Spell in the shadow

「ツイン──」
「ブースト!!」

無人のゴールに必殺シュートが突き刺さる。
開始の初動からゴールまでの一連の流れを観察していた織乃は、うん、と満足げに頷いた。

「威力・速さともに問題なし! これなら十分アルゼンチンのゴールも狙えますよ」
「だと良いんだがな」

織乃から差し出されたタオルを受け取った2人──鬼道と佐久間は、笑みを浮かべ肩を竦める。

佐久間も御鏡に技の精錬をしてもらったらどうか。そう言ってきたのは鬼道だ。そう言えば帝国にいる頃はまだマネージャー業から逸脱しない範囲のことしか出来なかったのだったか、と織乃も快諾し、それならば是非、と佐久間を入れた3人でセントラルエリア近くの練習場へ赴いた次第である。

「これよりも威力を上げることは可能だと思うか?」
「うぅん……今はまだ難しいですね。先に2人の地力を上げないと。基礎体力の強化メニュー、もう一度考え直してみます」

ナイツオブクイーン戦にて勝利を納め、冬花の提案で1日の休息日を挟み身体を休めて数日。次の対戦相手であるジ・エンパイア戦は明後日に差し迫り、選手たちの気力も十二分だ。この大会中戦わなかったタイプの強敵なだけに一筋縄では行かないだろうが、このまま練習を重ねればきっと今回も勝つことが出来るだろうと織乃は踏んでいる。

「私は合宿所に戻りますけど……2人はどうします?」
「そうだな……俺たちも戻るか」
「ああ」

ボールを拾い上げた佐久間が2人の元に戻ってくる。こうして3人で並んで歩くと、昔に戻ったようだ。
小さく笑みを浮かべた織乃に、「何笑ってるんだよ」と佐久間が小首を傾げる。

「そう言えば、御鏡。立向居の特訓は順調なのか?」
「ああ……それが、中々難航してるみたいです」

ふと思い出すように尋ねた鬼道に、織乃は苦笑を交えて答えた。
どうやら立向居は、円堂がナイツオブクイーン戦で新たな必殺技を生み出したことに影響を受け、一から自分の必殺技を作ることに決めたらしい。
春奈を始め他の1年生たち、そして綱海もその特訓に協力しているようなのだが、端から見るに今のところ大きな進歩は見られなかった。

「今回御鏡は手伝わないのか?」
「ここまで来たら1年生のみんなだけで完成させたいから、って断られちゃって」
「綱海は参加してるけどな」

佐久間の問いに返すと、その隣で鬼道が肩を竦める。その表情は若干ではあるが不機嫌そうだ。彼のことだ、妹が立向居に付きっきりになっていることが少し面白くないのだろう。

「──ん?」

ふいに鬼道の足が止まる。それに釣られて立ち止まった2人は、一歩追い抜いてしまった鬼道を揃って振り向いた。

「鬼道……?」
「どうかしました?」
「……あれは……」

視線の先を辿ると、道路を挟んだ道の角に不動が一人佇んでいるのが見える。
大方また1人でジョギングでもしていたのだろう。奴がどうかしたか、と尋ねる佐久間に、鬼道は首を振る。

「いや、不動の前にいる男──」
「前に……?」

言われ、次に不動の見ている方角に視線を移す。その先にいたのは、今まさに車に乗り込もうとするサングラスを掛けた1人の男の姿だった。
不動の知り合いだろうか──一瞬浮かんだそんな考えは、直ぐ様掻き消される。

細長く大きな体躯、顎の尖った暗い面立ち。
その顔を見た刹那、彼らの脳裏に1人の男の存在がフラッシュバックした。

「まさか──」

その名を口に出そうとした瞬間、丁度脇にあった停留所に巡回バスが到着し、3人の視界を遮る。
バスが走り去る頃には、男の姿も不動の姿もそこから消えていた。

「っ鬼道、今のは……!」
「……」

呆然とした鬼道の口が微かに動く。

影山。

出で立ちは大きく変わっていたものの、見間違いでなければあれは確かにかつて帝国学園の総帥として君臨していた、影山零治その人だった。

「……っ不動を追いかけよう。あの男と接触したのか、確かめるんだ……!」
「ああ!」
「あ、ま、待って下さい2人とも!」

言うが早いか、鬼道と佐久間は不動が去っていったであろう方角へ駆け出していく。

一歩出遅れてしまった織乃は慌てて鬼道たちを追いかけながら、先程まで注視していた方を肩越しに振り向いた。
当然、あの男を乗せていったであろう車はもう影も形も見えない。

