VS.Unicorn

その日、秋の異変に一番最初に気が付いたのは織乃だった。

「秋ちゃん?」
「──え?」

呼びかけにワンテンポ遅れて反応した秋は、テーブルを拭いていた手を止めて「な、なぁに?」とやや慌てた様子で作業をしていた織乃を振り返る。

「何だか表情が険しくなってましたけど、もしかして体調でも……?」
「う、ううん! 大丈夫、ちょっと考え事をしてただけよ」

首を振り、心配掛けてごめんね、と苦笑する秋に、織乃は疑わしさを隠しきれず眉を下げた。

思えば昨日外出先から戻ってきた時から彼女は何だかずっとぼんやりとしていたし、今日も予備があるにも関わらず備品を買いに行くと言って単身日本エリアを離れたりと、 秋らしくない行動が目立つ。
だが、織乃もその理由が思い当たらないわけではない。目の前に開いたモバイルを一瞥して、織乃は口を開く。

「……明後日の試合、気になりますか?」
「え」

ハッとした様子で秋が顔を上げた。
じっとこちらを見つめる織乃に、秋は迷ったように視線を漂わせ、やがて小さく頷いた。

明後日は日本対アメリカ──ユニコーンに所属する一之瀬や土門との試合を控えている。
円堂は一際この試合に対する熱を燃やし、先日合流したばかりの吹雪や風丸などもこの試合に向けて織乃に協力を仰ぎ新しい必殺技の開発を進めている。

ただ、公式の試合でかつての仲間と戦うことは初めてだ。織乃とて思うところがないわけではないが、2人と旧知の仲である秋にとっては複雑な気持ちもあるだろう。
しかし秋は、織乃が予想していたよりも遥かに深刻そうな表情でぽつりと言った。

「……実は昨日、一之瀬くんと会って来たの」
「え、そうだったんですか?」

予想外の答えに目を瞬いた織乃は、モバイルを閉じて秋を見やる。
頷いた秋の横顔はいやに沈んでいて、友人と会っただけにしては芳しくないリアクションに織乃は首を傾げた。

「一之瀬くん、この大会が終わったらプロユースに入ることになったんですって」
「へぇ、すごい! ……良いこと、ですよね?」
「うん……」

薄い反応に首を捻る織乃に、ただね、と秋は手にしていた布巾をギュッと握り締める。

「話している間、一之瀬くんの態度がずっとどこかおかしい気がしたの。昨日テレビで試合を観たときも、一之瀬くん……見たことのないような顔してた」

ユースに入ったら一番最初の試合に秋を招待したい──そう笑顔で言ってくれた時でさえ、その笑みの裏に何かが隠されていたような気がしてならない。
思い立って直接アメリカエリアまで行ってみたが、結局一之瀬には会えず、居合わせた土門に心当たりがないか聞いてもはぐらかされてしまったと告白する秋に、織乃は目を細めた。

「それは……心配になりますね」
「うん……私の気にしすぎだと良いんだけど」

案外大したことじゃないかもしれないしね、と秋は最後に笑顔を浮かべて布巾を洗い始める。
その言葉とは裏腹に、秋が少しも納得が行っていないことは火を見るより明らかだった。

「(カズくん……一体何を隠しているんだろう)」

一之瀬が秋を一番大切に想っていることは、織乃も少なからず気付いている。秋をこんな風に思い悩ませるのは勿論、一之瀬の本意では無い筈だ。
早く彼女のわだかまりが解消されたら良いのに──今の織乃には、そう願うことしか出来ない。




2日後、快晴の下本日の会場であるクジャクスタジアム上空に、いくつも空砲が打ち上がる。
観客席は既にサポーターたちで埋め尽くされ、試合が始まる瞬間を今か今かと待ちわびていることだろう。
そんな様子を会場を映すモニターから眺めながら、織乃は小さく溜息を吐いた。

「(秋ちゃん、戻ってこないな……)」

やっぱり私、一之瀬くんにもう一度会って確かめてくる──真剣な顔でそう言って、秋が控え室を出てから既に10分は経過している。選手や他のマネージャーは既にピッチ入りしており、織乃が秋を待てる時間も残り少ない。
果たして秋は一之瀬と話が出来たのか、そもそも会うことが出来たのか。落ち着かない様子で控え室から顔を覗かせると、丁度そのタイミングで廊下の向こうから秋が歩いてくるのが見えた。

