Isolated rebellious child

満を持して登場した円堂に、落ち込み気味だったサポーターたちから大きな歓声が上がる。

「いよいよ来たね、円堂くん」

この時をずっと待っていた──嬉しそうに呟いた声は歓声に紛れ、アフロディは真紅の目を細めた。




「円堂……!」

やっとフィールド入りした円堂と怪我の回復した鬼道の元へ、仲間たちはホッとしたような表情で駆け寄っていく。
円堂は風丸たちの顔を見回すと、ふいに険しい表情でこう言った。

「……みんな。勝ちたくないのか?」
「えっ?」

その突然の質問は、円堂らしからぬものだった。仲間たちは何事かと一瞬目を瞬かせる。
ややあって、眉根を寄せながら答えたのは風丸だ。

「勝ちたいさ。俺たちは勝ちたいからここにいる! だけど……!」

言葉に詰まった風丸の右目が、不動を睨むように一瞥する。彼の言わんとすることが分かるのだろう、不動は一歩離れた場所からその様子を渋面で窺っていた。
円堂はちらりと不動に視線をやると、俯いた風丸に力強く言う。

「風丸……よく見るんだ。不動の言葉じゃなく、不動のプレーを!」
「!」

不動の肩が、僅かに動く。それは予想もしていなかった円堂からのフォローに驚いたようにも見えた。
「不動のプレー……?」訝しげに面差しを上げる風丸に、円堂はそうだ、と言い聞かせるように続ける。

「分からないのか!? あいつは自分だけじゃない……お前たちを活かしたプレーをしようとしている!」
「いや……! あいつは誰にも届かないパスを出してきた! あれは嫌がらせだ!」

円堂の言葉にも、風丸は頑なに頷こうとしない。壁山や他の仲間たちも同じだ。後半からずっと1人でプレーを続けてきた不動の行動は、あまりに自分勝手としか思えない。いくら円堂に説得されたところで、その憤りがそう簡単になくなるはずもないのだ。

「……円堂」
「ん?」

ふと背後の鬼道の声に円堂が振り向けば、彼はそっと腕時計と円堂たちを交互に見る審判を顎でしゃくった。どうやらこれ以上の話し合いは出来ないようだ。
円堂は一瞬困ったような表情になりながらも、最後にもう一度風丸たちの目を見つめて言う。1つのことを信じて疑わない、いつものような力強さで。

「ボールは嘘を吐かない! パスを受けてみれば分かる!」
「円堂……」

頑として譲らない円堂に、仲間たちの心も僅かばかりに揺らいだのだろう。互いに顔を見合わせた風丸たちは、ゴールへと走っていく円堂の後ろ姿を無言で見送った。

逡巡を抱えたまま、試合が再開される。
ウンヨンからアフロディへのパスをカットしたのはまたもや不動だ。進路へ立ちはだかった3人がかりのディフェンスに、不動は再び右サイドを走る風丸へパスを出すが、やはりその足は追い付けない。
コート外に空しく転がるボールに、風丸は困惑しながら呟いた。

「円堂……いくらお前がそう言ったって……」

先程まで展開もあり、ボールを持つ不動には過剰なまでのマークがつく。
4人の的に囲まれた不動は、舌打ちをしつつも周囲を見回す。彼の目に真っ先に映ったのは──眩しいほどの赤。

「──!」

その瞬間、確かに視線が交錯する。
躊躇する暇もない。不動は力一杯ボールをその先へ、鬼道の進路へと放った。

「鬼道さん……!!」

胸の前で祈るように組んだ手を震わせて、織乃はまばたき1つせずにボールの行方を見守る。
出されたパスは一歩遠い。しかし、鬼道は諦めない。マントを靡かせ、腕を振り抜き、少しでも足を前へ。そして──ついに、不動のパスは鬼道へと届いた。

「鬼道……!!」
「届いたッス!?」

今まで誰も追い付くことが出来なかった不動のパス。その上、それを受け止めたのが不動と特に折り合いの悪かった鬼道と言うこともあり、仲間たちは驚きと動揺に目を丸くする。
ホッと息を撫で下ろす織乃を一瞥して、響木は満足げに髭を揺らした。

「気付いたようだな──不動明王というサッカー選手との向き合い方を」

ドリブルで駆け上がっていく鬼道の前方に、DFのソンファンが立ちはだかる。鬼道は足を止めぬまま、不動へ向け叫びながらボールを送り出した。

「もっと強く速いパスで構わない!」
「なら──こいつでどうだ!」

不動がすかさず放ったダイレクトパスで、ボールは再びソンファンを追い越した鬼道の元へ戻っていく。
やはりこれも鋭い弾速のパスであったが、鬼道は先程より余裕をもってそれを受け止めた。

