Place at which you aim

1日のスケジュールを終え、時刻は午後6時半。夕食時を迎えた食堂は、賑やかな話し声と食器のぶつかる音で騒がしい。

「おかわりッス!」

壁山から空になった皿が差し出され、冬花は驚きながらも追加のスパゲッティーを盛り付けた。

「もう10皿目よ?」
「食べなきゃ体が持たないッスよ……」

頭を振る壁山は、確かに目に見えて疲労困憊している。彼はあれからずっと綱海と共に河川敷で特訓していたようだが、それが余程堪えたらしい。
はぁ、と重たい溜め息を吐く壁山とは対照的に、綱海は依然として元気一杯だ。山盛りのスパゲッティーを掻き込んで、満面の笑みを壁山に向ける。

「ああ! ガンガン食べて、明日も特訓だぜ!」
「……何か急に食欲が無くなってきたッス」

壁山が更に深い溜め息を吐き出しているその一方では、風丸や鬼道が織乃を呼び寄せて今日の特訓について話し合っていた。

「どうだ、必殺技の方は」
「ああ。イメージは出来たから、後は練習あるのみだ」
「ある程度形になったら、私もお手伝いしますね」

一方では目金が戦略について立向居や栗松に小難しい理論を繰り広げ、またある一方では木暮によるタバスコの悪戯の餌食になった土方が悲鳴を上げ、春奈が木暮を追い回している。
そんな騒がしい中で1人黙々とスパゲッティーを食べている緑川を、織乃は空いた皿を片付けながら気遣わしげに見やった。

「(リュウジくん……)」

オーバーワークしないようにと釘は刺しておいたが、あの様子ではそれすら忘れられていそうだ。彼の焦りも分からないわけではないが、それで体を壊すようなことがあれば本末転倒だろう。

どうしたものかとうんうん唸っていると、ふとポケットに入れっぱなしだった携帯が着信を訴えて震え始めた。
咄嗟に傍にいた春奈に一声掛けて、食堂の外へ出た織乃は慌てて通話に応じる。

「はい、もしもし!」
『──もしもし、織乃ちゃん?』

画面をろくに確認せずに出たが、電話の向こうから聞こえてきたのは聞き覚えのある声だった。
目をしばたき、織乃は思わず声を漏らす。

「瞳子お姉さん?」
『お久しぶり。今、いいかしら?』

通話先の主、瞳子が微笑む気配がする。周囲には誰かいるのだろうか、こちらの食堂に負けず劣らず中々騒がしく、ざわざわとくぐもった声が聞こえていた。
おひさま園も夕飯時なのだろうか、と思いながら織乃は瞳子に問い掛ける。

「ええ。どうかしたんですか?」
『いえ……ちょっとね。ヒロトとリュウジは元気にしているかと思って』

珍しく歯切れの悪い物言いに、織乃は首を傾げながらも「代わりましょうか?」と尋ねてみる。しかし瞳子は本人たちと話すつもりはなかったらしく、大丈夫よ、と軽い調子で断った。
では一体どうしたと言うのだろう。織乃が口を開くより先に、瞳子はそれで、と言葉を続けた。

『チームの方はどう? 上手く行ってるかしら』
「そうですね……まだ色々と問題はありますけど、良いチームに育ってきてるとは思います」

そしてまさにその問題の1つが緑川ではあるのだが、流石に彼の保護者でもある彼女にそんなことを言うわけには行くまい。
そう、と答えた瞳子は一考したのかしばし間を空けると、呟くようにこう言った。

『それは楽しみね』
「え?」
『いいえ、こちらの話よ。──突然ごめんなさいね、じゃあおやすみなさい』

最後にそう告げると、通話は一方的に切れてしまう。織乃はやや呆気に取られたようにポカンとして、「何だったんだろう?」とその心意が分からず首を傾げた。




──その後、午後10時。
そろそろ選手もマネージャーもベッドに入り始めるだろう時間帯に、織乃はそっと自室を抜け出す。
先の瞳子の電話の件もあり、どうしても緑川のことが気になってしまったのだ。

「(何もなければそれが一番良いんだけど……)」

響木からの頼まれ事だったとは言え、彼が代表選手に選ばれたきっかけを作ったのは半分織乃のようなものだ。あの手紙がなければ、緑川は選抜試合そのものにすら来なかったかもしれない。自身を追い詰め、焦燥に身を焦がすこともなかっただろう。
念のためドリンクとタオルを持参して体育館やトレーニング室など緑川のいそうな場所を歩き回っていると、案の定校庭の方からボールを蹴る音が聞こえてきた。

