からも言っておくから心配しないで。織乃ちゃん」
「……うん、ありがとうヒロトくん」
「じゃあ、俺もこれで」と軽く手を振り、ヒロトもまた食堂を出ていく。はたと室内を見回してみると、いつの間にか選手のほとんどが食堂から立ち去っている。どうやら他にメニューに異議がある選手はいなかったようだ。織乃はそっと胸を撫で下ろす。
「そう言えば、御鏡が一から全てメニューを考えるのは初めてじゃないか?」
「そうですね……ちょっとだけ緊張しました」
そんなことを話し掛けていたのは、それまで席に着いたままつぶさにメニューを読み込んでいた鬼道だ。
もしかして、鬼道も何か内容に思うところがあるのだろうか──ふいに不安になり、織乃は恐る恐る彼に尋ねた。
「あの……鬼道さんは、どうでしょうか。何か不備があったり……」
「いいや、初めて作ったのに良く出来てると思う」
「これからも頼むぞ」ポンと織乃の頭を軽く撫でて、立ち上がった鬼道もまた自室へ戻っていく。
ぱちくりと瞬きをした織乃がしばしぼんやりとしていると、誰かが彼女の背中をそっと叩いた。
「──良かったね、織乃ちゃん」
「……えっ? あっ……はい!?」
急激に現実に引き戻された織乃は、暖かい笑みを浮かべた秋の方を振り向くとぱっと顔を赤くする。
「あ、えっと、そうですね! 鬼道さんのお墨付きなら安心です、はい……!」
「……あれ〜? 織乃さん、何だか顔が赤いですよ?」
面白いものを見たとでも言わんばかりに、春奈が兄そっくりな悪どい笑みを浮かべて織乃の顔を覗き込んできた。ただ1人、冬花だけ何も分かっていなさそうな表情で織乃と春奈の顔を見比べている。
「ね、ひょっとして織乃さん──」
「あ〜〜っ、私USBをコピー機に差し込みっぱなしだったかも! 他に編集したいデータもあるのでこれで失礼しますね!!」
咄嗟に危険を察知した織乃は、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
冬花は不思議そうに首を傾げ、織乃を見送った視線をそのまま秋に向ける。
「織乃ちゃん、どうしたんでしょう……?」
「……織乃ちゃんにも色々あるのよ。きっとね」
バタバタと遠ざかる足音にチェッと舌を打つ春奈に苦笑しながら、秋は心の中でそっと織乃を応援するのだった。
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3日後、昼食を終えた食堂にて。
「──新必殺技?」
食後の熱い緑茶を啜り、円堂は今しがた鬼道が提案した言葉をおうむ返しする。
キッチンからは、マネージャーたちが総出で昼食の洗い物を片付けている音が響いている。食後、仲間たちを呼び止めた鬼道は全員の──不動や飛鷹の注目もこちらに向いたのを確認し、「ああ」と頷いて言葉を続けた。
「オーストラリア戦とカタール戦、2試合を戦って、みんなも世界のレベルの高さは実感したと思う。アジア予選を勝ち抜き、世界大会へ進むにはより強力な必殺技が必要だ」
世界の壁の高さ。それは仲間たちの誰もが痛感したことだった。一番最初に久遠から『吹けば飛ぶ紙切れ』と比喩された時は憤慨したものだが、今となってはそれが正しい意見だったのだと素直に思える。
「風丸。日本代表を決める紅白戦で、お前が綱海を抜こうとした時のことを覚えているか」
「俺が綱海を……?」
引き合いに出された風丸が顎を摘まみ、その事を思い出そうと首を捻る。しかし当人が思い出す前に、円堂があっと声を上げた。
「あの時か! 一瞬、風がぶわっとなって……」
「覚えてるぜ。確かにすげー風だった!」
続いて力強く頷いたのは綱海だ。そこでようやく風丸本人も当時のことを思い出したのか、合点の言った顔になる。
頷き応えた鬼道は、風丸を見据え言葉を続けた。
「あの風に更なる磨きを掛ければ、強力な必殺技になるはずだ。久遠監督にも、自主練習の許可は取ってある」
「……分かった。その必殺技を完成させれば良いんだな?」
任せてくれ、と風丸は大きく頷いた。先日、織乃に手を借りてバナナシュートを開発した時の感覚はまだ残っている。けれど今は細かいデータは抜きにして、まずイメージを固めるべきだろう。彼は窓の外に見える風に揺れる木々を見つめ、決意を固めた。
次いで、鬼道は手元の書類を数枚捲って、「それから」と向かいの席へ視線を投げ掛ける。
「吹雪と土方。2人には、連携必殺技のシュートを習得してもらいたい」
「連携の必殺技……?」
「パワーと安定したボディバランスの土方、スピードの吹雪。2人の連携必殺技があれば、強力な武器となる」
今までであまりなかった組み合わせだ。鬼道もチームが世界に通用するよう、様々なことを試したいのだろう。隣の席に着いた豪炎寺からは、彼の手元にある織乃からもらったらしい書類の束に付箋や小さなメモ書きがびっしりあるのが見えた。