不動は思いの外あっさりと見つかった。
特徴のある後ろ姿を見つけた鬼道は、「不動!」と思わず声を張り上げながらその背中に駆け寄る。

「誰と会った……!」
「はぁ? 何のことだ」

振り返るなりそんなことを尋ねた鬼道に、不動は眉を持ち上げ半身を背ける。鬼道はそんな反応に顔をしかめ、不動の肩を掴み再度こちらへ向かせた。

「さっき会っていたのは誰かと聞いているんだ!!」
「──離せよ」

語気を荒らげる鬼道に深緑色の目が細められ、不動は不躾に掴まれた肩から手を払い除ける。

「おいおい……何興奮してんだよ。らしくないぜ、鬼道クン」
「俺たちは見た! お前があいつといたところを……!」

食って掛かる佐久間に煩わしそうに眉根を寄せた不動は、説明を求めるかのように織乃に一瞥をくれた。
確かに、今の鬼道たちは冷静さを欠いている。
織乃は2人を窺いながら、慎重に口を開いた。

「さっき、影山さんに凄くよく似た人を偶然見掛けたんです。それから、その近くに不動さんがいたところも……」
「何故……影山と……!」

動揺を押さえ込む為か、鬼道の声は微かに震えている。
そんな彼に不動は考え込むように視線を空に投げると、ややあっていつもの小馬鹿にした一笑を鬼道たちに向けた。

「不動!」
「──俺が誰と会っていようと、お前らには関係ねえ」

そう吐き捨てて肩を竦めた不動は、3人に背を向け歩き去っていく。
それ以上言及する言葉も見付からず、鬼道が歯を食い縛る一方で、佐久間は遠ざかる背中を睨むような顔付きになりながら呟いた。

「何故答えない……本当に影山だったからか? まさか不動は、また影山につくつもりなのか……?」
「……っ」

突然鬼道がマントを翻す。
「鬼道さん?」彼が歩を進めようとしているのは合宿所とは逆の方向だ。目を瞬いた織乃には視線を向けず、鬼道は佐久間に向けて言った。

「さっきの男を探す。本当に影山だったのか、確認しなければ……!」
「ああ」
「御鏡、お前は先に合宿所へ戻っていてくれ。他の仲間たちに何事もないか、確認するんだ」
「は、はい……!」

「頼んだぞ!」と佐久間が肩越しに叫んだのを最後に、2人の姿は街中へ紛れていく。
その場に残された織乃は、雑踏に消えた鬼道たちの影を見つめ顔をしかめた。

「(あれは本当に影山さんだったの? だとしたら、どうしてこの島に……)」

影山は自分の人生をねじ曲げる切欠を作ったサッカー≠最も忌み嫌い、かつてはそれを頂点で支配することで復讐とした男だ。
それを考えれば、彼がライオコット島で何をしようとしているのか──粗方想像は出来る。

しかし、問題は不動だ。
鬼道たちは不動が再び影山の傘下に入るつもりなのではないかと疑っていたが、織乃にはどうもそうは思えない。

『私は一流の選手を集めてこいと言った筈。──だが、お前の集めてきた選手は全て二流……お前自身含めてな』
『ッ二流……!? この俺が二流だと!?』

──真帝国学園での2人のやり取りを、織乃は間近で見ている。
元々一人のサッカー選手として高いプライドを持っている不動が、それを二流と切り捨てた影山にもう一度従うことが果たしてあるのだろうか。

「……今は、考えたって仕方ない」

世の中には似た顔の人間が3人いると言う。まだあの男が影山零治本人か、確証を得たわけではない。そんな内から考え込んでも事態は何も好転しないだろう。
頬を両手で軽く叩いて、織乃は合宿所としている宿福へと急いだ。

辿り着いた目的地に、これと言った変化はない。
さあ練習だ、と合宿所から円堂が意気揚々と飛び出してきたのを見て、織乃はひとまずホッと胸を撫で下ろした。

自室に戻り、モバイルを小脇に抱える。
ここに来るまでに合宿所の中をざっと歩き回ってみたが、特に何の異常も見受けられなかった。合宿所には続々と選手たちが戻ってきている。どうやら鬼道たちの心配は杞憂に終わりそうだ。

