Garden which beams

ピリピリとした空気が肌を刺す。
得点は同点へ追い付いた。しかし、まだ油断は出来ない状況だ。

「すぐに取り返してやる……!!」

「ビオレテッ!!」唸るように呟いたデモーニオは鋭く声を張り上げる。
肩を揺らしたビオレテは彼の意図を察し小さく頷くと、ホイッスルが鳴るなり受け取ったボールをデモーニオへ回した。

「(俺たちが負けるなんて有り得ない! 総帥から力を授かった俺たちが──)」

ボールに向かって走り出したデモーニオに、鬼道たちは一斉に身構える。
だが、デモーニオがドリブルでこちらへ切り込んでくることはなかった。

「あっ……!?」
「──え?」

ボールがラインの外へと転がっていく。
デモーニオは自身が指示したにも関わらず、遠ざかっていくボールを見送るようにその場で立ち尽くしていた。

目を抑え、辺りを見回すようにしている彼に怪訝な表情になった仲間たちが駆け寄って行く。

「デモーニオ……?」
「……どこだ……」

仲間たちに背を向けたまま、デモーニオは呻く。まるで彼らが背後にいることにも気付かないように足元に視線をさ迷わせるその様子に、鬼道はハッと息を飲んだ。

「ボールは……ボールはどこだ……っ!?」
「! デモーニオ……お前、まさか目が……!」

ゴーグルの奥でデモーニオは目を見開く。
振り向けば、自分を見つめる仲間の姿。だが、それが誰か判別することが出来ない。
今の彼の視界に入るものは全て、その輪郭が酷くぼやけていた。

「──拒絶反応が出たか」

フィールドを一瞬で満たした異質な空気を、ふいに影山が切り裂く。デモーニオは呆然と掠れた声で呟いた。

「拒絶、反応……」
「お前には、鬼道有人を越える存在になれるようにプログラムを与えた」
「……!」

その言葉に鬼道は強く影山を睨み付ける。影山はそんな視線に目もくれず、脱力しその場に膝を突いたデモーニオを冷静に見下ろしていた。

「だがお前の才能では、プログラムを100%開花させることは出来なかったようだな。拒絶反応が出たのはその為だ」
「ふん……そんなこったろうと思ったぜ」

鼻を鳴らし、呆れを交えたように不動が呟く。
チームKがあそこまで精巧に帝国学園のプレーを、そしてデモーニオが鬼道のプレーを模倣出来たのも、全ては影山が彼らへ事前に施したプログラム──恐らく、肉体改造の類いがあったからこそだったのだ。

「(そうだ──神のアクア。あれを飲んで試合をしていた照美ちゃんたちを見た時と、同じ感覚だ)」

今まで感じていた違和感の正体をようやく掴んだ織乃は、膝に置いた拳を握り締める。

影山の与えた『プログラム』により、デモーニオたちはフィディオたちイタリア代表選手をも凌ぐ力を手に入れた。
そして強すぎる力が自らを滅ぼすとは夢にも思わず、それを使い続けた結果が、今のデモーニオの姿なのだ。

「(あの人は何も変わらない……自分の復讐を果たすためだけに、一体どれだけの人を犠牲にすれば気が済むの……!?)」

血の気の引いた唇を織乃は噛み締める。
けれど、当のデモーニオはまだ諦めてはいなかった。

「大丈夫です……まだ、やれます……!」
「っもうやめろ! あいつはお前を利用しようとしているんだぞ!? 自分の野望の為に……!!」

震える足で立ち上がったデモーニオに、鬼道が声を荒らげる。
自分、アフロディ、佐久間や源田、不動──影山は何人もの子供たちを駒として利用してきた。そして、また新たに1人その犠牲者が加わってしまった。こんなことはもう沢山だった。

「構わないさ……お前には分からないだろう。俺たちの思いなど……!」
「……!」

視界を奪われ、定まらぬ視点で熱に浮かされるようにデモーニオは笑う。

かつてデモーニオも──チームKの選手たちも、サッカーをする者なら誰もが憧れる夢を持っていた。
代表として世界大会に出場し、世界一になる大きな夢。
しかし、所詮夢は夢でしかない。結局のところ世界で活躍出来るのは、選ばれた一握りの人間だけ。それもまた十分理解している筈だった。

