Adviser's view

次の試合の日取りが決まってから、稲妻町は抜けるような晴天が続いている。
グラウンドや校舎に配備されたトレーニングルームで特訓を行う者、空調を利かせた体育館で特訓を行う者。そして食堂には特訓を終えて休憩をする者が2名。
1人は傍らにドンと2リットルのペットボトルと大きなコップを置いた吹雪。もう1人は、織乃や春奈からコピーしてもらった資料を熟読する鬼道である。

「そう言えば……」

コップに入った水を一気に飲み干して、満足げに一息吐いた吹雪は思い付いたように向かいに座っていた鬼道に話し掛けた。

「風丸くん、今新しいシュートを開発するために織乃ちゃんに調整を手伝ってもらってるらしいよ」
「そうか。風丸がシュート技を覚えれば戦略の幅が広がるな」

聞きながら、鬼道はテーブルに広げた資料の中から風丸のデータを探して軽く目を通す。
綱海のようなロングシュートか、それともゴール前に持ち込んでのミドルシュートか。風丸の脚力ならば、後者のシュートを開発している可能性が高い。
織乃もここ最近腕に磨きが掛かり、以前より正確かつ短期間で技の精錬が出来るようになってきている。あの2人ならきっと試合までに技を完成させてくれるだろう。

「……?」

ふと視線を感じた鬼道は資料から顔を上げると、真顔でこちらを見つめる吹雪と目が合った。

「な、何だ」
「体育館で特訓してるんだって。2人きりで」
「ああ……」

2人きりで、の部分が強調されたのは気のせいではあるまい。
しかしその質問の真意を捉えきれないまま戸惑いがちに頷くと、吹雪は真顔から一転あからさまに呆れた表情になり、やれやれといった風に頭を振る。

「仲間だからってあんまり気を抜いて、織乃ちゃん取られちゃっても知らないよ?」
「……取られるも何も、あいつは誰かの所有物でも何でもないだろうが」

一瞬手元の資料を引っくり返しそうになりながら言い返すと、吹雪は「え?」と怪訝そうに眉根を寄せた。
ややあって、吹雪は少しだけ声を落とすと、そんなバカなという色を表情に滲ませながら尋ねる。

「鬼道くん……ひょっとして、まだ織乃ちゃんに告白してないの?」

バサバサバサッ。資料が派手な音を立てて床一面に広がった。

「………………は?」
「資料落ちたよ、鬼道くん」

「あ、ああ」ぎこちなく頷いて、鬼道は床に落ちた資料を拾いにテーブルの下へ潜る。
自分の足元まで散った資料を拾ってやりながら、吹雪は溜め息混じりにぼやいた。

「前と比べて何も変わった様子がないなぁとは思ってたけど……まさか、あれから3ヶ月以上経つのに告白すらしてないなんて思わなかったなぁ」
「お、大きなお世話だ……!」

ごつん。鈍い音と共にテーブルが揺れる。どうやら頭をぶつけてしまったらしい。
右手に資料、左手で頭頂部を擦りながらやっとテーブル下から這い出てきた鬼道は、耳を真っ赤にしながら吹雪を睨む。

「第一、俺はお前にその件について何か話した記憶がないんだが?」
「いやぁ、言わなくたって分かるよ。鬼道くん意外と顔に出る時は出るし」
「何だと?」

幼い頃より影山からポーカーフェイスを叩き込まれ、帝国生の頃は周囲から鉄面皮だの感情が読めないだのとまで言わしめていた自分が、顔に出る≠ネんて言われる日が来るとは。鬼道は地味にショックを受けた。

「──『触れたいって思ったら、それは恋。少なくとも僕は、そう思ってるよ』」
「!!」

ふと、思いついたように吹雪の口から出てきた言葉に、鬼道はゴーグルの下でカッと目を見開く。
その動揺が伝わってきたのだろう、ちらりとそちらに一瞥をくれた吹雪は、楽しそうにクスクスと笑った。

「触りたい、って思っちゃったんだ?」
「ちがっ……う、うるさい!」

否定は歯切れが悪く、だん、とテーブルを叩く音もどこか頼りない。
吹雪が呟いたのは、いつかの2人の会話に出てきた言葉のひとつ。彼女のことが好きなのだろうという確信めいた問いに鬼道が苦し紛れに返した、『恋愛だなんだと言うのはよく分からない』という言葉への吹雪なりの返答だった。

「別に恥ずかしがることないじゃない。僕、応援するよ」
「大きなお世話だ……」

それで? と吹雪は小首を傾げてにっこり笑う。鬼道は集めた資料の角を揃えながら、何がだ、と顔をしかめる。

「告白しないの?」
「…………したくなくてしてないわけではない」

ぼそぼそと不機嫌そうな返答に、吹雪は少し目を丸くした。てっきり3回目の大きなお世話だ、を聞くことになるとばかり思っていたのだ。
鬼道は否定することを諦めたらしく、そのまま低い声で続ける。

「キャラバンで旅してる時も、旅が終わってからも、何度か言おうとしたことはある。……だが、その度に何故か邪魔が入ってな……」
「……?」

ふとグラウンドに向いた鬼道の視線を追いかけると、そこには1年生たちと一緒に練習に勤しむ円堂の姿が見えた。
円堂が無意識の内に他のマネージャーとのフラグを立てては折ってを繰り返しているのは何となく察してはいたが、まさか人のフラグまで折りに掛かるとは。吹雪は遠い目をしている鬼道に、ここで初めて心底同情した。

「……それに多分、今はしない方が良い」
「えっ、どうして?」

ぱちくりと虚を突かれたように目を見開く吹雪に、鬼道は資料の端を弄りながら訥々と語る。

「あいつは今、何か新しいことに挑戦してる。それが何なのかは俺も知らないが……ここで俺が余計なことを言えば、その挑戦の妨げになるかもしれない」
「だから言わないの?」
「ああ」
「……もし織乃ちゃんが、鬼道くんと同じ気持ちだったとしても?」

一拍間を空け、真剣な表情の吹雪から目を逸らしながら、鬼道はハッキリと「言わない」と答えた。

──時々、何となく感じていた。
2人で話している時、ふとした瞬間、ふとした仕草や視線に。もしかしたら、彼女も自分のことを好きでいてくれているのではないか、と。

だが、そんなものは所詮ただの予想だ。期待が混じっただけの、ただの妄想かもしれない。
そんな一縷の可能性に賭けて、彼女の笑顔を壊すわけにはいかない。サッカーの試合ではないのだから、勝てるかどうかも分からない勝負に簡単に挑むわけにはいかないのだ。

「……まぁ、どんな答えが返ってくるにしても、御鏡を困らせるのは目に見えているからな。言うなら、もっと区切りが良いタイミングを見計らって言うさ」
「区切りが良い、か……。僕らがアジア予選を勝ち抜いた時とか?」
「ああ、それも有りだな」

吹雪の軽い調子の問いに、鬼道もまた冗談めいた笑みを浮かべる。
とにもかくにも、今彼はここから動くつもりはないのだ。ちょっとつまんないな──などと心の中で吹雪は呟くが、怒られることは予想がつくので口に出すようなヘマはしない。

ただ、鬼道のその判断が、結果として少々厄介な事態を引き起こすことになるのは──もうしばらく後のことである。