「……いた!」

窓に張り付き目を凝らすと、校庭の隅で黄緑色の頭が動いているのが見える。だが、どうやら1人ではない。
足早に校庭へ向かった織乃が見たのは、緑川を相手にボールを蹴るヒロトの姿だった。

「(ヒロトくん……!)」

てっきり緑川しかいないものだと思い込んでいた織乃は、予想外のことに思わず近場の草影にさっと身を隠す。
頭を少し覗かせ様子を窺うと、2人は練習を始め幾ばくか経っているのか既にユニフォームは土で薄く汚れ、汗を散らしていた。
緑川は必死に足を伸ばしボールを奪おうとしているが、ヒロトの方が僅かに上手のようだ。歯を食い縛り、悔しそうな表情で動き続ける姿はどこか痛々しい。

「──あれっ、御鏡?」
「!!」

その時、突然後ろから聞こえてきた声に織乃はギョッと肩を揺らした。
振り返ると、そこにいたのは円堂だった。ジャージ姿で手ぶらの辺り、練習をしに来たわけではないらしい。

「円堂さん、し〜ッ!」
「わ、わっ、何だ何だ?」

織乃はハッと我に返るや否や、円堂を自分の隠れている草影に引き込んだ。
緑川たちがこちらに気付いた様子はない。ホッと息を吐いて、織乃は改めて「こんな時間にどうしたんです?」と円堂に尋ねる。

「部屋の窓から緑川たちが練習してるのが見えて、気になってさ……御鏡こそどうしたんだよ?」
「私も……まぁ似たような理由です。でも──邪魔したらいけないような気がして」

そうだ、反射的に隠れてしまったが、あれは割って入れるような雰囲気ではない。円堂も何となくそれを空気で察したのか、無言で頷いた。

「どうした緑川。もう終わりなのか」
「いいよもう!! どうせ俺なんてこれ以上やったって……!!」

その時、突然聞こえてきた怒号に2人は一瞬肩を竦め慌ててグラウンドを振り返る。
足元に転がるボールを見つめ肩で息をする緑川を、ヒロトが静かに見下ろしている。汗で乱れた前髪を乱暴に握り締め、緑川は苦しそうに呻いた。

「そもそも、エイリア学園のセカンドランクにいた俺なんかが選ばれたのが間違いだったんだ……!」

──隣に座り込んだ円堂がぐっと唇を噛み締めたのが分かり、織乃はそっと目を伏せる。ヒロトはその発言に怒るでもなく、しばし間を空けて静かに呟いた。

「間違いか……俺はそうは思わないけどね」
「え?」

それは思わぬ返事だったのか、緑川は虚を突かれたような声を上げる。顔を上げた彼の目に入ったのは、ヒロトの穏やかな笑みだ。その瞳は緑川を通し、過去を見ているようにも見える。

「エイリア学園がなくなって……みんなでサッカーが楽しめるようになってから、お前のサッカーは変わったんじゃないのか?」
「俺の、サッカー……?」

エイリア学園と名乗るようになったのは円堂たちと遭遇した時とほぼ同時期だが、宇宙人≠ニしての訓練を受け始めたのはそれこそ何年も前からのことだ。
実験と研究を繰り返し、石の力を借り自身の限界を越え、体を酷使し続けて、いつしか笑顔を忘れた子供も少なくない。
緑川もその内の一人だった。それ以前の明るい笑顔は鳴りを潜め、宇宙人らしさ≠求めた彼はその性格まで変えてしまった。それを一歩引いた目線で見ていたヒロトにとって、その変化は酷く痛々しいものでもあったのだ。

「エイリア学園がなくなってからは、心からサッカーを楽しんでいた。無心でボールを追いかけて、何度転んでも立ち上がって……だから、イプシロンやジェネシスの奴らとも、互角に戦えるようになったんだろう?」
「…………」

ぐ、と口を噤んだ緑川はただ無言でヒロトの話に耳を傾けている。
砂木沼たちとの隔たりが消え──もとい、幼い頃の関係に戻ってからは、自由にサッカーが出来るようになって本当に毎日が楽しかった。大きく差があった筈の彼らと互角の実力になれたのも、サッカーの本当の楽しさを思い出したからかもしれない。

