Seized game

テレビの画面に0対1と表示されたスコアボードが映る。
ゴールの前で膝を突き、転がったボールを呆然と見つめる立向居に、円堂は思わず顔を歪めていた。

「立向居……!」

元々イナズマジャパンはジ・エンパイアの強固なディフェンスを破るため、この数日は攻撃の戦略を広げるための練習を中心に行っていた。故に、ジ・エンパイアの攻撃力そのものにはあまり注意していなかったのも事実である。

「確か……ジ・エンパイアの勝ち上がってきた南米ブロックは、FFIの中でも特に強豪が揃ってるって話題になってましたよね」
「……ああ。予選中全試合無失点……だが、守っているだけでは決して勝つことは出来ない」

ぽつりと呟いた織乃に、苦い表情で鬼道が頷く。
ジ・エンパイアの守りは強力で、予選が始まった当時からテレビや雑誌でよく特集を組まれるほどだった。だが逆に防御力ばかりがインスパイアされるあまり、攻撃力にはスポットが当たらなかったのだ。

「表面の情報に踊らされたな……」
「……でも、まだ1点だ。逆転のチャンスはきっとある!」

テレビを睨むようにしながら佐久間が顎を摘まむ。円堂は一瞬爪先に落ちた視線を上げて、「頼んだぞ、立向居……!」と呟いた。




「みんな、点取ってくぞ!!」
「おお!!」

染岡の檄に仲間たちが気勢を返す。
ホイッスルと同時に豪炎寺から送られたボールを持って、染岡はドリブルで敵陣へ切り込んだ。

「染岡くん、豪炎寺くんへパスだ!」
「おう、──!」

背後を追走するヒロトからの指示に応えようとした染岡に、DFのゴルドのジグザグフレイムが炸裂する。
不規則な足運びのディフェンスに翻弄された染岡の体は宙へ投げ出され、それを皮切りに再びジ・エンパイアの畳み掛けるような攻撃が再開された。

「レオーネ!」

ジ・エンパイアはパスを繋ぎイナズマジャパンのディフェンスラインを突破すると、ゴールエリアを前にレオーネへボールが渡る。
「立向居!!」またあのシュートが来る。風丸が咄嗟に声を上げると同時に、立向居は身構えた。

「(こうなったら未完成でも、あの°Zに賭けるしかない!!)」

『魔王・ザ・ハンド』──木暮たちと綱海、そして春奈の力を借りて数日間特訓してきた立向居の新しい必殺技。
ムゲン・ザ・ハンドを破られた今、レオーネのヘルファイアを止められる可能性はあの技しかないのだ。

「ヘル、ファイア!!」
「魔王──ザ・ハンド!!」

吼える立向居の背中から、紫色に渦巻く闘気が沸き上がる。

しかし、それが形を成したのはほんの一瞬だった。
胸に飛び込んできたシュートの威力は少しも弱まる気配もなく、そのまま立向居の体をゴールネットへと押し込んでいく。

「ぐぁ……!」
「立向居くん!!」

無情に鳴り響く得点のホイッスル。0対2へと更に突き放された点差を見上げ、座り込んだ立向居は臍を噛んだ。

「ダメだ……出来ない……!」

感覚は掴めている。溜めが足りないのか、それとも力が足りないのか──それすらも分からない。やはり織乃にも一度見てもらうべきだったと思っても、全ては後の祭りである。

「……まだまだ勝負はこれからだ……!」

拳を握り締め風丸は自分に言い聞かせるように呟いたが、その表情には隠しきれない焦りが浮かんでいる。
「豪炎寺くん!」再びホイッスルが吹き鳴らされ、ヒロトからボールを受け取った豪炎寺が敵陣へと突っ込んだ。

「(とにかく、1点だ……!)」

だが、その焦燥がプレーに出てしまったのだろう。ゴールを狙う一瞬の隙を突かれ、ボールを奪われた豪炎寺はその場で急ブレーキを掛ける。

「まずい──今FWに繋がれたら!」

みるみる内に繋がっていく相手のパス。前線を押し上げようと切り込むエステバンを追い、風丸が走り出した。

「レオーネ──」
「でやぁッ!!」

寸でのところで繰り出された風丸のスライディングが、FWへのボールをクリアする。
ラインの外へ転がったボールに仲間たちはホッと胸を撫で下ろしたが、それも束の間のことだった。

「っ……」
「……風丸くん!?」

その異変に真っ先に気が付いたのはヒロトだ。風丸はスライディングをした状態から上半身だけを起こし、足を押さえて顔をしかめている。
足を捻ったのだ──それを察した瞬間、傍にいたDFたちや立向居が風丸に慌てて駆け寄った。

