Uproarious party

大きな橋を2回渡り、パーティーの会場であるイギリスエリアのロンドンパレスに到着する頃には、辺りはすっかり夕暮れの色に染まっていた。

大きな門扉の前には、白いスーツの青髪の少年とそれに付き従うかのように老紳士が1人佇んでいる。
駐車したキャラバンから降り立ったイナズマジャパンの面々を視界に入れたその少年は、ゆったりとした笑みを向けた。

「ようこそいらっしゃいました、イナズマジャパンの皆さん。私はナイツオブクィーンのキャプテン、エドガー・バルチナスです。以後お見知りおきを」
「……イナズマジャパン、キャプテン代理の鬼道だ。今日はお招き頂き感謝する」

一拍置いて前に進み出た鬼道と握手を交わしたエドガーは、青い髪を揺らして「代理?」と鬼道の言葉に首を傾げる。
それを見た冬花は、あの、とハッとしたように彼に小走りで駆け寄った。

「守く──キャプテンとマネージャーの1人は、少し事情があって遅れてしまって……ごめんなさい」
「ああ……そう言うことですか。構いませんよ、こちらも突然のお誘いでしたから」

申し訳なさそうに眉を下げた冬花に視線をやり、緩やかに微笑んだエドガーはそれではどうぞ、と老紳士が──彼の専属執事らしい──開いた門へイナズマジャパンを誘う。

会場には既にイナズマジャパンの他に招待されたのだろうサポーターやスポンサーの重役であろう大人たちが揃い、パーティーを楽しんでいた。その中に混じっているのはナイツオブクィーンの選手たちだろう。中には現れたイナズマジャパンに窺うような視線を向ける者もいた。

段々と夕日が海の向こうへ沈み、暗くなっていく周囲を何百とありそうなランプが柔らかに照らす。
どこからか流れてくる音楽が、より夜会らしい雰囲気を静かに盛り上げていた。

「わぁ、素敵!」
「これがパーティーッスか……!」

ムーディーで綺羅びやかな会場の様子に春奈は目を輝かせ、一方で白いテーブルクロスに並んだ見目鮮やかな料理の数々に壁山が腹の虫を轟かせる。
辺りを見回すイナズマジャパンに一瞥し、エドガーはウェイターに人数分の飲み物を持ってくるように指示して言った。

「チームメイトの紹介は、メンバーが全員揃った後にでも……それまでしばし、ご自由にパーティーをお楽しみ下さい。レディ、私の話し相手はあなたにお願いしてもよろしいですか?」
「えっ? あ、はい……私で良ければ……」

恭しく胸に手を当て頭を垂れたエドガーに、冬花は戸惑いの表情を浮かべながらも小さく頷く。
それを見て、春奈が壁山の背中の後ろに隠れるようにしながらぼそりと織乃に耳打ちした。

「あちらのキャプテン、冬花さんのこと随分と気に入ったようですね」
「うーん、お淑やかな子がタイプなんじゃない?」

遠ざかる冬花たちの背中を見送りながら、織乃は小さく苦笑いを返す。エドガーは紳士的でありながらも中々押しの強そうな、どちらかと言えば冬花が苦手とタイプだろう。
大丈夫かな、と心中呟く織乃が一抹の不安を覚えたことには特に誰も気付くことはなく、パーティーは緩やかに始まった。




口触りの爽やかなフルーツジュースの注がれたグラスを片手に、少しばかりおっかなびっくりした足取りで会場を歩く。
大人たちの一部はジュースではなくシャンパンを飲んでいるようで、どこぞから時おり上がる機嫌の良さそうな笑い声が更にこの場の浮世離れした雰囲気を際立たせていた。

「……佐久間、まだ緊張しているのか?」
「仕方ないだろ、こういう場になんて来たことがないんだから……」

鬼道が笑みにまだぎこちなさの残る佐久間を見かねて声を掛けると、佐久間はちらりとそちらに視線をやって小さく溜め息を吐く。
他の仲間たちは既にパーティーを思い思いに楽しんでいるようだが、佐久間や鬼道は帝国でこう言った場での最低限のマナーを授業で習っている。大企業の御曹司としてパーティーに呼ばれ慣れている鬼道はともかく、佐久間の場合なまじ知識がある分何か間違えやしないだろうかと余計に気を張ってしまうのだ。

