The opened future

観客たちが緊張と期待にざわつく中、コーナーにボールが設置される。それをじっと見下ろして、チャンスウはそっと微笑んだ。

「(もう1点──これでダメ押しさせてもらいますよ)」

後半も残り半分を切っている。あと1点取られてしまえば、イナズマジャパンにもう後はない。
握り拳を震わせる飛鷹は、最早いつものように髪を直す一片の余裕もないのだろう。乱れた髪が、汗で額に張り付く。

「くそ……」
「──何を怖がってるんだ、飛鷹」

前髪を乱暴に掻き上げたその時、険しさの滲んだ円堂の声が聞こえてきた。飛鷹は咄嗟にそちらを振り向き、口を開く。

「そんなことは、──!」

言い返した声が中途半端に途切れたのは、円堂がどこか怒りの滲んだような真剣な表情でこちらを見つめていたからだ。円堂は表情を変えぬまま、語気を強めて言う。

「いいか飛鷹。失敗したってカッコ悪くなんかない。もっとカッコ悪いのは、失敗を恐れて全力のプレーをしていない、今のお前だ」
「キャプテン……」

飛鷹の目尻が申し訳なさそうに下がる。本当は彼も分かっているのだ。今の自分がどれほど醜態を晒しているか、どれほどチームに迷惑をかけているのか。
自分の道を体を張って守ってくれた後輩たちに、カッコ悪いところは見せられない。それが空回ってしまっていることも、充分に。
俯く飛鷹に、円堂は言葉を続けた。

「思いっ切りプレーしてみろ。失敗したっていいじゃないか!」
「──失敗したっていい……?」

虚を突かれた声音で反復した飛鷹に、円堂は大きく頷いて力強く笑いかける。

「ああ。今のお前を、全部プレーにぶつけてみろよ!」
「!」

失敗したってカッコ悪くなんかない──もう一度円堂の言葉を思い出す。深呼吸した飛鷹は緩めた拳を握り直し、胸の前に掲げた。

「……分かったよキャプテン。やってやる!」

「おう!」円堂が笑顔で頷いた次の瞬間、ホイッスルが鳴り響く。
チャンスウのコーナーキックを受け止めたのは、鬼道のマークを振り払ったアフロディだ。打ち上げたボールを追い、目映く輝く翼で跳躍する彼に、南雲と凉野が追走する。

今度こそニ度目のカオスブレイクが放たれるか──誰もが覚悟したその瞬間、ついに彼が翔んだ=B

「飛鷹!」

雄叫びを上げ、3人の目の前まで跳躍したのは飛鷹だ。ボールを睨み、彼は叫ぶ。後輩たちに届くように、自分自身に言い聞かせるように。

「失敗がなんだ──俺は飛鷹征也だ!!」

蹴り上げた足は空を文字通り切り裂く。現れた裂け目は、周りの塵芥もろとも空間を吸い込んで、ボールを飲み込んだ瞬間驚きに目を見開いたアフロディたちの体を弾き飛ばす。

着地した飛鷹はすぐさまカットしたボールをフィールド中盤に打ち上げて、その場に膝を突く。緊張と達成感に一時的に緊張の糸が切れてしまったのだろう。冷えた指先が震えている。