そんな時、彼は突然デモーニオたちの前に現れた。

『お前たち、強くなりたくはないか?』

──その言葉と共にこの道を指し示したその男は、彼らにとっては最早救世主──神とも呼べる人間だった。

「総帥は俺たちに、世界と戦える力をくれたんだ……! その力の代償と言うなら、この程度の苦しみ耐えてみせる! 俺は究極!! 俺こそ最強!! 誰も俺に勝つことなど出来ないッ!!」

空を仰ぎ、吼えたデモーニオは箍が外れたように高笑いする。
その姿はあまりに狂気的で──悲しいものだった。

「力……か」
「似ている……力を求めていた、あの頃の俺たちに」

勝利を得るためなら誰が犠牲になろうと、その身すら犠牲になろうと構わない。かつてそんな考えに取り憑かれていた不動と佐久間は、苦々しい表情をデモーニオに向ける。

その時、それまで呆然と押し黙っていた鬼道がゆっくりと口を開いた。

「──あれ≠やるぞ、不動」
「あァ? あれを……ここでか?」

覚悟を決めたような低く力強い声に、不動は虚を突かれたように目を丸くして鬼道を見やる。

「だが、あれは未完成だ。あと少し形になったら御鏡に精練してもらう予定だった筈だが……」

突然会話に名前を出された織乃は、「え?」と鬼道の方を見る。鬼道はキョトンとしている織乃を一瞥して、小さく頷いた。

「影山の野望を打ち砕くには、それしかない」
「……上手くいくかねェ」

試すような声音で言って目を細める不動に、鬼道は肩越しに振り返る。
鬼道は笑っていた。いつものように隙を見せぬ不敵な笑みに、不動は思わず眉を持ち上げる。

「出来るさ……俺たちが影山の人形でも作品でもなければな」
「──ハッ。確かに、奴に突き付けてやるには丁度良いかもしれねえな……!」

そのままニタリと口角を上げる2人を、佐久間は驚いたように見つめた。
一体何を企んでいるのか──それを問うより早く、試合再開のホイッスルが吹き鳴らされる。

「行くぞ、不動ッ!」
「お前こそ遅れるなよ!」

フィディオのスローボールを受け取った鬼道が、不動と並んで走り出す。
「あいつら……!?」突然示し合わせたようにプレーを始めた2人に、円堂もまたその背中を注視した。

「ここだッ!!」

敵陣深くまで切り込んだ鬼道がセンタリングを上げる。
そして打ち上がったボールに一息で追い付いた2人は、同時に脚をボールに叩き付けた。

2人分の威力を持ったシュートは、空気をうねらせゴールに向かう。
けれどコントロールが上手く行かなかったのだろう、ゴール寸前で軌道を変えたシュートは、そのままあらぬ方向へと飛んでいってしまった。

「く……失敗か!」
「ちっ! 何で上手くいかねえ……!」

コートの外に転がるボールに、2人は顔をしかめて歯噛みする。
それを見てた織乃は、引き寄せられるようにベンチから立ち上がっていた。

「今のは……!」

韓国戦でひとまずの和解を見せて尚、対立することの方が多かった鬼道と不動が連携して必殺シュートを打とうとしている。
──そう言えば、ここ数日ほど彼らは練習後も2人連れ立って特訓しに行くことが多かった。喧嘩になりやしないだろうかとそればかり心配していたが、全てはあの技を完成させる為だったのだ。

「(でも、今のシュートは失敗だった。完成に程近い筈なのに、何かが足りないんだ──)」

「鬼道、不動!」目を閉じ、フルスピードで頭を回転させる織乃の耳に、驚いたような佐久間の声が届く。

「お前たち、今のシュート……!」
「……2人で特訓していた必殺シュートだ。だが、見ての通りまだ完成していない」
「チィッ……これなら影山に一泡吹かせられるってのによ……!」

歯噛みする2人を見つめて、佐久間はややあって強張らせていた表情を緩めた。
この試合に勝ちたい、勝って影山の野望を破りたい。2人の気持ちは同じ筈だ。そして佐久間もまたそう考えている。

