VS.Knights of queen
「ふわぁ、ふ……」
まだ薄暗い廊下に小さな欠伸が響く。重たい瞼を擦りながら宿福の玄関を出た織乃は、水平線の向こうから覗いた太陽の光を浴びてゆっくりと背伸びをした。
そのまま軽い屈伸と伸脚をして、寝起きの体を覚醒させる。
先程よりもスッキリとした顔つきになった織乃は、薄雲がゆったり浮かぶ澄み渡った青空を見上げそっと破顔した。
「(良かった、今日もいい天気になりそう)」
選手の体調管理をするにあたり、自分が体を壊しては元も子もない。織乃は自身の体調管理を万全にするため、ライオコット島に来てから朝の軽い運動を習慣付けていた。
元々朝にあまり強くないため通常のマネージャー業をする時よりも早起きしなければならないのが辛いところだが、回数を重ねれば体質が改善されるだろう。
よし、と足を踏み出そうとしたその時、背後の扉がそっと開く音がして織乃は思わず飛び上がった。
「──ん。御鏡?」
「き、鬼道さん?」
音をなるべく立てないよう配慮したのだろう、開いた隙間から滑るように外に出てきたのは鬼道だった。胸を抑えて目を見開いている織乃に「驚かせてしまったな」と苦笑した鬼道は不思議そうに首を傾げる。
「それにしても、随分と早いな。いつもこの時間から働き始めてるのか?」
「あ、いえ。こっちに来てから、朝は軽く運動することにしてるんです。今丁度、砂浜の方に散歩に行こうとしてたところで……」
「鬼道さんは?」と織乃は然り気無く跳ねた髪を撫で付けながら尋ねる。選手たちが起き始める時間はまちまちだが、それでもこんな朝早くに選手が行動することは滅多にない。
鬼道はああ、と相槌を打って小さく笑った。
「いつもより早く目が覚めてな。今日が本選だと思うと目も冴えてしまって……せっかくだから、気晴らしがてら辺りを少し歩いてこようと思ったんだ」
「そうなんですか……」
会話が一拍途切れ、緩やかな風が2人の間をすり抜ける。
鬼道はコホン、と小さく空咳をして織乃に改めて視線を投げ掛けた。
「……一緒に行くか? お前も砂浜に行くところだったんだろう」
「えっ、あ、じゃあ……ご、ご一緒します……!」
思わぬ展開に目を瞬く織乃に、鬼道は緩やかに口角を上げて「それじゃあ行くか」とマントを翻す。織乃は慌ててその背中を追いかけた。
普段は観光客やサポーターで賑わっている宿福周辺だが、流石に朝も早い時間となると人影は見当たらない。辺りを見渡し、鬼道がそっと呟く。
「静かだな……」
「まだ6時台ですもんねぇ」
他愛もない会話をしながら砂浜に降りる階段に差し掛かると、数歩先に階段を降りた鬼道が無言でこちらに手を差し伸べてきた。
織乃は一瞬迷ったが、やがて丸めた指先を伸ばしてそっと彼の手に重ねる。
「う……眩しい」
「俺は平気だがな」
「そりゃあ、鬼道さんはゴーグルがありますもん」
指でそっと触れあう程度に手を繋いで砂浜を歩く。
海面は空に昇り始めた太陽の光を反射して、目映く輝いている。以前訪れた沖縄の海とはまた違う青さ。目に染み入るような光に数度瞬きを繰り返した織乃は、そっと隣を歩く鬼道を窺い見た。
「鬼道さん──緊張、してますか?」
「それは……全くしないと言えば、嘘になるな」
「そう、ですよね……今日が世界での一戦目ですもんね」
「……そっちか」
「? そっちって……?」
「何だと思ったんです?」と織乃が首を傾げると、鬼道は一瞬困ったように眉根を寄せて、気にするな、と彼女の手を握り直した。
「まぁ……そうだな。確かに多少の緊張はある。だが、ここまで来た以上、弱音は吐けない。全力を尽くして勝つだけだ」
「目指すは世界一、ですもんね?」
「ああ」
吹き抜けた潮風が赤いマントをゆったりと翻す。
決意の籠る引き締められた精悍な横顔をしばし見上げて、やがて織乃は唇を引き結んだ。
「──私、そろそろ朝食の準備をしに戻りますね。鬼道さんはどうします?」
「ん、ああ……いや。俺はまだ少しここにいる」
するりと手を離すと、朝の涼しさで指先があっという間に冷えていく。
数歩駆け出した織乃は、ふと立ち止まって見送りの体勢に入っていた鬼道を振り返った。