「──御鏡」
「! 鬼道さん、佐久間さん」

準備を終えてグラウンドへ出ると、丁度戻ってきたらしい鬼道と佐久間に出会した。声を潜め、どうでした、と尋ねる織乃に2人は首を振る。

「ダメだ。見つからなかったよ」
「そうですか……ねえ、鬼道さん。あれは本当に影山さんだったんでしょうか? もしかしたら、他人の空似かも……」
「いいや──それはない」

織乃の言葉を、鬼道は食い気味に否定した。いつも寄りがちな眉間の皺が一層深くなっている。

「俺はあの人を小さい頃からずっと見続けてきた。俺があの人を見間違える筈がない……!」
「……鬼道さん」
「もし影山が、このFFIに紛れ込んでいるとしたら……」

拳を固く握り締める鬼道が、2人の気遣わしげな視線に気付く様子はない。白んだ拳に、織乃は眉を下げた。

「……お前たちやみんなを、危険な目に遭わせるわけにはいかない」

低く呟いて、マントを翻した鬼道は合宿所に入っていく。
佐久間はその赤い背中を見送って、織乃に横目をやった。

「……どう思う?」
「鬼道さんは……まだ、あの人に縛られたままなんですね」

ぽつりと呟いた織乃に、そうだな、と佐久間は溜め息混じりに頷く。

佐久間や織乃と比べ、鬼道が影山の傍にいた期間はとても長い。
幼少期の鬼道の才能を見出だし、知識を与え、技術を与えたのは影山だ。彼がもう1人の父と言っても過言ではないだろう。

私の最高の作品はお前だ、鬼道──真帝国学園での、影山の最後の言葉が甦る。

「……鬼道さんは、もうあの人の人形なんかじゃない」
「ああ──勿論だ」

だからこそ、注意しなければならない。小さく囁くように言った佐久間の視線の先には、今しがた戻ってきたらしい不動の姿があった。

「不動さんが、影山さんに着くこと……ですか? でも、あの人はもう……」
「……お前はそう思っても、俺はまだあいつを信用できない」

悪いな、と最後に言い残して、佐久間もまた合宿所の中へ戻っていく。
佐久間からすれば、不動は真帝国学園へ自身を引き込んだ張本人だ。全て終わったこととは言え、まだ遺恨がなくなったわけではないのだろう。織乃は困った顔になって、グラウンドを振り返った。

他の仲間たちはこの島に影山と思しき男がいることも知らず、次の試合へ向け士気を高めている。そんな中でこの大会を脅かす男がいるかもしれないと伝えれば、ただ不安を煽るだけだ。

この件は、彼をよく知る面々だけで内々に処理しなくてはならない。
上手く行くかは分からないけれど、そうするのが今考えられる最善の策だ。

考え込んでいる間にも、選手たちはグラウンドに揃い練習を始めている。織乃は慌ててモバイルを抱え直し、自身もグラウンドに入った。




「──よーし、良いシュートだ! 次行くぞぉ!」

織乃たちの思惑も知らぬまま、練習は滞りなく進む。

片やシュートとパスの練習、片や新たな必殺技の特訓。
ちらりと1年生たち──綱海も含む──そちらの様子を窺うと、やはり特訓は難航しているようだった。
しかし、僅かだが確実に、立向居は何かを掴み始めているようにも見える。ここに来て織乃があれこれ口出しするのも野暮と言うものだろう。

そして、その一方で。

「(……分かってはいたけど、鬼道さんも佐久間さんも……不動さんも、練習に身が入ってない)」

鬼道や佐久間はやはり影山が気になってのことだろう。
ならば不動は? あの時鬼道の問いをはぐらかした彼があんな調子になると言うことは、やはり不動もあの男を影山と知った上で何か考えていることがあると言うことだろうか。

考えれば考えるほど坩堝に嵌まっていく。
うんうんと唸る頭上に、ふいに久遠の険しい声が飛んだ。

「──鬼道、佐久間、不動!」

声に違わず険しい表情をした久遠は、呼び集めた3人を厳しい目で見下ろす。

「お前たちは練習に集中出来ていない。グラウンドから出ろ」
「……分かりました」

「鬼道!」反論することもなく、固い表情で頷いた3人がフィールドから出ていくのを見て、円堂が心配そうに駆け寄ってきた。

「良いんだ、円堂。……監督の言う通りだ。確かに集中出来ていなかった」
「円堂、お前は練習に戻れ」
「……はい……」

鬼道にそれ以上言及する言葉も思い付かず、久遠に言われたまま円堂は渋々ゴールへと戻っていく。
各々大人しくライン際に並んだ鬼道たち3人に、小首を傾げた秋が織乃に囁いた。

