Where the sun shines
「──うっ……」
鼻につく埃の匂い。瞼に刺さる眩しい光に思わず顔をしかめて、織乃はゆっくりと目を開けた。
「(どこ、ここ……?)」
体が上手く動かない。ぼんやりと辺りに目をやるが、家具や雑貨など目につくような物は何もなく、ただクリーム色の壁と木張りの床が視界に入るだけだ。
どうして自分はこんなところにいるのだろう。
思考が滞り、やけに頭が重たい。まるで睡眠作用の強い風邪薬を飲んだ時のようだ──そこまで考えて、織乃は覚醒する。
「そうだ──私ッ、あだぁっ!?」
その場から飛び起きようとした体がつんのめって床に転がる。体を捩り改めて自分の状態を確認すると、驚いたことに両手と両足が荒い縄で縛られていた。
「あいたた……な、何これ!?」
道理で上手く動けない筈だ。しばらく床を転がり身動ぎしたが、縄は中々緩まない。
息を弾ませ俯せになった織乃は、この部屋唯一のインテリアらしい出窓に目をやる。
昨日イタリアエリアに来た時は、もう正午を回っていた。しかし太陽の位置から察するに、どうも自分は丸々一晩ここに閉じ込められていたらしい。
「──目が覚めたか?」
「っだ、誰!?」
ふいに扉越しに聞こえてきた男の声に、織乃は床に俯せになったまま身構える。
起きたのなら良い、と知らぬ男の声は端的に答え、そのまま扉の向こうで続けた。
「大人しくしていれば危害は加えない。事が終わるまでそこで待っておくんだな」
「事が終わるまで……? あなた、影山さんの部下ですか!? 私を捕まえて、あの人は今度は一体何をしようとしてるんです!?」
どうにか膝立ちになって、織乃は果敢に扉を睨み付ける。
やはりあの時対峙したのは影山の関係者だったのだ──警戒を強める織乃に、男は彼女が思ってもみなかったことを言った。
「影山……? ああ、ミスターKのことか……悪いが、彼が何をしようとしているかは私も知らん。興味もない」
思わず上げそうになった声を、済んでのところで押し止める。
それきり黙りこんだ織乃に、もう反抗を諦めたと踏んだのだろう。男は再び口を閉ざした。
「(影山さんと、イタリアの新監督になったミスターKが同一人物……!!)」
点と点が繋がっていく。影山が鬼道をイタリアエリアに誘導した理由、試合を明日に控えてのオルフェウスたちの続け様の負傷。
影山はフィディオたちイタリア代表を足掛かりにして、今度はこの島でサッカーへの復讐を始めようとしている。そして再び鬼道を手駒に加えようと目論んでいるのだ。
「(とにかく、今は逃げることを考えないと……一体ここはどこなんだろう)」
影山のことだ、織乃を捕らえたのは鬼道をイタリアエリアに留めるためのただの保険なのだろう。だとすれば、ここが違うエリアの建物の中とは考えにくい。
──ふと、空に響く甲高い音が耳に届く。
「……! 今の音」
呟き、織乃は出窓の方を見る。
聞き間違いでなければ、今のは確かにホイッスルの音だった。
織乃は芋虫のようにずりずりと壁際まで這って行くと、出窓に上体を押し付けて外の様子を窺う。
「(あれは……!?)」
眼下に見えたのは青い芝生の広がるサッカーフィールド。
そこでボールを追いかけ駆けずり回っている赤色──鬼道だ。彼だけでなく、円堂や佐久間、不動の姿もある。
「(一緒にプレーしてるのはフィディオさんたち……円堂さんがゴールキーパーに入ってる。もしかしてこれって、昨日フィディオさんが言ってたイタリア代表決定戦!?)」
円堂たちは結局フィディオたちに協力することにしたのだ。そして、オルフェウスを翻弄しているグレーのユニフォームの集団。恐らくあれがフィディオの話に聞いたミスターK──影山の率いるチームKなのだろう。
その中でも一際目立つマントの選手は、随分と鬼道とよく似た格好をしている。得も言われぬ嫌な予感に、織乃はハッと片側のテクニカルエリアを確認した。
そこに佇む白いスーツの背の高い男を見て、織乃は囁くように呟く。
「──影山さん……!」
出で立ちは様変わりしているが間違いない。あれは確かに影山だ。
名を変え姿を変えてまで、影山はこの島を復讐の舞台にしようとしている。そして、あわよくば鬼道をもう一度闇に落とそうとしているのだ。
「そんなこと絶対にさせないんだから……ッ!!」
歯を食い縛った織乃は精一杯腕を捩り、拘束からの脱出を図る。
手首に食い込んだ縄は、肌を裂き容赦なく彼女を傷付けていく。その度織乃は痛みに顔をしかめたが、躊躇している暇はない。
「うっ……く!」
やがて10分程粘り、両手首が漸く出来た縄の隙間から解放される。
そのまま足を縛っていた急いで縄も解き、慎重に立ち上がった織乃は扉を見つめた。
「(見張りの人は、昨日会った人とはまた別の人みたいだけど……)」
昨日織乃が対峙した少年たちは、煙幕や薬を躊躇なく使ってきた。もし扉の外にいる見張りが、彼らのように腕の立つ人間だったら? もしも今度は凶器を使って来るようなことがあったら?
