Start dash
ホイッスルが短く鳴り、選手交代のボードが掲げられる。
フィールドの選手たちと入れ替わりにやって来たリザーブ選手たちが精悍な面持ちで指定のポジションに立つと、イナズマジャパンのメンバーたちはその異様とも見れる光景に目を瞬いた。
「何だ、あのフォーメーションは……」
赤い眼をすがめ、鬼道はゴーグルの狭い視界でナイツオブクィーンたちの新しいフォーメーションに思わず呟く。
攻めてくれと言わんばかりに大きく開いた両サイド。選手たちはフィールド中央に集まり、あれでは守備を捨てたのと同然だ。それとも、選手たちは中央突破の為に敢えてサイドを捨てああして集まっているのか。
「中央を意識させつつ、サイドから来る可能性も匂わせる……こっちを撹乱しに来ましたね」
「やるじゃねえか……」
難しい顔で織乃が呟く傍ら、不動が面白そうに目を細める。
緊張の走る中、ホイッスルが再度鳴り響いて試合が再開した。
先陣を切るのはエドガーだ。目前に豪炎寺が迫るや否や、彼はボールを後方のデービッドへ戻す。それと同時に、一番後ろを走るDFたちがフィールドを駆け上がりサイドへ散った。
イナズマジャパンはボールの奪取を豪炎寺に任せ、他の者たちは散らばったすかさず選手のチェックへ回る。その瞬間、エドガーはニヤリと口角を上げた。
「掛かったな──」
彼が腕を掲げたのを合図に、デービッドが再びボールをエドガーへ戻す。
エドガーはボールを受けとると、前方にフィリップ、左右の後方にマイキーとニックを伴い一息にイナズマジャパン陣内へ切り込んで来た。
「何ッ……!?」
「これは──エドガーを守っているのか!」
「止めるんだ!!」完全に意表を突かれ、相手陣内に取り残された豪炎寺が肩越しに叫ぶ。
すかさず鬼道と土方がディフェンスに向かうが、衝撃波にも似た風を纏い猛進してくるエドガーたちを止めることは出来ない。
「見たか──中央を意識させ、両サイドを囮にする……これが攻撃型必殺タクティクス、『無敵の槍』!!」
ナイツオブクィーンは次々とイナズマジャパンのDFたちを薙ぎ倒し、ついに切り開かれたゴール前にエドガーが飛び出した。
「行くぞ!!」
「何が何でも止めてやる!!」
彼のエクスカリバーが距離を開くことで威力が増すことは分かっている。この位置からのシュートなら、壁山の助力がなくてもきっと止められる。
身構えた円堂に、エドガーは勝ち誇ったように一笑した。
「ふ──今度はこの技だ! パラディンストライク!!」
「ッ!?」
横薙ぎに奮われた脚が、ボールを的確に捉える。
さっきまでのシュートではない──円堂は虚を突かれながらも、咄嗟に怒りの鉄槌を繰り出した。
けれどそのシュートの威力は先に受けたエクスカリバーと等しく、その勢いを止めることが出来ずゴールを許してしまう。
鳴り響く得点のホイッスル、沸き立つ観衆。その熱気とは裏腹に、イナズマジャパンに新たな緊張と不安が生まれる。
「これで1対2に逆戻り……やられましたね」
「近距離にも対応出来るよう、シュート技をもう一つ持っていたんですね……!」
険しい顔つきで呻く目金と、悔しげに唇を噛む織乃。フィールドでは円堂もまたエドガーを見上げ奥歯を噛み締めているのが分かる。
このままではエドガーのシュートは止められない。ならばどうすれば良いのか。
何の対策も浮かばぬまま、前半終了のホイッスルが無情に鳴り響いた。
『前半を振り返って、どうですかレビンさん?』
『そうですね。思った以上にイナズマジャパンが善戦していますね』
控え室の扉越しに、実況と解説の会話が微かに届く。
元々イナズマジャパンへの世界からの期待値はそれほど高くはない。恐らく会場のほとんどの人間が、この試合はナイツオブクィーンが制すものと考えているだろう。
「──すいません、戻りました!」
ハーフタイム直後からトイレに行っていた円堂が、迎えに行った秋を伴い控え室に戻ってきた。
円堂がベンチに腰に下ろしたのを確認し、久遠は改めて口火を切る。
