VS.Team K

水平線の向こうに太陽が沈み始め、島が夕焼けに包まれる頃。
円堂ら4人は、フィディオの紹介によりイタリアチームの合宿所にて病院から戻ってきたメンバーを含むオルフェウスの面々と対峙していた。

「助っ人……?」
「ああ。怪我をしたみんなの代わりに、彼らが試合に出てくれる」

訝しげに眉をひそめた仲間たちに、フィディオは力強く頷く。
円堂や鬼道たちの参加は彼にとって予想だにしていない出来事だったが、自分たちと同じくここまで大会を勝ち残ってきたチームの選手とあれば、十分過ぎる戦力だ。

これできっとイタリア代表の座を守ることが出来る。しかし、彼の予想に反し仲間たちの反応は芳しくはなかった。

「俺は反対だ」
「えっ……」

そう言って前へ進み出たのは、一層険しい顔をしたブラージだ。アームホルダーで固定した左腕が酷く痛々しい。
彼は円堂たちを睨むようにしながら唸るように言う。

「試合には俺が出る。日本人に俺たちイタリアのゴールを守らせるわけにはいかん」
「ブラージ……!」
「無理をして世界大会に出られなくなったらどうするんだよ!?」

難くなな言葉に真っ先に反論の声を上げたのは円堂だ。
何、と小さな目を瞬いたブラージに、円堂は更に食って掛かる。

「イタリアのゴールは守って見せる! だから頼む、協力させてくれ……!」
「……」

円堂の力強い懇願に、ブラージは探るようにじっと彼を見下ろした。
そしてややあって、彼は円堂の瞳を見つめたまま問い掛ける。

「……何故だ。何故日本代表であるお前たちが、敵である俺たちの為にそこまで──」
「敵じゃない! ライバルだからだ!!」

ブラージの言葉尻を遮り思わず声を荒らげた円堂に、ブラージだけでなく周囲のオルフェウスのメンバーたちも面食らったようだった。
「円堂……」驚いているフィディオを振り返り、円堂は厳しいしかめ面から一転笑顔を見せる。

「俺さ、この島に来て最初にフィディオに出会ったんだ。世界にはこんなすげー奴がいる。こんな奴らと試合が出来ると思って、ずっとワクワクしてたんだ」

──あの日、夜の街で見たフィディオの洗練された動き。
一朝一夕では身に付かないあの身の熟しは、円堂の脳裏に今もはっきりと残っている。
ライオコット島に来て様々なものを見たが、あの瞬間が円堂の心を踊らせた一番最初の出来事だった。

それが、1人の男の身勝手な思惑に潰されようとしている。
そんなことは絶対にあってはならない。

「俺はみんなと、世界の舞台で戦いたい。その為に力になりたいんだ!」

鬼道と佐久間はちらりと顔を見合わせ口角を上げる。円堂が間髪入れずに出した答えが、実に彼らしかったからだ。

「俺たちは世界一を競うライバル同士。敵とか味方とか関係ない!」
「ライバル、か……」

噛み締めるように、ブラージはぽつりと呟く。
突然やって来た新しい監督、自らの手で勝ち取ったはずの代表の座を不当に降ろされるかもしれないと言う不安、そしてそこに来てとどめの怪我。
今朝からトラブルに次ぐトラブル続きだったせいで、自分たちは大切なことを忘れていたのかもしれない。

「──分かった、お前を信じよう」
「!」

そう告げて、ブラージは無傷の右手を差し出す。
後ろに控えていたオルフェウスの選手も、張詰めていた表情を僅かばかりに緩め円堂たちに歩み寄った。

「俺はイタリア代表ゴールキーパーのブラージだ。イタリアのゴールは頼んだ……!」
「俺は円堂守。任せてくれ!」

力強くブラージに笑い掛けた円堂は、しっかりとその手を握り返す。
緩んだ空気に内心ホッと胸を撫で下ろしたフィディオは、それじゃあ、と改めて円堂に声を掛けた。

「もう日も暮れてしまったことだし、君たちは合宿所のゲストルームに泊まっていくと良いよ」
「良いのか?」
「ああ。幸い、ミスターKは俺たちを合宿所から追い出すまではしなかったからね」