「……すまない、不動。俺は今まで、どこかお前を疑っていた。いつか、俺たちを裏切るんじゃないかとな……」
「……ふん」
「──だが、その疑いはもうない。俺にも協力させてくれ!」

佐久間の進言に、2人は虚を突かれたように彼を見た。
今まで頑なに不動を信じなかった佐久間が、ようやく彼と真に向き合う決心をしたのだ。

「鬼道、不動!俺たち3人なら、そのシュートを完成させられる筈だ!」
「お前……」
「佐久間……!」

鬼道は佐久間と目配せを交わして頷き合う。そして目を瞬く不動に視線を送ると、彼もまたややあって小さく頷いた。

「──御鏡!」
「……はい!」

鬼道の呼び声に応え、織乃はゆっくりと瞼を開ける。
今までの経験値、今のシュートの高さ、回転、威力を計算し、組み立てて──織乃は鬼道と力強く頷き合った。
言葉にしなくても分かる。織乃もまた、考えていることは彼らと同じなのだから。

チームKのゴールキックから試合が再開される。
ロッソとのボールの奪い合いに競り勝ったフィディオは真っ直ぐにゴールを見ている。鬼道たちのシュートが未完成であることを受け、自分がシュートを打つつもりなのだ。

「(確かに、フィディオさんのあの必殺シュートなら相手のゴールを割れるかもしれない……でも!)」

この試合は、影山が関わった時点で既にフィディオたちがイタリア代表の座を守るためだけの戦いではなかった。
鬼道が、彼らが影山と完全に決別するための──闇の中から飛び出すための戦いでもあるのだ。

「フィディオさん! 鬼道さんにパスを!!」
「! シキノ……!?」
「大丈夫です!! 鬼道さんたちならやってくれる!!」

力強い織乃の声に、一瞬逡巡したフィディオはしっかりと頷く。
そんなフィディオの前に、再びデモーニオがマークに着いた。

「俺は究極だ……! 究極の存在なんだ!!」
「究極のものなんて存在しない!!」

「何ィ!?」爛々と見えない目を光らせるデモーニオに、フィディオは声を張り上げる。

「みんな究極のプレーを目指して努力する……努力するから進化するんだ! 自分を究極だと認めたら、そこで進化は終わるぞ!!」
「ッ黙れええええ!!」

声を枯らし雄叫びを上げたデモーニオがフィディオに突っ込んでいく。その横を、フィディオは彼の目が瞬く間に流星のように走り抜けた。

「イタリア代表の座は渡さない!!」
「──!」

「鬼道ッ!」デモーニオを抜き去ったフィディオが鬼道へパスを上げる。
ボールを受け取りゴールに向かう鬼道に、影山は静かに目を細めた。

「鬼道……まだ抗うのか。私と言う過去からは逃れられん」
「過去を背負っても、前に進むことは出来ます」

影山の米神がひくりと動く。見れば、いつの間にか自陣のテクニカルエリアから離れこちらにやって来た織乃が、彼をしっかりとした目で見上げていた。

「……それでも、今の鬼道を作ったのは私だ。奴の未来は、私の元にしかない」
「そうだとしても、これからの道を作っていくのは鬼道さん自身です。そしてあの人の未来があるのは、決してあなたの元じゃない!!」

声を荒らげる織乃に、影山は一瞬目を見開く。

一番最初に目を付けた時は、何も知らない無垢な小鳥のようだった少女。
声を掛ける度、怯えるように身を縮こまっていた哀れな子供。

それが今はどうだ。
生傷だらけで痛々しい姿なのにも関わらず、その目は活力に溢れ、自分を強く睨み付けている。

「俺の未来は──ここにある!!」

──咆哮を上げた鬼道が、DFラインを突破した。
ハッとそちらを振り向いた影山のサングラスに、赤い軌跡が映り込む。

「ここには未来に向かって突き進む円堂が──キャプテンがいる!! 光差す方へ導いてくれる大切な存在がいる!! 俺は、俺たちは──イナズマジャパンと共に進む!!」

3人は一斉に敵陣へと攻め上がる。立ちはだかるキーパーを一目確認し、織乃は大きく声を張り上げた。

「鬼道さんと不動さんはそのままパワーを保って!! 足りないのは高さです!! ──佐久間さんお願い!!」
「分かった!!」
「そう言うことかよ……っ!」
「行くぞッ!!」

