Encouragement only to you
選考試合を明日に控えた午後、帝国学園のスタジアム。
本日の練習も終了し、どやどやとロッカールームにBチームたちが戻って行ったのを見送って約10分。
そこかしこに転がるボールを拾っては籠に入れ、拾っては籠に入れを繰り返していた織乃は、ふぅっと息を吐き出して曲げていた腰を伸ばした。昨日も思ったが、最近はずっと秋たちと協力して仕事をしていたせいだろう、1人でする作業ペースが落ちてしまった気がする。
「昨日も1人で全部片付けたのか」
「ひぇっ」
拾い上げたボールが手からこぼれ落ちる。振り向くと、壁に背中を預けるようにしてジャージ姿の鬼道が佇んでいた。
「き、鬼道さん。着替えるの早いですね」
「普段と変わらないさ。……いつもは、着替えた後円堂たちと話し込んでしまうことがあるからな」
どことなく声のトーンを低くして、鬼道は織乃の元へ歩み寄る。
──やはり、彼と同じ空間にいるのは居心地が悪いのだろうか。織乃は鬼道に嫌味を投げ掛けるモヒカン頭の後ろ姿を思い出して、申し訳ない気分になった。
「1人でやっていては日が暮れる。手伝おう」
「えっ、そんな悪いです! 鬼道さんだって疲れてるのに……!」
ボールを拾い上げる鬼道のマントを思わず掴み、織乃は首を振る。
──だが正直、彼の申し出は非常にありがたかった。昨日も同じように1人で作業したところ、全部が終わったのは日がとっぷり沈んだ頃だったのだ。
「構わん。どうせ、──」
途端、ごにょごにょと不明瞭な音を発した鬼道に織乃は「え?」と首を傾げる。
何でもない、と彼女から視線を逸らした鬼道は、顎で彼女の足元に転がるボールを指した。
「悪いと思うなら、手を動かせ。お前も俺も、明日は早いんだから」
「はっ、はい!」
指摘を受けて、織乃はわたわたとボールを拾い上げた。
ここにあるものは全て帝国学園の備品、つまりは借り物だ。今は無き2軍の物とは言え、借りた物はきちんと整備して返さなければならない。
「──懐かしい光景だな」
「え?」
ベンチに腰掛け、ボールを1つずつ磨き始めた織乃に鬼道がぽつりと零す。
彼は今度こそ言葉の続きを紡いだ。
「お前が帝国イレブンのマネージャーの時は、いつも1人でボールを磨いていたな」
「あ……そうですね。みんながクールダウンするのを見ながら、こうやって」
織乃が答えると、鬼道はその隣に腰掛けながらボールを抱える。
ほんの少しだけ眉尻を下げた彼に、織乃は再度首を傾げた。どうも鬼道の元気がないように見える。もしかすると不動にまた何か言われたのかも知れない。
「あの……鬼道さん。何かありましたか……?」
「…………」
ボールを磨きながら、鬼道は押し黙る。
肯定はしないが、否定もしない。織乃はじっと、彼が口を開くのを辛抱強く待った。
「──一昨日、円堂と一緒に代表候補の人選について、響木監督のところへ直談判しに行ったんだ」
ぐう、と表情を引き攣らせた織乃には気付かずに、鬼道は訥々と言葉を続ける。
響木は言っていた。例え相手がお前たちであろうと、試合の内容に寄っては容赦なく代表から落とすと。
けれど、彼の目にはどこか円堂たちが代表に選ばれる確信のようなものが宿っていたし、円堂もそれを感じているように思えた。
鬼道は、響木が雷門イレブンの監督になった経緯を知らない。故に2人の間にどんな信頼関係があるのか詳しくは分からないが、──それでもあの時、思ってしまったのだ。
「俺の師が響木監督のような人だったら、俺はここまで拗れなかったかもしれないな……」
「……鬼道さん……」
師と言うのは、紛れもなく影山のことだろう。
影山のしでかしてきたことを考えると、鬼道の気持ちもよく分かる。織乃はボールを磨く手に力を込めながら、視線を落とした。
「──鬼道さんは、鬼道さんです」
ぽつりと零した言葉に、鬼道の視線が織乃へ向けられる。
「多分、誰が師匠になったとしてもきっと根本的なところは変わりません。妹思いで、サッカーが大好きで、真面目な鬼道さんになったんです」
「……そうか」
「それにあの人が響木監督みたいになったら、それはそれで気味が悪いでしょう?」
「お前も言うようになったな……」
「鬼道さんたちの影響ですよ?」にっこりと笑いかけると、鬼道も少し憑きものが落ちたような顔で薄く微笑んだ。
──それに、と織乃は心の中で呟く。
彼が例えどんな師を仰ぎ、それで少しだけ今と違う人になっていたとしても、きっと自分は彼を好きになっていただろう。
「御鏡、顔が赤くないか? どうかしたのか」
「えッ!? ど、どうもしませんよ!?」
「……本当か? お前がどうもないと言うときは、大抵何かあるんだ」
途端、眉間に皺を寄せて詰め寄ってきた鬼道に「何でもないんですってば〜!」と織乃は激しく首を振りながら後退する。
まさかあなたのことを考えて赤くなりました、なんて口が裂けても言えるまい。
「あ、おい御鏡──」
「えっ、……ふぎゃっ」
ややあって、後退しすぎた織乃はベンチから落ちて芝生の上に尻餅を突いた。
いたた、と腰を擦りながら涙目になる織乃に、呆れた様子で立ち上がった鬼道が手を差し伸べる。
「全く……そこまで言うなら、何も無い≠ニ言うことにしておいてやる」
「ううっ……は、はい……」
控えめに手を重ね、上へ引っ張り上げられる。ぎゅっと詰まった距離に再び心臓が跳ねるのを感じながら、織乃は顔が赤くならないようにそっと熱くなった息を吐き出した。
「……鬼道さん。私、信じてますから」
「ん?」
掴まれたままの手に答えるように、指先を握り込む。
──明日どんな結果になるかは分からない。だからこそ、せめてもの手向けを。精一杯、思いを込めた言葉を。一呼吸置いて、織乃は鬼道に笑みを向けた。
「一緒に、世界に行きましょうね」
「……ああ。勿論だ」
一拍空け、鬼道もまた笑みを浮かべ手に力を込める。
運命の瞬間は明日に差し迫っていた。
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