「こっちだよ」と誘うフィディオに続き、円堂たちは合宿所の中へ足を踏み入れる。
それを見て、はたと声を上げたのはマルコだった。

「あれ……そう言えば、シキノはどこへ行ったんだ? 彼女だけ日本エリアに戻ったのか?」

前方を歩くフィディオたちの足がピタリと止まる。
「シキノも来てたのか?」と目を瞬くジャンルカにマルコが嬉しそうに頷いていると、ややあって沈痛な面持ちで振り返ったのは鬼道だった。

「……あいつは、恐らくこのイタリアエリアのどこかにいる」
「どこか……?」
「捕まってしまったらしいんだ。どうやら、ミスターKと関わりのある──影山と言う男に」

何だって、とジャンルカとマルコはぎょっと目を丸くする。
他のメンバーはピンと来ない顔こそしていたが、『捕まった』と言う不穏な単語に怪訝そうに眉根を寄せた。

「ミスターKと影山は必ず繋がっている筈だ。だから俺たちは、あいつを助け出す為にも明日の試合で真実を確かめなくてはいけない」
「ああ……無事でいると良いんだけど」

怪我をした仲間たちを一瞥して、フィディオが 気遣わしげに呟く。

暗い顔になるフィディオや鬼道に、わざとらしく大きな溜め息を吐いたジャンルカが前髪を掻き上げた。

「そんな深刻な顔するなよ、彼女なら心配要らないさ。何せあのシキノだぞ?」
「そうだぜ、彼女なら白馬の王子が助けに来る前に自力で逃げ出すに決まってる!」

本当なら俺が白馬の王子になりたいんだけどね、と溜め息混じりに軽口を叩くマルコにフィディオは緩く口角を上げる。

「そうだな……彼女を信じよう、鬼道。シキノなら大丈夫だよ」
「……ああ。確かに、捕まったところで大人しく助けを待っているような奴でもないからな」

苦笑にも似た笑みを浮かべる鬼道に、傍らの佐久間は密やかに安堵した。
予想しない出来事で織乃を欠いた今、鬼道の精神はより不安定になっている筈だ。フィディオたちのフォローがあって助かった、と佐久間は心の中で呟く。

「(……それにしても御鏡のやつ、やけに腕っ節を信頼されてるな……あいつ、そんなお転婆だったっけ?)」

──と、そこで一度織乃から強烈なビンタを喰らった時のことを思い出した佐久間は、反射的に打たれた頬をそっと押さえる。
どうせなら、影山にも一発キツいのを喰らわせてやれれば良いものを。佐久間は影山が織乃のビンタで真横に吹き飛ぶ姿を想像して、場違いにも漏れそうになった笑みを頬の内側を軽く噛んで我慢した。





「──もう……円堂くんたちも織乃ちゃんも、一体どこまで行っちゃったのかしら……」

ところ変わり日本エリア、宿福。
夜も更けたと言うのに一向に帰ってこない円堂たちに、秋は一度外を確認するため階段を降りていく。

「……何? 本当か?」
「!」

すると、出入り口傍の一角からふいに険しい声が耳に届く。そちらを見ると、響木がこちらに背を向けて携帯電話で誰かと話し込んでいた。

「分かった……くれぐれも無理をするなよ」
「監督──今のお電話は」

通話が切れるタイミングを見計らい声を掛けると響木は肩越しに振り返り、ああ、と腰掛けていた長椅子から立ち上がる。

「ああ……円堂からだ。事情があって今晩は戻れないらしい。鬼道や佐久間が一緒だから心配いりません、とは言ってたがな」
「……何があったんでしょうか……円堂くんたちが戻ってこないなんて」

特に鬼道や織乃などは、グラウンドから飛び出す直前やけに深刻な表情をちらつかせていた。
自分たちの知らないところで、何か良くないことが起こっているのではないだろうか。そして彼らはそれに巻き込まれているのではなかろうか──そんな不安に駈られる秋を安心させるように、響木は彼女の細い肩を叩いた。

「明日には帰ってくる。明後日は大事なアルゼンチン戦だからな」
「……そうですね」

あの円堂が、まさか試合をすっぽかすなんてことが万が一でもあるわけがない。無理矢理自身を納得させ、力なく微笑んだ秋は響木に会釈すると再び自室へと戻っていく。
影山がこの島にいる──円堂の話を反芻した響木は、サングラスの奥で目を細めながら眉間に深い皺を刻んだ。