「へっ。そこのマネージャーみたくちったあ気ぃ抜けば良いものを、ガチガチになっててダセー」
「っ何だと」

グラスを傾けながら鼻で笑う不動に噛みつき掛けた佐久間は、ふと眉を上げて不動の顎で指した方を見る。
鬼道も釣られてそちらに視線を向けると、丁度『そこの』と指されたらしい織乃が唇をギュッと引き結んで重たい足取りでこちらに歩いてくるところだった。

「どうした御鏡、妙な顔して」
「いえ……今少し、そこのテーブルにあるソーセージ……みたいなものを頂いたんですけど……」

何とも言えない味が、と織乃は苦虫を噛んだような表情で持っていたフルーツジュースを口に含む。
ああ、と織乃が視線を向けたテーブルに乗った料理を見て納得したように頷いた鬼道は、少し声を落として言った。

「あれはバンガースだな。イギリス特産のウィンナーソーセージなんだが……」
「あれが……特産……」

台所を預かる者の1人して納得の行かないものがあったのだろう、織乃は難しい顔をしながらテーブルを見つめる。
彼女も少なからず帝国時代にパーティーでのマナーを習ったはずなのだが、特に気にする様子はなくイギリス料理の問題について真剣に考え込んでいる。佐久間は自分ばかり気を張っているのが何だか馬鹿らしくなって溜め息を吐いた。

そんな時である。遠くで鉄の門扉が押し開かれる音がして、バタバタと忙しない足音が聞こえてきた。

「すいませーん、遅れました!」

額に汗を滲ませ、ユニフォーム姿で登場したのは円堂だった。その背中には何故か靴を片方脱いだ秋が負ぶさっている。どうやらヒールが片方折れてしまったらしい。
大方練習に夢中になってパーティーのことを忘れていたのだろう、周囲から好奇の目を向けられていることに気付いて秋を下ろした円堂に、「全くあいつは……」と鬼道は眉間を押さえた。

仲間たちもようやっとの円堂の到着に、それぞれ肩を竦めるなり苦笑いするなりして安堵の溜め息を吐く。
そんな中、安心したような笑みを浮かべた冬花がエドガーを伴って2人に近付いた。

「秋さん、守くん。紹介します、こちらナイツオブクィーンのキャプテンで、FWのエドガー・バルチナスさん」
「エドガーです。よろしく」

冬花の隣に並び恭しく小腰を折ったエドガーに、秋は遅くなってすいませんでした、と頭を深く下げる。

「構いませんよ。花は遅く咲くほど美しい」
「? はぁ……」

笑みを湛えた返答に秋は困惑に一瞬眉をひそめそうになったが、相手はパーティーの主催者だ。直ぐ様表情を整え、曖昧に頷く。

「こちらが、イナズマジャパンのキャプテンで──」
「円堂守! ポジションはゴールキーパー。よろしくな」

続く冬花の紹介を引き継いで、円堂は片手をエドガーへ差し出した。
エドガーはそれには応えず、円堂の煤けたグローブを一瞥すると軽く肩を竦めながらこう言った。

「……とりあえず、服を着替えて来たらどうかな」
「あ……ごめんごめん。グラウンドから直接来たからさ」

円堂は自分の格好を改めて見下ろして苦笑いする。片や白いタキシード、片や汚れきったユニフォーム。確かにこれではパーティーには相応しい格好とは言えないだろう。

「セバスチャン、彼にタキシードを。それから、レディには新しい靴を」
「畏まりました」

指を鳴らしエドガーは執事を呼び寄せると2人に──主に秋に笑みを向け、冬花の背中に手を添えた。

「では、ゆっくり楽しんでいって下さいね。行きましょう」
「あ……」

冬花は円堂の方を気にしながらも、エドガーに連れられ会場の中心へ戻っていく。
セバスチャンに連れ立たれ施設の中へ入っていく円堂を見送り、ひとまず安堵の溜め息を吐いた秋に織乃は小走りに駆け寄った。