「飛鷹!」
「っ!」

背後から聞こえてきた円堂の声に、遠ざかっていた周囲の雑音が戻ってくる。肩を揺らし振り向いた飛鷹に、円堂はぐっと親指を立てながら笑いかけた。

「すっげえ必殺技だな! カッコ良かったぜ!」
「──っうす」

小さく頭を下げ、立ち上がった飛鷹の目にはもう怯えの色はない。大きく両手を叩き、円堂は叫んだ。

「みんな行けェ!! 速攻だ!!」

先程と状況は逆転し、イナズマジャパンのカウンター攻撃にファイアードラゴンの選手たちは迅速に自陣へ駆け戻って行く。

「ついに殻を破りやがったなぁ、飛鷹の奴!」
「いやぁ、彼はいつかやってくれると信じてましたよ、僕は!」

声高に言う目金に、「そうなんですか?」と冬花が首を傾げる。今まで飛鷹の素人っぷりを一番散々言ってきたのは彼なのだから、疑うのも仕方がない。
それにしても、と円堂に視線を向けるのは織乃だ。あれほどまで強張っていた飛鷹のプレーを、彼はあっという間に解消してしまった。やはり彼の言葉には力があるのだ。誰も持っていない、大きく暖かい力が。

「……少しは、ましなチームになれそうだな」
「えっ?」

フィールドを見つめたまま呟いた久遠に織乃は思わず聞き返したが、久遠はそれ以上何も言わない。
日本陣内深く入り込んでいたファイアードラゴンはディフェンスに間に合わない。豪炎寺からのパスを受け取ったヒロトは、一気にゴール前まで切り込んだ。

「行くぞ!! 流星ブレード──《V2》!!」

炸裂したのはパワーアップした流星ブレードだ。大爆発張り手を押し退けて、流星ブレードは名前に負けない威力で韓国のゴールへと突き刺さる。
飛鷹のカットから始まったカウンターで再び同点に追いついたイナズマジャパンに、観客席から大きな歓声が沸き起こる。

「よし──みんな、ここからだぞ!!」

ぐっと握り締めた拳を掌に叩きつけ、円堂が叫ぶ。あと1点。残り時間は少ないが、きっと。

「行けるわ……みんななら!」
「あともう少しで世界です……!」

祈るように掌を組み、秋と春奈が呟く。果たして世界への切符を手にするのはイナズマジャパンか、それともファイアードラゴンか。観客の熱も最高潮に達する中、再びホイッスルが鳴った。
ボールを受け取り、鬼道と不動のディフェンスを抜き去ったアフロディは猛然と日本サイドヘ切り込んでいく。

「行かせないッス〜!!」
「ふっ──」

進路へ仁王立ちし、ザ・マウンテンを繰り出してきた壁山に対してもアフロディは冷静さを崩さない。
フィールドからせり出した岩山を越えるようにボールを高く打ち上げると、壁山の注意がそちらに引き寄せられた瞬間を見計らいその脇をすり抜けていく。

「ふふ……油断大敵だよ、壁山くん!」
「あっ──やられたッス!」

アフロディの傍には既に南雲と凉野が控えている。もう一度ボールを打ち上げ、それを追いかけ跳躍した3人に仲間たちがハッと声を上げた。

「カオスブレイクか……!」
「円堂くん!!」

アフロディの背中から現れた翼が、ゴールに大きな影を落とす。
三色の螺旋を描き、ニ度目のカオスブレイクが放たれた。拳を握り締め、円堂は迫るシュートを睨み付ける。

「(負けたくない……! 俺は……俺は、絶対──みんなと世界に行くんだ!!)」

誰1人欠けてはいけない。例えどんな理由があろうとも。
全てがスローモーションに見える中、こちらに走ってくる仲間が──エースストライカーの姿が、彼の視界に入った。

「一緒に──行くんだ!!」

突如として、円堂の体から沸き立った闘気が膨れ上がる。
渦巻いたそれは金色に輝く魔人の姿へ変貌すると、跳躍する円堂に追随するように巨大な拳を振りかぶり、カオスブレイクを叩き潰した。

「今のは……何……!?」
「正義の鉄拳を遥かに超える新技……! さしずめ、『怒りの鉄槌』!!」

目を丸く見開いた秋の疑問に、レンズを煌めかせた目金が鼻息荒く答える。
この状況で正義の鉄拳を更に進化させた円堂が、カオスブレイクを粉砕した──一拍ののち、サポーターから驚きと喜びの歓声が沸き上がった。