空が白み、太陽の光に街が輝き始める。
円堂たちがオルフェウスのメンバーと共にグラウンドへ降りると、そこには既に一人の男性がこちらに背を向け佇んでいた。
その前には同じユニフォームに身を包んだ11人の少年が並んでいる。恐らくあれが彼の率いてきたチームKなのだろう。

「ミスターK……」

僅かに顔をしかめたフィディオが呟く。あれが、と円堂たちはミスターKの後ろ姿を見つめた。
白いスーツに長い金髪。ミスターKはその場から動かず、ただ一言口を開く。

「──逃げなかったか」
「約束です。俺たちが勝てば、イタリア代表の座は返してもらいます!」
「無論。だが、そいつらは?」

強い口調のフィディオに頷いたミスターKが、僅かに顎を持ち上げて尋ねる。フィディオの隣に並んだ円堂が、胸を叩き力強く答えた。

「俺たち、日本代表イナズマジャパンのメンバーです!」
「負傷したメンバーに変わって、彼らが出てくれると言ってくれてます」

一瞬の間。ミスターKは緩やかに口角を上げ、ゆったりとこちらを振り返る。

「──帰ってきた≠ゥ。鬼道……私の作品よ」
「……!!」

ようやく正面から相対したミスターKに、鬼道は思わず息を飲んだ。
目を大きく見開いた円堂が、お前は、とミスターKを見上げる。

「影山零治……!!」
「やはりかっ……!」

一気に警戒体勢に入った3人に、「では、この人が……」とフィディオがより険しい顔になって鬼道らとミスターK──影山を見比べた。

「ああ……卑怯な手で何度も俺たちに襲いかかってきた、元帝国学園の総帥だ」

そして、死んだとされる円堂の祖父の一件にも、影山が深く関わっている。
昨晩鬼道たちから影山の所業の一連を聞いていたフィディオは、ハッと声を上げた。

「まさか、みんなの怪我も……!」
「何を企んでいるかは分からないが、自らの野望のためにイタリア代表を利用しようとしていることは間違いない……!」

かつて影山に真帝国学園の駒として利用された佐久間は、眦を吊り上げ彼を睨む。

「影山……!」
「──総帥はK=BミスターKだ。影山ではない」

今にも彼に掴み掛からんと拳を握り締めた円堂や鬼道を遮るように、ふいに影山の背後に隠れていた少年の1人が前へ進み出た。

──風に靡く明るい赤色のマント。深紅のゴーグルにドレッドヘア。酷く既視感のあるその出で立ちに、鬼道は目を丸くする。

目の前に現れた少年の姿は、あまりに鬼道と酷似していた。

「紹介しよう。我がチームKの司令塔、デモーニオ・ストラーダだ」
「デモーニオ……!?」
「鬼道にそっくりじゃないか、あいつ……!」

目を白黒させながら、円堂はデモーニオと鬼道を見比べる。
細部こそ違っているが、遠目や暗がりで見れば恐らく見間違えてしまうだろう。そう思えてしまうほど、2人の格好はよく似ている。

「(いや──似せている、のか)」

織乃と一緒に日本エリアで鬼道を探している時に一度見たのも、恐らくデモーニオだったのだ。
影山自身の鬼道への執着を形にしたのか、それとも鬼道を動揺させる為のものか。どちらにせよ悪趣味なことを、と佐久間は嫌悪に顔をしかめた。

鬼道は数度深呼吸をして落ち着きを取り戻すと、改めて声を荒らげる。

「影山……御鏡をどこへやった? あいつは無事なんだろうな!?」
「ふ──ああ、無事だとも。こうしてしっかりと餌の役目を果たしてくれたからな……試合が終われば、返してやろう」

つまり、何にせよ試合を始めないことには解決しないと言うことだろう。思わず舌打ちした鬼道を宥めるように、円堂が力強くその肩を叩いた。




銀色のコインが宙を舞う。
コインを手の甲で受け止めたデモーニオは、にやりと口角を上げた。

「……俺たちのボールでキックオフだ」
「ああ……」

固い表情で頷いたフィディオと共に、鬼道は円堂らを伴いテクニカルエリアに入っていく。
チームKの力はあまりに未知数だ。即席で作った混成チームの付け焼き刃の連携がどこまで通用するかは分からない。