「秋ちゃん、足は大丈夫ですか?」
「あ、織乃ちゃん。うん、平気。ヒールが折れただけだから……」

そこまで言って、先程まで円堂に背負われていたことを思い出したのだろう。頬を薄紅色に染めて頷いた秋に、織乃は2人が登場したときの冬花の何とも言えないような表情を思い出して複雑な気持ちになった。




それから15分程経った頃だろうか。ようやく着替え終えたらしい円堂が、袖の具合を気にしながら会場に戻って来た。

「やっぱり何か変なんだよな〜……」
「あ、円堂さぁん!」
「こっちだこっち!」

着慣れないタキシードに肩を軽く回す円堂に、立向居や風丸が笑顔で手を振り彼を呼ぶ。

「ふ、ふふふ……」

その時だ。おう、と声を返した円堂の耳に誰かの笑い声が届く。
それは彼の耳だけでなくその周囲にいた全員に届いたようで、彼らは一斉に笑い出したその人物に──エドガーに視線をやった。

「……?」
「いや失礼。あまりにも似合ってたもんだから」

口許を押さえ、周囲の疑問に笑いを堪えるようにしながらそう答えたエドガーに、イナズマジャパンの面々は挙って──不動だけ面白そうに眉を上げたが──顔をしかめる。
エドガーはそんな彼らの反応を気にせず、隣で困り顔になっている冬花の肩に手を置いた。

「さ、冬花さん。向こうへ行きましょうか。デザートがありますよ」
「ちょっと待っていただけますか?」

背を向けたエドガーに対し、憤慨したように声を上げたのら目金だ。肩越しにそちらを振り向いたエドガーに、目金は眼鏡のフレームを神経質に押し上げながら続ける。

「今のはうちのキャプテンに失礼じゃないですか」
「失礼……? はは、困るなぁ誤解してもらっては。私は褒めたんですよ」
「褒めたァ?」

目金の隣に並んでいた土方や綱海が目をすがめる。エドガーは事も無げにええ、と頷いた。

「ええ。だから言ったじゃないですか。似合ってるって」
「お前なぁ──」
「やめろ、綱海」

遂に声を荒らげようとした綱海を制したのは、それまで押し黙っていた円堂だった。
周囲のギャラリーは、突然不穏な雰囲気を醸し出し始めた選手たちを遠目に見物している。

「けど、このままじゃ……」
「その思いは、グラウンドでぶつければいい。俺たちのサッカーを見せてやれば良いんだ。だって俺たちは、サッカーをしにきたんだろう?」

あくまで静かに、言い聞かせるようにそう告げる円堂に、仲間たちの表情も落ち着きを見せる。
マネージャーたちは事の顛末をハラハラしながら見守っていたが、円堂の一声で怒らせていた肩を下ろした彼らにほっと胸を撫で下ろした。

「──だったら、やってみますか? 今、ここで」
「え?」

けれど、その制止を覆す言葉を言い放ったのは当のエドガーであった。どよめくイナズマジャパンたちへ正面から向き直ったエドガーは、挑発するようにやや語気を強めて続ける。

「私のシュートが君に止められるかどうか……嫌とは言わないですよね?」

そう告げるエドガーは、自信に満ちた笑みを浮かべ円堂を見据えている。
円堂はその視線を真っ正面から受け止め、やがてギュッと引き結んでいた口を開いた。

「……良いだろう。受けて立つ」
「円堂……!」

「面白いじゃないか。やらしてやれよ」咄嗟に咎めるような声を上げた鬼道の肩を掴んで止めたのは不動だった。
不動は先程のエドガーの発言からずっと面白そうに口角を上げている。鬼道は難しい表情で円堂の背中を見つめた。




2人はそれぞれユニフォームに着替え、会場横のグラウンドへと移動する。
ナイツオブクィーンの面々と対岸になる位置に揃ったイナズマジャパンは、グローブの具合を確かめる円堂にそれぞれ不安や期待の籠った眼差しを向けた。