「攻撃の幅を広げるんだな? よし任せとけ。やろうぜ、吹雪!」
「うん!」
握り拳を作る土方に、吹雪も笑顔で答える。
そんな光景を眺め、コップの水を切りながら、秋がそっと織乃に話しかけてきた。
「みんな、楽しそうね」
「はい。ここからでもワクワクしてるのが分かります」
会話の引き合いは出されないが、飛鷹も真剣な表情で鬼道の話に耳を傾けている。本人は特に何も語らないが、この数日でどうも円堂と何かあったらしい。
ただ1人、緑川だけ浮かない表情をしているのが気にはなるが、きっと彼のことはヒロトが上手くフォローしてくれるだろう。
「連携必殺技か……何か面白そうだな」
それまでの会話に触発されたのだろう、呟いた綱海が思い付いたように隣の壁山の背中を叩いた。
「俺たちもやってみっか!」
「お、俺ッスかぁ!?」
「何だよ、嫌なのかよォ」明らかに困り顔になった壁山に、綱海は不満げに唇を尖らせる。
ハッとした壁山はしどろもどろしながらも慌てて手を振った。
「あっ、いや別に、嫌ってわけじゃないんスけどぉ……」
やりたい、とも言っていない。
ハッキリと言い切る前に、「だろ!」と朗らかに笑った綱海は、鬼道を振り返る。
「じゃっ、決まりだな! 良いだろ、鬼道!」
「綱海と壁山か……確かに、面白いコンビかもしれないな」
データを見比べ、良いだろう、と頷いた鬼道に綱海は「よーし!」と拳を突き上げた。
「すっげぇ必殺技完成させてやるぜ! なっ!」
壁山の大きな溜め息には気付かず、自分より倍は大きい背中を綱海は弾けるような笑顔でばしんと叩く。
「そうと決まれば、早速特訓だ!」
「おー!」
勢い良く円堂が立ち上がったのを合図に、選手たちはどやどやと──一部例外もあるが──新しい展開に胸を踊らせながら、騒がしく食堂を出て行った。
それに慌てたのがマネージャー陣である。
「あっ、行っちゃった!」
「2人とも、ここは任せても良い?」
「任せてください! ねっ、冬花さん!」
「ええ」
顔を見合わせた秋と織乃は、急いで冷蔵庫に作り置きしておいた人数分のドリンクを篭に詰め、タオルの干してあるランドリー室へ急いだ。
「行くぞ、円堂ォ!」
「来いッ!」
仲間たちの見守る中、まず始まったのは土方と吹雪の連携必殺技だ。2人は短く打ち合わせを終えると、ゴールに向かい走り出す。
前方は足の速い吹雪から。一定距離空くまで走ったところへ、土方がミドルシュートを繰り出す。それを受け止めた吹雪がシュートチェインの形で更にシュートを──と言う流れにするつもりだったのだが。
「うわっ──!」
「吹雪!」
土方のシュートを上手く受け止められず、体勢を崩した吹雪は強かに背中を打ち付けた。
「大丈夫か!?」慌てた様子で駆け寄ってきた土方の手を借り立ち上がると、どこも体に異常がないことを確認し平気だよ、と吹雪は微笑む。
「大丈夫だよ、キャプテン! 続けよう!」
「! ……ああ、分かった!」
土方のパワーがまだ調整出来ていなかったせいもあるのだろう。しかし、それ以上に。
「全然タイミングが合ってませんね……」
「まっ、そう簡単に行くとは思っていませんでしたけどね」
ポロリと溢した立向居に、肩を竦めた目金が頭を振る。
だが、土方も吹雪もどちらかと言えば要領が良い方だ。円堂もついていることだし、そこまで心配する必要もないだろう──と、鬼道は仲間たちを振り仰ぐ。
「よし。後は3人に任せて、俺たちも練習だ!」
「ああ!」
「はい!」
大きく頷き、ある者はグラウンドで、ある者は河川敷で、またある者は鉄塔広場へ──と、選手たちはそれぞれ練習を始める。
マネージャー2人がグラウンドに出てきたのは、丁度そのタイミングだった。
「あっ、待って待って!」
「校外で練習するなら、ドリンクとタオルも持って行ってくださーい!」
そうだった、と何人かが慌てた様子で駈け戻ってくるのを確認して、2人はホッと安堵の溜め息を吐く。最近はやや気温が高い。外で熱中症などになったらそれこそ一大事だ、小さなことでも出来る予防はしておくに越したことはない。
篭の中身が空になったことを確認していると、何か思い出したらしい鬼道が織乃に話し掛けてくる。
「御鏡、何か躓くようなことがあればあいつらはお前を頼ることもあるだろう。その時はまた頼むぞ」
「はいっ、任せて下さい!」
力一杯頷くと、薄く微笑んだ鬼道は一瞬こちらに手を伸ばしかけて──彼女の隣に秋がいることに気付き、そそくさとフィールドに駈けていく。
何やら生暖かい秋の視線に気が付いた織乃は、「モバイル取って来ます!」と先日と同じく脱兎のごとく構内に駈け戻って行ったのだった。
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