「世界へ行くのはどっちか……ここからが勝負だ!!」

「みんな、行くぞ!!」アフロディに言い放った円堂は、ボールを中盤へと送り出す。
それを受け取ったのはヒロトだ。そのまま韓国陣内へ切り込もうとする彼の前に、DFのウンヨンが立ちはだかる。ここで立ち止まっている暇はない──ヒロトは体を無理矢理捩じ込むようにしてウンヨンを突破したが、焦りがプレーに出てしまったのだろう。すれ違い様ウンヨンの足に躓き、彼の体勢は崩れた。

「ヒロト!!」
「っ!」

傾く視界に、逆サイドから走ってきた豪炎寺と虎丸の姿が写る。
届け! ──そう念じながら、ヒロトは倒れ込む寸前咄嗟にボールを豪炎寺へと送り出した。
その祈りは天へと届き、豪炎寺はどうにかパスを受け取った。そこからドリブルで駆け上がる豪炎寺に、追走する虎丸が叫ぶ。

「豪炎寺さん、あれを!」
「……行くぞ!!」

雄叫びを上げら放たれたタイガーストームに爆熱ストームが叩き込まれる。しかし気合いも空しく、シュートはまたもやゴールを目前に軌道を変えコート外へと飛んでいってしまう。
ここまで来れば、豪炎寺の不調が原因でシュートが完成しないのは誰の目から見ても明らかだ。

「今日の豪炎寺くんは、何だからしくないですね……!」
「ええ……」

一体何が彼を苛んでいるのか。ベンチで頭を捻ったところで、それが分かるはずもない。

ジョンスがフィールドにボールを蹴り入れる。ペクヨン目掛け落下したボールを即座にカットした鬼道は、枯れんばかりに声を張り上げた。

「豪炎寺!!」
「!」

鬼道からのパスをトラップした豪炎寺が、目を見開く。鬼道はそのまま走りながら叫んだ。

「行け!! 俺たちの挑戦が、このまま終わって良いわけがないだろう!!」
「──ああ!」

分かっている。ここで終わらせるわけにはいかない──絶対にだ。奥歯を噛み締め、豪炎寺はもう一度走り出す。
再び放たれる、タイガードライブからの爆熱ストームによるシュートチェイン。虎を象った闘気を纏ったシュートが、韓国ゴールに直進した。

「……!」

だが、それでも。シュートはゴールを目前に、やはり検討違いの方向へ進路を変えてしまう。
コートの外に転がるボールを見て、ついに堪えきれなくなった虎丸が叫んだ。

「っどうしちゃったんですか、豪炎寺さん!!」
「……」

さっきからずっとそうだ。豪炎寺はこちらを見てくれない。勝ちたいと思う気持ちは同じはずなのに、どこかがちぐはぐで噛み合わない。だからタイガーストームも完成しないのだ。
俯く豪炎寺の耳に、円堂の険しい声が飛んでくる。

「豪炎寺!! お前それでもエースストライカーか!?」
「……!」

豪炎寺の背中は円堂に向いたまま動かない。10番の数字を見据えたまま、円堂は叫んだ。

「どんな時だって、俺たちは悔いのないサッカーをしてきた!! この試合だってそうだ!!」
「そうですよ! こんなの──俺の憧れた豪炎寺さんじゃないですッ!!」

「虎丸……」肩を震わせる虎丸に風丸が声を掛けようとしたが、ヒロトがそれを制止し無言で首を横に降る。
豪炎寺は何も言えずにただ佇むだけだ。ややあって、円堂は審判に一言声を掛けるとその背中に歩み寄っていく。