「親善パーティーがとんでもないことになっちゃいましたね……」
「ええ……」

先に無礼を働いたのはこちらとは言え、エドガーのあの発言がわざとだったのは確かだ。まさかパーティーへ出席したのがこんな事態を招くことなるとは、とマネージャーたちは眉尻を下げる。

「ルールは簡単。1本勝負、私は君に向かってシュートを打つ。それを止められれば君の勝ち……では、行きますよ」
「来いッ!!」

フィールドで対峙した2人は互いに身構える。
「では……始め!」審判役を任された古株が声を張り上げると、エドガーは勢い良く走り出すや否やボールを高く打ち上げ、それを追い跳躍した。

「エクス──カリバー!!」

天高く舞い上がったエドガーの振り上げた足が、剣を象った闘気を纏う。
そのまま切っ先を振り下ろすように脚をボールに叩き込むと、ゴールに向かってフィールドを切り裂きくような衝撃波が巻き起こった。

「何だ、このシュートは!?」
「凄いパワーでヤンス!」

頬を叩く風とビリビリと空気を震わせる衝撃波を伴い襲いかかってきたシュートに、円堂は怯まず拳を構えた。

「怒りの鉄槌ッ!!」

叩き下ろした拳は確実にエクスカリバーを捉える。
勝った──仲間たちが喜色に顔を輝かせたのも束の間、エクスカリバーはその威力を殺されることなく、円堂の体を吹き飛ばした。

「ぐぁ──!」
「守くん!」

冬花の悲鳴染みた声がフィールドに響く。ネットに突き刺さり転がったボールを凝視し、目を見開いた立向居が呟いた。

「し、信じられない……円堂さんの怒りの鉄槌が、あんなに簡単に破られるなんて……!」
「円堂くん……」

円堂は呆然とした顔でゴール前に座り込んでいる。
それをどう取ったのだろう、「どうやら私の勝ちのようですね」と肩に落ちた髪を払いのけたエドガーは、遠巻きに2人の一騎討ちを眺めていた観客へ声を掛けた。

「さあ皆さん、余興は終わりです。パーティー会場へ戻りましょうか」
「これが……」

エドガーはそこではたと足を止めた。
振り返ると、自分の手をじっと見つめていた円堂が口を開く。

「これが、世界レベル……! ボールのパワーが、ずしんって来て……凄いなエドガー、今のシュート! あんなシュートが打てるなんて!」
「──……」

ぱっと立ち上がった円堂の顔には、あろうことか満面の笑みが浮かんでいる。呆気に取られたエドガーには気付かずに、みんなも見ただろ今のシュート、と円堂は嬉しそうに仲間たちに駆け寄った。

「あれが世界レベルのサッカー! そして俺たちは、その世界と戦える! そんな強い相手と戦えるんだ……!」
「俺たちも負けてられねーな!」
「ああ。みんな、明日から特訓だ!」

──エドガーのここでの目的は、自分の力を見せつけて彼らの心を折ることだったのだろう。
けれど、当のイナズマジャパンたちは心が折れるどころか更に闘争心を高めたようだった。

「本当のエクスカリバーを知らないで、おめでたい奴らだ……」
「ふ……思ったより楽しめそうだな」

溜め息混じりに呟いた仲間に肩を竦め、エドガーは円堂へ先程とはまた少し違う笑みを浮かべた。




翌日、イナズマジャパンはナイツオブクィーン戦に向けて対策を練り、本格的な練習を始めた。
元からやる気に満ち溢れていた彼らだったが、昨日の一件がより彼らの負けん気を刺激したのだろう、特に仲間たちのシュートを受ける円堂の目には、今までにないほどの強さへの思いが込められていた。

「……やっと自分たちの置かれている状況が分かったか」
「え?」

選手たちを眺めていた久遠がふいに呟く。
傍らに控える秋や織乃が咄嗟にそちらを見上げたが、久遠はそれ以上口を開くことなくフィールドを見据えたままだ。
──もしかしたら、久遠はこうなることが分かっていてパーティーに参加させたのかもしれない。2人は顔を見合わせ、彼の思惑に乗せられた形になった円堂たちに苦笑したのだった。