Nightmare of a fly

橋を渡る巡回バスが、石材の継ぎ目を越える度ゴトゴトと揺れる。
一般客も乗り合わせた車内の一角は、酷く重苦しい空気に包まれていた。

「影山はこの世界大会で、何かしようとしているのか……!?」
「分からない……だから、それを調べに行くんだ。もし悪事を企てているのなら、何としても止めなければ」

旧敵である影山がこの島にいる──それを聞いた円堂は、険しい顔になって鬼道に尋ねる。
それに負けず劣らず険しい顔つきのまま答えた鬼道に、そうか、と円堂は得心が言ったように呟いた。

「だから鬼道たちは、練習に集中出来なかったんだな……」
「……心配掛けてすまなかった」

鬼道と佐久間は顔を見合わせ、申し訳なさそうに眉を下げる。この調子では、他のメンバーにも同じように心配されていたのだろう。

「アルゼンチン戦は明後日。今日明日の内に心配事を片付けて、試合に臨もう。久遠監督には、帰ってから説明する」
「ああ! みんなで影山の野望を止めるんだ!」

安心させるように笑みを浮かべ答えた佐久間に、円堂は大きく頷いた。

けれど佐久間は直ぐ様笑みを潜めると、視線を円堂から外し車内の前方へ移す。
鬼道はそんな佐久間を一瞥し、やや語気を強めて言った。

「──少なくとも、俺たちは影山を止めるためだが……あいつは影山の元へ行くかもしれない」
「鬼道さん……」

眉根を寄せる織乃の声に、少しばかり諌めるような色が混じる。
え、と口を開けた円堂は、鬼道たちが鋭い目線をやった不動を振り返った。

「不動は、影山と2人きりで会っていたんだ」
「そうなのか?」

正確に言えば、3人が見たのはあくまで影山と思しき男の近くに不動が立っていた場面だ。直接彼らが話しているところを見たわけではない。
だからこそ、不動がこれを否定さえすればこの件はひとまず落ち着く筈ではあるのだが。

「……さぁな」
「不動!」

一貫して、不動は否定も肯定もしない。織乃に宥められる鬼道とツンとそっぽを向く不動を見比べると、円堂は考え込む間もなく言った。

「俺は不動を信じる!」
「えっ?」

鬼道も佐久間も織乃も、そして不動でさえ目を見開き、胸を張った円堂を見やる。
バスがトンネルに差し掛かると、車内は否応なく薄暗くなった。訪れた暗闇に円堂の表情も見え難くなる。

「円堂……」
「俺にとっては、不動も鬼道や佐久間や御鏡と同じ、大事な仲間だ」

しかし、と言い掛けた佐久間に円堂は視線を返す。反射的に口を噤む佐久間に、円堂はいつもの人好きする笑顔で言った。

「俺はみんな≠信じてる!」
「……」

顔を見合わせ脱力する鬼道と佐久間に、織乃は小さく微笑む。

周囲に波風が立たぬよう、当たり障りのない答えを出す──そんな器用な真似は、根っからの正直者の円堂には出来ない芸当だ。
雑じり気のない本心から来る言葉であると分かるからこそ、鬼道たちも反論することが出来ない。
そしてそれは不動も同じだったのだろう、嫌味の1つでも言わんとしていた口を閉ざし、ふんと鼻を鳴らした彼はどっかりと座席に腰掛ける。

そんな空気に構わず、ところで、と円堂は改めて鬼道に尋ねた。

「このバスでどこへ行くんだ?」
「それは……」

鬼道が口を開くのと同時に、バスの進行方向に光が差し込む。トンネルを抜け、日差しの眩しさに目を細めていると車内アナウンスが入った。

『次は、イタリア。イタリアエリアに停車します──』

イタリア、と織乃の口が小さく動く。色鮮やかな街並みが、今はやけに目に痛い。

「ここにあの人がいるんですか……?」
「『イタリアエリアで待っている』……俺の聞き違いでなければ、奴は確かにそう言っていた」
「会ったのか? 影山と……!」

織乃の問いに低い声で鬼道が答えると、佐久間がハッと見開いた目で彼を振り向く。
きっと佐久間と織乃が鬼道を探し回っていた時だ。やはり影山は鬼道と接触したのだ、と佐久間は結局何も出来なかった悔しさに唇を噛む。