「(こんな時にこそ、あいつがいてくれれば……)」

一瞬頭を過った考えに、鬼道はぶるりと頭を振る。
ちらりとチームKのテクニカルエリアを一瞥すると、影山は丁度携帯電話でどこかに連絡をしているところだった。

「総帥、いつでも行けます」
「──うむ」

目の前に整列した選手たちに、通話を切った影山は携帯をポケットに突っ込んで向き直る。

「奴らを粉砕し、イタリア代表の座を奪い取れ。お前たちには、その力を与えてある」
「はい!」

覇気の籠った声を返し、チームKはフィールドへと駆け込んだ。
一方で、準備運動を済ませたオルフェウス──日本代表混成チームも続々とフィールドに入っていく。

「(キャプテン……あなたがいない間に、こんなことが起きるなんて)」

フィディオは沈痛な面持ちで黄色いキャプテンマークを見つめる。
彼は優しい人だ、この場にいればきっと『気にするな』と言って笑ってくれることだろう。だからこそ、これ以上事態を最悪に導いてはいけない。イタリア代表の座を守ることは、彼の帰る場所を守ることでもあるのだ。

「フィディオ、どうした?」
「あ……いや、何でもないよ。行こう!」

端から見ればただぼんやりと考え事をしていたように見えていたのだろう、後ろから掛かった円堂の声に、フィディオはハッとそちらを振り返る。
そっか、と笑顔で頷きゴールへと走っていく円堂を見送って、フィディオは改めてキャプテンマークを腕に巻いた。

「この試練……乗り越えて見せる!」

選手全員のフィールド入りが完了し、オルフェウスとチームKが相対する。
佐久間は一瞬後方の不動を見やってから、傍らの鬼道に声を掛けた。

「鬼道……不動はいつ寝返るか分からない。奴にボールを回さないよう注意しよう」
「ああ……分かった」

厳しい面持ちで鬼道が頷くと、佐久間は所定のポジションに戻っていく。
円堂はああ言っていたが、不動自身が影山との繋がりを否定しないのも大きな要因になって、やはり2人が不動を手放しで信じることは難しかった。

様々な思いが交錯する中、ホイッスルが吹き鳴らされる。
初手からボールを受け取ったデモーニオが、対面した鬼道に突進した。

「この試合でお前には消えてもらう!」
「何……!?」

目の前で大きく弾んだボールの姿が歪む。酷く見覚えのある──しかし視点の違うその技に、鬼道には目を見開いた。

「《真》イリュージョンボール!!」
「……!!」

視界の横をマントが閃いていく。
鬼道は信じられない気持ちでデモーニオの後ろ姿を目で追いかけた。

「鬼道が抜かれたっ!?」
「あ、あの技は……!」

フィールドを一直線に走り抜けていく赤色の軌跡。影山はサングラスにデモーニオの姿を写し、にたりと口唇を曲げる。

「行け、デモーニオ……お前こそ鬼道有人を越える、完全なる作品だ!!」

デモーニオはどんどんとオルフェウス陣内へ切り込んでいく。
ディフェンスをかわし、仲間たちへ指示を飛ばし敵陣内を侵略する。その姿、その光景に、佐久間や円堂は思わず息を飲んだ。

「これは……!」
「どうなってるんだ、これ……帝国学園の動きそのものじゃないか!」

デモーニオの鬼道のプレーだけではない。彼らの感じ取った通り、チームKの連携は敵として、或いは味方として体験してきた帝国学園のプレースタイルそのものだった。

「これ以上進ませるな! マルコ、ダンテ! ディフェンスラインを下げるんだ──」
「遅いッ!!」

フィディオの指示が終わらぬ内に、デモーニオはダンテを瞬く間に抜き去っていく。
いつもなら守り切れる筈の場面でそれが出来ないのは、ディフェンスラインがバラバラになっているせいだ。突発的に組まれた混成チームでは、マルコたちも本来の力を出しきれないのだろう。