「秋ちゃん!」
「! 織乃ちゃん……」

明らかに控え室を出て行った時よりも覇気を失っている秋に、織乃は思わず慌てて彼女に駆け寄った。

「どうでした? カズくんとは話せたんです?」
「うん……話せたわ。話せた、けど……」

スカートを握り締める秋の手が震えている。はくはくと唇を動かし、何か言葉を紡ごうとしているようだが声になって出てくることはない。
やがてようやっと絞り出された声は、あまりに力ない物だった。

「織乃ちゃん……私、どうすれば良いんだろう……」

俯いた目元が徐々に湿っていく。その様子に、織乃は鬼道の力になりたいのになれないと言って俯くことしか出来なかったかつての自分を思い起こした。

「……もうすぐ試合が始まります……今は、ピッチに行きましょう。話せるようになったら聞かせて下さい」
「ええ……」

ごしごしと目を擦り、弱々しく頷いた秋の手を取って織乃はピッチへと向かう。

テクニカルエリアでは、選手たちが準備運動を粗方終えたところだった。2人が遅れてやって来たことに気付いた円堂がこちらを振り向く。

「2人とも、どこ行ってたんだ?」
「あ、うん……ちょっと」

曖昧に答えた秋に、円堂は不思議そうに首を傾げている。そのやり取りから目を逸らして、織乃は反対側にあるユニコーンのテクニカルエリアをじっと見つめてみた。
遠目に見える一之瀬の姿はいつもと変わりないように見える。しかし、詳しいことは分からないが先程の秋の様子を見るに、彼はとんでもない隠し事をしているようだ。

「(もう……! 秋ちゃんに何を話したの、カズくん!)」

秋の涙を思い出すと一之瀬に対する腹立たしさすら沸いてきて、織乃は思わず顔を顰める。

そうしている間にも選手たちはアップを済ませ、ホイッスルの音に導かれてセンターラインへと整列した。
織乃は硬い表情の秋の隣に腰掛け、試合を見守る体勢に入る。何にせよ、今ここで自分が出来ることは選手のサポートだけなのだ。

高らかにホイッスルが吹き鳴らされて、ついに試合が幕を開ける。
キックオフはユニコーンからだ。バイザーゴーグルを着けた選手、ディランが早速後方の一之瀬へとボールを送る。

「見せてやれ、カズヤ!」
「ああ!」

一之瀬は吹き抜ける風のように次々とイナズマジャパンの選手たちを抜き去って、あっという間に円堂の目の前に到達した。

「速い……!」
「……」

思わず独り言を漏らす織乃に反応したのか、秋はぎゅっと唇を引き結ぶ。

「行くよ円堂!!」
「ああ……! 来い!!」

腰を落とし身構えた円堂に対し、一之瀬はその場から空高く舞い上がった。
光り輝く闘気は大きな翼を携えたペガサスへ変貌し、彼の体を更に天へと押し上げる。

「これが俺の必殺技──ペガサスショット!!」
「イジゲン・ザ・ハンド!!」

上空から打ち放たれたシュートは真っ直ぐに円堂の展開したイジゲン・ザ・ハンドの障壁にぶつかった。
常ならば相手のシュートはその障壁を滑りゴールへは届かない。しかし一之瀬のペガサスショットは、衝撃を殺す為の障壁を無理矢理押し破り円堂の脇をすり抜けていく。