──だとすれば、選択肢は1つだ。
「(迷ってる暇なんてない)」
ガラス越しに不動の怒声が聞こえてくる。
ああ、やはり彼もまた誇りを持ったただ1人のサッカー選手なのだ──その叫びを聞いた織乃は、思わず笑みを溢しながら出窓によじ登った。
嵌め込み式のガラス窓を前に、体が下手に動かないよう側部に両手を突っ張る。見張りのことを考えれば、チャンスは恐らく一度きり。
織乃は大きく息を吸い込むと、サッシに向けて思い切り足を振り上げた。
:
:
──ガッシャアアアアンッ!
チャリチャリと地面にガラスの破片が降り注ぐ。
そして、彼らは見た。グラウンド傍にあった建物の窓から、乱反射する光の中を突き抜けるように1人の少女が地面に降り立つ瞬間を。
着地の衝撃が、足の裏から脳天まで一気に駆け抜ける。窓から飛び出した瞬間、ガラスが頬を掠めたのかそこだけピリピリと肌が焼けるようだ。
だが、動くことに支障はない。上を見上げると、音に気が付いたのだろう見張りが窓から体を乗り出して、あんぐりと口を開けた状態で織乃を見下ろしている。
織乃は頬の血をぐっと拭うと、目一杯息を吸いフィールドに向かって声を張り上げた。
「鬼道さああああんッッ!!」
──鬼道は半ば呆然としながら、文字通り突然降って現れた織乃を見つめる。
一体自分たちの知らないところで何があったのか、しばし目を丸くしていた不動はテクニカルエリアまで走ってくる傷だらけの彼女を見て、楽しげに肩を竦めた。
「そら、お待ちかねのお姫様の登場だぜ。まぁ、この場合はどっちかってーとヒーローって感じだが……さあ、お前はどうするんだ?」
「──俺は」
鬼道はゆっくりと立ち上がる。地面にしっかりと足を着ける。
ふいに、いつか聞いた織乃の声が脳裏に甦った。
『鬼道さんは、作品なんかじゃない──私たちの大切な仲間です』
──いつだって彼女は自分の背中を押してくれた。
優しく、時に厳しく、手を引いて道を示して、今いる場所が鬼道の居場所なのだと教え、そして共に先へ進んでいくことを約束してくれた。
「俺は人形でも……作品でもないッ!!」
声高に叫び、鬼道は走り出す。
不動からボールを奪い返すようにして、彼は言った。
「力を貸してくれ、不動、佐久間! 俺たちの手で、影山を倒すんだ!!」
「鬼道……!」
「ふん──お前が俺を手伝うんだよ!」
鬼道に追随し、佐久間と不動が走り出す。ボールを持った鬼道を中心に、3人はチームKのDF陣を次々と抜き去った。
その様子を視界に納めながら、テクニカルエリアに駆け込んだ織乃は真っ先に知り合いであるジャンルカに声を掛ける。
「シキノ! 君、何て無茶を……」
「その話は後です! ジャンルカさん、今の状況は!?」
「みんな、行けー!!」並走する鬼道らに、ゴールで円堂が拳を振り上げる。ここへ来てようやく彼らの本当の力を目の当たりにしたフィディオは、まだまだ予断を許さないこの状況だと言うのに思わず胸を踊らせた。
「(これがシキノが支えるチーム……! やるじゃないか、イナズマジャパン!)」
イナズマジャパンの3人がディフェンスを切り崩し、センタリングを上げる。
「決めるッ!!」パスを受け取ったフィディオは、そのままオーバーヘッドキックでゴールへシュートを叩き込んだ。
しかし──フィディオ渾身のシュートを、キーパー・インディゴは顔色のひとつも変えずに受け止める。
「フィディオさんのシュートが止められた……!?」
「何なんだ、こいつらは……これほどの実力を持つプレーヤーが、イタリアのどこに隠れていたんだ……!」