「くっ……どうすれば良いんだ……!」
「フィディオー!」

奥歯を噛み締めていると、突然円堂が大きな声を上げる。
円堂は鬼道の方を指差しながら、大声で続けた。

「鬼道は影山の戦術を知ってる! 中盤を鬼道に任せてくれ!!」
「! そうか……分かった! 」

名前を変えたところで、戦略まで変化するわけではない。影山の監督としての采配を嫌でもよく知っている鬼道に中盤を任せるのは、確かに得策だ。

「頼む、鬼道!!」
「ああ!!」

頷いたフィディオの横を、鬼道が走り抜けて行く。
距離を縮めてくる鬼道に一笑し、デモーニオは並走する仲間に指示を飛ばした。

「ロッソ、逆サイドへ! ベルディオは右だ!」
「アンジェロ、逆から来るぞ! アントン、右サイドだ!」

デモーニオの戦略に直ぐ様対応した鬼道は、即座にオルフェウスの選手へ指示を出す。
中盤の司令塔を得たオルフェウスは冷静さを取り戻すと、素早くそれぞれ入り込んだ選手のマークへ着く。ディフェンスラインが機能し始めたのだ。

「佐久間、ロッソに着け!」
「分かった!」

前を行くロッソを追いかけながら、佐久間は先程の影山の言葉に憤りを覚えていた。

「(鬼道を越える存在だと……!?)」

もっと強く、もっと力を。
影山の言葉に導かれた彼らは、一度真帝国学園と言う闇の中に引き込まれた。
そして、自分では抜け出せない暗闇に落ちた佐久間たちに、一筋の光を見せてくれたのが鬼道だ。

そんな彼が、あんな紛い物に負けるわけがない。

「(お前などに、鬼道を越えられるものか!!)」

佐久間とロッソの距離はぐんぐんと縮まっていく。
帝国学園の参謀と言う位置で、佐久間は鬼道のプレーをずっと見てきた。デモーニオのプレーがが鬼道と同じだと言うのなら、その戦略は全て手に取るように分かる。

「(1人を囮にして空きスペースを作り、ベルディオにパスを通す筈だ!)」

佐久間が標的を変えた次の瞬間、デモーニオがパスを打ち上げた。
その軌道は予想通り、ロッソではなくベルディオへと続いている。

「もらった──!」

けれど思わず声を上げたのも束の間、ボールは予想以上に大きな弧を描き佐久間とベルディオの頭上を飛び越えた。

「何ッ!?」
「……!」

ボールは右サイドから抜けてきたロデオへと渡る。
囮は1人ではなく2人。佐久間はまんまとデモーニオの策に嵌められたのだ。

「私の手を離れたお前たちは、やはりこの程度……見るが良い。お前たちが知らぬ間に、私の作品はここまで進化した!」

ボールがロデオからデモーニオへと戻っていく。
鬼道より鋭く、鬼道より速く、鬼道より強い。それが、デモーニオ・ストラーダ──そうなるように作り上げた、影山の新たな作品。

「ハアアアッ!!」
「でやぁッ!!」

気勢と共に放たれたシュートに円堂が食らいつく。
しっかりと胸元に抱えられたボールに、「やるな、あいつ!」とブラージは思わずベンチから立ち上がった。

「円堂!」
「ああ、大丈夫だ!」

こちらを気遣うフィディオに返し、円堂はボールをフィールドへ戻す。
頭上のボールを追いかけながら、鬼道は強い視線を感じ取り一瞬影山を窺った。

お前がいかに足掻こうと、私を倒すことなど出来ない。戻ってこい──鬼道。
──そんなことを、言われたような気がして。

「! どうしたんだ、鬼道!?」

ボールを受け止めた佐久間は、ふと感じた異変に振り返る。
見れば、鬼道は陶然とした様子でその場で固まっていた。

「(何故……俺なんだ……)」

ただサッカーが好きなだけで、仲間と共に強くなりたいと願うだけで、その気持ちはサッカーを愛する者ならば須らくもっている筈なのに、何故自分が選ばれてしまったのだろう。