「おおッ!!」声を揃え、3人は同時に地面を蹴る。
鬼道が指笛を高らかに吹き鳴らすと、フィールドからロケットのようにペンギンたちが飛び出した。

「(横の繋がりと縦のスピード……! そこに新たに高さを加えることで、今まで二次元的なバランスを保っていた皇帝ペンギンを三次元の技へ進化させる!!)」

ライン際まで駆け寄って、形振り構わず彼女は叫ぶ。

「行けーーーーッッ!!」
「皇帝ペンギン──3号ッッ!!」

跳躍した3人は、渾身の力で闘気に包まれたボールへ脚を振り下ろした。
3人分のキックを叩き込まれたボールは空気をねじ曲げる程の威力を孕み、空を旋回するペンギンがミサイルのようにシュートに追随する。

「そんな技、俺の皇帝ペンギンXで……!!」
「っデモーニオ!?」

咄嗟にゴール前まで駆け戻ったデモーニオが、芝を散らし突進してくる皇帝ペンギン3号のシュートコースへ飛び込んで行く。
指笛を吹いたデモーニオの足元から召喚されたペンギンたちが、振り上げられた脚へ食らいついた。

「うおおおおおおおッ!!」

雄叫びを上げ、振り抜かれた脚がシュートを捉える。
だが、そのパワーを持ってしても鬼道たちのシュートを止めることは敵わなかった。

「ぐああッ!!」
「デ、デモーニオ……!!」

デモーニオの皇帝ペンギンXを打ち破った皇帝ペンギン3号は、そのまま彼をキーパーごとゴールに押し込む。
揺れるゴールネット。折り重なるように倒れたデモーニオとインディゴ。圧倒的な逆転に、フィディオは目を見開いていた。

「何てシュートだ……!」
「すっげー!! やったぜ、あいつら!」

ゴールでは円堂が握り拳を固め、感極まった織乃は睫毛を僅かに濡らし目を輝かせている。
息を整えた鬼道は、憑き物が落ちたようにふっと口角を上げた。

「完成したな……」
「役に立つじゃねーか、お前」
「何ぃ?」

懲りずに嫌味を飛ばす不動に、佐久間は目尻を吊り上げる。
しかし、そのやり取りに今までのような険悪さはない。一笑して、鬼道は佐久間に視線をやった。

「佐久間……この技は、お前の力がなくては完成しない技だった」
「……俺一人の力じゃないさ。だろ?」

にやっと笑って肩を竦めた佐久間が顎で指した先を見れば、目尻を擦った織乃がこちらに笑い掛けている。
そうだな、と穏やかな声で答えた鬼道は、ふとチームKのゴールを一瞥した。

そこには座り込むインディゴと呆然と地面に手を突くデモーニオの姿がある。3人は示し合わせたようにデモーニオに歩み寄った。

「俺の……俺の皇帝ペンギンXが負けた……何なんだ、あの技は……」
「あれは、俺たちが生み出した、俺たちだけの技だ」

うわ言のように呟きを漏らしていたデモーニオは、頭上から降ってきた佐久間の声にハッと顔を上げる。
こちらを見下ろす鬼道たち3人の表情は晴れやかで、今の彼にはあまりに眩しい。

「皇帝ペンギンの最終進化系──」
「皇帝ペンギン3号だ……!」
「っ進化、だと……!?」

自分を究極だと認めたら、そこで進化は終わる。
デモーニオの脳裏につい先程フィディオから言われた言葉が甦り、その思考を濁らせていく。

「影山……これが俺たちの答えだ」

呟き、鬼道は影山を睨み付ける。
闇の呪縛からは解き放たれた。光が傍にある限り、もう二度とそこに落ちることはない。

──けれど影山は、まだその笑みを潜めてはいなかった。
オルフェウスのテクニカルエリアに戻りながら、織乃は影山の様子を窺った。

「(鬼道さんの言葉を聞いた時、確かにあの人は一瞬動揺したように見えた。でもどうして? 何でまだあんなに余裕があるの……?)」

試合時間はまだ僅かに残っている。鬼道たちはチームKの反撃に備えて身構えた。

「デモーニオ!」

ホイッスルが鳴り、ビオレテがデモーニオにボールを下げる。
だが、デモーニオはパスに反応を示さなかった。視界が悪いから──一瞬仲間たちは思ったが、そうではない。彼はボールを受け止めようとする意思さえ見せなかったのだ。