「……これ以上の失点は許されない。後半はボールをキープして、常にボールを動かし続ける。鬼道、お前がコントロールするんだ。分かったな」
名指しを受けた鬼道は、無言で小さく頷いた。先程はエドガーにしてやられたが、今度はそうはいかない。織乃もまた険しい顔つきの鬼道を見て、ぐっとモバイルを抱える手に力が籠った。
「そしてもう1人──不動。後半はお前たち2人が司令塔だ」
「2人……?」
鬼道の眉が小さく跳ねる。不動は数度まばたきの後、ニヤリと口角を上げた。
「同時にピッチにいる意味を考えてプレーしろ」
「そう言うことだよ。鬼道クン」
いつものように挑発するような語気に、端で聞いていた佐久間の眉間に少し皺が寄る。
鬼道は難しい顔でしばし何か考えた後、傍らに座る円堂を振り返った。
「……円堂。ゴールは任せたぞ」
「──ああ」
答える円堂の声音に少しばかり淀みが混じる。
結局のところ、エドガーのシュートへの対抗策は何もうかばないままだ。彼もまた焦っているのだろう。
だが、それでも任せるしかない。彼はこのチームのゴールキーパーなのだから。
MF2人を中心にした作戦会議の後、ハーフタイムは終了し後半戦が間もなく始まる時間になった。
イナズマジャパンは栗松、綱海、土方をベンチに下げ、不動、佐久間、木暮を投入する。
赤い背中の隣へ並び立った不動は、ざっとフィールドを眺めて口を開いた。
「何をするべきか分かってんだろうな?」
「ああ。エドガーにシュートを打たせるなよ」
間髪入れず答える鬼道に、不動は目を細める。
彼らはベンチの織乃が心なしか不安そうに眉根を寄せたのを視界の端で捉えた。
「俺の足を引っ張るなよ? 鬼道クン」
「お前こそな」
不動の好戦的な物言いに、鬼道は冷静に切り返す。
そしてついに後半戦のホイッスルが鳴り響いた。
ナイツオブクィーンのボールでキックオフだ。鬼道と不動がそれぞれ素早く後方へ視線を投げ掛けると、それを受けた佐久間と風丸が左右に大きく距離を取りゴール前を大きく空ける。
一瞬怪訝そうに眉を顰めるエドガーだったが、すぐさま気を取り直し手を翻した。
「ならば遠慮はしない! 無敵の槍!!」
先と同じ陣形を組み、エドガーたちはいきなり攻め込んでくる。迫る彼らに後方のDFたちを振り返り、不動が声を張り上げた。
「飛鷹、狙うのはシュートの瞬間だぞ!!」
「ああ!!」
直後、エドガーを囲む選手3人に不動たちがチェックに入る。
自身を守る盾が剥がれたエドガーは、すかさず陣形から突出した。
「もらった…!」
その瞬間、エドガーの進行方向に木暮が小さな体を投げ込むように飛び出した。
寸でのところでそれを回避したエドガーに対し、続いて畳みかけるように飛鷹が飛び掛かる。
「真空魔ッ!!」
「何!?」
不意を突いた飛鷹のディフェンスは、シュート直前だったエドガーのボールを奪い取った。
「相手にボールを渡すな!!」鬼道の号令にボールは飛鷹から木暮へ、木暮からヒロトへ送り出され、イナズマジャパンはパスを繋ぎ前線を少しずつ上げて行く。
その僅かな合間を縫うように、鬼道と不動の指示はフィールドを飛び交った。
「右に流れるぞ、ダイレクトパスだ!!」
「あと1歩下がれ!!」
「中央へ寄せろ!!」
「2秒待って左だ!!」
──ボールは目まぐるしく移動し、ナイツオブクィーンを翻弄する。
鬼道と不動、それぞれ逆サイドにいる2人を中心にしてボールが飛び交う様は、まるで2つの台風のようである。
「染岡、豪炎寺!!」
中盤へ到達したところで、イナズマジャパンは突如攻撃に転じた。
「いつまでも好きにはさせない!!」それを好機と見たエドガーは、風丸からのパスを受けた不動の背後へ駆け出していく。
「今だ、ヒロト!!」
「!」
追いかけられながらのパスは僅かに軌道が逸れる。だが、肩越しにそれを見た鬼道がすかさず叫んだ。
「1メートル右だ!!」
ハッと一歩右へ移動したヒロトは無事パスを受け止めると、すぐさまボールを打ち上げそのままシュート体勢に移った。
