Works of us

「木野、御鏡! 何か、水に顔浸けれるような容器ないか!?」
「……はい?」

世宇子戦まであと4日となったその日。
突然、修練場から戻ってきた円堂が部室に飛び込んで来るなりそんなことを言って、ドリンクを作っている途中だった秋と織乃はキョトンとして顔を見合わせた。

「えっと、大きい洗面器なら、そこにあるよ?」
「あ、サンキュ!」

秋が指さした先のダンボール箱に手を突っ込み、ステンレス製の洗面器を大雑把に取り出した円堂は、そのまま部室を後にする。
2人はもう一度顔を見合わせると、改めて首を傾げた。

「円堂さん、洗面器なんて何に使うんでしょうか……」
「さぁ……」

会話を交わしながら、2人は着々と人数分のジャグを籠に入れていく。
再び部室の戸が開いたのは、その作業が丁度終わった時だった。一瞬2人は円堂が戻ってきたのかと思ったが、違ったらしい。
中に入ってきたのは、一之瀬と鬼道だった。

「あ、2人とも……ねぇ、円堂くん何してたか見てない?」
「ん? 円堂なら部室の脇で、水張った洗面器に顔を突っ込んでたけど……あ、DVDデッキ借りるよ」

一之瀬は言いながら、部室の隅にあるテレビを起動させた。
首を傾げる二人の傍ら、鬼道が持っていたディスクをデッキに挿入すると、暗かった画面に映像が映し出される。

「これは……予選決勝の映像ですか?」
「ああ。連携技を増やそうと思ってな──と、ここだ」

鬼道がボタンを操作して一時停止させたのは、帝国戦──ツインブーストと、皇帝ペンギン2号のシーン。
それを覗き込みながら、鬼道が再度口を開く。

「流石に、一朝一夕では仕上がらないからな……御鏡、これが観終わったら手伝ってくれ」
「了解です」

こっくりと織乃は頷いた。
ジャグの本数を確かめ、あとの仕事を秋に任せた織乃は、DVDを見終わったらしい2人を追って部室を出て行く。
少し離れた方で、円堂が呼吸がどうのと叫びながら走っていくのを3人は目撃した。




春奈が使い慣れた様子でビデオカメラを回す。
ディスプレイに映っていく部員たちは、いつも以上に練習に熱を入れているように見えた。

「円堂くんたち、必死ね……」
「はい……ああ、でも、何て言ったら良いんですか」

グラウンドを見つめながら、ふと春奈は伏せた顔をしかめる。
もう一度顔を上げると、丁度ツインブーストの練習に付き合っていた織乃がこち、に戻ってきたところだった。

「何か、私たち見てるだけであそこに参加出来てないって言うか……」
「もどかしいの?」

「そう! それですよ!」大きく頷く春奈に首を傾げながら、織乃が夏未の隣に並ぶ。
連携技の調子はどうかと夏未が尋ねれば、織乃はひとつ頷いて答えた。

「2人ともボールコントロールは天下一品ですから、これなら皇帝ペンギン2号も世宇子戦までには完成しますよ。……でも」

ふいに織乃は眉根を寄せて、フィールドに目を向ける。

「何だかみんな、急いてるみたいな感じがして……」
「そうね──あそこまで無理しなくても……決勝戦まで何があるか分からないし」

消え入るような夏未の声。
春奈が彼女の顔を覗き込むようにして、小首を傾げながら口を開いた。

「夏未さん、みんなに試合してほしくないみたいですね」
「そんなことないわ!」

弾かれたように夏未は答える。
秋は数瞬考え込むと、ふいににっこりと笑った。

「じゃあ、みんなに気持ち良く練習してもらうために……」

やりますか! と微笑む秋に、何かピンと来たのか同調する春奈。織乃と夏未は顔を見合わせ、キョトンとする。

「やりますか、って……」
「……何を?」

首を傾げる二人に秋は笑いかけると、「準備してくるから待ってて!」と部室に走って行ってしまう。
春奈もまた、満面の笑顔を浮かべて織乃の手にビデオカメラを乗せた。

「そう言うことなので、しばらくお願いしますね。終わったら呼びに来るので!」
「あっ、ちょ、春奈ちゃん?」

パタパタと可愛らしい足音を立てて走り去ってしまった2人の背中を見つめ、織乃たちはポカンとする。
「何なのかしら……」夏未の疑問には勿論、答えられるわけがない。

ふと一拍空けて、織乃は口を開く。

「──雷門さん。春奈ちゃんが言ってたこと……強ち、間違ってはないんですよね」
「……正直に言ってしまえば、ね」

ゆっくりと息を吐き出し、夏未は答えた。
昨日、鬼瓦からあんな話を聞いた矢先──不安を抱くなと言う方が、無理な話なのかもしれない。

「……本当にもどかしいわね。マネージャーの立場と言うのは」
「そうですね。──でも、私たちに出来ることをやらなくちゃ」

織乃は静かにビデオカメラを握りしめる。夏未はその横顔を一瞥し、肩に掛かった髪を掻き上げた。

「御鏡さんは、ちゃんと彼らに貢献出来ているわよ」
「だと、良いんですけどね……」

小さく、織乃は苦笑する。
彼女は自分を過小評価し過ぎなのだ──夏未は心の中で独り言ちた。

それから40分程した辺りで、春奈が2人を呼びに来る。
「さぁさぁ早く!」急かされ二人は部室に入るなり、室内の中央に設置されたタイヤとベニヤ板で作った簡易の台と、そこに乗った大きな2台の炊飯器に、ポカンと開口した。