「デモーニオ……?」
「……俺が……負けた……」

デモーニオはただそこに立ち竦み、仲間たちの声も聞こえていないのか、蛇口を捻ったように呟きを溢し続ける。

「俺は究極の存在……誰も俺には勝てない筈なのに……進化したペンギンに負けた……俺は究極じゃなかった、究極になれなかったんだ……!!」

途端、膝から崩れるようにその場に手を突いたデモーニオに、ぎょっとした仲間たちが駆け寄っていく。円堂たちは顔を見合わせ、その様子を遠目から見守った。

「……力を与えられた者の最後、か……」
「ふん……脆いねぇ」

ひっそりと呟き、佐久間は静かに視線を落とす。
今のデモーニオの姿は、真帝国で力を追い求めボロボロに傷付いた時の自分とよく似ていた。

鬼道はじっと動かないデモーニオを見つめる。
影山が彼に鬼道と同じ役割を与えなければ、デモーニオはあんなことにはならなかっただろう。そして、もしも円堂や織乃と出会わず道を誤り続けていたら、ああやって赤い背中を丸めていたのは彼ではなく自分だったかもしれない──そう思うと、目を逸らすことが出来なかった。

「パスだ、デモーニオ!」
「……!」
「デモーニオ、お前はこれくらいで諦める奴じゃなかっただろ!」

仲間の叱咤する声に、デモーニオは顔を上げる。
その表情は弱々しく、先程まで満ち溢れていた自信と覇気は微塵も感じられない。

「ビアンコ……でも、俺は究極じゃなかったんだよ……」
「もう良いんだデモーニオ……! こんな力、俺たちには大きすぎたんだ」

仲間たちは優しく、力強い口調でデモーニオを諭す。影山を総帥と仰いでも、イタリア代表の座を奪い取るために非情になろうとも、傷付いた仲間をこのまま放っておくなど彼らには出来なかった。

「戻ろう、デモーニオ。力なんてなかったけど、俺たちのサッカーが出来ていたあの頃に……!」
「でも……っでも……!」
「大切なのは勝つことじゃない、全力で戦うこと……! そう言ったのはお前じゃないか、デモーニオ・ストラーダ!」

「みんな……」目を見開いたデモーニオは、ややあってゆっくりと立ち上がると、赤いマントを脱ぎ捨てる。

強大な力を手に入れ、忘れていた。
自分が何故ここにいるのか、どうしてここまでして世界に行きたいと願ったのか、その原点の思いを。
──全ては、サッカーが好きだったからだ。

「……鬼道、フィディオ! ディフェンスラインを固めろ!」

突然声を張り上げた円堂に、2人は目を丸くしてそちらを振り返った。身構えた円堂は力強い笑顔でデモーニオを見据えている。

「試合はまだ終わってないぞ!」
「マモル……!」
「──ああ、分かった!」

動き出したオルフェウスに、「攻めるぞ、デモーニオ!」とチームKもプレーを再開する。
ああ、と短く答えたデモーニオは、ポニーテールにしていたドレッドを解き放ち、窮屈だった深紅のゴーグルを投げ捨てた。

「──行くぞ、みんな!」
「おお!」

気勢を上げ、両チームの選手が走り出す。
いつの間には空は晴れ渡り、青空の元を走る彼らの表情もまた明るいものに変わっていた。




走り、ボールを繋ぎ、打つ。
残った時間は飛ぶように過ぎて、円堂がデモーニオのシュートをセーブした次の瞬間、ホイッスルが鳴り響く。
得点は2対1。オルフェウスが勝利したのだ。