「流星ブレード──≪V2≫!!」
火花を散らし、ヒロトの流星ブレードがゴール正面へ突撃する。
そのシュートに対し、フレディは天高く腕を突き上げた。指先から金色の光が迸る。
「ガラティーーン!!」
光は天へ伸び輝く剣となる。振り下ろされたガラティーンは流星ブレードを真っ二つに切り裂き、光の粒となって消滅した。
「あ〜っ、惜しい!」
「うん──でも、完全にナイツオブクィーンを封じ込めてたわ!」
地団駄を踏む春奈の隣で、秋が力強く相槌を打つ。
織乃は目を輝かせ、並び立つ2人のMFを見つめた。
「鬼道さんと不動さん、2人の天才司令塔がいたからこそ成立した必殺タクティクスですね……!」
「そうです!言うなれば、『デュアルタイフーン』!!」
高々と命名する目金の声は最早誰にも届いていない。
得点は依然1対2のまま。だが、ここで押していけばきっと勝機はある。
勢いを取り戻したイナズマジャパンは攻撃の手を緩めない。
「今度こそ……今度こそ決めるぞ!!」
「虎丸!」
不動からのパスを受け取ったのはリベンジに燃える虎丸だ。
そんな彼の前に、再びランスが立ちはだかる。
「何度来ても無駄だ!!」
──刹那、彼の脳裏に先程豪炎寺が彼の必殺技を回避した瞬間の光景が甦った。
いつか越えるべき人の背中。同じことができなければいつまでも後ろを追いかけているだけだ。虎丸は脚にぐっと力を込める。
「ストーンプリズン!!」
猛りと共に、フィールドから連続した石柱が飛び出してくる。
しかし、その石柱の群れに虎丸の姿はない。手応えを感じなかったランスは怪訝な顔で辺りを見回した。
──その瞬間、彼の視界に影が差す。
咄嗟に上を見上げると、虎丸がボールをキープしたまま彼の頭上を飛び越えて行くところだった。
「これならどうだッ!!」
「何だと!?」
ランスの背後に降り立った虎丸は、すぐさまシュート体勢に移る。
だが、それは彼の十八番であるタイガードライブの構えではなかった。
「うおおおりゃッ!!」
雄叫びを上げた虎丸の背後に顕現した7本の長剣は、彼の放ったシュートを守るようにゴールへと飛来していく。
フレディの繰り出したガラティーンを破り、虎丸のシュートはそのまま見事ゴールを貫いた。
「よおーーッし!!」
拳を突き上げた虎丸の元へ、仲間たちが驚きと喜びの入り交じる顔で駆け寄っていく。
「何っスか今のシュート!?」
「虎丸のヤツ、あんな必殺技を隠してたでヤンスか!」
「剣のように鋭く、キーパーに襲い掛かるシュート……グラディウスアーチと名付けましょう!!」
沸き上がるベンチ陣、まさかの同点にざわめく観客と実況席。
試合終了の時間が迫る中、イナズマジャパンは最後の猛攻へと繰り出した。
「行け、染岡!!」
鬼道からのパスを受け取った染岡に、ゴールの円堂が叫ぶ。これが最後のチャンスとも限らない。染岡はディフェンスを掻い潜りゴール前へ到達すると、全身全霊を懸け脚を振り抜いた。
「轟けェ!! ドラゴン──スレイヤー!!」
ナイツオブクィーンのゴールに青いドラゴンが襲いかかる。
しかし、その進行方向へ果敢にも飛び込む選手がいた。
「負けるわけには行かない──代表の誇りに懸けて!!」
エドガーだ。染岡がボールを受け取った瞬間からゴールまで駆け戻っていたエドガーは、ドラゴンスレイヤーに対し驚くべきことにエクスカリバーを直接繰り出した。
一瞬の鍔迫合いの後、その場を押さえ込んだのはエドガーの方だった。シュートをシュート技で蹴り返すという今までの彼らしからぬ力技に、イナズマジャパンは驚愕に目を見開く。
2つのシュートの相乗効果を受けたエクスカリバーは、今までの比ではない凄まじい威力でイナズマジャパン陣内へ戻ってくる。
防波堤となっていた壁山にはもう頼れない。ごくりと唾を飲んだ木暮がシュートの前に駆け出していく。
「旋風陣ッ!!」
けれど木暮の繰り出した旋風陣はらこの驚異的な威力の前ではそよ風程度の抵抗にしかならなかった。