「大丈夫か、風丸!?」
「風丸さん……!」

「とにかく、下がるぞ!」片足でどうにか立ち上がる風丸を支え、綱海がラインの外へ出る。
それと同時に救急箱を抱えた秋と春奈、そして彼を心配して着いてきた栗松たちがライン際に集まってきた。

「風丸さん!」
「大丈夫……ちょっと足を捻っただけだ」

マネージャーからの手早い治療を受けながら、風丸は赤くなった患部を見つめる。後に響くような酷い怪我ではない──だが、恐らくこれ以上のプレーは臨めない。

「……栗松、後は頼んだぞ」
「えっ?」
「えっ、て……君しかいないじゃないですか」

キョトンと目を丸くした栗松の肩を、呆れたように眼鏡が軽く叩く。
君しかいない──その言葉にチームにはもう控えの選手がいないことを改めてそれを思い知った栗松は、小さく唾を飲み込んで頷いた。

「(俺のせいだ……)」

ヒロトを呼び寄せ、キャプテンマークを預けた風丸を見つめながら立向居は呆然と自分を責める。
自分がシュートを止められないばかりに、風丸は無理をしてまで相手の進軍を阻んだのだ。そう思うと、悔しさと申し訳なさに胸が締め付けられるようだった。

イナズマジャパンは風丸に代わり栗松がDFへ、飛鷹がMFへ回る。点差は2点、控えもおらず後はない。スローインの瞬間を待ち構えるイナズマジャパンの面々に緊張が走った。

「(風丸さんのプレー、無駄にはしないでヤンス!)」

エステバンのスローボールを受けようとしたセルヒオの視界を遮るように栗松が飛び出していく。
「良いぞ!」ベンチで拳を握り締めた風丸だったが、それも一瞬のこと。コートに入るなり栗松からボールを奪い返したエステバンが、素早くパスを打ち上げる。

「レオーネ!」
「……!」

三度繋がれたFWへのパスに、立向居は思わず身を強張らせた。
ムゲン・ザ・ハンドでは止められない、魔王・ザ・ハンドがまた失敗するようなことがあれば、逆転は絶望的になってしまうだろう。

「くそっ……立向居!」
「ッ!!」

葛藤の間にも、綱海のマークを振り切ったレオーネはどんどんとゴールに迫ってきている。
今この瞬間、自分の肩にチームの運命が掛かっている──プレッシャーに指先が痺れ、視界が眩んだその瞬間だった。

「怖がってんのか!?」
「──えっ?」

叱咤の色濃く叩きつけられた声に、立向居は一気に現実へと引き戻される。

声の主は飛鷹だった。
予想もしていなかった人物からの言葉に、立向居は思わず目をしばたく。

「失敗したって良い──自分の全部をぶつけるんだ!!」
「……失敗しても良い……?」

呆然とおうむ返しした立向居は、迫るレオーネへ視線を戻す。失敗しても良い、今ある自分の全てを相手にぶつける──その思いが頭を巡ると、不思議と力が沸いてくるような気がした。

「ヘル──ファイア!!」
「これが……俺の、全部だ!! 魔王・ザ・ハンド──!!」

咆哮を上げた立向居の体から再び紫色の闘気が沸き上がる。
輝く光は大きな角と深紅の鬣を持つ巨人──魔王へと変貌し、炎をまとったシュートを両手で押さえ込んだ。

「バカな……!?」

目を見開いたテレスの呟きは、沸き立った観客の盛大な歓声に掻き消される。
「止めた……」立向居が自分の手に収まった土埃にまみれたボールを見つめていると、タイミングを見計らったように前半終了のホイッスルが鳴り響いた。

「やったでヤンス!」
「すっげーぞ、立向居!」
「ついにやったね!」

笑顔で駆け寄ってきた栗松や綱海、木暮に立向居はポカンと口を半開きにしている。綱海は反応の鈍い彼の肩を掴み揺さぶった。

「完成したんだよ、必殺技がさ!」
「…………! は、はい!あ、ありがとうございました!」

間を空けて技の完成を自覚した立向居は、ぱっと花が咲くように笑顔になって綱海たちに頭を下げる。
この必殺技は、彼らの助けがなければ絶対に完成しなかっただろう。そして、最後に背中を押した飛鷹の言葉も。

「飛鷹さん、ありがとうございましたッ!」

ポジションに戻っていく飛鷹の背中に、立向居は声を掛ける。
肩越しにちらりと振り向いた飛鷹は、別に、と短くぶっきらぼうに言って続けた。

「キャプテンなら、ああ言うだろうと思っただけだ」

失敗したっていいじゃないか。今のお前を、全部プレーにぶつけてみろよ──飛鷹が立向居に言ったあの言葉は、かつて自分が円堂に言われたものだった。
彼の言葉なら、きっと立向居の力になる。そしてそれは正解だったようだ。

