Rebel's cry
アジアの強豪と戦ってきたイナズマジャパンと、世界と戦うためにやって来たネオジャパンとの力の差は一体どれほどのものなのだろうか。
1対1と記されたスコアボードの数字は、それを分かりやすく表している。きっと、その差は気合いや熱意で埋まるほどしかないのだ。
それほどまでに、ネオジャパンの選手たちは世界と戦うことに焦がれている。
「よーし! この調子で逆転だ!!」
「おお!!」
やがて後半が始まる時間がやって来た。円堂が拳を天に突き上げれば、仲間たちも同じように追随する。
対するネオジャパンは、ここでメンバーチェンジをするようだ。石平を牧谷に、寺門を平良に。それぞれ入れ換えられたフィールドを見て、織乃は眉をひそめる。
「(世宇子の平良さん……あの人のポジションは元々FWだった筈)」
ネオジャパンに入ってDFに転向したのか、それとも単純に風神の舞対策の為か。薄く微笑みを湛える瞳子の横顔を窺っても、その真意は図れない。
後半開始のホイッスルが鳴り響いた。
ドリブルで駆け上がってきた瀬方のボールを、ヒロトが早速スライディングでカットする。
「(風丸くんは……!)」
緑色の目は反射的に青い髪を探して辺りを見渡す。しかし相手も風丸にボールが集まることを見越していたのだろう、ヒロトが風丸の姿を認めると同時に、改と伊豆野がマークにつくのが見えた。
──それなら、選ぶべきはただ1人しかいない。
「……緑川!」
「!」
緑川は一瞬虚を突かれたような顔をしたが、咄嗟に足を伸ばしヒロトからのパスを受け取った。
思わずそちらを困惑の視線を向ければ、ヒロトが力強く頷いたのが見えた。
『大丈夫だよ、緑川なら。少しは信じろよ、自分のサッカーをさ……』
その時、脳裏にいつか聞いたヒロトの励ましが蘇った。
前を向けば、ボールを奪うべく砂木沼が仲間を連れ立ち猛進してくるのが視界に入る。
「(そうだ……俺の、俺のサッカーをすれば!!)」
「行かせるものか!! 霧隠、幽谷!!」
指示を受けた霧隠と幽谷が進路上に飛び出してくる。それに立ち向かっていく緑川の表情に、最早迷いはない。
「(そうだ……気持ちで負けたらおしまいだ!!)」
緑川は体を傾け一気に加速する。瞬間、彼の走った軌跡は光となり、2人のディフェンスの間を駆け抜けた。
「何ッ!?」
「よぉし!!」
自身の変化に緑川本人も少しばかり驚いたのだろう、中盤を突破するもボールは牧谷のスライディングでカットされてしまったが、仲間たちは彼の新しい必殺技に目を輝かせる。
「おっしい!!」
「でも、見ましたか!? 緑川さんの新必殺技、すごい!」
「まさに電光石火のオフェンス技……ライトニングアクセルと命名させていただきましょう!」
風丸の必殺技の名前を考えそこねた目金が、ここぞとばかりに声高々と宣言した。
新しい必殺技のおかげで箔のついた緑川は、再びネオジャパンのディフェンスをライトニングアクセルで抜き去っていく。
「豪炎寺!!」
「おう!!」
緑川からのパスを受け取った豪炎寺はゴール前まで走り込むと、二度目の爆熱ストームを繰り出した。
「よっしゃ、2点目や!」拳を振り回したリカの声が聞こえたのだろう、焔を噴き上げ迫るシュートを見上げた砂木沼が鋭く吼える。
「そうはさせるか……! 牧谷、郷院、源田!!」
中央に仁王立ちした源田、その左右に牧谷と郷院が控えるその構えに、「あれはまさか……!」と鬼道は走る足を止めぬまま目を見開いた。
「《真》無限の壁!!」
轟音と共に迫り出した巨大な岩壁は、爆炎のシュートを阻む。
てん、と空しい音を立てて落ちたボールを、イナズマジャパンたちは呆然と見つめた。
「何だ今の……」
「あんな必殺技、見たことないで!?」
千羽山との試合を観たことがない塔子やリカも、その威力に呆気に取られている。一方、かつて雷門イレブンがあの技に苦しめられたことを鮮明に覚えている3人のマネージャーたちは、苦々しく顔をしかめていた。
「千羽山の必殺技を、パワーアップさせたのね……」
「千羽山?」
つい先日稲妻町に引っ越してきた冬花にとっては余計に馴染みのない名前だろう。首を傾げた彼女に頷いた秋は、苦虫を噛み潰したような声で答えた。
「ええ。FFで連続無失点記録を更新し続けた、最強のキーパー技……!」
「無失点……でも、FFでってことは破ったこともあるんだろ?」