鬼道は緩慢な動きで影山を見る。
影山は変わらず笑っていた。あの頃と同じように。

「真に私の最高の作品となるべきなのは、鬼道──お前だからだ!!」
「……馬鹿な……!!」

息が詰まる。目の前が暗くなる。ぐらりと傾ぐ意識の中、強い声が耳を劈いた。

「しっかりしろ、鬼道!!」
「ッ!!」

突如目の前に迫ったボールに、鬼道は反射的にそれを受け止める。顔を上げると、佐久間が険しい顔で鬼道を見ていた。

「お前がゲームメイクしなければ、奴らに勝てないぞ!!」
「あ、ああ……!」

頭を振った鬼道は、ドリブルで前へ進む。
チームKに勝てなければ、ここまで来た意味がない。

「(そうだ……俺は、あなたとはもう別の道を歩いている!!)」

──本当にそうだろうか。
ふいに脳裏に響いた低い声が背筋を震わせる。

ドリブル、フェイント、ゲームメイク。その全ては、彼から与えられたもの。自分の全ては、彼が作り上げた。
影山と別の道を歩いていると思っているのは、ただの思い込みなのだろうか。

息が段々と荒くなる。狭まっていく視界で、鬼道はデモーニオの姿を捉えた。
自信に溢れ、力に満ち、約束された勝利を楽しんでいる。
あれは──かつての鬼道そのもの。

「そう──あれは、お前が失ったもの。お前が忘れたものだ」
「俺は何も忘れていないッ! それどころか、あいつらと出会ってより多くのものを得た!!」

仲間と勝つことの本当の意味と喜びを知った。
──だがそれは、果たして彼が本当に目指していたものだっただろうか。

「より完璧に試合をこなし、より完璧に勝利する最高の作品。フィールドの帝王──それがお前だ、鬼道」
「ち、違う……!」

足がどんどん重くなる。
仲間の声が遠くなる。
自問自答と影山の言葉の境目が曖昧になっていく。

「抗うことなど出来ん。私の意思は、お前の中に刻み込まれている。私がそう作り上げたのだから……!」
「……!」

意識が闇の中に引きずり込まれていく。
どれだけ足掻こうと、反抗しようと、やはり自分は──彼から逃れることは、出来ないのだろうか。

「──いつまでも昔のこと引き摺ってんじゃねえッ!!」

その瞬間、頬を打つような激しい声が響き、鬼道の意識を一気に現実へと引き戻した。
不動だ。かつてないほど眥を上げ感情を露にした不動は、そのまま鬼道に飛びかかるようにしてスライディングを仕掛ける。

「うじうじとうぜーんだよ! 俺たちは人形でも作品でもねーぞ!!」
「ぐぁッ!?」

フィールドに叩きつけられた鬼道には目もくれず、ボールを押さえた不動は周囲を取り囲むチームKの面々を強く睨み付けた。

「っ本性を現したな、不動! お前が影山に寝返ることは分かっていた!」
「あァ? 勘違いしてんじゃねーよ。俺が影山に近付こうとしたのは、仲間になるためじゃねえ!」

咄嗟に声を荒らげた佐久間に、不動は苛ついた様子で言い返す。
「勘違いだと?」目をすがめる佐久間に不動は顔をしかめて舌打ちする。

「俺は影山の奴に、直接見せつけてやりたかったのさ──俺はもう、お前の力なんか必要としてないってな!!」

影山を憎々しげに睨み、不動は吠える。それまで鉄面皮だった影山の眉間に、僅かに皺が寄った。

「いつまでも鬼道鬼道って、見苦しいぜ影山!!」
「不動……」

鬼道と佐久間は驚いたように不動を見つめる。
不動の思惑が自分たちの想像していたのとは真逆のことだったのも勿論だが、彼がここまで感情を発露することはあまりにも珍しい。

不動は怒らせた肩を落ち着かせると、溜め息混じりに吐き捨てるようにぼやく。

「俺1人で奴の企みを突き止めようとしてたのによ……お前らはぞろぞろ着いてきやがるし、御鏡は取っ捕まるし、散々だぜ。ったく」
「お前……」

──思えば、不動が敢えて曖昧な態度を取っていたのは、そうすることで自分から彼らを突き放そうと言う意図があったからかもしれない。
結果としてそれは逆効果になってしまったわけだが、本当にそうだとすれば、彼の優しさはあまりにも不器用だった。

「奴が日本代表を破壊するってんなら、俺はサッカーで影山を潰す!! ……お前はどうするんだ? 鬼道クン。影山の作品に戻るか、それとも──」
「……俺は……」

上体を起こしていた鬼道の指が、芝生を掻く。
痺れていた手に戻ってくる、固い土と柔らかな芝の感触。頬を叩く風に追い立てられるように立ち上がった彼の耳に──ふいに、ガラスが割れるけたたましい音が届いた。