「終わった……」

空を見上げ、呟いたデモーニオは微かに肩を震わせる。
そして、息を吐き出し視線を元に戻すと、フィディオへ向けて手を差し出した。

「──ありがとう。お陰で大切なことを思い出すことが出来たよ」

デモーニオの後ろにチームKの選手たちが並ぶ。皆一様に清々しい笑顔で、そこに後悔は見えない。

「頑張ってくれ。イタリア代表として……! 俺たちはまた、俺たちのサッカーを始める!」
「ああ!」

そこでデモーニオの表情に一瞬影が落ちる。
彼がおずおずとした様子で視線を向けたのは、傍で2人のやり取りを見守っていた鬼道だった。

「鬼道……俺は、」
「またピッチで会おう。デモーニオ・ストラーダ」

デモーニオが言い終えぬ内に、鬼道は言葉を紡ぐ。
いつ叶うかも分からない確実性のない約束。しかし鬼道は、再びデモーニオたちに出会うことを確信していた。
サッカーを続けていればいつか必ず会える。いつかの円堂の考えは、彼にもしっかりと根付いているのだ。

「鬼道……! ああ、約束する!」

しっかりと握手を交わす2人を見て、フィディオはニコニコと晴れやかに笑っている円堂に声を掛ける。

「ありがとう、マモル。君たちのお陰で、俺たちはまた世界で戦いを続けられる」
「今度会う時は、日本代表とイタリア代表としてだな!」

「ああ。試合で会おう!」力強く笑い合った2人は、がっちりと固く手を結んだ。

──サッカーは、不思議な縁を結んでいく。
仲間はライバルに、敵は友に。めぐるましく変わっていく関係を目の当たりにして、織乃は口角を緩める。
輪は繋がり広がって、彼らの世界をどんどん明るくしていくだろう。そして、その中に自分の居場所があることが、とても誇らしい。

そんな時だ。乾いた拍手の音が、和やかな空気に水を差すように鳴り響く。

「そう──イタリア代表の座は、君たちオルフェウスのものだ」
「……!」

一同は一斉にいけしゃあしゃあと口火を切った影山を振り返る。スコアボードを兼ねた大型モニターの傍らに立った影山は、そこで円堂たちに向けてニタリと口角を上げた。

「だがイナズマジャパン……君たち日本代表が、こんな所にいて良いのかな?」
「何……!?」

不動が食って掛かろうとした瞬間、モニターに電源が入る。
映し出されたのは、大勢の人で埋まった観客席と、冴え冴えとした緑のフィールドだった。

『さあ、日本代表イナズマジャパン対アルゼンチン代表ジ・エンパイアの一戦が、ここヤマネコ島のヤマネコスタジアムで行われようとしています!』

「何だって?」マイクで拡大される実況の声に、円堂たちは目を見開く。
一瞬空耳かとさえ思ったが、モニターに映っているのは確かにイナズマジャパンの面々、そしてジ・エンパイアの選手たちだ。

「ジ・エンパイア対イナズマジャパン!?」
「で、でも! アルゼンチン戦は明日だった筈です!」
「どうなってるんだ──」

疑問を口々にした円堂たちは、ハッと影山を見る。
「まさか……!」不動が威嚇するように唸ると、影山は全てを見透かしたようにサングラスをぎらりと光らせ笑っていた。

「試合は3時から……お前たち無しでどこまで戦えるかな?」
「まさか影山……お前が試合日程を!?」

語気を荒らげる鬼道の問いに影山は答えない。ほくそ笑み続ける彼は鼻を鳴らし、こちらを睨み付けてくる円堂たちを冷徹に見下ろす。

「そこでイナズマジャパンが負ける姿を、じっくり楽しむんだな」

最後にそう言い残し、影山はどこぞへと立ち去っていく。遠ざかる背中に、しばし経って舌打ちしたのは不動だ。

「まんまとハメられたってわけか……! あーあ、こいつらに付き合うんじゃなかったぜ」
「不動さん!」

突き放すような言葉に、オルフェウスの面々がむっと眉間に皺を寄せる。
嗜める織乃に鼻を鳴らす不動は酷く不機嫌そうだ。当たり前だろう、あれだけ影山一泡吹かせてやるのだと息巻いていたにも関わらず、結局彼の計算通りに事が運んでしまったのだから。

「──まだ試合に間に合わないと決まったわけじゃない。試合は3時からって言ってたよな?」

低く響いたのは円堂の声だ。
見れば円堂は映し出された映像、その画面の端を険しい顔で睨み付けている。そこに表示されているのは現在時刻だ。
14時14分。拳を握り締め、彼は仲間たちを振り返る。

「……まだ、時間はある!!」