「はい……その時は、円堂さんが前線まで上がってきて鬼道さんたちとの連携技で打ち崩したんです」
だが、あの技は円堂がゴールを空ける必要がある。カウンターを食らえば確実にまた点を取られてしまうだろう。ここで突き放されれば、勝つことは更に難しくなってしまう。
食い気味に尋ねてきた塔子に、答えた織乃はちらりと久遠を見上げた。
あの時の雷門イレブンと今のイナズマジャパンの決定的な違いは、キーパーの控え選手がいることだ。加え、円堂はリベロも出来る。ここで立向居を入れて円堂をフィールドプレイヤーに上げれば、少ないリスクでその技が放てる。
それは織乃からいくつかデータを受け取っている久遠も把握している筈だが、彼がフォーメーションを変える気配はない。
「(でも、監督が何も考えずにいるわけがない。ここで動かないのは、何かを待っているから……?)」
イナズマジャパンは諦めず必殺技を乱発するが、無限の壁は分厚く破れない。やがて体力が削れたことが目に見えて分かるようになって来た頃、とうとうネオジャパンが動いた。
「今だ! 瀬方、伊豆野、上がれ!!」
「おう!!」
砂木沼を筆頭に、ネオジャパンのFWたちが次々とイナズマジャパンのディフェンスラインを突破してくる。
スタミナを消費したイナズマジャパンの選手たちは動きが鈍り、すぐさま対応出来ない。1人きりでゴールを守る円堂を、怒濤のシュートの嵐が襲った。
「監督……!」
口許を押さえた秋が久遠に懇願の目を向けるも、彼は動かない。
円堂はたった1人、次々と繰り出されるシュートから必死にゴールを守っている。だが、休みなく続くシュートの嵐は確実に円堂の体力を削っている。パンチングでシュートを防いだ彼の肩が大きく上下しているのが何よりの証拠だ。
「(ダメだ……このままじゃ円堂が!)」
フィールド中盤から力を振り絞った緑川が砂木沼に向かって走っていく。
だが、繰り返し使用したオフェンス技が足に来ていたのだろう。残った体力の差も大きく、目を細めた砂木沼に軽くいなされた緑川は、その場で足をもつれさせフィールドに転倒した。
「緑川!」短く彼の名前を呼びながら、円堂は汗と泥にまみれた顔を拭い、息を切らしながらゴール前に走り込んだ砂木沼に対し身構える。
「っさあ来い!! ゴールは割らせないぜ!!」
「それがサッカーに懸けるお前の熱い思いか……だが! これで終わりだ!!」
咆哮を上げ、その場で跳躍した砂木沼の背から光輝く三対の翼が顕現されたのを見上げ、自陣に駆け戻る鬼道が驚愕に目を見開いた。
「あれはまさか……!」
織乃はハッと口を押さえる。トラウマのように甦るかつての世宇子との決勝戦。彼らは幾度となくあの技に辛酸を嘗めさせられてきたのだ。
神の羽ばたき。円堂の目に、ふわりと宙に散った白い羽が映る。
「ゴッドノウズ──《改》!!」
光の矢が放たれるがごとく、あの時のアフロディの技とは一線を画す威力で放たれたゴッドノウズがイナズマジャパンのゴールに襲いかかった。
迫り来るシュートに、円堂は呟き、叫ぶ。
「絶対に止める……負けるわけにはいかないんだ!! 世界へ行くためにも!!」
三度発動される、正義の鉄拳。黄金の拳は光の矢とぶつかり合い、ギリギリと音を上げた。
そして、勝ったのは円堂の方だった。ギャリ、と最後に凄まじい音を上げ、砂木沼の放ったシュートはコートの外へと弾かれる。
大きく弧を描くボールを見上げたその瞬間、織乃は久遠の意図をようやっと理解した。
「(そうか──フォーメーションを変えなかったのは、キーパーとしての円堂さんの進化を待っていたから!)」
かつて苦しめられたシュートを止めたことで、その威力を知っている仲間たちは大いに沸き立つ。特に円堂を尊敬している立向居は、目を輝かせて歓声を上げた。
「究極奥義は、サッカーへの熱い思いで進化するんです!!」
「……!」
──サッカーへの熱い思い。
立向居の言葉に、飛鷹は僅かに肩を揺らす。それを視界に捉えた久遠は、フィールドの選手たちに向かって声を掛けた。
「……選手交代だ! 緑川に代わって──飛鷹!」
「!?」
目をギョッと見開いた飛鷹の後ろで、ベンチから腰を上げかけた不動が信じられないものを見る目で彼の後頭部を凝視する。
久遠は2人のリアクションに気付いたのだろうが、一切気にする様子を見せず続けた。
「木暮に代わって、立向居!」
「あっ、はい!!」
名前を呼ばれた立向居は、我に返ったように慌てて立ち上がる。