「またッス! 鬼道さんだからッスよね!?」
「いや……」

そのやりとりを目撃した壁山は「流石鬼道さんッス!」と声を上げたが、8番の背中を見つめていた風丸は小さく頭を振る。

「……あいつは分かっていたんだ。鬼道ならあのパスに届くはずだと」
「えっ? じゃあ──全部分かっててあそこに走って行ったってことッスか!?」

そうでなければ、あの鬼道がただ何も考えずに走っていたわけがない。
もしかすると自分達は、不動のことが理解出来なかったのではなく、理解しようとしなかっただけなのかもしれない。
ゴール前まで持ち込んだ鬼道の放ったシュートは、惜しくもパンチングで弾かれてしまう。だが、そのシュートは確実に冷えきっていたチームの心を動かした。

栗松からのスローボールを受け取った鬼道は、不動にボールを送り出す。そのプレーにはもう迷いはない。
相手のディフェンスを掻い潜り、中盤へ切り込んだ不動の蹴ったボールを、壁山はもう一度追いかけた。

「──追い付いたッス!」

確かに弾速は速いが、決して取れないパスではない。
不動は最初から、全て計算した上でパスを出していたのだ。それを取れなかったのは、自分達が彼を信用していなかったから。個人ではなく、選手としての不動を見ていなかったから。
捉えたボールをドリブルで持ち込みながら、壁山は前方を走る不動へパスを上げる。
必ず自分に届くと信じて走れば、そのパスは必ず受け止められる。敵の動きも読んだ上でのパスコースに、風丸はハッと目を見開いた。

「(そうか……始めに1人で攻め込んでいたのは、敵のデータを頭に入れて完璧なパスを出すためだったのか!)」

ゴールからは仲間たちの背中がよく見える。円堂は、それまで独りで走っていた不動の周りに仲間たちが集まるようになるのを見て思わず破顔した。

「(不動も、世界へ行きたい、勝ちたいって気持ちは──俺たちと同じだ!)」

不動がチームの歯車として機能しはじめたことに相手も感付いたらしい。警戒に顔をしかめたチャンスウが、不動の前方に躍り出る。

「龍の誇りに賭けて抜かせません!」
「チィッ……!」

執拗なディフェンスに不動も諦めず突破を試みるが、チャンスウも全く引く様子がない。歯噛みする不動に、その時自身の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「──不動!!」

肩越しに振り返ると、目に飛び込んできたのはこちらへ駆けてくる鬼道の姿。かち合う視線に、不動が目を細める。

「なっ……!」

競り合いから一転、突然中空へ打ち上げられたボールにチャンスウの注意が逸れる。けれど、彼よりも後ろから駆け込んできた鬼道の行動の方が一歩早かった。

「うおおおおッ!!」

落下するボールに、雄叫びを上げ渾身の力で振り抜かれた2人の脚が叩き込まれる。
弾かれたボールは勢い良く回転すると共に激しい衝撃波を巻き起こすと、それを見上げたチャンスウの体を容赦なく吹き飛ばした。

「鬼道さんと不動さんの連携必殺技……!?」
「フィールド上の相手プレイヤーの動きを殺してしまう技! 名付けて──『キラーフィールズ』!!」
「あの2人が連携するなんて!」

相容れなかった筈の2人の協力、予想もしていなかった必殺技の誕生に、織乃は思わず目頭を熱くする。
ゴールの目前まで切り込んだ不動は、DFの注意を十分自分に引き付けたタイミングでヒールパスを繰り出す。ボールの落下地点にいるのは風丸と壁山だ。

「行くぞ、壁山!」
「はいッス!!」

落下してくるボールに跳躍する風丸と壁山に、相手DF2人も負けず地面を蹴る。両者ともに跳び上がった高さはほとんど変わらない。だが、その時ウミャンは見た。こちらを見た風丸の口角が、僅かに持ち上がるのを。

「うおおおおッ!!」
「何──!?」

空中で体を逆さまにした壁山の足を踏み台にした風丸は、相手の頭上を追い越し更に天高く舞い上がる。
太陽を背に叩き込まれたシュートは竜巻をはらみ、ジョンスの大爆発張り手を打ち砕いてゴールネットに突き刺さった。
2対2の同点へ追い付いたスコアボードに、会場は爆発したかのような歓声に包まれる。

「っ名付けて、『竜巻落とし』!」
「と言うか……あれっ? 今の、綱海さんが壁山くんと練習してた技じゃ……?」

歓声を上げながらも、はたと首を傾げた春奈に綱海は「関係ねえってそんなの!」と土方と一緒に肩を組みながら拳を振り上げ喜んでいる。

「──不動」
「!」

止まぬ歓声の中、自陣に戻ろうとする不動を風丸が呼び止める。半身をこちらに向けて立ち止まった不動に、風丸はばつが悪そうにしながらも緩やかに笑みを浮かべてこう続けた。