「そして、今は選ばれてここにいる。大丈夫だよ、緑川なら。少しは信じろよ、自分のサッカーをさ……」
「──……うん」

居場所を求めさ迷うように揺れていた目が、真っ直ぐ前を見据えた。小さく頷くその表情に、もう迷いはない。
ヒロトから差し出されたボールを、緑川はしっかりと受け取った。

「よし、じゃあもう一度だ!」
「ああ!」

力強く頷き合い、2人は再びボールを追って走り始める。
その一部始終を見ていた織乃と円堂はそっと目配せすると、音を立てず見つからないように構内へ入った。

「良かったのか? 声掛けなくて」
「ええ。水を差したくないですし……きっと、もう大丈夫だから」

そっか、と返す円堂の顔も晴れやかだ。彼もきっと、緑川のことがずっと気掛かりだったのだろう。
円堂と別れ、自室に入る前にもう一度窓の外を見てみると、2人がグラウンドを走っているのが見える。無茶をしないようにと再三言っては来たが、ここでそれを言うのは野暮と言うものだろう。頑張ってね、と小さく呟き、織乃は自室へ戻って行った。




その翌日。
昨晩ヒロトと話したことで吹っ切れたのだろう、緑川のプレーは格段に良くなった。昨日は取れなかったボールに追い付き、果敢に攻めていく姿は遠目から見てもサッカーを楽しんでいるのがよく分かる。
決勝戦の相手こそまだ決まっていないが、日取りは確実に迫っている。それもあってか、今日の選手たちは一段とプレーに磨きが掛かっているのがマネージャーたちの目からも見てとれた。

「何か、みんな乗ってますね!」
「だって次はいよいよ決勝戦、勝てば世界へ行けるんだもん!」

走り回る選手たちを見て感想を漏らす春奈に、秋も笑顔で返す。別の場所で特訓に勤しむ選手たちも、同じように必殺技を完成させるため頑張っているのだろう。
代表選抜試合から始まり、荒波に揉まれ、彼らはやっとここまで来たのだ。それを支えてきた秋たちにとってもマネージャー冥利に尽きるというもの。喜ばずにはいられない。

ただ1人、久遠だけがどこか難しい表情でグラウンドを見つめる中、その日の練習は好調に進んでいった。




更にその翌日、朝。
選手たちがアップを終えた頃を見計らい構内から出てきた久遠は、全員が揃っていることを目で確認すると彼らに召集を掛けた。

「集合! 今日は2チームに分かれて練習を行う!」
「はい!」

事前に今日の練習の内容を聞かされていた織乃たちマネージャーは、早速倉庫から出してきたアウェイカラーのユニフォームと記録を付ける準備を始める。

「実戦形式の練習は久しぶりよね」
「ええ。前回からみんなかなり成長してますし、きっと見応えのある練習になりますね」
「へぇ、それは楽しみやな!」

ドリンクの本数を確認しながら秋に返した織乃は、自然と会話に混じってきた声に「ん?」と顔を上げた。他のマネージャーたちや目金もそれに釣られそちらを見ると、あっと全員が声を上げる。

「何であなたがいるんですか!?」
「よっ!」

しれっとテクニカルエリアに入り込んでいたのはリカだった。驚愕に目を見開いて声を裏返す目金に、リカは片手を振り軽い調子で笑っている。

「大阪に帰ったんじゃなかったの?」

驚いたまま秋が尋ねると、リカは首を傾げ、それがな、と後頭部を掻いた。

「帰ろうと思ってんけどな? また決勝戦観に来んのめんどいし、それまで塔子んち泊めてもらうことにしてん!」
「おかげでこっちは寝不足だよ……」
「ひぇっ!?」

からからと笑うリカの後ろからぬぅっと顔を出した塔子に、織乃が短い悲鳴を上げる。
その顔からはいつもの溌剌とした笑顔は消え、色濃い隈が目の下を縁取っていた。

「泊まらせるのは全然構わないんだけどさ……次から次へとギャグ言って、笑うまで寝かせてくれないんだぜ……?」
「そ、そうなんだ……」

大欠伸をかまし、目を擦る塔子は今にも眠ってしまいそうだ。マネージャーたちも苦笑いを返すしかない。
テクニカルエリアでそんなやりとりをしていることはお構いなしに、久遠はバインダーに挟んだ書類を確認しながら話を続けている。