織乃は呆然とニタニタと口角を上げているインディゴを見つめた。どうしてだろうか、彼のプレーには何か既視感がある。
チームKが帝国学園のプレーをコピーしていることなど、ジャンルカから粗方の話は聞き終えた。けれど、それとはまた違う違和感だ。
「(何だろう……この感じ、どこかで)」
インディゴがフィールドにボールを投げ入れる。
ボールを受け止めたのはデモーニオだ。追いかける不動を肩越しに振り返り、彼は嘲笑を交え吐き捨てた。
「お前たちのような二流品が総帥の作品だっただと? 悪い冗談だ!」
「何ィ!?」
声を荒らげた不動が、すかさず背後から激しいスライディングを繰り出す。
しかしデモーニオはそれを軽々と飛び越え躱すと、オルフェウス陣内へ更に深く切り込んだ。
「俺たちチームKこそ総帥の理想! 究極のチーム!! そしてこれが──究極のシュートだ!!」
ゴールを前に突然立ち止まったデモーニオが、右手を高々と突き上げる。
辺りにデモーニオの指笛が高らかに響き渡ると、フィールドから次々と赤い瞳のペンギンが姿を現した。
「なっ──!」
「あれは……!?」
空中を旋回したペンギンがデモーニオの振り上げられた脚に食らい付く。
だが彼はその痛みも物ともせずに、ニヤリと口角を上げそのまま脚を振り抜いた。
「皇帝ペンギン──X!!」
放たれたボールは赤黒い光を放ち、鬼道たちが驚愕に目を見開く中、ペンギンたちを伴った必殺シュートがゴールに襲いかかる。
「怒りの、てっ──……!」
──間に合わない。宙に舞い上がった円堂の脇腹に、デモーニオのシュートが突き刺さった。
「円堂!!」シュートはそのまま彼の体ごとゴールに押し込まれ、フィディオやブラージが倒れ込んだ円堂に目を見開く。
「円堂! 大丈夫か!?」
「あ、ああ……」
フィディオが息せき切った様子で円堂を助け起こす。円堂は痛みに顔をしかめこそしたが、幸いなことに大した怪我ではないようだ。
鬼道たちは信じられないような目でデモーニオを見つめる。
「今の技は……」
「皇帝ペンギン1号……!」
「いや……威力はそれ以上だ……!」
佐久間は唇を戦慄かせる。かつて自分を二度苦しめた禁断の技、皇帝ペンギン1号。
今のは確かにそれ以上の威力があるはずなのに、デモーニオは変わらぬ様子でそこに立っていた。
「ふん……打つだけで消耗する未完成≠ネ技と一緒にするな」
「1号が、未完成の技……!?」
目を見開いた織乃はデモーニオの涼しげな横顔を見つめる。
影山の考案した、使用者の体と引き換えに打ち出す必殺シュート皇帝ペンギン1号。そして、威力を下げダメージを分散させることで通常でも使える技として鬼道たちが改良したのが2号だ。
けれど影山は鬼道たちの案を良しとしなかった。1号の威力を更に進化させる為、研究と実験を重ね──そしてとうとう、その結果が日の目をみた。
「究極のペンギン……それが、皇帝ペンギンX! そして俺が、究極だ!!」
高らかに声を上げ、デモーニオはマントを翻す。
呆気に取られる円堂たちに、影山は口を三日月のように曲げた。
「私はこのチームで世界の頂点を極め、全てのサッカーを否定し、破壊する。お前たちは決別した過去に、未来を破壊されるのだ……!」
空が段々と薄い雲に覆われ始める。
辺りが薄暗くなる中、そこで前半終了のホイッスルが鳴り響いた。
「円堂さん、大丈夫ですか!?」
「ああ、平気だ……って、それはこっちの台詞だぞ!?」
テクニカルエリアに戻ってくるなり駆け寄ってきた織乃に、円堂は改めて目を丸くする。
「私のことは良いんです」と頭を振った織乃は、眉間に深い皺の寄っている鬼道の顔を覗き込んだ。