「私も全力でサポートしますから! 今日の試合、絶対勝ちましょうね鬼道さん!」
「──ああ!」
軽く拳を掲げた鬼道に、織乃は嬉しそうにはにかんで手を振り今度こそ砂浜を後にする。
──あの顔を曇らせたくない。試合中に自分が出来ることは少ないかもしれないけれど、それでも、出来る限りのことをしよう。
表情を引き締め、織乃は宿福へ戻る足を早めた。
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:
港から船に乗り、辿り着いたのは5つの島の内の1つ、ウミヘビ島のウミヘビスタジアムである。
準備を終えてピッチに足を踏み入れたイナズマジャパンは、真っ先に目に入った観客席の白さに目を瞬いた。
「これは──」
その白は、ナイツオブクィーンのサポーターが挙って持っている旗や応援段幕の色。観客席がその白で覆い尽くされる程のナイツオブクィーンのサポーターの数は、イナズマジャパンのサポーターの存在を圧倒している。
「完全にアウェーだぞ、俺たち……」
「ああ……」
ピッチに一杯に反響するナイツオブクィーンコールに、イナズマジャパンの面々は思わず呆然と立ち尽くした。
太陽の光を浴びて、白い旗は目映く輝いている。その眩しさに目を細めた円堂の肩を、秋がチョンと叩いた。
「円堂くん、はい。キャプテンマークよ」
「ん、おお……さんきゅ」
差し出されたキャプテンマークを受け取る円堂の声は、この雰囲気に気圧されたのかどことなく覇気が無い。
秋は確かめるように瞬きを数度すると、握り締めたキャプテンマークをじっと見つめる円堂を見て口角を上げた。
「……どうってことないよ」
「うん?」
顔を上げた円堂の隣に立ち、秋は観客席を見上げる。
その横顔には一切の不安も迷いもない。
「全部、自分たちへの応援だと思えば良いの」
そうでしょ、と言うように秋は円堂を振り返る。
いつもと変わらないその穏やかな笑みに、円堂はゆっくりと息を吸い込み笑顔を取り戻して頷いた。
左腕に巻き付けたキャプテンマークをぐっと掌で押さえる。
静かにフィールドを見つめる円堂の背中に、冬花が控えめに声を掛けた。
「あの……頑張ってね」
「ああ!」
サムズアップで冬花に応えた円堂の目に既に曇りはない。準備を終えた仲間たちへ向き直り、円堂は力強く笑いかける。
「みんな、リラックスだ! いつも通り、全力を出そう。世界へ見せてやろうぜ、俺たちの力を!」
「おおッ!!」
拳を振り上げ、選手たちは意気込んでフィールドへ飛び込んで行く。その背中を見送って、織乃は胸に抱えたモバイルをギュッと抱き締めた。
「(鬼道さん、みんな、頑張って……!)」
ピッチサイドで審判によるコイントスが行われる。
キックオフはジャパンボールになったようだ。ボールを受け取った円堂に、ふとエドガーが右手を差し出す。
「お互いに頑張ろう」
「……ああ!」
円堂は一瞬目を瞬いたが、すぐに気を取り直しそれに応えた。円堂と握手を交わしたエドガーは、見定めるような笑みを浮かべる。
「──健闘を祈るよ」
「……!」
その言葉に、円堂は僅かに表情を強張らせる。その声はイナズマジャパンのテクニカルエリアにも届いており、リザーブの染岡や佐久間が分かりやすく顔を歪めた。
「なんっか嫌な感じだぜ」
「ああ。余裕綽々ってところがな……」
昨日の一件もあり、エドガーに対する敵対心は膨れ上がるばかりだ。ぼやく2人に、だらりとベンチに腰掛けていた不動が嫌味たらしく鼻を鳴らす。
「ふん。奴らにとっちゃ、勝って当然の相手だからな。日本は」
「勝負は最後まで分からないものよ」
しかし、間髪入れず返ってきたのは染岡や佐久間の文句ではなく、秋の力強い言葉だった。
予想外の返答に目を細めはしたものの異論はなかったのだろう、不動は小さく鼻で笑ってフィールドを眺める。
止まぬナイツオブクィーンコールの中、ついに試合開始のホイッスルが鳴り響いた。
イナズマジャパンは豪炎寺から受け取ったボールを持った鬼道を中心に攻め込んで行く。
対して向かってきたのはフィリップとエリックだ。鬼道は2人のチェックを切り抜け、すかさずボールを前方を走るFW──虎丸へ送り出す。