「何──!?」

ゴールネットが大きく揺れて、会場も歓声でビリビリと振動する。開始早々に奪われた先取点に、イナズマジャパンの面々は唖然とした。

「テレビで観たときより、更にレベルアップしている……!?」
「あんなの止められないッスよ……!」
「……スゴいな一之瀬……!」

仲間とハイタッチを交わす一之瀬に、円堂は表情に悔しさを滲ませながらも力強い笑みを浮かべる。

「まだ試合は始まったばかりだ! 俺たちも見せてやろうぜ、レベルアップしたってことを!!」
「おお!!」

気勢を上げるイナズマジャパンに、一之瀬はそちらを一瞥した。その中心となり声を荒らげる円堂を見つめ、一之瀬は胸中の思いを強くする。

「(一言で味方を元気付ける……やっぱり凄いな、円堂は。だからこそ俺は、君と戦いたかったんだ!)」

踵を返し、自陣へ戻る一之瀬の心の声が誰かに届くことはない。
だが、その決意の込められた横顔を見つめる秋の心中は穏やかではなかった。

闘志を新たに、試合はイナズマジャパンのキックオフで再開される。
豪炎寺からのボールを受け、敵陣へ切り込む染岡に真っ先に向かってきたのは一之瀬だ。

「行かせない……! フレイムダンス《改》!!」

踊る足捌きは赤い螺旋を描き、炎が舐め取るようにボールを攫っていく。

「この試合、絶対に負けるわけにはいかないんだ……! ──マーク!!」

哮りと共に、ボールはユニコーンのキャプテンであるマークへと渡る。こっちだ、と声を掛け前を行くディランに虎丸とヒロトがチェックに入ると、マークは薄く笑みを浮かべた。

「──カズヤ!」
「おう!」

2人に挟まれたディランを追い越し、マークからのパスを受け取った一之瀬がそのままイナズマジャパン陣内深く切り込んでいく。
初めからディランは囮だったのだ。歯噛みした風丸が一之瀬を追い掛けていく。

「俺たちだって世界を相手に戦ってきたんだ……甘く見るな!」
「風丸……! 君のスピードにどれだけ磨きが掛かったのか、見せて貰うぞ!」

並走する2人は激しいチャージで互いを牽制しながらボールを追い掛ける。
しかし、元のステータスに差があるのだろう。軍配が上がったのは風丸だった。

「どうだ!」
「風丸!」

一之瀬に競り勝った風丸は、すかさず声を荒げた鬼道へとボールを打ち上げる。
それを受け止めた鬼道はマントを翻し、豪炎寺と染岡を伴い颯爽と走り出した。

「よし──反撃だ!!」
「ああ!」

相手のディフェンスを巧みに掻い潜り、鬼道は少しずつ前線を押し上げていく。

「左手、豪炎寺さんフリーです!!」
「絶好のシュートチャンスです〜!!」

織乃や春奈が声を張り上げると同時に、鬼道が豪炎寺へとパスを繰り出した。
ボールを受け取った豪炎寺は、炎を纏い跳躍する。

「爆熱──スクリュー!!」

炎の弾丸と化したボールはユニコーンのゴールへと邁進する。その進路へ飛び出していったのは土門だ。

「レベルアップしたのは一之瀬だけじゃないぜ!! ボルケイノカット《V2》!!」

空気を切り裂くように振り抜かれた土門の脚からフィールドへ衝撃波が放たれ、マグマの如く吹き上がった炎が豪炎寺の炎を相殺する。
威力の弱まったシュートにキーパーであるビリーが拳を突き上げると、ボールはいとも容易く打ち上がった。

「今日は負けられないんだ……!」
「……俺たちも、負けるつもりはない」

真剣な表情で相対する2人の間に火花が散る。
見る者を熱狂させる両チームのプレーはそこから更にヒートアップして、試合はより激しさを増す。膝に置いた手を薄らと白くなるほどに握り締めている秋に、織乃は気遣わしげな視線をやった。

一之瀬はフィールドの魔術師の異名に違わぬ縦横無尽なプレーで果敢にイナズマジャパンを攻め立てて来る。土門を始め、マークやディランなど仲間との連携も完璧だ。
壁山たちDFたちも、予測の付かない一之瀬のプレーに大分振り回されている。

「(カズくんを封じることがこの試合の鍵になる、だろうけど……)」

戦略が何も思い浮かばないわけではない。だが、今の彼にはその全てを打ち破ってきそうな気迫を感じるのだ。

いくつか隣の席に座る不動の様子を横目に見てみると、彼もまた少し前のめりになって試合を観察しているようだった。久遠に何かを言う気配が無い辺り、不動も一之瀬のプレーを分析中なのだろう。

一之瀬が秋に何を隠しているのか、それは分からない。
けれど織乃はイナズマジャパンのマネージャーだ。今するべきことは、一之瀬の思惑を探ることではなく、そのプレーから生まれる僅かな隙を探し出すこと。

「(私たちも、これ以上負けられないから……!)」

彼の隠し事は気になるが、その件は秋を困らせたことを含め、試合が終わった後にじっくりと問い詰めれば良いだけの話だ。
不死鳥がその翼を畳むタイミングを見極めるために、織乃は真剣な顔付きで爛々と目を光らせた。