鬼道はそんな彼に、心配するな、と僅かに眉間の皺を緩めた。

「ただ一瞬擦れ違っただけだ。それ以上のことは何もなかった」
「そ、そうか……」
「でも、どうして影山はイタリアエリアを指定したんだろうな?」

流れる景色を物珍しそうに眺めながら、不思議そうに円堂が呟く。
さぁな、と疲れたように支柱に凭れた鬼道は、足元に目線を落とした。

確かに円堂の言う通りではある。わざわざ日本エリアではなく、イタリアエリアを指定場所にしたのは何か理由があるのだろうか。
元々何を考えているのか掴めない男だ。予想したところでどうせ掠りもせずに外れるのが関の山だろうが。

「(ああは言ってるけど、鬼道さん大丈夫かな……)」

名刺が挟めそうな程眉間に深い皺を刻む鬼道を一瞥し、織乃は密やかに溜め息を吐く。

雷門対帝国の試合で一度逮捕されて以来、影山は現れる度彼の心に暗い影を落としてきた。
もしも今追っている人物が本当に影山本人であるのなら、日本にいる鬼瓦とも連絡を取らなければ──そこまで考えて、織乃は携帯電話を宿福に置いてきてしまったことを思い出した。

「……そう言えば秋から聞いたんだけど、御鏡の友達って、イタリア代表チームの選手なんだって?」
「えっ、あ、はい。そうです」

ふと思い出したように尋ねてきた円堂に、我に返った織乃は慌てて頷く。

「俺、この間フィディオってヤツと友達になったんだけどさ、ひょっとしてそいつのことだったりする?」
「え? 円堂さんいつの間にフィディオさんと……ええ、そうですよ。フィディオさんとあと2人……その3人が所属してたチームで、しばらくお手伝いをしてたんです」

今度のお休みに挨拶に行こうと思ってたんですけど、と答える織乃の言葉尻が緩やかなブレーキの音に掻き消される。
開いた搭乗口を見て、織乃は苦笑しながら続けた。

「……今回は、出来れば会う機会がない方が良いですね」
「かもな……」

影山を追いかけているこの状況下でフィディオたちと再会すると、この件に彼らを巻き込んでしまう可能性が出てきてしまう。
無関係の人間を巻き込むわけには行かないからな。そう呟くように言って、鬼道はバスのタラップを降りた。

「──で、ここからどうする?」
「まずは影山がここにいると言う確証を得たい。ここは奴を乗せていった車を探そう」
「ナンバー覚えてるんですか?」

ああ、と短く答えた鬼道が先頭を切って歩き出す。
影山を探すと言う目的は一致しているらしく、不動も3人の後ろをだらりと着いてきた。

「あいつがここを拠点にしてると仮定するなら、宿泊施設を当たるのはどうだ?」
「いえ……あの人、最後に会ったときと随分風貌が変わってました。宿泊施設を利用するにも、もしかしたら偽名を使ってるかもしれません」

佐久間の提案に、織乃が慎重な声音で言って首を振る。
あの時見た影山らしき男は、以前と比べ随分と日本人らしからぬ容姿をしていた。日本名を名乗っているかも怪しいところだろう。

「じゃあ、やっぱりその車しか手懸かりはないってことだな」
「ナンバーを手当たり次第と探すとなると……やっぱり、手分けした方が良さそうですね」

島を各エリア毎に分けているとは言え、一つ一つのエリアはそれなりの広さがある。
これは時間が掛かりそうだ、と織乃たちが顔をしかめたその時だ。

「……!」
「鬼道、どうした?」

ふいに、前を歩いていた鬼道が足を止める。
その背中に危うくぶつかりかけた円堂は、不思議そうに鬼道の顔を覗き込んだ。
鬼道の視線は、脇の小道の先に続く通りへ向いている。

そこに見えたのは、青い服を来た数人の少年たちが歩いている姿だった。
目を凝らした佐久間が「あれってイタリア代表チームじゃないか?」と呟いた次の瞬間、唐突にひゅう、と息を飲んだ鬼道がそちらへ向かって走り出す。

「あっ、鬼道さん!?」

突然駆け出した鬼道を追い掛けて、織乃たちも急いで小道に飛び込む。
路地を抜けるまであと数メートル。そんな時、彼らはガラリと何かが崩れ落ちるような音を聞いた。

「あれは──!」

視界の端に捉えたのは、壁際に立て掛けられた幾本もの大きな用材が支えを失い、1人の通行人に倒れ込もうとしている瞬間。
目前に迫る用材を呆然と見上げるその後ろ姿に、織乃は咄嗟に叫んでいた。

「フィディオさんッ!!」

──ガラガラドカン。

倒れた用材が砂煙を巻き上げる。
だが、フィディオは怪我1つなくその場に佇んでいた。
その手にはサッカーボールが抱えられている──鬼道が近くにいたフィディオの仲間から引ったくったボールを放ち、彼を押し潰そうとしていた用材を弾いたのだ。