「それでは、チーム分けを発表する──」

彼が口を開いた、その時だ。
ひぃん、と遠くから近付いてきた何かが空を切る音に、円堂がいち早く反応する。

「っ何だ!?」

眼前へ飛来したのは、見慣れたサッカーボールだ。
円堂は咄嗟に仲間たちの前へ飛び出すと、すかさずそのボールを受け止める。突き刺さるような衝撃は、円堂の記憶を揺さぶった。

「これは……!」
「──流石は円堂。素晴らしい反応だ」

ざり、と砂利を踏み締め、校門を潜り人影が現れる。
近付いてきたその正体に、円堂を始め何人かが驚きに大きく目を見開いた。

「……!! デザーム!」

不敵な笑みを湛え彼らの前に現れたのは、かつてエイリア学園イプシロンのキャプテン、デザームとして雷門イレブンを苦しめたデザームその人だった。
ただし、その姿は長い黒髪を結い上げ、宇宙人≠騙っていた頃と比べ人間らしいものに戻っている。
パッと笑顔になる円堂に対し、ヒロトと緑川は特に驚いている。彼はそんな2人に一瞬目をやると、すぐ円堂へ視線を戻した。

「デザーム……か。今の私は砂木沼治。チーム、ネオジャパンのキャプテンだ」
「ね、ネオジャパン……?」

デザーム──砂木沼の口から出た聞き慣れぬ単語に円堂は首を捻る。
その反応も想定内だったのか、一笑した砂木沼の後ろから次々と見覚えのある顔ぶれが円堂たちの前へ姿を現した。

「源田……!?」
「け、健也くんに寺門さん?」
「霧隠!?」
「御影専農中に尾刈戸中、木戸川の武方もいるでヤンス!?」

鬼道と織乃は思わぬ帝国の仲間たちとの再会に、そして風丸や栗松はかつての強敵の姿に声を上げる。そこに集結したのは、いつか雷門イレブンが戦ったチームの選手たちだった。
そしてそんな少年たちの背後から、現れる人影がもう1つ。
鴉の濡羽色をした長い髪を翻し、土の上だと言うのにしっかりとしたヒールの音を響かせ登場した彼女≠ノ、円堂たちは更に大きく目を見開いた。

「──久しぶりね、円堂くん」
「瞳子監督ゥ!?」

円堂の素っ頓狂な声が、グラウンド一杯に響き渡る。
動揺を隠せないイナズマジャパンと、砂木沼がネオジャパンと呼んだチーム。2組を見比べた冬花が、そっと隣にいた秋に尋ねた。

「誰ですか……?」
「私たちの前の監督よ」

答える秋は小声ではあったが、隠せない緊張が滲んでいる。これはどこからどう見ても、再会を喜ぶ雰囲気ではない。
瞳子は少年たちの前へ進み出ると、真っ直ぐ久遠を見据え軽く頭を下げる。

「久遠監督ですね。初めまして、吉良瞳子です」
「……君のことは、響木さんから聞いている。地上最強のチームを率いた監督だと」

どこか探るような声音で、久遠は口を開いた。
その答えに、「ご存知なら話は早いですね」と瞳子は緩やかに微笑むと、次の瞬間語気を強くして言い放つ。

「――私はネオジャパンの監督として、正式にイナズマジャパンに試合を申し込みます。そしてネオジャパンが勝った時は……日本代表の座を頂きます」
「ええっ!?」
「そんな無茶苦茶な!」

真っ先に上がったのはイナズマジャパンたちの抗議の声だ。
しかし瞳子はそんな声はどこ吹く風で、ただ久遠1人に問い掛ける。

「私たちの挑戦、受けて頂けますか」
「……」

そう──イナズマジャパンの監督は彼だ。選手がどれだけ反対しようが、全ての決定権は久遠にあるのだ。
固唾を飲み、円堂たちは久遠の言葉を待つ。ややあって、久遠は伏せていた面差しを上げ、瞳子を静かに見据えた。

「──いいでしょう」
「! 監督……!」

一瞬声を上げた円堂は、直ぐ様瞳子の傍らに立った砂木沼に視線を移す。
彼と最後に別れたのは沖縄。次は勝つ、こっちだって負けないさ──交わしたのは再戦の約束。予想もしていなかった形ではあるが、今それが叶おうとしている。
ありがとうございます、と頭を深く下げる瞳子の隣で、砂木沼が獲物を見つけた獣のようにゆっくりと目を細めた。