「なぁ、豪炎寺──お前の親父さんにも見せてやろうぜ。サッカーのすばらしさをさ!」
「……っ」

そこでようやく豪炎寺は顔を上げた。
振り返り、自分に笑顔を向ける円堂や、悔し涙を滲ませる虎丸、見守っている仲間たちを見回す。

「円堂……虎丸……」

──そうだ。自分は何を悩んでいたんだろう。この先どんな道へ進もうと、自分のサッカーへの気持ちは変わらない。
彼らが仲間であると言うことも、変わりはしないのだ。

「……分かったよ円堂」

黒曜石の瞳に光が宿る。その表情に、最早迷いはない。円堂は力強く頷くと、「さあ、気張ってこーぜ!!」と声を掛けながらゴールへ戻っていく。

再びジョンスのゴールキックだ。チャンスウへのボールをカットした不動が、直ぐ様豪炎寺へとパスを上げた。

「虎丸! 今度こそ決める……ついて来い!!」
「! ……はい!!」

ゴール目掛け、豪炎寺と虎丸が韓国陣内へ切り込んでいく。
龍に負けぬ虎の如き咆哮を上げ放たれたタイガードライブに、跳躍した豪炎寺が脚に炎を纏わせ、渾身の爆熱ストームを浴びせた。

「っ来た!!」
「えっ?」

威力、弾速。今までとは別物と感じるそれに、織乃は思わず声を上げてベンチから立ち上がる。
炎の虎の闘気を纏ったシュートは轟音を上げゴールに襲いかかると、繰り出されたジョンスの大爆発張り手を打ち砕き、見事ゴールネットに突き刺さった。

「ぃやったーー!!」

スコアボードを見上げれば、燦然と輝く4対3の文字。円堂はその場で飛び上がり、会場もまた土壇場での逆転に大きく沸き立つ。

「決まった……決まりましたよ、豪炎寺さん!」
「ああ──やったな!」

はしゃぎ、片手を伸ばしてくる虎丸とハイタッチを交わした豪炎寺はスコアボードを見上げる。残り時間はあと僅かだ。ここを守りきれば、必ず勝てる。だが、それをファイアードラゴンが易々と許すわけがない。
ホイッスルと共にアフロディからのボールを受け取ったチャンスウが、それまで伏せていた目を開眼した。

「まだだ──まだだッ!!」

FW3人を伴いドリブルで切り込んできたチャンスウは、ディフェンスに向かってきた壁山と木暮をならく落としで薙ぎ払う。
道を切り開いたチャンスウから、ボールはアフロディへ。息つく間もなく打ち上げたボールに、アフロディたちが地面を蹴った。

「止める──」

放たれる三度目のカオスブレイク。風のうねり、サポーターの歓声、仲間たちが自分を呼ぶ声。全てが混ざり合い、彼の血を沸き立たせる。必ず勝てと心が叫ぶ。

「この1点、絶対守って見せる!!」

雄叫びを上げ、金色の魔神が顕現する。振り上げた怒りの鉄拳を、円堂は持てる力の全てを注ぎボールに叩き込んだ。
瞬間、ゴール一帯は巻き起こった砂埃と爆煙に包まれた。息を飲み、勝負の行く末を見守っていたマネージャーたちの目が──やがて、輝いていく。

アフロディたちの打ったシュートは、ゴールのラインを目の前にしてフィールドに留まっていた。

「……!」

その瞬間、高らかにホイッスルが鳴り響く。爆発したような歓声でピッチが揺れるのにも構わず、ゴールで尻餅を突いている円堂の元へ仲間たちが声を上げながら駆け寄った。

「勝った……勝ちましたよ!!」
「うん……うん……っ!」

興奮気味に体を揺さぶってくる春奈に、織乃は胸が一杯で上手く答えられなかった。
ついに手に入れた世界への切符。夢にみた光景が、現実になったのだ。
整列を終え、疲れと喜びでハイになった円堂たちが戻ってくる。
おめでとう、と笑いかける秋や冬花に大きく頷いて、「みんなの全力で勝ったぞ!!」と叫んだ円堂は紙吹雪の舞う空へと人差し指を突き上げた。

「行くぞ、世界に!!」
「おーッ!!」