「(まずは開幕から切り込んで、流れをこちらに引き寄せる……!)」
世界大会本選ともなると、情報は予選の時以上に手に入りにくい。こちらの持っているナイツオブクィーンの情報は、エドガーを中心とした超攻撃型のチームと言うこと、そして昨晩彼の見せた必殺技のことのみ。
世界から選ばれた強豪からまだ発展途上にあるイナズマジャパンがイニシアチブを取るには、真っ先に試合の主導権を握ることが重要だ。
けれど虎丸が逆サイドを走る豪炎寺がフリーなのを確認してパスを打ち上げると、その軌道へ割って入ってきたエッジにボールを奪われ、やはり一筋縄では行かないか、と織乃は思わず唇を噛む。
「くそっ、あのパスが通らねーのかよ!」
「ま……まだまだ試合は始まったばかりですよ!」
始まったカウンター攻撃に沸き立つ白い群衆。ナイツオブクィーンはイナズマジャパンの選手たちを翻弄すると、あっという間にゴールエリア間際まで侵入してきた。
「通さねーぞ!!」
向かってきた綱海と壁山のディフェンスを鮮やかに避けたエドガーは、ボールをフィリップへ送り出す。
そのまま繰り出されたダイレクトシュートに円堂は咄嗟に食らいつき、何とか失点は免れた。
「これが日本のサッカーか……中々頑張っているじゃないか」
倒れ込むようにしてボールを押さえた円堂を見下ろし、エドガーは小馬鹿にするような笑みを浮かべゴールエリアから去って行く。
奥歯を噛み締めた円堂は、負けるものかとボールをフィールドへ投げ入れた。
イナズマジャパンは再びボールを持ち敵地へ切り込んで行く。鬼道からのパスを受け、ゴール前に辿り着いたのは虎丸だ。
しかし、ゴールエリアに入るより先に前方に立ち塞がったランスの繰り出したストーンプリズンに彼の体は吹き飛ばされてしまう。
「虎丸!」
仲間たちが地面に叩き付けられた虎丸に声を上げる間もなく、ランスからボールを受け取ったエドガーがゴールの円堂を鋭く見据えた。
「受けてみろ、聖なる騎士の剣を!!」
叫びと共に、フィールド中盤からエクスカリバーが放たれる。
「止めろ、円堂!!」完全にカウンターを受けた前線の選手たちではフォローが間に合わない。身構えた円堂に焦りの滲んだ鬼道の声が届く。その瞬間、彼の目の前に壁になるように人影が立ち塞がった。
「──壁山!!」
「ザ・マウンテン!!」
ゴールを覆い隠すように発現されたザ・マウンテンが聳え立つ。
だがその技もエクスカリバーを止めるには至らず、その剣は岩の壁を突き崩し壁山の体ごと吹き飛ばしていく。
「キャプテン頼むッス!!」
「おう!!」
吹き飛ばされながらも声を張り上げた壁山に、円堂は右拳を振り上げた。
拳から立ち上った金色に輝く闘気は光輝く魔神の姿へ。勢い良く振り下ろした黄金の拳は、エクスカリバーをフィールドに叩きつける。
観客席を埋めるナイツオブクィーンのサポーターから溢れる落胆の溜め息。壁山はそれを意に介さず、嬉しそうに円堂に駆け寄った。
「やったッスね、キャプテン!」
「ありがとう、壁山! お前のお陰だ!」
健闘を称え合い、2人は軽く拳をぶつけ合う。
そんな円堂たちを見つめ、エドガーはシュートを止められたにも関わらず緩やかに口角を上げている。その表情に、織乃は少なからず違和感を覚えた。
「(ゴールが決まらなかったのに、あの顔……余裕があるだけじゃない)」
きっと彼らにはまだ何か秘策があるのだろう。何にせよ、試合はまだ始まったばかりだ。考えていても仕方がない。
試合再開のホイッスルが鳴る。ボールがフィールドに投げ込まれイナズマジャパンが反撃に繰り出すと同時に、ナイツオブクィーン監督のアーロンが手にしたスティックを掲げ言い放った。
「行け! 完全無欠の騎士たちよ!」
その一声を合図に、ふとエドガーが右手を軽く掲げる。それに従い、ナイツオブクィーンの選手たちはその場から駆け足で移動し始めた。
「フォーメーションの変更!?」
「あの布陣は……」
織乃はモバイルの映像をすかさず巻き戻し、改めて先程のナイツオブクィーンの陣形を確認する。