「飛鷹さん……」

髪を櫛で整えながら去っていく背中に、立向居は改めて頭を下げる。これ以上の言葉を掛けるのは野暮と言うものだろう。

「よーし、後半は点取ってくぞ!」
「はい!」

気合いを入れ、イナズマジャパンはテクニカルエリアに戻っていく。
それを一瞥し、冷静さを取り戻したテレスは小さく鼻を鳴らした。

「ふん──ちょっとシュートを止めたくらいで、おめでたい奴らだぜ」




休息を取り、試合はついに後半戦を迎える。
シュートを止める術は得た。後はどう攻めこんで点を取り戻すかだ。

ホイッスルが鳴り響くと同時にボールが大きく蹴り上げられる。
だが、ボールが弧を描き落ちていくのはイナズマジャパン陣内、ディフェンスラインの際。目を瞬きながらも落下地点の一番近くにいた綱海がボールをトラップで受け止める。

今のは明らかにミスキックではない。意図を読めず一同が敵陣を見ると、テレスは目を細めて両手を広げた。

「さあ──どこからでも掛かってきな」
「! バカにしやがって……!」

「綱海!」歯軋りをした染岡の隣から、顔をしかめた豪炎寺が飛び出していく。
綱海からのボールを受け取った豪炎寺が敵陣へ踏み込むと、同時にジ・エンパイアたちが動きを見せた。

「! 何だ……このフォーメーションは!?」

走り出した選手たちは、豪炎寺から一定距離を空けて丸く取り囲む。その数は7人。視界とパスコースを塞ぐように包囲された豪炎寺に、テレスはにやりと口角を上げた。

「ようこそ──アンデスの蟻地獄≠ヨ」

取り囲まれこそしたものの、彼らが豪炎寺からボールを奪いに来る気配はない。
パスコースは塞がれ、自分で持ち込むしかないこの状況──豪炎寺は困惑を滲ませながらも再び走り始めた。

「豪炎寺さん!」

ドリブルで上がっていく豪炎寺に合わせ、彼を囲む選手たちもフォーメーションを崩さずに着いていく。人が壁になり、思うように動けない。それでも豪炎寺は何とかボールをキープし続けた。
虎丸や染岡たちもいつ豪炎寺からのパスが出ても良いように追走したが、残りの選手たちが行く手を阻む。

「くっ──!」

進路を限定されることの息苦しさを感じながらも敵陣を走り抜けた豪炎寺は、一瞬見えた陣形の隙間から咄嗟に飛び出した。

「爆熱──スクリュー!!」
「アイアン、ウォール!!」

──だが、シュートを打ち込んだのは図らずもテレスの真正面だった。容易く豪炎寺の必殺シュートを止めたテレスは、飄々とした様子で笑っている。

「あらあら、正面……残念だったな。今度はもっと良いとこ蹴ってみな!」

そう言って、テレスは再びボールをイナズマジャパン陣内へ大きく蹴り入れる。挑発する姿勢を崩さないそのプレーに、青筋を立てた染岡がボールを受け止め走り出した。

「だったら俺がやってやる!」
「染岡くん!」

ヒロトの制止も間に合わず、染岡は敵陣に突っ込んでいく。
瞬く間に染岡は先程の豪炎寺と同じ陣形に取り込まれ、人の壁に阻まれ姿が見えなくなった。

「くそッ、こんな包囲網すぐに抜けてやる!」

付かず離れずの距離を保つジ・エンパイアの選手たちを煩わしく思いながらも切り込み続けた染岡は、何とか陣形から抜け出す。
よし、抜けた──顔を上げた瞬間、その表情が凍り付いた。

「よぉ、ご苦労さん」
「……!」

染岡が飛び出したのは丁度テレスの正面だった。
驚きに目を見開いた刹那、彼の足元からエステバンがボールをカットする。

「(やっぱり、間違いない……!)」

遠目から陣形を観察しながら走っていたヒロトは薄い唇を噛む。
一度あの中に取り込まれれば分かりにくいかもしれないが、外からよく見ればその仕組みは理解出来る。
あのフォーメーションは、敢えてこちらにドリブルで進ませることで、テレスの正面に誘導させる為の必殺タクティクスなのだ。
テレスのディフェンス能力はチームの誰もが信頼している。故に彼以外の選手たちは守りをテレスに預け、敵の妨害に専念出来るのだろう。

イナズマジャパンは蟻だ。蟻地獄に嵌まった獲物は何とか地表に出ようと足掻く。
そして、抜け出した先には──大きな顎が待ち構えている。

「(これじゃあ何度やっても、テレスに止められるだけだ……君ならどうする、鬼道くん……!!)」

打開策の浮かばない状況は焦りを生み、焦りは不安を生む。額を流れ落ちる冷や汗を拭うことも出来ず、ヒロトは預けられたキャプテンマークを握り締めた。