「鬼道さん……!」
「御鏡……お前、怪我を」
「このくらいどうってことありません! でも……」
力強く返した織乃は、ちらりとチームKのテクニカルエリアを見る。
彼らは影山の前に整列し、後半戦が始まるのを静かに待っている。その中心にいるデモーニオを一瞥して、織乃は唇を噛んだ。
「まさか影山さんが、皇帝ペンギン1号を改良するなんて……」
「ハッ──改悪の間違いだろ」
威力の桁が違う、と低く呟いたのは不動だ。佐久間は険しい顔をして、デモーニオを横目で睨む。
「だが……いくら改良や改悪を加えたところで、あの技の消耗が他よりも激しいことは変わらないと筈だ」
「ええ……恐らく、そう何度も打てるような技でもないと思います」
1号のことを一番知っているのは佐久間だ。その意見に頷いた織乃は、顎に手をやり考える。
モバイルが手元にないため、過去のデータと照らし合わせて分析することは出来ない。今は自分の記憶だけが頼りだ。
「(チームKは確かに強い……けど、何か引っ掛かる。こまで試合を一分一秒見逃さなかったわけじゃないから、何とも言えない部分は勿論あるんだけど……)」
胸に引っ掛かって消えない、僅かな違和感。
難しい顔をする織乃の肩を叩き、とにかく、と話を切り替えたのはフィディオだ。
「今はまず点を取り返すことを考えよう。後半はさっきと同じように、鬼道を中心に展開して行く。それで良いかい? 鬼道」
「……」
「……鬼道? どうした」
反応を見せない鬼道に、円堂が目をまたたく。
一瞬間を空け我に返ったように顔を上げた鬼道は、ああ、と小さく頷いた。
曇り空の中、試合が再開される。
「鬼道!」佐久間から送り出されたボールを、フィディオが鬼道に向けパスする。ボールを受け止めた鬼道が走り出すと、早速相手のスライディングが彼に襲いかかった。
「くっ……!」
間一髪で敵の妨害を避けた鬼道は、体勢を直してドリブルを再開する。
しかし、そのプレーはいつもと比べ明らかに精彩を欠いている。織乃は僅かに眉根を寄せた。
「(鬼道さんの動きが鈍い……前半で怪我をした様子はなかった。鬼道さんはまだ──迷ってるの?)」
影山はテクニカルエリアに佇んで、じっと鬼道を観察しているように見える。
その異変は周囲にも伝わったのだろう、前を走る佐久間が肩越しに振り返って声を張り上げた。
「鬼道、みんなに指示を出すんだ!」
「っああ……!」
頷いた鬼道はサイドへ走るフィディオへパスを出す。だが、ミスキックだ。ボールは低く弾み、フィディオには届かず彼の後方へと転がっていく。
「ちっ……役立たずが!」
大きく舌打ちし、ボールを押さえたのは不動だ。
鬼道のプレーに乱れを感じ取った不動は、ドリブルで駆け上がりながら声を荒らげる。
「中盤は俺が仕切る! 後に続け!」
「えっ!?」
「俺の指示通りに動けば良いんだよ!!」
「し、しかし……!」
突然の宣言に、オルフェウスたちは戸惑ったように顔を見合わせる。構わず突き進んだ不動はそのまま声を張り上げた。
「今だ! FW左右に散れ!!」
「えっ!?」
「! 不動さん、待っ──」
焦ったような織乃の声が聞こえてくる。
はたと振り返った不動は、そこでチームの誰もが自分の指示に着いてきておらず、自分1人が敵陣に飛び出す形になってしまっていることに気が付いた。
「くっ……何で言う通りに動かないんだ!!」
「いきなり司令塔が変わっても、プレーヤーは混乱するだけだ!」
背後からデモーニオのせせら笑いが聞こえてくる。
咄嗟に振り返った不動の視界に、マントがはためいた。
「ゲームメイクも二流品だな」