「……最高のタイミングだったよ」

その言葉に、深緑色の目が虚を突かれたように丸くなる。しかしそれも一瞬のことで、真顔に戻った不動は再び風丸たちから背を向ける。

「……俺が欲しいのは勝利だけだ」

つっけんどんに言い捨てて、不動はゆったりとした足取りで戻っていく。今までとはどこか違った反応に「何だ、あの態度?」と首を傾げた風丸に、鬼道が口角を上げた。

「ふ──あれが不動明王なのさ」
「……だな」

仲間たちから十分離れたところまで歩き去った不動が、少しだけ笑ったことには誰も気付かない。
仲間たちの足並みは揃った。円堂は豪炎寺と飛鷹の背中を一瞥し、声を張り上げる。

「──勝つぞ、みんな!! 勝って世界だ!!」
「おおッ!!」

返る声に乱れはない。全員が一丸となって勝利を目指していると、覇気から伝わってくる。両手をメガホン代わりにし、秋が叫んだ。

「みんな頑張って! 勝負はここからよ!」

息つく間もなく試合は再開される。左右からそれぞれ攻め込んでくるのは涼野と南雲だ。ドリブルで切り込んでくる涼野の進路に、風丸が飛び出していく。

「そう簡単に前には行かせない!」

風丸が前方に現れたことで、走っていた凉野が僅かに減速する。
だがその直後、風丸の死角を突きアフロディが中央に走り込んできたことに気が付いた円堂が咄嗟に声を上げた。

「逆サイドに振られるぞ!!」
「!!」

風丸はハッと振り向いたが、時すでに遅し。円堂の忠告は間に合わず、ボールはノーマークのアフロディへと送り出されてしまう。
「決めてください!!」遠方で叫ぶチャンスウに、アフロディは優雅に微笑んだ。

「ゴッド──ブレイク」

ボールを打ち上げ、三対の翼で空へ飛び上がったアフロディは、踵落としでシュートを叩き込む。
光を放ちながら真っ直ぐに突っ込んで来たゴッドブレイクに、円堂も正義の鉄拳で応戦する。

「うおおおおッ!!」
「!」

気合い一閃、振り抜かれた拳はゴッドブレイクを見事打ち返す。金糸を掠め後方へと弾かれたシュートに、アフロディは静かに目を見開いた。

「やったぁ!」
「円堂くんが復帰したら、流石のファイアードラゴンもそう簡単に攻略出来ないですね!!」

ゴールには守護神がいる。ならば、あとは点を取るだけだ。転がっていくボールを、飛鷹と木暮が追いかける。
しかしあと数歩で届くところにあったボールを、驚異的な駆け戻り目の前に滑り込んできたアフロディが踏みしめた。

「流石だね……!」

低い声で呟かれた称賛は、感嘆と悔恨が入り交じる。
再び中空へ舞い上がったアフロディに、円堂はもう一度身構えた。
だが──違う。アフロディの構えはゴッドブレイクかに思えたが、背後から南雲と涼野は追随するように飛び出してくる。

「な…!?」
「──カオスブレイク!!」

3人から同時に打ち放たれたボールは、激しい衝撃波を発しながらゴールに襲い掛かる。虚を突かれながらも円堂は正義の鉄拳を繰り出したが、奮戦空しくシュートは円堂ごとゴールに押し込まれてしまった。

「円堂!!」
「キャプテン!?」

得点は2対3と、再びイナズマジャパンは劣勢へと立たされた。
ベンチ陣で真っ先に冷静さを取り戻した織乃は、モバイルのキーボードを忙しなく叩きながらカオスブレイクを分析する。

「カオスブレイク……ゴッドブレイクの強化版と言うより、完成版、と言った感じですね。さっき照美ちゃんの打ったゴッドブレイクは、恐らく最後の調整も兼ねていたんでしょう」
「しかし、この時間で勝ち越されるのは痛いですね……」

眼鏡のブリッジを押し上げて、数分前とは一転苦々しい表情になってしまった目金が呻く。弱気な意見に対し、力強く言い返すのは秋だ。

「……大丈夫。みんなまだ諦めてないわ」
「そうですよね……みんなあんなに頑張ってるもの……!」

その言葉に、隣で眉を下げがちだった冬花がキュッと唇を曲げて頷く。
「みんな、頑張ってくださ〜い!!」タオルを振り回す春奈の叫びはホイッスルの音に掻き消され、果たして選手たちに届いたのか。試合はヒロトからのキックオフでリスタートし、イナズマジャパンは一斉に走り出した。