「……君が蹴ってくれたんだね。ありがとう!」

我に返ったフィディオは、誰がボールを蹴ったのかその広い視野にしっかりと収めていたらしい。
素晴らしいキックだった、と彼は鬼道に清清しい笑顔を向けた。

「フィディオさん、無事で良かった……!」
「え──シキノ? それに円堂も……どうしてここに」

そこでフィディオは初めて織乃たちの存在に気が付いたらしい。
やや離れた場所で呆然としていたオルフェウスのメンバーたちも、「シキノ!?」と歓声染みた声を上げたマルコを筆頭に駆け寄ってくる。

「危なかったな。怪我はないか?」
「ああ。彼のお陰でね……!」

そう頷いてフィディオは鬼道に視線を向けたが、鬼道の目はフィディオではなく足元に散らばった用材に向いていた。
彼らの身の丈より3倍はあるであろう大きな用材。これが直撃していたら、きっとただでは済まなかっただろう。

「でも、よく倒れてくるの気付いたな。流石鬼道だ!」
「円堂、彼も君と同じチームの……?」
「ああ、最高の仲間だ!」

にか、と笑った円堂に、フィディオの表情が一瞬曇る。
彼と親交のある織乃は、久し振りの再会と言えどその些細な変化を見逃さなかった。

「フィディオさん……何だか顔色が悪いですけど、何かあったんですか?」
「……」

尋ねると、フィディオはいよいよ渋い顔になる。マルコたちも顔を見合わせ挙って俯いた様子を見るに、チームに何か良くないことが起きたらしい。

「どうしたんだよ、フィディオ。何かあったなら相談に乗るぞ?」
「……ありがとう、円堂」

ややあって頷いたフィディオは、キャプテンマークをギュッと握りながら仲間たちを振り返る。

「大勢で固まってると目立ってしまう。みんな、先に合宿所に戻っててくれるか?」
「ああ、分かった」
「ええっ!? せっかく久しぶりにシキノに会えたのに!」

行くぞ、とマルコはすがり付いていた織乃の腕から問答無用でひっぺがされ、そのまま両腕を抱えられる形でガッツとダンテに引き摺られて行く。
「気を付けて帰ってこいよ」と言い残して去っていくベントやアンジェロに軽く手を振って、フィディオは円堂たちを振り向いた。

「……あまり、大きな声で話せることではないんだ。こっちへ」

そう言って、フィディオは脇の小道へ4人を案内する。

出てきたのは水路に小さな橋のかかった路地だった。通りの裏、更に奥まった場所とあり、時おり水路をゴンドラが通る程度で人気は少ない。

フィディオは円堂たちと向き直ると、実は、と重たい口を開いた。

「オルフェウスには今、ちょっと厄介なことが起きてるんだ──」

そんな切り口で、フィディオは訥々と今朝起きた事から一部始終を語り出す。それは織乃たちが予想していたよりも、そして確かにフィディオが言うように厄介な内容だった。




時間は織乃たちがバスに乗る3時間程前に遡る。

朝の目映い日差しの中、イタリア代表チームオルフェウスはいつものようにフィディオを中心とした練習に励んでいた。

「予選の第一試合に勝ったからって気を抜くな! 世界レベルの相手は、確実に弱点を突いてくるぞ!」

フィディオは自身もプレーしながら、対面した仲間たちへ次々と改善点を述べていく。彼の観察眼を信じている仲間たちは、素直にそれを受け取り弱点を克服出来るよう調整を重ねる。互いの弱点をカバーしあうのではなく、克服するためのプレーは、確実にオルフェウスの地力を伸ばしていた。

──みんな気力も充実し、コンディションも好調だ。
シュートを決めたフィディオは、仲間たちを笑顔で振り返る。

「よーし、みんな! 次の試合も必ず勝とう!」
「おーっ!」

天に突き上げられるそれぞれの拳。このチームワークと団結力を持ってすれば、きっと次の試合も良い成績を残せる。
そんな中、グラウンドの入り口に黒塗りのリムジンが止まったのを視界に入れたフィディオは、そちらを振り向いた。

「あ、監督かな?」

オルフェウスの監督であるパウロは、今朝早くに大会の運営委員会から呼び出しを受けて合宿所を留守にしていたのだが、それが今ようやく帰ってきたらしい。
しかし、出迎えようと踏み出した足は、リムジンから降りてきた人物を見るや否や一歩目で止まってしまう。

「(あれは……?)」

そこに降り立ったのは彼らの見覚えのない、長い金髪を束ねた白いスーツの壮年の男だったのだ。
突然現れた男はオルフェウスたちの不振の目を物ともせず、当たり前のようにグラウンドに立ち入り空いたベンチへ腰を落ち着ける。
そこまで行くと、フィディオたちも黙ってはいられなかった。