「何ッ──」
すれ違い様に吐き捨てて、デモーニオは不動からボールを奪っていく。
「ふざけやがって!!」怒りに肩を震わせ毒づいた不動は、デモーニオを追いかけた。
「っフィディオさん!!」
「ああ!!」
鬼道も不動も司令塔として機能していない。織乃が声を上げると、即座に頷いたフィディオがデモーニオの前に飛び出していく。
「これ以上は行かせない!!」
「……俺はお前に憧れていたよ。イタリアの白い流星……フィディオ・アルデナ」
「何?」ふいに、うっそりと囁かれたデモーニオの言葉にフィディオは目をすがめる。
「だが今は違う。俺たちには力がある。世界と戦える力が……!!」
「──っ!」
楽しげに笑ったデモーニオは姿勢を低くすると、一気にフィディオを抜き去った。
そのままの勢いでDFたちの合間を走り抜け、デモーニオは再びゴール前に飛び出していく。
「お前を倒し、俺が世界を獲る!! 皇帝ペンギン──X!!」
襲いかかる二度目の必殺シュート。今度こそ止めて見せる──表情を引き締めた円堂がその場から跳躍した。
「怒りの、鉄槌!!」
光輝く拳がシュートを地面に叩きつける。
けれど、ボールは尚も回転を続けている。デモーニオは小さく一笑した。
「ぐぅ……ッ!」
威力を殺しきれず、跳ね返ったボールが円堂の鳩尾を抉る。
そのまま先程と同じようにシュートは円堂の体ごとゴールに押し込まれるかに見えたが──彼は折れなかった。
「円堂っ!!」
腹でシュートを抱え込むようにして、円堂はライン際で踏みとどまった。
しかし、それでもシュートはまだ止めきれていない。このままでは数秒も保たないだろう。
「絶対……ッ止めて見せる!! 《真》熱血パンチ!!」
吠えた円堂は、地面に思い切り拳を叩き込む。足元から生じた爆発的な衝撃波は彼の体を吹き飛ばし、円堂はゴールポストに背中を激突させた。
「円堂さん!」
織乃はギョッとしたように目を見開く。だが、今のでシュートコースは完全に逸れ、結果的に得点は免れた。
呻きながら起き上がった円堂の腕の中にはしっかりとボールが抱えられている。どうやら大事には至っていないようで、織乃はホッと胸を撫で下ろした。
「俺のシュートを、止めた……!?」
自身が究極と謳うシュートを防がれた瞬間を目の当たりにしたデモーニオは、立ち上がった円堂を見て呆然と立ち竦む。
円堂はボールをフィールドに降ろすと、ニッと口角を上げた。
「ピンチは凌いだぞ! 行こうぜ! みんな、反撃だ!!」
「円堂っ!?」
そのままあろうことか、ゴールから飛び出し自らドリブルで攻め上がり始めた円堂に、敵味方関係なく彼らは驚きに目を丸くする。
どんな窮地でも、笑顔を、楽しむことを、サッカーを愛することを、彼は忘れない。
前を走り抜けた円堂の背中を、鬼道は目で追いかける。
「(俺は──何に怯えていたんだろう)」
光を反射したゴーグルに、ふとベンチから立ち上がった織乃の姿が映る。
それまで焦燥に駈られたような顔ばかりしていた彼女だったが、円堂が自ら走り出した今、織乃の表情にはもう焦りの色は見えない。
そして、鬼道の視線を感じ取ったのだろう。織乃は鬼道の方をしっかり見つめると、安心させるかのように優しく微笑み掛ける。
大丈夫ですよ。
──いつもの穏やかな声音が聞こえて、そっと背中を支えた気がした。
「(そうだ……進むべき道は、ここにある!!)」
今まで積み重ねられてきた彼女の気持ちを、自ら選び歩んできた足跡を、今更どうして疑ってしまったのだろう。
一気に明るく広がった視界に、鬼道はぐっと唇を噛み締めた。
「鬼道?」