「こういうこと!」

じゃーん! とでも言うように、2人は笑みを湛えてそれを手で示す。

「みんな、お腹空かせてるんだから──」
「おにぎりの差し入れですよ!」

2人の提案に織乃が納得したような顔になる手前、夏未はややひきつった表情を浮かべた。

「あ……えっと、私さっきボール触っちゃったし、手を洗ってきますね」
「うん、いってらっしゃい。先に始めておくね!」

入ったばかりの部室を出て、織乃は水道台に走る。
しっかり石鹸で手を洗い、部室に戻ろうとすると、丁度顔でも洗いに来たらしい鬼道と遭遇した。

「御鏡、春奈たちの姿が見えないみたいだが……」
「あ、はい。みんな部室で……」

はたと織乃の言葉が途切れる。
秋と春奈の様子から察するに、これはギリギリまで秘密にしておいた方が良いのだろう。
部室で何だと言うような顔をする鬼道に織乃はしばらく考えて、やがて咳払いをひとつして口角を上げて見せる。

「……やっぱり内緒、です!」
「な、何だそれは──あ、こら!」

「何なんだ、一体」言い終わらない内に逃げるように走り去った織乃に、鬼道は僅かに頬を赤らめて首を傾げた。

そして、再び部室。
織乃は引き戸を開けるなり、硬直する。

「……何事?」
「えー……かくかくしかじか、です?」

ごめん春奈ちゃん、分からないよ──織乃はひきつりがちな表情で言いながら、彼女の頬に飛んでいる米粒を取ってやった。床も壁も、同じような惨状だ。それを綺麗に取りながら、秋も苦笑いを浮かべている。

「ここは、敢えて聞かないでちょうだい……これは理事長の言葉と思ってもらって構いません……」
「そ、そうですか」

床にへばりついた米粒をどんよりとした様子で剥がしにかかっている夏未に、織乃は何となく事の原因を理解した。

そして部室が元の状態になったところで、ようやっと作業は再開する。
まずは夏未を椅子に座らせ、秋が茶碗を2つ手に取って見せた。

「じゃあ、男子たちに倣って……必殺、ダブル茶碗!」

「これにご飯をよそうでしょ?」差し出した片方の茶碗に、春奈がしゃもじで白米を入れる。そしてもう片方の茶碗を被せ上下に振れば、簡単におにぎりに出来る形になる──という次第だ。
それを春奈が形を整え、完成したおにぎりに夏未が感動した様子を見せる。

斯くして、夏未が無事おにぎりを作れるようになったところで──秋がぐっと、拳を固めた。

「さっ、この調子でどんどん作りましょ!」

一緒にいると、どこか似てくるものなのだろうか。彼女の様子に円堂の姿を重ねた織乃は、こっそり忍び笑いを零す。

2つの茶碗は夏未用に。4人はおにぎりを作ってはトレイに並べ、作っては並べを繰り返す。
秋や織乃の均等な大きさの綺麗なおにぎりに、うっかり大きく作りすぎた春奈のおにぎり。それから夏未の──

「ら、雷門さん、塩が! 塩が多いです!!」
「えっ?」

──紆余曲折はあったが、その数10分後。全部で4つあったトレイは、物の見事におにぎりで一杯になった。
ベンチにトレイと諸々を乗せて、秋と春奈が両手をメガホン代わりに口元に添える。

「みんなー!」
「おにぎりが出来ましたぁー!」

途端に、顔を輝かせてベンチに駆け寄るイレブン。
真っ先に延びた円堂の手をパチンと叩き、夏未は厳しい顔で水道台を指さした。

「手を洗ってきなさい!」

汚れた手で自分たちの作った物を食べようなんて、言語道断──そんな言葉が聞こえた気がして、3人は苦笑しながらぞろぞろと水道台に向かうイレブンを眺める。

「──成る程、そういうことか」
「うわっ! きっ、鬼道さん!」

突然真後ろから聞こえた声に、織乃は飛び退く。
一足先に手を洗って戻ってきたらしい鬼道は、その反応に満足したようでニヤリと笑ってみせた。

「内緒だの何だのと言うから、一体何をしてるかと思えば……」
「良いじゃないですか、サプライズみたいで。……あ、ちなみにですね」

ふと思いついたように、織乃がそっと鬼道の耳元に唇を寄せる。少したじろぎながら、彼は口を噤む。

「1番右の列は、全部春奈ちゃん作ですよ」
「……あの、やけにデカいのもか」

「勿論です」織乃は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。




「ちゃんと洗ってきた?」

腕を組んでざっと見回す夏未に、部員たちは揃って掌を翻して見せる。

「はい、どうぞ!」苦笑混じりの秋の言葉に、1番先に手を伸ばしたのはやはり円堂。
そこから折り重なるように伸ばされる手に、余程空腹だったのかとマネージャーたちは顔を見合わせて小さく噴き出した。

「こうやって美味しそうに食べて貰えると、嬉しいですね!」

紙コップに水を注いでいく春奈は、本当に嬉しそうな顔をしている。
春奈はそのまま、鬼道が例の大きなおにぎりにどこからかじり付こうか考えあぐねている姿を見つけると、こっそりとその背中に駆け寄っていった。

「少林くん、頬に付いてるよ」
「えっ」

少林の頬の米粒をとってやる織乃の姿に、まるで母親のようだと秋は小さく笑う。
あちらの方では、壁山が一気にいくつものおにぎりを頬張って、土門たちに喉に詰めるなよと心配されて、また違う方では、夏未の塩辛いおにぎりに当たった円堂が涙目になっていた。

「──これで、午後の練習も大丈夫ですね」
「うん!」

織乃と秋は、おにぎりを頬張る部員たちを見回すと、視線を交わしてにっこりと笑顔を浮かべる。
そこからは既に、少し前まであった不安なんてものは吹き飛んでいた。