「どなたか知りませんが、そこは監督の席です。今すぐどいて下さい」

仲間たちの先頭に立ち、男の元へ駆け寄ったフィディオは強い口調で彼に言う。
けれど、男はフィディオを静かに見上げただけでベンチから動く気配はない。フィディオは眉間に皺を寄せ、痺れを切らしたように語気を荒らげた。

「そこに座ることが出来るのは、世界でたった1人……イタリア代表チーム、オルフェウスの監督だけです!」

男の掛けたサングラスが、太陽の光にぎらりと輝く。真一文字に結ばれた口がゆっくりと開かれ、低く淡々とした声が鼓膜を揺らした。

「──私は本日より就任した、イタリア代表の新しい監督だ」
「なっ……!?」

告げられた言葉に、選手たちに動揺が広がる。
「新監督……!?」目を瞬いたフィディオは、直ぐ様男を険しい表情で睨んだ。

「嘘だ。監督は俺たちに、辞めるなんて一言も言ってなかった!」

男は彼らが反論することを想定していたのだろう。彼は不意に懐から1枚の紙を取り出すと、フィディオたちの眼前へ掲げた。
文面を目の当たりにしたオルフェウスは、思わず息を飲む。

本日を持って、イタリア代表チーム監督のパオロ氏を解任する──それは、本国のサッカー協会からの正式な辞令であった。

「じゃあ、本当に……!?」
「ミスターK>氛氓サれが私の名だ。早速だが、新しい監督として発表することがある」

選手たちが事態を飲み込む隙も与えぬ内に、ミスターKと名乗った男は冷然と言葉を続ける。
彼の背後には、いつの間にやって来たのだろうか、フードを目深に被った11人の人物が勢揃いしていた。

「──お前たちはクビだ。そして、彼らが新しいイタリア代表……チームK≠セ」
「そんな……!?」

彼らが言い返すより早く、ミスターKはさっとベンチから立ち上がる。
すらりと伸びた背は大きく、黄昏時に足元に延びた黒い影のような不気味さがあった。

「これから我々は練習を行う。お前たちはグラウンドから出ていけ」
「っハイそうですかって、納得行くわけねえだろう!!」
「代表候補にも選ばれなかった彼らが、実力があるとは思えません!」

今にもミスターKに殴りかからんばかりの苛立ちを見せるキーパー、ブラージを片手で制しながら、フィディオはミスターKに言い募る。
だが、ミスターKはそんなことはお構い無しに冷たく返した。

「誰を代表メンバーにするかは、監督の私が決めることだ」
「俺たちより彼らの方が、優れていると言うのですか!?」

フィディオは語気を荒らげ、果敢にミスターKを見上げる。
仲間たちもまた、ミスターKを睨みつけそこから動くまいと言う意思を見せている。
ややあって、ミスターKはこう言った。

「……では、チャンスをやろう」
「チャンス……?」
「チームKとお前たちとで代表決定戦を行い、勝利した方をイタリア代表とする」

試合開始は明日の午後、このグラウンドで──そう告げるミスターKのサングラスに、フィディオたちの険しい顔が映る。

あの辞令は本物だった。だとすれば、全ての決定権はこの新しい監督が握っている。これを拒否すれば、自分たちは本当にチームを追い出されてしまうだろう。
フィディオは奥歯を噛み締めると、「分かりました」とその提案を受け入れた。




「グラウンドを追い出された俺たちは、明日のために練習が出来る場所を探してイタリアエリアを走り回った。だけどその途中で、仲間たちが次々と事故にあって……その内の8人が、今病院で治療を受けている」
「8人も怪我を……!?」

目を剥いた円堂に、沈痛な面持ちでフィディオは頷く。鬼道があと一歩走り出すのが遅ければ、フィディオもまた今頃病院で治療を受けている頃だっただろう。

「同じチームのメンバーが次々と事故で怪我……偶然にしては出来過ぎている」
「どう言うことだ……?」

顎に手を添え呟いた鬼道に、フィディオは目を瞬いて問い質した。

「チームKを代表にするために、もし誰かが意図的に仕組んでいたとしたら……」
「まさか……ミスターKが!? でも……仮にも代表の監督がそんなことするわけがない!」

険しい表情になったフィディオに、小さく頷いた鬼道は俯き、探るような声音で続ける。

「……俺はそう言う男を知っている。影山零治──昔、俺たちの監督だった男さ」
「君たちの……?」

5人から距離を置き水路を眺めていた不動がひくりと眉を上げ、鬼道を一瞥した。

困惑したように眉根を寄せるフィディオに、鬼道は淡々とした口調でかつて影山のしてきたこと、そして彼がこのイタリアエリアにいるかもしれないことをフィディオに説明する。
喋り口こそ落ち着いていたが、話す鬼道の横顔は終始怒りを押さえ込むような厳しいものであった。