あっと言う間に吹き飛ばされてしまった木暮を気遣う暇なく、エクスカリバーは円堂に迫る。
「守くん……っ」
きっとこれが最後のシュート。止められなければ日本の戦いはマイナスからの最悪なスタートになってしまう。
息を飲んだ冬花は、知らずとベンチから立ち上がっていた。
「(どうする……どうすれば止められる!?)」
考えている時間は最早ない。腕を振りかぶった円堂の脳裏に、不意にとある言葉が甦った。
──止められないのなら、止めなければいい。
それは、赤い帽子を被った名も知らぬ老人の言葉。
瞬間、円堂の瞳に輝きが灯った。
「(そうか──どんなシュートでも、ゴールに入らなければ得点にはならないんだッ!!)」
その瞬間、円堂はその場から高く跳躍する。その勢いのまま円堂が拳を地面に叩きつけると、そこを中心に光のシールドが半球上に展開された。
エクスカリバーはそのシールドの上を滑るように軌道を変えると、ゴールの上へ飛んでいく。
宙へ跳ね上がっていくボールを見上げ、円堂は弾けるような笑顔になった。
「やった……出来たぞ!!」
「そんな……!」
相手の力すら利用した渾身のシュートを予想もしない形で防がれたエドガーは、動揺に口許をわななかせた。対し、円堂の新たな必殺技に、サポーターたちは遂にチーム関係なく沸き立つ。
「やりました! 防ぎましたよ!」
「うん!」
「スッゲーぞ円堂ー!!」
観衆に負けないほどの大きな声で、ベンチのマネージャーたちや選手も大いに沸き立った。膝を震わせていた冬花も、ゆっくりと目を輝かせていく。
「今までのシュートを止める必殺技とは全く次元の違う発想です! そう正しく──イジゲン・ザ・ハンド=I!」
雲の隙間から差し込む太陽の光がイナズマジャパンのゴールを照らす。円堂は軽く放ったボールに思いきり脚を叩き込んだ。
「鬼道ーーッ!!」
円堂からのゴールキックは中盤の鬼道へと届く。
残り時間はあと僅か。このチャンスを無駄にするわけにはいかない。
「行くぞ不動!!」
「偉そうに命令すんじゃねえッ!!」
並走し、2人は一気に攻め上がっていく。自陣へ駆け戻ったエドガーは、髪を振り乱し声を荒らげた。
「決めさせはしない──ナイトの誇りに懸けて!!」
待ち構えるエドガーを見据え、鬼道はドリブルで前線を押し上げながら声を張り上げた。
「豪炎寺! 虎丸!」
「おう!!」
「はい!!」
中空へ放ったボールへ、鬼道と不動は力一杯脚を叩き込む。それぞれ逆の回転を加えられたボールは、爆発的な衝撃波を生み出した。
「キラーフィールズ!!」
放たれた衝撃波は、身構えていたエドガーたちのディフェンスを崩していく。落下していくボールを追いながら叫ぶのは豪炎寺だ。
「行くぞ!!」
「はいッ!!」
落下していくボールに虎丸が構える。咆哮を上げ顕現した虎は、その背に炎を背負う。
「タイガー──!!」
「ストーーーーム!!」
爆炎を纏う虎はその牙で繰り出されたガラティーンの刃を噛み砕く。
全てを灰にせんとする勢いで、2人のタイガーストームは見事ゴールネットを貫いた。
逆転のホイッスル、続き鳴り響く試合終了のホイッスル。
円堂は額に滲んだ汗をぐっと拭うと、目を輝かせ勝利に喜び合う仲間たちに駆け寄った。
「よーーし!! やったぞみんなぁ!!」
今までの疲れを忘れたかのように笑う円堂、嬉しそうにマネージャーと笑みを交わす冬花。互いのチームの健闘を称え合うサポーターたち。
エドガーは深い溜め息を吐き出すと、穏やかな笑みを浮かべた。
「(……大会は始まったばかりだ。今は君たちの勝利を称えよう)」
そう、ここはまだスタートに過ぎない。今は喜色に染まったあの表情が、いつ絶望に変わるとも限らないのだ。
だから今だけは、その喜びを噛み締められるよう。この悔しさを忘れないよう。エドガーは胸に手を当て、母国を思い静かに目を伏せた。
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