「織乃ちゃん、鬼道くんたち何かあったの……?」
「……いえ……」

目を伏せてゆるゆると首を振った織乃に、そっか、と追求を控えた秋は記録に戻る。
鬼道たちが口を閉ざすなら、自分が言うわけにもいくまい。織乃は隠し事を抱えた罪悪感に口を真一文字に結んだ。

「あれ……不動さんは?」

数分して、作業に集中していた織乃の耳にふと春奈の声が届く。
振り向くと、兄の様子が気になったのだろう、立向居の特訓から外れた春奈がこちらへやって来るところだった。

「さっきまでここにいましたよね?」
「何……?」

鬼道はハッと辺りを見回すが、先程まですぐ近くに立っていた筈の不動の姿はどこにもない。
──まさか、とは思考が巡る間もなく彼はその場から走り出した。

「鬼道!」
「鬼道さん……!?」

弾かれたように振り返った織乃の視界に赤色がちらつく。
それを追いかける佐久間を見て、織乃は一瞬の逡巡の後立ち上がった。

「っごめんなさい2人とも、私ちょっと……!」
「え? 織乃ちゃん?」

どこに行くの、と声を上げた秋に答える余裕はない。
急いで階段を駆け上がり、織乃は前を走る佐久間に追い付いた。

「佐久間さん!」
「御鏡……! 行くぞ!」

言葉がなくとも考えることは同じだ。頷き合った2人は、大急ぎで鬼道を追って走り出す。

「──あいつら、どこへ行くんだ……?」




「(どこだ、不動……! 影山と連絡を取るつもりか……!?)」

日本エリアを走り抜けた鬼道は、セントラルエリアを宛もなく駆けずり回っていた。
周囲に不動の姿はなく、いるのはチームの応援に来た観光客ばかりだ。それなのに──すぐ近くに影山が潜んでいる、そんな錯覚に陥る。

「っ影山──」

感じ取った気配に立ち止まり、振り返る。 そこに見慣れた枯れ木のようなシルエットはない。
鬼道自身も、神経が過敏になりすぎていることは分かっているのだ。
だが、考えずにはいられない。そこの建物の影に、車の中に、今すれ違った集団の中に、あの男がいるとしたら。そう思うと、足が動かなくなる。
それこそ彼の術中に嵌まるかのように。

「会いたかったぞ、鬼道。我が最高の作品──」
「……!!」

──今のは空耳ではない。
鬼道は咄嗟にすれ違った男を振り返る。
だが、そこにいるのは見知らぬ観光客ばかり。額から流れる嫌な汗を拭うことも出来ず、鬼道は唇を震わせた。




「いたか!?」
「いいえ……!」

一方、鬼道を探しに出た佐久間と織乃は日本エリア内にいた。
一度は2手に別れたものの、鬼道はおろか不動の姿も見つからない。
どちらも分かりやすい姿をしているのだ、見つからないと言うことは、もうこのエリアにはいないのだろう。

早歩きで周囲に注意を払いながら、佐久間は呻くように言った。

「御鏡……俺はあんな鬼道、見たことがない。あいつは、やっぱり……」
「……鬼道さんは、恩師としての影山さんと、サッカーを悪事に使っていた影山さんを両方よく知ってます。だからこそ、まだ割り切れていないんです」

──賑やかな遊園地の一角で、鬼道が小さく弱音を溢していたことを思い出す。

鬼道は強い。正確に言えば、強くならざるを得なかったタイプの人間だ。
だからこそ、一度バランスを損なえばそこから総崩れしていく。

今の鬼道は、影山の存在や不動の挙動によりその均衡を正に失っている真っ最中なのだ。
そんな状態の彼を、影山と会わせるわけにはいかない。

険しい顔で呟いた織乃に、そうだな、と佐久間が神妙に頷いたその時だった。

「!」
「何だ?」

ふいに目の前を影が遮り、緩やかな放物線を描きボールが跳ねていく。
ボールを追うように視界にちらついた赤色に、2人は顔を見合わせた。今のは鬼道のマントではないだろうか。