「──そうか、そんなことが……カゲヤマレイジ、恐ろしい男だね。そいつがこのイタリアエリアにいるなんて……」
「……!」

フィディオが呟いたその時、ふいに鬼道の脳裏にある閃きが走った。
もしも本当にミスターKがフィディオたちを陥れようとしているのなら、そのやり口はあまりに影山と酷似している。

日本人らしからぬ風貌に姿を変えた影山。場所をわざわざイタリアエリアに指定した理由。
『似ている』のではなく──正真正銘、『同じ』なのではないだろうか。

「まさか……そんなバカな……!」
「鬼道?」

突然引き攣った声を漏らした鬼道に、円堂は驚いたようにそちらを見る。
佐久間もまた同じ考えに至ったのだろう。落ち着け、と鬼道の肩を叩き、彼は首を振った。

「考えすぎだ、鬼道。ミスターKが影山だなんてこと、あるわけがない……!」
「そう、だな……すまない、忘れてくれ……」

深く息を吐き出し、鬼道は額を片手で覆う。
鬼道が落ち着いたのを見計らい、脱線した話を元に戻したのは円堂だ。

「でも大変だよな、代表決定戦。残ってるメンバーって7人だけなんだろ?」
「うん……でも、今いるメンバーで戦うしかない」

頷くフィディオの顔色は優れないままである。
彼も頭では分かっているのだ。正キーパーと控えのキーパーを失い、仲間の半数を損なった状態では勝ち筋などあるわけがない。
それでも諦めきれないのは、彼にも数々の選手の中からイタリア代表として選ばれた誇りとプライドがあるからだ。

「けど4人も足りないんじゃあ……何か良い考えは……ん?」

そこで考え込んでいた円堂が、ぱっと顔を上げる。
鬼道と佐久間、そして不動を順繰りに見て、最後に自分の手を見つめ、彼は明るい声を上げた。

「そうだ! 俺たちがフィディオのチームに入れば良いんだ!」
「えっ?」

円堂の突然の提案に、その場にいる全員が目を丸くした。円堂は構わず言葉を続ける。

「大事なことは、そのミスターKにフィディオたちの実力を見せつければ良いんだろ? 公式戦じゃないんだから、ミスターKも認めてくれるんじゃないかな」

「な、みんな!」と円堂は笑顔で仲間たちを振り返る。しかし、それに色好い返事をする者はいなかった。

「やりたきゃ勝手にやれよ。俺は別にやることがあるんでね」

真っ先に反論したのは当然不動だ。冷たく言い放ち、鼻を鳴らした彼はつんと円堂たちに背を向ける。
何で、と眉を下げる円堂に、鬼道が固い声色で続けた。

「悪いが円堂、俺も手伝えない」
「今は影山を探すことが先決だ」

鬼道と佐久間の表情は真剣そのものだ。賛成してくれるものとばかり思っていた円堂は、ちらりと織乃を見るが、織乃もまた残念そうに首を振っている。

確かにフィディオたちの件は難題だ。だが、ここで影山の一件を放っておけば、イタリアチームや日本チームだけでなく、他のチームも巻き込んだ大変な事態になる可能性は大きい。
それを考えると、優先順位はやはり鬼道たちの目的の方がどうしても上であった。

「ありがとう、円堂。気持ちだけで十分だよ」
「でも……」

笑みを向けるフィディオに、円堂は心配そうに言い淀む。
けれどフィディオの言葉に嘘偽りはない。円堂がそう言って自分たちに協力してくれようとする気持ちが、今のフィディオは何よりもありがたかった。

「これは俺たちの問題だ。だから、今自分たちで出来るだけのことをやるだけさ」
「そっか……分かった、頑張れよ!」

本人がそう言うのならば仕方ない。円堂は気持ちを切り替えて、フィディオを激励する。
ああ、と頷いたフィディオは、少し申し訳なさそうな顔をする鬼道たちにも笑みを見せながら踵を返した。

「そっちも探してる男が見つかると良いな。それじゃあ、また!」
「フィディオさん、気を付けて……!」

手を振りながら走り去るフィディオに、織乃は心配そうに声を掛ける。
「grazie!」と礼の言葉を最後に、肩越しに手を振ったフィディオの姿は違う路地へと消えた。