「……佐久間! 俺たちも行くぞ!!」
赤いマントを翻し、鬼道が走り出す。
いつもの鬼道だ──即座にそれを感じた佐久間は、思わず笑顔になりながらそれを追いかけた。
「アンジェロ、ダンテ! 両サイドからマルコとアントンを残して全員で攻めるぞ!! フィディオは円堂のフォローだ!!」
「分かった!!」
頷いたフィディオは円堂と並走する。
フィディオは円堂の横顔を一瞥して、ふいに思った。円堂はどこか彼と似ている。性格や顔立ちの話ではなく、何か胸に秘めた熱いものが似通っているような気がするのだ。
フィディオは隣に並んだ円堂に、力強く笑いかける。
「行こう──マモル!!」
「ああ!!」
2人はそのまま敵陣へ攻め上がった。しかし、目の前には既にチームKのDF陣が待ち構えている。
このままボールを取られれば、カウンターを食らって一貫の終わりだ。警戒する円堂に、鬼道の指示が飛ぶ。
「円堂、フィディオにパスだ!」
「! 頼んだぞ、フィディオ!」
「ああ!」
ボールを受け取ったフィディオは、電光石火のスピードでDFたちに突っ込んでいく。延びてくる手足を軽快な足取りで交わし、フィディオは瞬く間にDF5人を突破して見せた。
今出来る最善の策を即座に考え、チームを勝利へと導く。いつもの鬼道らしいゲームメイクだ。
やっと目が覚めたか、と小さく呟き口角を上げた不動が、ディフェンスラインを突破したフィディオへ声を掛ける。
「俺にパスを寄越せ!」
「! よしっ!」
サイドを駆け上がった不動はパスを受けとると、こちらへ向かってきた選手2人を十分に引き付け再びフィディオへボールを戻した。
「調子に乗るな、二流品共ッ!!」
「く──!」
駆け戻ってきたデモーニオが、フィディオに激しいチャージを仕掛ける。
互いに肘で体を牽制しあい、ボールがフィディオの足元を離れ掛けた次の瞬間だった。
「う……ッ!?」
突然デモーニオの動きが鈍くなり、その隙を突き前へ出たフィディオは円堂へボールを送り出す。
DFは突破し、あとはキーパーを残すのみだ。2人は目配せを交わすと、素早くゴール前と左サイドに散った。
「フィディオッ!」
打ち上げるように送られたボールに、インディゴとフィディオはほぼ同時に跳び上がる。
インディゴよりも一歩高く跳んだフィディオが、ヘディングでボールを押し込む。だが、目の前に聳えるインディゴの体が障害になったのだろうか。その軌道はゴールから大きく外れていた。
「ふん! どこを狙っている──」
「ここだっ!!」
ボールの着地地点に円堂が走り込む。円堂からフィディオへ送ったパスはキーパーを引き付ける為の布石。そして彼の打ったボールは、シュートではなく円堂へのパスだったのだ。
「メガトン──ヘッドぉ!!」
放たれた円堂の必殺シュートが、無防備になったゴールを鋭角に抉る。
これで同点だ。先程まで不安そうに試合を見守っていたテクニカルエリアのオルフェウスの選手たちの表情に、明るさが戻ってきた。
「マモル!」
「やったぜ、フィディオ!」
「ああ!」頷き合った2人は固い握手を交わす。
やはり彼には力がある。人を引き付け、明るい場所に引っ張り上げる──不思議な力が。
織乃は先程よりも晴れやかな表情でフィールドに佇む鬼道を見て、頬を綻ばせる。
その様子を憎々しげに睨み付けたデモーニオは、ぎりりと歯を食い縛る。
怒りと焦燥、そして足元からにじり寄るような悪寒が、喜びに胸を踊らせる円堂たちと反比例するように彼の心を支配していった。
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