一拍空け、緊張した表情で立ち上がった飛鷹は食い入るようにじっとゴールを見つめていた。そんな彼に、織乃は思い切って声を掛けた。
「──頑張って下さいね、飛鷹さん!」
「…………うす」
背後から聞こえた織乃の応援にビクリと肩を揺らし、彼は短く答える。まだまだ不安も多いが、きっと大丈夫──織乃は小さく唾を飲み込んだ。彼女もまた、飛鷹を鍛える者の1人として別の緊張を感じていた。
「ここからはフォーメーションを変えていくぞ。円堂、お前はリベロに入れ!」
「はい!」
テクニカルエリアに戻ってきた円堂は、早速フィールドプレイヤー用のユニフォームに着替えると、グローブの具合を確かめるように拳を握る立向居の背中を力強く叩く。
「ゴールは頼んだぜ!」
「はい!」
「緑川も、後は任せろ!」
「! うん……」
どこかトボトボとした足取りで戻ってきた緑川は、頷きはしたものの目は伏せがちで表情も少し暗い。そんな彼の腕を、暖かな手が優しく引いた。
「! 織乃ちゃん」
「リュウジくん、座って。足、見せて?」
「足……?」言われるがままベンチに腰かけ足を軽く投げ出すと、織乃は有無を言わさず素早く彼の右足の靴とソックスを脱がした。
すると、途端にそれまで何ともなかった筈の足首からじくじくと痛みが滲んでくる。どうやら先程転んだときに痛めたらしい。
「怪我に気付かないほど、頑張ったんだね」
「……うん……」
穏やかに微笑みながら、織乃はテキパキと患部に処置を施す。
その優しい声が、まるで『大丈夫だよ』と言っているような気がして──ひとつ深呼吸をした緑川はゆっくりと顔を上げると、フィールドに向かって大きく声を上げた。
「──頑張れ、みんな!!」
「ゴッドノウズ《改》が止められるとは……!!」
自身の爪先まで転がってきたボールを見つめ、砂木沼は唸る。
研究と特訓を繰り返し、確実に自分の技として昇華させたはずだった。けれど、まだ足りない。まだ届かないと言うのか。
握り締めた掌に、爪が食い込む。震える背中に、ふと声変わりの済んでいない声が掛かった。
「──砂木沼」
「! 改……」
声の主は改だった。振り返ると、仲間たちが砂木沼を見つめている。自分と同じ望みを抱き、ここに立つ者たちだ。砂木沼は噛み締めていた唇を緩めると、静かに頷いた。
そして彼は、テクニカルエリアの瞳子を振り仰ぐ。彼女が小さく頷くのを確認して──砂木沼は、表情を引き締めた。
試合は幽谷のスローイングで再開される。
「上がれェ!!」吼えた砂木沼に追随し、ネオジャパンの選手たちは一斉に走り出した。
「何っ……!?」
その光景に鬼道はハッと瞠目する。
ネオジャパンは牧谷と郷院を覗いての全員攻撃を仕掛けてきたのだ。そこでようやく瞳子の采配の理由に気付き、彼は眉間に皺を寄せた。
「そうか……この時のために平良を入れていたのか!」
そもそも円堂のリベロ入りを考案したのは瞳子だ。彼がリベロに入れば攻撃型のチームになるが、唯一の欠点である守りが薄くなることを彼女は知っている。
ネオジャパンの作戦は、そこに全ての力を結集することなのだ。
「伊豆野、瀬方!!」
「! あの動きは……」
「木戸川清州の!!」
声に合わせ、伊豆野がボールを打ち上げるのに続き砂木沼と瀬方が跳躍した。その見覚えのある攻撃モーションに、鬼道と豪炎寺が目を見開く。
「例え私の必殺技が破られようと、我々が力を合わせれば!!」
落下速度を利用した強力なキックを3人分受けたシュートは爆発的に威力を増してゴールに襲いかかる。着地した3人は一斉にポーズを取るのは、武方三兄弟十八番のそれだ。
「トライアングル──Z!!」
凄まじいパワーで迫る見たことのない技に、立向居も思わず及び腰になる。
肩越しにそれを見た飛鷹は、眼尻を釣り上げトライアングルZを睨んだ。
「(っ俺が守る……!!)」
意を決した飛鷹がサイドからシュートの進路へ飛び出していく。だが、僅かに届かない。目の前を通りすぎようとするボールに、彼は苦し紛れに伸ばしきった足を振り上げた。
「く、っそおお!!」
──その時、不思議なことが起きた。
飛鷹の足が切った宙から、小さな旋風が巻き起こったのだ。
風に巻き込まれたシュートは先程までの威力が嘘のように緩やかな軌道を描き、驚いた様子の立向居の手に収まる。
「な……」
それは敵どころか仲間たちから見ても驚愕の光景だった。