最初の陣形はよくある基本の4―3―3。そこからエドガー、フィリップ、エリックの3人がセンターサークル側に突出し、他の選手たちは数組に固まりそれぞれやや後方に下がる形へと変わったようだ。
「(ゴール前を固める守りの陣形……?)」
織乃の考えを裏切るように、エドガーは先陣を切っていた虎丸と豪炎寺に対し何のアクションも取らない。てっきりチェックに入られるだろうと思っていた2人が思わず肩越しに振り返ったその後方で、ボールを持っていた風丸が風神の舞でフィリップを退ける。
「豪炎寺──」
その瞬間、前方にパスを送ろうとした風丸の視界が遮られた。エリックだ。
一瞬目を見開いた風丸は何とかエリックのディフェンスから逃れたものの、エリックの影から続けざまに現れたポールにブロックを受けボールを弾かれてしまった。
「くっ──」
「風丸くん!」
跳ねたボールにすかさずヒロトがフォローに入る。
ヒロトはそのままドリブルで持ち込んだが、これもまた3人がかりのディフェンスに阻まれボールをついに奪われてしまった。
「ふっ──攻め入ることが出来まい。ボールを持った相手に素早く次々と襲い掛かり攻撃を阻止する。これがナイツオブクィーンの必殺タクティクスアブソリュートナイツ=I!」
「反撃、開始だ!」アーロンの号令と共に、ボールを持ったポールを起点にナイツオブクィーンが一斉に攻め込んでくる。
白い波のように押し寄せる選手たちに、織乃は思わず唇を噛んだ。
「(そうか──エドガーさんがわざわざ豪炎寺さんたちを見送ったのは、必ずボールが取れる確信があったから……!)」
相手がボールを持っているタイミングならいつでも発動出来る守備の必殺タクティクス。攻撃型チームなだけあって、守備もカウンター狙いの好戦的な作戦をぶつけてくる。
「やらせるかってんだよぉッ!!」
綱海のスライディングを器用に半身を傾け避けたエドガーがそのままシュートを放つ。円堂は横っ飛びにそれを受け止め、何とかシュートは免れた。
「ナイスセーブだ」
ボールを抱え倒れ込んだ円堂に、エドガーは余裕を含んだ笑みで彼を見下ろす。
その見下すような声音に、円堂は上体を起こしながらエドガーを睨んだ。
「負けてたまるか……! 俺たちは世界一を目指してここに来たんだ!!」
──その時、エドガーの表情から初めて一切の笑みが消えた。
目を細め、彼は確かめるように反復する。
「世界一……」
「ああ! そのために激しいアジア予選を勝ち抜いてきたんだ!」
「──無理だな」
立ち上がった円堂に、エドガーは先程とは違う冷えきった声で言い放った。何だと、と噛み付く円堂に、エドガーは眉間に皺を寄せ語気を強めてこう問いかける。
「君たちは、世界一の意味を本当に分かっているのか?」
「何……?」
スタジアム一杯に響いているはずの歓声が、彼らの耳から遠ざかる。よく通るその声はフィールド全体に、そしてテクニカルエリアにまで届いた。
「円堂。君の言う世界一とは、自分たちだけのものなのか?」
「な──」
思わぬ問いに、円堂は思わず言葉を失う。
エドガーは円堂に、自分にも言い聞かせるような強い口調で続けた。
「世界の舞台で戦う代表チームは、自分たちの国の数えきれない人々の夢を託されているんだ。それを裏切ることは出来ない。その夢を背負って戦うのが、代表としての使命だ」
「代表としての、使命……」
かつての響木の言葉を思い出す。
選ばれた者は、選ばれなかった者の思いを背負う──円堂もその言葉を胸にここまで戦ってきた。他の選手たちもそうだろう。
だが、改めて言われて気付く。ここにいるイナズマジャパンのサポーターたちや、日本で応援してくれている仲間たち。彼らの期待を、自分はエドガーのように重く受け止めたことはあっただろうか。
「私たちは、ナイツオブクィーンに選ばれた誇りを胸に戦っている! ただ目の前の高みしか見えていない君たちに、負けるわけにはいかない!」
「……!」
エドガーの声は最早怒号に近い。確固たる決意を持った青い瞳に睨め付けられた円堂は、思わず腕に巻いたキャプテンマークを握り締めた。
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