「……! あっちか」

ボールは小脇の路地裏、奥へ続く道へ跳ねていく。織乃と佐久間は小さく頷き合って、それを追いかけた。

「鬼道、そこにいるのか!?」

角をいくつも曲がり、ボールの音と赤色を追いかける。
しばらく走ると、少しばかり広い場所に出た。太陽の目映い光が目を射し、思わず手で視界を覆う。

「鬼道さん……?」

逆光を背負うマントを羽織った独特のシルエット。広場の中心に佇む見慣れた人影に、織乃は眩しさに目をすがめながら声を掛けた。
けれど、人影は反応を示さない。光の中、目を凝らした織乃はハッとする。

「あなたは──」
「……」

次の瞬間、人影は突然2人に向かい突進してきた。
ボールが2人の間を跳ね、風と共に駆け抜けた人影とすれ違う。

赤いマント、ゴーグル、ドレッドヘアー。
その要素は、全て2人の探している人物に当てはまるものではあったが。

「鬼道……ッ!?」

そのまま薄暗い路地裏へ駆け抜けていった人物は、走りながらこちらを振り返る。暗がりに隠れた顔はやはりよく見えない。
暗闇にボールの跳ねる音と、不気味な程に静かな囁きが反響した。

「──あのお方から逃れることは出来ない」

それを最後に、辺りは耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。
「あのお方……?」呟いた佐久間の隣で、織乃は嫌な音を立てる心臓に胸をそっと押さえた。




『ライオコット島巡回バス、間もなく発車いたします』

目の前に開いた扉を見上げる。唇を引き結び、タラップを昇ろうとする肩に手が掛かった。

「! 佐久間、御鏡……!」

振り向くと、僅かに息を弾ませた織乃と自分の肩を掴む佐久間が険しい表情で立っていた。
2人が自分を追いかけてきたとは思ってもなかったのだろう、鬼道は驚いた風に眉を上げる。

「俺たちも行く……!」
「……行くのは俺だけで良い。影山の恐ろしさはお前たちも知っているはずだ」
「だからこそです!」

顔をしかめる鬼道に、織乃は語気を荒らげ眉間に皺を寄せた。

「鬼道さんが私たちを心配してくれるのはありがたいです。でも──」

先程遭遇したあの人影。あまりに鬼道によく似た出で立ち。
どこの誰かは分からないが、あの姿の人物がわざわざ織乃たちに接触してきたことを考えるに、影山が裏で何か糸を引いているのは火を見るより明らかだ。

罠かもしれない。しかし、あの人物の正体を確かめるためにも、そして鬼道自身の為にも、ここは引くわけにはいかないのだ。

「……鬼道さんだけを、危険な目に遭わせるわけにはいきません」
「御鏡……」

こちらを見つめる2人の目に迷いはない。
ややあって、鬼道は小さく頷いた。

「分かった──着いてきてくれ」

力強く頷いた2人は、鬼道に続きバスのタラップを昇る。
向かう宛はあるのか──織乃が尋ねようとした矢先、通路へ進もうとしていた鬼道の足が止まった。

「不動……!」
「えっ?」
「……誰かと思えば、お前らか」

呆れ混じりに呟き、こちらに流し目をくれたのは確かに不動だった。どうやら彼もまた向かう先は同じらしい。

「やはり影山のところに行くつもりか……!」

鬼道の言葉には答えず、不動は口角を歪めるばかりだ。
織乃は睨み合う3人の後ろで、ただ事を見守ることしか出来ない。
そんな時、バタバタとバス停に駆け寄ってくる忙しない足音が聞こえてきた。

「はぁ、間に合った……!」
「! 円堂……!?」

扉が閉まる直前にバスに駆け込んできたのは、ユニフォーム姿のままの円堂だった。バスはそのまま緩やかに発車する。
息を整える円堂に、「次から次へと……」と呻くように呟いた不動が額を覆った。

「バスに乗るとこを見たから、気になって……って、不動もいたのか。なぁ、一体何があったんだ? どこへ行くつもりなんだよ」

──ここまで来てしまっては、もう誤魔化すことは出来ない。
佐久間と目配せを交わした鬼道は、歯を食い縛るとしばし置いて重たい口を開いた。

「……この島に、影山がいる」
「影山が……!?」

バスは大きな橋に差し掛かり、エリアを移動する。
遠くに見えてきた見慣れた街並みに、織乃は唇を噛み締めた。