「とにかく上がれ! 全員で押し上げるんだ!!」

ゴールから円堂が声を張り上げる。韓国陣内中盤まで切り込んだヒロトは、迫るDFを前にヒールパスを繰り出す。ボールを受け取ったのは鬼道だ。

「飛鷹!!」
「っ!」

鬼道からのダイレクトパスに、飛鷹は覚束無い足取りながらもボールを受け止める。
しかし、混戦したフィールドに誰にパスを上げるべきか戸惑った飛鷹の足は思わずそこで止まってしまった。それを察し、円堂がすかさず叫ぶ。

「飛鷹、鬼道に回せ!!」
「あ──お、押忍!!」

我に返った飛鷹は、慌ててボールに目を移す。しかし、彼が行動するより前に、ボールはチャンスウのスライディングで奪われてしまった。
そこからパスは繋がり、ボールは南雲へと渡る。ファイアードラゴンのカウンターだ。

「くっ──戻れ!!」

鬼道が鋭い声を上げ、韓国陣内中盤まで切り込んでいた選手たちは大急ぎで自陣へ駆け戻る。だが、MFとFWたちは間に合わない。

「そこをどけぇッ!!」
「あっ!」

木暮を強引に抜き去った南雲は、あっという間にゴールの目の前へ飛び込んで行く。咄嗟に身構えた円堂の前に、その時大きな影が差した。

「どかないッス!!」
「壁山!」

円堂を守るように立ち塞がったのは壁山だ。地面を揺らすような咆哮と共に、彼の踏み鳴らしたフィールドから、ゴールポストを越えるほどの岩山が出現する。

「ザ・マウンテン──!!」

現れた巨大な山に阻まれた南雲のシュートは、見事コートの外へと弾かれていく。防がれた得点に、駆け戻ってきた仲間たちは安堵の溜め息を漏らした。

「あいつ、いつの間に!」
「こりゃすげーぜ!」

肩を組み、拳を突き上げる土方と綱海の声が聞こえたのだろうか。織乃の視界に、焦りの表情を浮かべる飛鷹の姿が映る。

「(飛鷹さん……さっきから動きが固い。緊張とはまた少し違うようにも見えるけど)」

あのままぎこちないプレーを続けていれば、怪我にも繋がってしまうだろう。織乃の杞憂をよそに、試合はチャンスウのスローボールから再開されようとしている。
身構える選手たちはじっとボールに集中する。故に、アフロディ、南雲、凉野の3人のFWたちが突然ゴールに向かって走り出したのを止められなかった。

「しまっ──」
「円堂!!」

その一瞬で注目を一手に引き受けたアフロディに、チャンスウのスローボールが渡る。長い髪を靡かせ、ドリブルで切り込むアフロディにあとの2人が追走する。カオスブレイクの再来だ。

「く──!」

さっきは止められなかった。次は止めて見せる──だが、ダメだったら。身構えた円堂は、頭上へと跳躍した3人を見上げて歯噛みする。

「──打たせないッ!!」
「なっ……!」

その寸前、誰よりも早く地面を蹴りシュートコースに割り込んできた風丸が、素早くボールをカットした。予測を越えてきた風丸の対応に、アフロディたちは体勢を崩しボールを奪い返せない。

「飛鷹!」
「ッ!!」

そのまま風丸は落下しながら、コーナーエリア付近で身を固くしていた飛鷹へディングでボールを送り出す。

「(ここは決めてやる……!)」

意を決し、飛鷹はボールに狙いを定めて足を振り上げた。
けれど──ボールはスパイクを掠めることなく、無情に彼の横を通り過ぎていく。
ボールがラインの外へ、テン、と空しい音を立てて転がる音が、呆然とする彼の耳にどこか遠く聞こえた。

「く──っそぉお……!!」

サポーターたちの歓声は、より対照的なものへと変わる。ボールはファイアードラゴンのコーナーキックだ。かつてない窮地に、テクニカルエリアにも緊張が走る。

「敵の勢いに飲まれてますね……! このままじゃ……」
「飛鷹さん……」

ギュウ、と掌を握り締め、織乃は眉間に深い皺を刻む。確かに他の選手と比べれば、飛鷹はまだまだ素人だ。だがそれでも、確実に彼は強くなっている。ネオジャパンとの試合の時に、それは証明されたのだから。
今日の彼が何かに駆り立てられるようにプレーしているのは明白だ。しかし、その何か≠ェ分からない織乃は、ただひたすら勝利を願うことしか出来ない。それが何よりも歯痒かった。