渾身のシュートを予想もしない形で止められた砂木沼は、動揺に大きく目を見開いている。
「何ぃ!?」
「え……?」
フィールドから見ても訳の分からない光景は、テクニカルエリアから見ても分析不可能だった。ぱちくりとまばたきを繰り返した春奈が、目を軽く擦って首を傾げる。
「何が起こったんですか……?」
「わ、分からない……でも」
つい先程の光景を撮した画面を再生しながらモバイルのキーを押した織乃は、顎に手をやり考える。今までにも数度、あの現象が起きたことはあった。まだ形にはなっていないが、あれは飛鷹の強力な脚力が生み出した彼の技なのだ。
「(飛鷹さんが蹴った部分の空気が歪んでる……円堂さんをリベロに上げたのは得点の為だけじゃなくて、飛鷹さんの力を引き出すためでもあったのか……)」
そっと久遠を見上げると、彼は静かにフィールドを見つめている。
立向居は動揺から立ち直ったのか、抱えたボールを振りかぶり中盤に向かって思い切り放り投げた。
「円堂さぁん!!」
「よし!!」
立向居からボールを受け取り、円堂たちが走り出す。全員が攻撃に転じていたネオジャパンは、イナズマジャパンのカウンター攻撃に対し完全に不意を突かれる形となった。
ただ1人、砂木沼だけは違った。雄叫びを上げた砂木沼は、気合いでボールを持った円堂に追い付き彼に激しいチャージを仕掛ける。
「ぐ、おおお!!」
しかし、その熱意もあと1歩及ばない。砂木沼からのチャージから体を捻り脱した円堂は、前線へとパスを上げた。
「鬼道、豪炎寺!!」
振り返り様、鬼道がそのパスを天へ打ち上げる。その軌跡を追うように跳躍した3人が渾身の力を込めてボールにキックを叩き込むと、フィールド一体に雷鳴が轟いた。
「イナズマブレイク《V2》──!!」
稲光が周囲を包み、閃光に目が眩む。
轟音を響かせ放たれたイナズマブレイクは、分厚い無限の壁を穿ち突き破ると、雷鳴と共にネオジャパンのゴールへと刺さった。
1対2──得点が勝ち越した次の瞬間、試合終了のホイッスルが鳴り響く。
イナズマジャパンの選手たちは一斉に歓声を上げ、ネオジャパンの選手たちは転がったボールに各々複雑な表情を向けた。
「負けた……これが、奴らの世界に対する思いなのか……」
呆然と立ち竦む砂木沼の肩を、源田が叩く。
振り向くと、源田は緩く頷きセンターサークルへ視線を向けた。──仲間たちが、待っている。
「……私たちの敗けですね」
整列した両チームは向かい合い、スポーツマンシップに則り「ありがとうございました」と頭を下げる。ややあって口を開いた瞳子は、少し眉を下げて微笑んだ。
「流石は日本代表の監督。見事な采配でした」
彼女の賛辞に久遠は声は発さず、ただ小さく頭を下げる。
下手な言葉は相手のプライドを傷付ける。瞳子もまた、砂木沼たちと同じようにこの戦いに賭けていたのだから。
「砂木沼!」
ふと降り注いだ明るい声に、砂木沼は足元に落としていた視線を思わず上げる。
向かい合って正面に立つ円堂が、こちらに向かって握手を求めていた。
「お前とやれて、良かったぜ!」
「! ……ふん」
しばし間を空け、砂木沼は顔をしかめ鼻を鳴らす。
初めて戦ったあの日から、彼は何も変わっていない。それが少し苛立たしくもあり──羨ましくもあった。
「確かに今日は負けた。……だが、諦めたわけではない」
砂木沼の険しい声に、イナズマジャパンたちは勝利に安堵しきっていた表情を引き締める。
「お前たちが少しでも気を抜いたプレーをすれば、日本代表の座は我々が奪い取る!」
その声からは、依然として覇気は消えていない。
少し驚いた顔をしていた円堂は、やがて好戦的に笑って見せた。
「──ああ! 挑戦なら、いつでも受けてやるぜ!」
それは、いつか交わした約束とよく似ている。
砂木沼はそこでようやく表情を緩めると、穏やかに微笑んだ。
「それでは失礼します」と瞳子が深く頭を下げると、ネオジャパンたちはグラウンドから去っていく。
我慢しきれなかったらしい成神が織乃や鬼道に向かってブンブンと手を振ったのを最後に、彼らの姿は町の雑踏の中へと消えていった。
選ばれた者は、選ばれなかった者の思いを背負う──円堂の脳裏に、響木の言葉が甦る。
古傷だらけの手を握り締め、彼は雲一つない青空を振り仰いだ。
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